経理と魔王
私が魔王です。
そう言ったんですかね、この人
人?
スーツは来ているけれど、隠し通せないオーラ。
部屋へのトビラはくぐらないと通れない大きさ。
するどい眼光。
あぁ多分魔王なんだろうなぁ。
本当に。
言っていることが嘘じゃないと、
誰もがそう思うほどでした。
何秒たっただろう。
誰も言葉を発しませんでした。
「あの、どうかされましたか?」
魔王さんが、困ったような顔で尋ねてきました。
「い、いえすみません、あの、初めまして綾部と申します。」
「八木です、よろしくお願いします」
八木ちゃんも緊張して、いつもの喋り方じゃないなぁ。
無理もない。
連れてきた園田さんも、めちゃくちゃ緊張してたし。
「本日参りましたのは、いつも弊社をご利用いただいておりますので、さらに御社のお力になりたく思い、参上した次第です」
まぁつまり、ウチの契約人数が減るうわさを聞いたから
別の商品(人材)を売りに来たという事かな?
しかし、地獄のような低い声なのに紳士的で聞き取りやすいなぁ。
「は、はぁ、それはありがとうございます」
「社長、聞いてくださいよ~異世ツーさんが契約人数減らすー言うんですよ?」
イセツー?
そんな略し方されてたんだ……
「晩羽君、そんな言い方してはいけないよ?会社にはそれぞれ事情があるんだから」
「はい、すんませんでした」
「もし社内でなにか、手が足りないだとか、お困りごとでしたら是非お申し付けください」
「晩羽も御社に協力させていただきますよ」
ど、どうしよう。
園田さーん助けて。
「さぁさぁ、なんでもおっしゃってください」
うわ、ぐいぐい来た。
八木ちゃんは固まっちゃってるし。
私が答えるしかないか。
「うーんと、そうですねー事務員さんがいると、園田さんが現場に出られるので、助かるといえば助かりますね」
前から思っていたんだよね。
事務員さんが少ないから、園田さんが現場に出られないんだし
もったいない!
「なるほどですねぇ」
魔王さんがひと際低い声で提案を出しました。
「それなら事務員を一人と、うちの社労士と契約しませんか?」
「社労士さんというと、どういう人ですか?」
「それはですね……」
魔王さんは懐からサングラスを出してきました。
……怖っ!
「社労士とは、社会保険労務士の資格を持っている、社会保険や労働法に関するプロの事です」
「は、はぁ」
「大体は各企業と契約して、就業規則等の法律に関するアドバイスをしたり、書類を作成したりするお仕事ですね」
なるほど。
「さらにうちの社労士は、異世界にも詳しいですよ、労働に関する法律は任せてしまった方が楽です、それに事務員も1人派遣しますよ、業務が円滑になり園田さんも動けることでしょう」
なるほどーと聞いていると、八木ちゃんがようやく動き出しました。
「あ、あの、うちにはもう契約している社労士さんがいますのでぇ」
「む、そうですか、それじゃあ経理だけ派遣しますよ」
「は、はぁ」
おや? なんだか1人は契約する流れになってるぞ。
どうしても1人は契約する気だな!
「うちでも飛び切り優秀な経理事務を派遣します、是非一度会ってやってください」
「すごい経歴をお持ちなんですか?」
「そうです、会ってみてから決めて頂いて大丈夫ですので、明日にでもこちらに向かうよう指示しておきますね?」
「え?あ、はい」
うーん流されている。
でもこの人の提案断るの無理ですよ?
「ありがとうございます、必ず御社のお役に立てる人材ですので、明日宜しくお願い致しますね綾部さん」
「は、はい」
しかも私が担当になってる!?
「それでは本日はそろそろおいとま致します」
「はい、ありがとうございました」
「こちらこそ、お時間いただきありがとうございました」
「ほなみなさん、ありがとうございました」
そういうと、魔王さんと晩羽さんは帰っていきました。
私と八木ちゃんは、緊張から解き放たれ、二人してため息。
部屋から出ると、隣の会議室では星野さんのマーケティング会議が行われていました。
そっか、それで仁和さんは来なかったのね。
星野さんの協力もあり、宣伝に力を入れるようになってから、
ツアーや企画は比較的好評です。
そうだ、お昼から現場だったっけ。
準備しないと。
もう部屋に入ってから何時間たったかも分からなくなっていました。
「八木ちゃん、私現場の準備してくるね」
「はぁい」
私は繭ちゃんと合流して、現場の準備をしていました。
そこへ会議室から出てきた園田さんが、
「綾部さん終わったの?どうだった?」
「めちゃくちゃ怖かったです」
「契約の話はどうなったの?」
「なんだか結局、経理事務の人が来ることになっちゃいました」
「えぇ?」
「いやでも、明日試しに会ってみてそれから決めてもらって良いって」
「それはもう断れないんじゃないかしらね?」
「そうなんですかね?」
「……多分ね」
なにか思い当たることでもあるのかな。
でも私は、出来れば園田さんに現場に出てほしいなって思う。
そんなこんなで、私と繭ちゃんは現場へ向かいました。
園田さんの少し不安そうな顔が印象的でした。
次の日。
朝、いつも通りに出社し朝礼を開始。
鈴ちゃんも来て、しっかりといつものメンバーが揃いました。
「昨日魔王さんが言っていた人、今日来るんだよね?」
「そのはずですけれど、いつ来るかまで聞いてませんでしたね」
「どんな人だろうね」
仁和さんとそんな話をしていると、ちょうど来客のチャイムが鳴りました。
ピンポーン
「あ、来ましたね?」
「私見てきますねぇ」
八木ちゃんがすぐに連れてきました。
「綾部さんにお客さんですよぉ」
八木ちゃんの横に、小学生ぐらいの小さな女の子が立っていました。
黒く長い髪と赤色の瞳。
丸い帽子をかぶって、黒いワンピース姿。
可愛いんだけどどこか不気味な雰囲気です。
「あら可愛らしい、どこの子かな?」
小さい女の子は答えました。
「アヤベ!」
え?あ、私?
「私? 綾部は私だけど」
「アヤベのトコロ テツダウ ケイリ」
……。
「八木ちゃん、ひょっとして」
「たぶんそうですねぇ」
覚悟を決めて聞いてみようか。
「お嬢ちゃんひょっとして、M&Pから来たのかな?」
「ソウ! マオウからハケン アヤベ テツダウ」
あちゃーやっぱりかぁ。
よく見たら帽子から角出てるわ。
「本当に?」
「ホントウニ!」
……。
うーん、これは私の手にはおえない案件だわ。
こういうときはアレを使うしかないね。
とりあえず準備運動をして、
軽く発声練習。
よし!
すぅーっと息を吸い込んで。
私は叫びました。
「全員集合ーーーーーーっ!」
部屋を伝い、廊下を伝い、社内に響き渡る。
集合の合図を聞いたイセツーメンバーがドタドタ寄ってきました。
「なになに、どうしたの?」
「急に集合かけて何の騒ぎよ?」
「あの、どうされたんですか?」
「綾部君、何かあったのかい?」
全員集まったところで、私は彼女を紹介しました。
「……M&Pから派遣された経理さんです。」
「ハジメマシテ」
「きゃー可愛い!」
一瞬で彼女は囲まれ、仁和さんにもみくちゃにされていました。
「異世界の子なの?」
「何歳かな?」
「経理できるの?すごーい」
「ふん、可愛いじゃないの!」
彼女は目が×みたいになっていました。
「ちょっとみんな、彼女困ってるじゃないの」
園田さんが全員をなだめて、なんとか収まりました。
「ほらほら、仕事しましょう?」
「はぁーい」
みんな後ろ髪をひかれつつ、仕事に戻りました。
「ふぅ、で、経理だっけ?すごいできるって聞いてるけど」
たしかそんなことを昨日魔王さんが言ってたような。
「ケイリ 20年ハヤッテルヨ」
「え、すごいって20年!?」
「ワタシ ニンゲンチガウ カラ」
ふむ?
「ソノ ジュミョウ タクサン モア」
「なるほどー」
とりあえず、園田さんに引き渡しました。
園田さんの代わりに来た人だからね。
現状を教わっておいた方がいいでしょう。
しばらく自分の仕事をしていると、園田さんがやってきました。
「綾部さん、あの子、というかあの人すごいわ」
「そうなんですか?」
「20年は伊達じゃない感じよ、会計ソフトも使いこなしてるしすごく慣れてるわね」
気になったのでちょっと様子を見に行くと、鈴ちゃんと繭ちゃんがいました。
「へータイピング早いわね」
「あの、上手ですね」
「パソコン ナレテル」
なんだか可愛い空間だなーココ。
「この分だと年末調整とかも任せられそうね」
「源泉徴収票とかでしたっけ?」
「そうね、あれも経理のお仕事だからね」
源泉徴収票?
あーあの毎年もらう紙ね。
「スズ マユ ゲンセン シッテルカ?」
「当然でしょ?」
「はい、その、分かります」
「アヤベ ゲンセン シッテルカ?」
「もちろん!年末にもらう紙でしょ?」
「ソウ」
「綾部あおの、あなたあんまり意味が分かってなさそうね?」
「そそそ、そんなことないよ!なんで毎回フルネームなの?」
「はぁ?仕方ないわね、私が教えてあげるわよ」
鈴ちゃんが眼鏡をかけだしたぞ。
これはもう黙って聞いておくしかないね。
「源泉徴収票とは、1年間に会社が支払った給料と、払った所得税が記載されている書類のことよ」
「ソウ!」
「大抵は使わないけれど、人によっては確定申告で使ったり、転職したときに提出したりするので、いい加減には作れない大切なものよ」
「ソノトウリ」
なんか相槌うってるの可愛いなぁ。
「へー二人とも詳しいんだね」
「あなたが色々と知らなさすぎるんじゃない?」
「これから知っていくんだい!」
学校ではならわなかったぞ!
……。
習ってないよね?
「そういえば名前を聞いてなかったね」
「そうだった、見た目のインパクトと仕事能力ですっかり忘れてたわ」
「ナマエカ?」
「そうそう」
「ナマエハ メイ ダヨ」
「メイちゃんかぁ 可愛い名前」
「マオウ メイ」
「魔王 メイ?」
「魔王ってまさか?」
「ソウ」
そう……?
「マオウ ハ チチ ダヨ」
「魔王の娘ーーーー!?」×3
またとんでもないのが来てしまった。