第11話〜もう一つの物語〜
白崎有栖、17歳。
自慢じゃないけど、私は曲がったことはせず誠実に生きてきた人間だと思う。
学生として勉強だって必死に取り組んできたし、困っている人がいたら進んで手を貸した。
人が嫌がるような仕事だって率先して引き受けてきた。
当たり前のことだと笑われるかもしれないけれど、自分が正しく生きられるように必死に努力してきた。
なぜならそれが父の教えであり、私の生きる意味だと思っているからだ。
「1つでも多くを与える人になりなさい」
それが父の口癖であり、実際その言葉がとても似合う人だった。
父は医者であり、常に困っている誰かのために身を粉にして働いてた。
子供の時はいつも帰りが遅い事に不満を感じる事もあったけど、物心がついた時には父がいかに素晴らしい人なのか気がついた。
そして私もいつか父のように、誰かの助けになり、多くの人に必要とされる人間になりたいと思うようになった。その頃から私は父の口癖を真似るようになっていた。
それから私は自らも医者になるべく、必死で勉強に打ち込んだ。
同時に、常に困っている人の力になろうとボランティア活動などにも取り組んだ。
そうした姿が評価され、高校2年目にして私は学校の生徒会長になった。
何より嬉しかったのが、そんな風に父の姿を追う私の事を父が心から喜んでくれていたことだ。
私も父の背中に近づいている、ちゃんと誰かの役に立てている。そう思えた瞬間だった。
そのまま順風満帆な生活を送っていたのだけれど、高校3年生になって少し経ったタイミングで、とある事件が起きた。
私の運命を大きく変えた事件。
それは通勤中に車に惹かれて命を落としてしまったこと。
理由は簡単で、信号を無視して走ってきた車から、逃げ遅れた子供を助けようとして、代わりに轢かれてしまったという、それだけのこと。
人を助けて自分の人生を終える。何とも私らしく理想的な最期だと思えたのだけれど、とある奇跡が私に起こった。
女神様が私の前に現れ、私に新たな命を与えてくれるというのだ。しかも聖女としての強い癒やしの力を加えて。
願ってもない条件だった。
これでまた多くの人を救うことができるのだと。
私は2つ返事で承諾し異世界に渡った。
でも、実際の異世界は私が思い描いたものとは大きく異なっていた。
転生した国は、魔王軍の激しい侵攻に苦しんでおり、毎日死傷者が耐えず滅亡間近の状況だった。
もちろん私も自身の魔法で必死に治療していたが、それでは追いつかないほど毎日たくさんの人が傷ついていった。
もう終わりだと誰もが諦めていた時、国の賢者がこんな提案をした。
聖女の力は人間には癒やしだが、魔物にとっては強力な毒となる。
ゆえに私が魔王軍と戦えば強大な戦力になるのではないかと。
確かに賢者の言うことは正しかった。
私の使う治癒魔法は低級なものでも、多くの魔物を滅ぼせるほど強力なものだったのだ。
それに仮に私自身が傷ついたとしても、自分で治癒魔法を使えば即座に回復ができ、戦い続ける事ができる。
まさに私は魔王軍にとっての天敵であり、この国にとって最後の希望のような存在だったのだ。
こうして私は自ら前線に立ち、魔王軍と戦う事を強いられた。
人を救うはずの癒やしの力を、誰かを殺すために使わなくてはならない。それが例え魔物だったとしても、やらなくては自分がやられるのだと分かっていても、その矛盾は強く私の心を蝕んでいた。
それでも今日も私は誰かのために、癒やすはずの力で魔物の命を刈り取っていく。
他者を救い、やがては世界を救い。
1つでも多くを与える人間になるために。
これが私、白崎有栖の物語だ。




