ダンジョンとスタンダード
「来たわね」
仁和さんの合図で全員が注目した。
そこには一人の男性がきょとんと立っていました。
男性というには少し幼い感じで、
恐らく高校生じゃないかな?
制服着てるし。
「あの人がそうですか?」
「そう、あの子が今回の漂流者ね」
ツアー等ではなく、稀に異世界に漂流してしまう現象があり、
"自然漂流者"というらしい。
「では、手筈通りにね?」
「分かりました」
みんなはそれぞれ持ち場につきます。
どうするのかというと……
魔王を倒して帰ってもらうそうです。
何も知らないまま、異世界を救った勇者として。
自然漂流者は大体魔王を倒すと去っていくそうです。
何故そうなのか、何故そんなことをするのかは分かりません。
自然漂流者があらわれる予兆を検知すると警報が鳴り響き、異世界の住人はみんなで協力して演出します。
この時ばかりはライバル業者も関係ありません。
「私たちの担当は裏方ですね」
「そ、今スタッフがモンスターに襲われているところだから、私たちはその先の準備をしましょっか」
「偶然通りかかった漂流者に助けてもらうんですね?」
「そだね、その後街に案内される手筈だよ」
そんなテンプレでバレないんだろうか。
私たちはダンジョンに物を配置したり、扉のしかけをつくる係です。
私と仁和さんの2人は、洞窟を担当しています。
まずはオークの奥さんに備品を渡し、説明をしに行きます。
今回は異世ツーのツアーの洞窟がダンジョンに抜擢されましたので、
奥さんはそちらで待機しています。
「いたいた 奥さーん」
仁和さんが話しかけます。
「あ、お久しぶりです、お世話になっています」
とてもいい笑顔の奥さんが答えます。
見た目は怖いんだけど、普通に良い人なんだよね。
「奥さんは今回中ボスなので、この赤い球を持っててくださいね、ターゲットに倒されたら見えるように落としてください」
「かしこまりました」
「その球が重要なんですか?」
「そう、この先のボスへの扉の前に職人がつくったガーゴイル像があるんだけど、片方の目がはめられていないのよ」
「それってつまり」
「奥さんが落とした球を目にはめたら扉が開くよ!」
「どうしてそんな仕掛けを……」
「ダンジョンってそういうものでしょ?」
なんだかゲームでもしている気分になりました。
「奥さん無くしたり壊したりしないでね、スペアはあるけど備品なので」
「分かりました、いやー5年ぶりなんで緊張しますね」
「ふふ、頑張ってくださいね、それじゃあ私たちはボスの部屋へ行ってきますね」
私たちは奥さんを中ボス部屋に残し、ボスの部屋へ向かいました。
「さて、ボス部屋の前は一方通行の部屋だよ」
「なんですかそれ」
「踏んだら何かに当たるまで進む床だよ」
「へーこれはちょっと面白いですね、簡単にはたどり着けないようになってるんですね」
「まぁ私たちは関係者通路使うんだけどね」
そういうと仁和さんは床のタイルを一か所持ち上げ、床下に入っていきました。
「えぇそんなとこ通るんですか?」
「仕掛けは時間かかるしデリケートなのよ、行くわよ」
「はぁい」
床下とか、服よごれそう。
と思ったけど、中は意外と広くコンクリートでできた綺麗な通路でした。
しばらく進み、梯子を上って天井を開けると、そこは例のガーゴイル像の裏でした。
「ここがボス部屋ですか」
「あおのちゃんスペアの目をはめてみて?」
「はい」
ギザギザの歯、悪魔の羽、見事な造形のガーゴイル像に目をカコっとはめると、
扉がギギィーと開いてゆきます。
「あ、自動扉なんですね」
「雰囲気あるでしょう?」
「そうですねぇ自分で開けるより、何か大きな得体の知らない力が働いているような感じがしますね」
「まぁ電動なんだけどね」
「ですよねぇ」
扉の奥には、天井が高く柱の多い、いかにもボスっぽい部屋が広がっていました。
奥でごそごそなにかが動いています。
「甘さん、おはようございます!」
仁和さんが返事をすると、
「お、おはようございます」
ちいさな声が返ってきました。
はて、声はすれども姿は見えず。
「えっと、仁和さんボスさんは?」
「そこそこ、あおのちゃんよく見て」
仁和さんは目の前を指さしている。
うーんと目を凝らしてみると、うっすらと白い布のような物が見えた。
「うーんオバケですか?」
「そうだよー」
すると、白い布のような物がお辞儀をしました。
「初めまして、幽霊の甘<あま>です」
「あ、どうも初めまして綾部です」
なるほど幽霊だったかー
でもぜんぜん怖くないね。
「甘さん備品渡しに来たよ、あと打ち合わせね」
「はい」
「まずこれ、弱点が光る装置ね、いかにもそこをを攻撃してねって感じで光るから、攻撃されたらダメージ受けてる感じでよろしくね」
「はい」
「あと後ろの宝箱だけど……」
ボスも大変だなぁ。
いや、ボスこそ大変なのかもしれないね。
「そんな感じで宜しくお願いね」
「はい、頑張ります」
「当日は防犯カメラチェックしといてね」
「かしこまりました」
カメラまであるんだ。
まぁあるよね。
その後私たちは、各部屋の罠を確認しながら入り口へ戻りました。
落とし穴だったり、4方向に動く謎の石像の向きをそろえると開く部屋だったり、岩が転がる通路だったり。
「さて、罠もチェックしたし今日はもどろっか?」
「落とし穴とかありましたけど実際結構危なくないですか?」
ゲームはダメージで済むけど、怪我とかしそうだし。
「大丈夫よ、このダンジョンは世ダン連(世界ダンジョン連盟)の安全基準クリア済だから、ほらステッカー貼ってあるでしょ?」
「なんですかそれ」
「世の中にはいろんな基準があるのよ、世ダン連基準のダンジョンはカタログにも乗せてもらえるんだから」
「いつのまにそんなのとってたんですかぁ」
「ダンジョン業を営む場合は取得必須なのよ、危ないダンジョンばっかりになっちゃうでしょ?」
「はぁ」
「ちなみに異世界消防法も通ってるから、ボス部屋の角とかよく見ると消火器が設置してあるよ」
これも現代化の影響かな。
そんなこんなで、異世界漂流者が初めに訪れるダンジョンは完成しました。
雑談しながら、現代の会社に帰る最中。
園田さんと鈴ちゃんと繭ちゃんチームを見つけ、合流しました。
「まさかダンジョンに基準があるなんて知りませんでしたよ」
「そりゃあるわよ、営業するものには大体基準が設けられてたり、ルールが敷いてあるものよ飲食店だってそうでしょう?」
「それもそうですね」
ちょっと疲れてたのが顔に出たのか、繭ちゃんが心配してくれました。
「あの、その、先輩疲れてますか?」
「うーんちょっと疲れたかも」
「あの、私が肩お揉みしましょうか?」
ひゃー
いい子!
いい子すぎて可愛い。
「えー!いいの?ありがとう、だいすきー」
抱きつこうとすると、スっと鈴ちゃんが割って入りました。
「離れなさい綾部あおの! あなたこそ繭との距離の基準が必要なようね」
「えぇ、どんな基準ですかぁ」
「5m以内侵入禁止とかかしらね」
「そんなぁ!モフれないじゃない」
「まぁ私も鬼じゃないわ、1m10,000円で売ってあげなくもないわよ」
「ひどい!とんだ利権団体だわ!」
「フフフ」
周りを見るとみんな笑っていた。
笑顔で1日を終わる。
それが私の良い日の基準。