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人材派遣会社の社長、魔王の娘であるメイちゃんが来てから約2か月。
試用期間が迫ったある日の事。
「そろそろ使用期間が終わるね、メイちゃん正式に雇うなら手続きしないとね」
仁和さんがポロっとこぼしました。
「やった、正式に仲間になるんですね?」
私が尋ねると、メイちゃんも喜びました。
「ヤッター、お役に立つよ!」
「メイちゃん日本語上達したね?」
「日本語勉強シテルヨ」
「えらい!」
「エヘヘ」
えらい!
可愛い!
父親が推薦してきただけのことはあるね。
実際メイちゃんは物覚えも良く、すぐに仕事に慣れていきました。
メイちゃんの使うパソコンの画面には、枠にカラフルなメモ書きされた付箋が
大量に貼り付けられ、まるでヒマワリのようだった。
「そういうわけだからあおのちゃん、晩羽さんと手続き進めといてね」
「分かりました」
私は直ぐに晩羽さんにメールすると、5分もたたないうちに返事が帰ってきました。
ほんと営業の人はレスポンス早い。
(取り急ぎ採用に関する書類を送らさせて頂きます)
といった内容の後に。
(他にも誓約書等のご用意をお願いします)
といった内容のメールが後から、
(五月雨ですみません、必要書類を1つ忘れておりました)
といったメールがさらにその後から。
晩羽さんから3連続でメールがきてる……。
五月雨ですみませんってなんだろう。
「仁和さん、晩羽さんからメールが来てるんですけど、五月雨ってなんのことですか?」
「うーん?」
仁和さんは一通りメールのやり取りを見た後、あぁと納得していました。
「それは後からメールでいろいろとくっつけちゃってごめんなさいねっていう意味ね」
「そうなんですか?」
「後からいろいろと付けることを五月雨とか五月雨式とか言うんだよ、丁寧な言い方だよ」
「初めて知りました」
メイちゃんじゃなくても、日本語は難しいなぁ。
「ちょっといいですかぁ?」
「どうしたの?」
そこへ八木ちゃんがやってきました。
「メイちゃんは助かるんですけど、園田さんがツアーに出ると人数は変わらないんですよぉ」
「うーん確かに」
「なので総務的な募集もかけたいんですけどぉ」
「そうね、ここ最近忙しくなってるし事務員さん募集もしちゃいましょ」
「おねがいしますぅ」
たしかに現状園田さんもみんなも、事務を手伝いながら現場に行ったりしているから
事務員さん増えると助かるよね。
「じゃあ求人広告の会社にお願いしないとね」
「それなんですがぁ」
八木ちゃんが紙を一枚見せてきました。
「さっきFAX届いていたんですけど、新しい会社お試しで1か月無料で求人広告を出せるキャンペーン中らしいんですよぉ」
「へぇー」
仁和さんといっしょに覗いてみると、たしかに初月無料と書いてありました。
「これやってみてもいいですかぁ?」
「そうねぇ無料ならいいんじゃないかしら、まぁ新しい会社ならあんまり応募が無いかもだけどね」
「はい、ちょっとやってみますねぇ」
八木ちゃんはその会社の媒体に、求人広告を掲載することにしました。
「無料だしあんまり期待しないでおこうね、他にも有名な媒体の見積りを取っておいてくれると助かるよ」
「わかりました」
初月無料のその会社の手続きは終わり、求人はネット上に掲載されました。
しかし応募等の反応は無く、無料なのですっかり仁和さんも私も、もちろん八木ちゃんも忘れていたのでした。
1か月以上過ぎたある日。
いつも通り八木ちゃんが、会社に届いた郵便物をチェックしていると。
「えっ!」
珍しく驚いて声を上げている八木ちゃんに、みんなが寄ってきました。
「どうしたの?」
「この間の無料の求人広告の会社から、請求書が来ているんですけど」
「どれどれ?」
仁和さんが見てみると、
「え?40万円の請求が来てるんだけど?」
「えぇーーー?」
会社名を見ても、確かにあの初月無料の会社からでした。
「どういうことなんですか?」
「向こうの会社のミスかしらね?」
「それにしても一月40万円は高すぎるはね、応募一切なかったし」
「そもそも無料じゃなかったでしたっけ?」
「そういえばぁ……」
八木ちゃんがふと何かを思い出した様子。
「解約の封筒来てませんでしたよねぇ?」
「解約の封筒?」
みんな首をひねりました。
「はい、掲載期間中に全く応募がなかったので、無料の期間が過ぎたら解約手続きをしたいから、解約用紙を郵送してくださいとお願いしていたんですけれどぉ」
「郵便物は記録取ってるわよね」
「はい、でもこの会社からの郵便物はありませんねぇ」
どういうことだろう?
「ちょっと私、電話して聞いてみますねぇ」
「お願いね」
八木ちゃんは、件の会社に電話をかけました。
「とりあえず、電話が終わるまで仕事してよっか」
「はい」
みんな気になりながらも、それぞれ自分の仕事に戻っていきました。
そして数分後。
電話を終えた八木ちゃんが、仁和さんに顛末を伝えに来ました。
「どうやら解約手続きをしないと自動更新されるそうです、掲載料が月40万円で契約書にも書いてあるそうです」
「解約書類の封筒は?」
「向こうは送ったの1点張りでした」
「でもとどいてないのよね?」
「そうなんですよぉ」
「これは……」
だれもがそう思ったけど、言わなかったことを仁和さんが口にしました。
「詐欺だね」
「やっぱりですかぁ?」
騒ぎを聞きつけてみんな寄ってきました。
「なによ綾部あおの、詐欺られたの?」
「私じゃないよ」
「八木さん、その、大丈夫ですか……?」
「無料求人等の会社を狙った詐欺ですわね」
「サギッテナンダ?鳥カ?」
「みなさん、落ち着きましょう?」
「どこの会社ですか?ちょっと調べてみましょうその会社」
がやがやしてきた。
うん?
今だれか知ってるような事言わなかった?
4番目に喋った人だ!
「鶴乃さん!」
「何かしら、綾部さん」
「今日もいたんですね」
「繭がこちらにお邪魔してるからですわね」
いろいろとツッコミたいけど、それはおいといて。
「鶴乃さん、あの詐欺知ってるんですか?」
「そうねぇ会社を狙う詐欺の一つですわね」
そういうと、お茶を用意して、眼鏡をかけてから話出しました。
「詐欺師が狙うのは個人だけじゃなく、法人もターゲットになりますのよ、今回のもよくあるケースの一つですわね」
「鶴乃さんも狙われたことがあるんですか?」
「テレビで見ましたわ」
「テレビなんだ……」
ちょっと関心したのに。
「そうやって気の弱い経営者や、しつこい催促に勉強料だと思って払ってしまうのを待ってるのですわ」
「ちなみにどうしたらいいとかテレビでは言ってました?」
「だいたいは弁護士を通して、支払わない旨を内容証明郵便で送付すると諦めるそうよ」
「そうなんですね」
「向こうもお金儲けですからね、労力に見合わないと思ったら引くのよ」
なるほどねー。
詐欺って個人を狙うものだとばっかり思っていたけれど。
会社を狙ってくるのもあるんだね。
「とりあえず、社長には報告しておくわね」
「ナニカ困ッテル?」
「うんちょっと悪い人がね、うちの会社からお金取ろうとしてるんだよ」
「悪イヤツダネ」
そういうと、メイちゃんは八木ちゃんが印刷した、求人広告の会社の情報を見ていました。
「分カッタ父ニ聞イテミルヨ」
あら資料もってっちゃった。
まぁいっか。
それから3日後。
本日晴れてメイちゃんが、正式採用となりました。
今日は軽い歓迎会です。
会社で、みんなでメイちゃんを待ち伏せて
出社したところをサプライズです。
みんなで事前にクラッカーを用意し、
息をひそめて防犯カメラを見ています。
「ほら、来ましたよみんな準備しましょう」
みんなはオフィスの入り口に注目し、手にはクラッカー。
そしてガチャっとメイちゃんが入室すると。
パン!っと破裂音。
「メイちゃん!正式採用歓迎会でーす!」
「メイちゃん引き続きよろしくね!」
「宜しくお願い致します。」
「よろしくー」
メイちゃんはびっくりしながらも、笑顔で
「コチラコソヨロシクネー」
「ささ、席にお菓子も用意してあるよ」
「ヤッター」
さっそくお菓子を頬張るメイちゃんを、みんなで見ていました。
「この会社もにぎやかになってきたね」
「そうですね」
仁和さんと園田さんがしみじみ語っている。
「あとはあの詐欺会社の件さえ無ければ順風満帆だったね」
「ホヘハラハイヒョフ」
メイちゃんがなにか言っている。
「メイちゃんなんて?」
「ソレナラダイジョブソノカイシャモウ無イヨ」
「え?そうなの?」
「父ガツブシテキテクレタヨ」
「えぇ!?」
なんでも、うちの取引先にちょっかいを出すなと言いに行ったらしい。
まぁ異世界の大企業だし、むしろ魔王だし、それぐらいは容易いのかもしれない。
「ありがとうメイちゃん!」
「エヘヘ」
この親子は怒らさないでおこう。
「仕事終わりにもどこか行こうよ、そだ今日クーポン届いてたんだけど」
「なになに?」
女子が集まってきた。
「新オープンしたアイスクリームのお店で、3個かうと1個無料のクーポンだよ」
「む、無料ですかぁ?」
八木ちゃんが無料に反応した。
「い、いいですね、行きましょう!」
「やったーみんなで行こう!」
やっぱり無料には勝てなかったみたい。