第4話
「よーしホームルーム始めるぞー」
「はーい、先生!」
「どうした渡辺」
「転校生が来るんですよねー?」
担任教師である今浪先生がそう告げるやいなや一人の生徒が手を上げる。
今浪先生に促されるとみんなが気になっていた質問をした。
「なんだもう知っとるのか。つまらんなあ」
「もったいぶるなー!」
「転校生ちゃんを出せー!」
「ったく。しょうがねーな……アルダーノヴァさん、入ってきなさい」
今浪先生はサプライズのつもりだったのかすっかり知られていることを知るとガックリと肩を落とす。
男子たちが騒ぎ始めると今浪先生は観念したように教室の外に声をかけた。
「はい、先生!」
「よし。では転校生を紹介しよう。ソフィヤ・ミローノヴナ・アルダーノヴァさんだ」
「はーい。ソフィヤ・ミローノヴナ・アルダーノヴァです。よろしくお願いします!」
「うむ。彼女はロシアからの転校生だ。日本とロシアの文化の違いもあると思うが、同じクラスメイトだ。日本やロシアなんかは関係なく仲良くしてあげてくれ」
今浪先生に呼ばれた転校生――ソフィヤは教室に入り、今浪先生に促され自己紹介する。
意外にも外国からの転校生にみんな、驚きを隠せないようで静かに聞いていた。
今浪先生が締めくくりの言葉で締めると「もちろんだよ」とか「仲良くしようね」なんて温かい言葉がいろんなところから聞こえてきた。
「さて、問題のアルダーノヴァの席だが……月丘の隣が空いているな。あそこの席に座ってくれ」
「はーい。よろしくね」
「あ、うん。よろしくね」
今浪先生は僕の隣の誰も座ってない席を指差して、ソフィヤにその席を使うように指示した。
ソフィヤは今浪先生の指示通りの席に着席するとあらためて挨拶した。
「わー、月丘さんの隣かあ」
「美少女二人とか目の保養だわ」
「……ねえ、イノリって女の子だったの?」
「ぶふっ!?」
教室のどこかから聞こえてくる声にソフィヤは疑問に思ったのかヒソヒソ話でもなく普通に聞いてきた。
僕は思わず吹き出しかけたがソフィヤにしてみれば真っ当な疑問だろう。
久しぶりに再会した幼馴染が実は女の子だったなんてびっくりするに違いない。
「イノリ……?」
「えーと……それは――」
「静粛に。そろそろHRを始めるぞ」
「はーい」
言葉に詰まっていると今浪先生がぱんぱんぱんと手を叩き、さっきまで騒がしかった教室が噓のように静かになった。
その後、授業合間の時間や昼休みにソフィヤは質問責めにあっていた。
「イノリー! 一緒に帰ろ!」
「ソフィヤ? うん、いいけど……いいの?」
「いいって何が?」
全ての授業が終わり、さあ帰るかと席を立ってソフィヤの方をチラリと見ると相変わらず質問責めにあっていた。
邪魔したら悪いだろうと声はかけずに教室を出たところでソフィヤの声が聞こえて振り返った。
「リンカやユウは?」
「凛花は非公式委員会。由卯は部活動かな」
「非公式委員会……?」
凛花は非公式風紀委員会の副委員長をしている。
非公式風紀委員会は、生徒会がお金持ちのお嬢さまたちだけで構成されてるなか、男女混合の一般生徒中心で構成されていて生徒会とは衝突することが多い。
「うん、非公式風紀委員会っていう委員会に所属してるよ、凛花は」
「非公式風紀委員会……それは委員会と呼べるの?」
「うん。風紀委員会は非公式と謳ってるけど実際は学園側も認めてるから」
「? 学校は認めてるのに非公式なの?」
「まあ、そこは色々複雑みたい」
風紀委員会は昔からある今の生徒会同様にお嬢さまたちだけで構成された風紀委員会と共学化後の間もない頃に発足した男子中心の非公式風紀委員会の二つがあった。
今は旧風紀委員会と統合されて風紀委員会は一つしかない。
「ふーん……そうなんだ」
「あら? 祈莉さんじゃない」
「あ、小早川さん。ごきげんよう」
噂をすれば正門前のところで風紀委員長である小早川 恋さんが立っていた。
頭につけたカチューシャ、ぱっつんと切り揃えられた前髪、キリリとした表情、そして左腕の風紀と描かれた真っ赤な腕章が印象的な小早川さんに声をかけられて足を止めた。
「ごきげんよう。そちらは?」
「あ、はい。こちらはうちのクラスの転校生の──」
「ソフィヤだよ! よろしくね!」
お互いに挨拶を交わす。
ソフィヤを紹介しようとしたところでソフィヤは僕の言葉を遮り、笑顔で自分で自己紹介した。
「よろしくね。私はこの学園で風紀委員長をしている小早川 恋よ」
「風紀委員長……イノリはレンと仲良いの?」
「え、それは──」
「もちろんよ! 現風紀委員長と未来の風紀委員長としてね!」
「こ、小早川さん……?」
未来の風紀委員長と小早川さんの口から聞いたソフィヤは僕の方を見て小早川さんとの仲を聞いてくる。
小早川さんが僕の左腕をグイっと両手で引き寄せて、柔らかな感触が左腕を通して伝わってきた。
「むぅ! ならないよ! イノリはわたしと遊ぶの!」
「そ、ソフィヤ⁉」
「遊ぶのなんていつでもできるでしょ? 風紀委員長は今しかできないのよ?」
「遊ぶのも今しかできないことあるよ!」
ソフィヤは僕の右腕に抱きついて、小早川さんに目で訴えながら僕の右腕を引っぱって小早川さんから引き離そうとするけど、小早川さんも左腕を引っぱるような体勢になって地味に力がこもってるせいか痛い。
「あのね、ソフィヤさん? 風紀委員長というのは──」
「そこまで! 委員長もソフィヤも離れろ! 祈莉が痛がっているだろう」
「あっ、ごめんイノリ……」
「うっ……仕方ないわね」
白熱しそうになりかけたとき、凛花が割って入ってくれて、小早川さんとソフィヤは離れてくれた。
「……委員長、こんなところで騒ぎを起こすのはやめてください」
「騒ぎなんて起こしてないわ。ただ勧誘してただけよ」
「なら場所と状況を弁えてください」
凛花は小早川さんを叱っている。
こういうときは本当に凛花が風紀委員会にいてくれて良かったと思う。
「ソフィヤ、祈莉。すまないな、うちの委員長が迷惑かけて」
「ううん、わたしも熱くなりすぎちゃったよ。ごめんね」
「ありがとう凛花。助かったよ」
小早川さんに話がついたのか凛花は僕とソフィヤを交互に視線を向けると軽く頭を下げた。
こうして見ると本当に凛花は大変だ。
たぶん、こういうのも珍しくはないんだろうし。
「いや、これも副風紀委員長としての役目だ。お前たちが気にすることではない」
「そっか」
「あぁ。それより、早く帰った方がいい」
「え?」
凛花は優しく、しかし涼しげな表情で言った。
それに僕は相槌を打つ。
すると凛花は少し険しい顔して下校を促した。
言われて気付いた。
周囲に目をやると人だかりができかけていた。
それはそうか、正門前で言い争いをしてたら単純に邪魔だし注目を集めるし。
「わかった。じゃあまた明日ね」
「ああ、またな」
「ソフィヤ、帰ろう?」
「あ、うん! リンカー、またねー!」
凛花の言葉に肯定すると、そこで別れた。
僕はソフィヤに帰ろうと伝えるとソフィヤは大きく頷き凛花に手を振っていた。
それにすでに職務に戻っていた凛花はこちらを向いて微笑みながら手を振ってくれた。