第8話
バタンとドアを閉める。
ソフィヤの部屋の扉を背にしながら腕の中にあるメイド服を見る。
「まさか、本当に着ることになるなんて」
実を言うと僕はメイド服を着ることは初めてじゃなかった。
中学生時代は少しの間だけ男の娘コスプレイヤーとして活動していた時期があった。
140文字程度しか投稿できない某SNSにコスプレ写真を投稿してバズったりした。
だけど、広まるのが嫌で家族や友達に知られるのが嫌でそこでコスプレは辞めたんだ。
「そんな僕がまさかまたメイド服を着ることになるなんて……お邪魔しまーす」
さすがにその辺で着るのは抵抗があったのでソフィヤの間隣りの部屋にある空室っぽい部屋を借りることにした。
恐る恐ると中へ入ってみると誰もいないし使われた形跡もない。
まあ、引っ越してきたばかりだし、当然か。
「この部屋で着替えようかな」
僕はその部屋で服を脱いで、脱いだ服を畳んでからメイド服に着替える。
メイド用のカチューシャもあったのでついでにそれも頭につけておく。
「うん、こんな感じかな」
その部屋には全身鏡があったのでその鏡を使ってちゃんと着られているか一応確認しておこう。
グルっと一回転して──メイドターンってやつをしてみる。
「うん、大丈夫そう」
「イノー? この部屋で着替えてるのー?」
「あ、ソフィヤ。うん、着替えてるよー!」
しびれを切らしたのかコンコンとノックする音の後にソフィヤの声が聞こえてきた。
もしかしたら僕がどこで着替えるか言ってなかったから気になって来てくれたのかもしれない。
「入っていい?」
「うん、いいよ?」
「お邪魔しまーす──い、イノ⁉」
「ソフィヤ? なにその格好⁉」
ソフィヤはガチャっと部屋のドアを開けた。
そこにいたのは僕と同じメイド服を着たソフィヤの姿で。
「なにってメイド服だよ? イノとお揃いだよ!」
「それはわかるけど、どうして?」
「えへへ、それはもちろんイノとメイドさんをやるためだよ」
「メイドさんをやる?」
「うん! メイドさん!」
笑顔で微笑むでソフィヤ。
どうしてメイドさん? メイド撮影会でもやるんだろうか。
「それよりイノ。メイド服、すっごく似合ってるね? 本物のメイドさんかと思ったよ」
「そう? 自分ではよくわからないんだけど」
「うん、似合ってるよ! まるであの《《イノリリ》》みたい」
「え?」
僕はソフィヤの言葉を聞いて固まった。
イノリリ。
それは僕がコスプレをやっていた頃のハンドルネームだ。
まさか、ソフィヤからその名前を聞くことになるなんて。
「どうしたのイノ?」
「……イノリリってなに?」
「知らないの? イノリリは大人気男の娘コスプレイヤーだよ?」
「し、知らないけど」
「ふーん、そうなんだ。リサはファンだったみたいだけど」
ソフィヤはぱちくりとまばたきをする。
まるで僕が知らないことが信じられないみたいみたいだった。まあ知ってるというかイノリリは僕自身なんだけどね。
「え、どうして莉沙が」
「リサはよくコミケとかに参加してるって聞いたよ?」
「そ、それは知ってるけど」
莉沙はわりとクリエィティブなオタクだ。
小説やマンガを描いてはいろんなところで発表してるらしい。
莉沙とソフィヤは通話アプリなんかで話してることは知ってたけど、莉沙がソフィヤにそんなことまで話してるとは思わなかった。
「うん。だからそこでリサはイノリリのことを知ったんだと思うよ」
「へ、へえ……そうなんだ」
まさか莉沙にイノリリのことがバレてるなんて。
もしかしたら僕がそのイノリリだってことも──ううん、それはないよね? だって僕が女装したの見て驚いていたし。
「そんなことより! イノ! 行こうよ!」
「? 行くってどこへ?」
「ふふん! 日本に来てメイドさんになったら行くところなんてひとつしかないよね?」
「ま、まさか」
ソフィヤは人差し指を立てて笑顔で言った。
日本でメイドと言ったらあそこしかない。その場所は──
「じゃじゃーん! メイドカフェ・エンゼルゲイトの本店だよ!」
「はは、やっぱり」
「日本に来たら一度は来てみたかったんだあ!」
メイドカフェ。
僕はソフィヤに連れられてメイドカフェ・エンゼルゲイトのお店の前まで来ていた。
しかもこのメイドカフェは僕がコスプレイヤーだった頃に知り合った人が店長をしてる人のお店……かなり入りづらい。
「……夢だったんだ」
「そうだよ~夢だったの! 日本のメイドカフェで働くの!」
「そっち!? もしかして今日、このメイドカフェに来たのって──」
「うん! イノとメイドカフェの面接を受けるためだよ?」
「……え。ええええぇぇぇえええ⁉」
衝撃の事実。
僕は今からメイドカフェの面接を受けないといけないらしい。
知ってる人のお店、僕のコスプレイヤー時代も今の僕のことも知っている人のいる店で。