私たちと巫女
今、オフィスは大変なことになっています。
たったひとりの来客に社内が揺れています。
提案を受けるべきかどうか……
繭ちゃんは嫌がるかなぁ、
昨日も目の前の人から逃げてきたらしいし。
いまいち目的が分からないんだよね。
仁和さんも、園田さんも難しい顔をしていました。
そんな中、八木ちゃんがいつものペースで、
「あのぉ、いったん社内で話し合うというのはー?」
「遅いですね」
「はぁ……」
「そのようなことでは、事業をつぶしますよ、今、決めてください」
見た目通り厳しい人なのかも、
繭ちゃんは私の後ろから出てこようとしません。
若松鶴乃さんは淡々と続けます。
「あなた達、繭美のいる会社を潰すおつもりなのかしら?」
「いえ、そのようなわけでは」
「なら、やることは一つでしょう?」
ひょっとしたら、ものすごい親バカなのでは?
繭ちゃんが大事で大事で堪らないだけでは?
どうもさっきからすごい見られてる気がするし。
誰も口を開こうとしなかった。
私としては、仁和さんのアイデアや自分達でつくったルートを
否定されているようで、あんまりいい気分じゃなかったけれど。
たぶん、みんな同じ気持ちじゃないかな。
もうちょっとやってたら、口コミで広がって流行ったりするんじゃないかな?
お客様の評判は良いし、勇者視点の映像を魔法で直接脳内に流すなんて、
そんな発想他には無いだろうし。
そんなことを考えていると。
ひと際ひくい声が響きました。
「みなさん、受けましょう」
「この低い声は、社長!?」
「今は学ぶときです、教えてくださるのなら、学びましょう」
みんなが聞き入っていました。
「そして、教えて頂いた分は、業務でしっかり返しましょう?」
「良い判断です」
社長の判断で協力することに決まりました。
いきなりのことで、よくわかっていない人や、
戸惑っている人がいる中、仁和さんが指揮をとりました。
「さぁ、みんな社長の決裁が下りたよ、全力で協力していきましょう」
「は、はい」
「……毛利社長、仁和さんは良い人材ですね」
「ふふ そうでしょう?渡しませんよ?」
なにか聞こえた気がした。
ウチのリーダーは渡さないぞ!っと
繭ちゃんは複雑な顔をしていたけれど。
「それではみなさん、良いパートナー関係を気づいてゆきましょう」
「はい、お世話になります」
決まっては仕方がない。
腹を決めましょう。
繭ちゃんの手をぎゅっと握っておいた。
「まずは、決裁のお礼として、明日にでもうちのスペシャリストを御社に派遣します」
「ありがとうございます、かしこまりました、今日はもうお帰りですか?」
「はい、後日また伺います」
スペシャリスト……?
どんな人だろう。
「では、失礼いたします」
「ありがとうございました」
鶴乃さんは帰っていきました。
緊張感が解放されていく。
「繭ちゃん、大丈夫?」
私はとにかく繭ちゃんが心配だった。
「はい、あの、私は大丈夫です」
「大丈夫じゃなかったら言ってね、いつでも泊まりに来ていいからね」
「はい、ありがとうございます」
「今日はどうするの?」
「今日は帰ろうかなと思います」
「送っていくよ?」
「いえ、その、大丈夫です、ありがとうございます」
振られた!
大丈夫ならいいんだけど。
パンっと仁和さんは手を叩く。
「さぁ、今日はとりあえず終わりましょうか、明日そのスペシャリストの話を聞いてみましょう?」
「分かりました」
その日は解散となりました。
翌日、出社するといつものように、仁和さんがすでに会社にいました。
しかし、いつもと違って仁和さんの隣に誰かいます。
巫女服を着た女性でした。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
「仁和さん、えっとその方は?」
「さあ?分からないけれど、会社の前に巫女さんが立っててね?」
「は、はぁ」
「うちに用事かもと思って、お茶を出してたところ」
「なるほどですね」
しかしこの巫女服のお客様。
挨拶しても返事がない。
腕を組んで、来客用のソファーに座ったまま、
仁和さんが出したお茶にも手を付けていない様子。
「仁和さん、あの人喋りませんね?」
「そうなのよ、でも美人さんじゃない?」
「うーん」
確かに美人だった。
黒髪ポニーテールでオリエンタルな雰囲気。
「会社にいれちゃって、変な人だったらどうするんですか?」
「あおのちゃん、私思うんだけど、あの恰好たぶん若松関係の人なんじゃないかな?」
あーなるほど さては例のスペシャリストだな!
若松の人間は着物でないと仕事できないのかな?
「おはようございます」
繭ちゃんが登場。
「え?あ!? 星野さん?」
ほら、繭ちゃんが反応したわ。
その星野さん?は目を開けて立ち上がり、繭ちゃんの方を向いてお辞儀しました。
「おはようございます、お嬢様」
「お嬢様ぁ?」
仁和さんと私は、驚いて聞き返してしまった。
「そう、この人は実家のお手伝いさんの星野さん」
「ええええ」
星野さんはようやく喋りはじめました。
「そう、そして若松から派遣されたスペシャリストです」
「えええ?」
なんのスペシャリストだよう
そうこうしているうちに全員揃っていました。
「やっと全員揃いましたね、それでは御社がなぜ勝てないかを説明しましょうか」
「え?ちょっと待ってください、繭ちゃん家のお手伝いさんなんですか?」
「それが何か?」
「いえ、その色々と気になっちゃって、その姿とか」
「この恰好ですか?これは趣味です」
趣味かい!
「さあ、早く皆さん集まってください、私は早く帰りたいんですよ」
「わ、分かりました」
なんだか変わった人が来ちゃったなぁ。
その時扉がバンっと勢いよく開く。
「綾部あおの!今日も来てあげたわよ!感謝しなさい」
「あ、鈴ちゃんおはよー」
「おはようって、星野さんいるじゃない!?なんでなんで?」
おや?知り合いなのか鈴ちゃんと星野さん。
「ご無沙汰しております、大月のお嬢様、ところでなぜこちらへ?」
「へ?ま、まぁいいじゃない、あなたこそどうして?」
「ちょうど良いですね、大月様も聞いていってください」
「うん?」
鈴ちゃんは頭に?を浮かべながら座りました。
「では、今までやってきたことを説明していただけますか?」
「はい、実は……」
仁和さんと園田さんは、今までの経緯を話しました。
飽きられ対策に新ルートや、ライバルに勝つための差別化戦略
ランチェスター戦略や勇者視点の魔法の話をしました。
「なるほど、それで評判も良かったのに、売り上げは右肩下がりで、ライバルは右肩上がりと?」
「そうですね」
「まぁ、そうでしょうね」
星野さんは、あっさりと言い放った。
「そうですね、分かりやすく問題にしましょうか」
問題?
「では、みなさん一人一人が経営者になったつもりで答えてください」
「あなたたちの目的は、カフェを建てて、最高の売り上げを目指すとします」
「そこで神様が、なんでもいいから一つ何かをくれると言いました、何をもらいますか?」
神様?経営の話なのに急にオカルトっぽい話に?
「真剣に答えてみてください、最高の売り上げを目指す目的のため、何をもらいますか?」
仁和さんが手を挙げる。
「はい、仁和さん」
「他には無い、めちゃくちゃおいしいコーヒーとか」
「良いですね、さぁ他の人は?」
「人件費のかからない人材とか」
「いいですね園田さん、はい、他には?」
「原価が0になる能力とかぁ」
「原価重要ですよね、他には?」
「すごくおいしくて安いパフェとか」
「すごく豪華な客席!都心に物件」
「可愛い看板娘!」
「そんなものですか?他には?」
「ありとあらゆる国の言葉に対応していて、一瞬で国を移動できるお店とか」
私達は色々な案を出しました。
「うん、たくさん案がでましたね、みんないい店になるでしょう」
「しかし、全員、私の店には勝てないでしょうね」
星野さんは言い切りました。
何故ですか?と聞きかけた私達を手で制しました。
「もしカフェで最高の売り上げを出すために、なんでも一つ貰えるのだとしたら」
「私なら、"喉が渇いている人"を貰います」
「えっ!?」
目から鱗。
「いいですか?みなさん、どんなにいい商品、どんなに儲かる商品、どんなに最高なサービスでも買ってくれる人がいなければ意味は無いんですよ」
「どんなにおいしいコーヒーでも、コーヒーを飲みたい人がその店を知らなければ意味がないんですよ」
「どんなに良い旅行、どんなに楽しいアトラクションでも、旅行に行きたい人や異世界を見てみたい人が知らなければ、それはもう意味がないんですよ」
みんな、若干不信がっていたけれど、今は巫女服の女性の言動に
みんなが聞き入っていました。
「御社に足りないもの、それは、マーケティングです」
マーケティング?
どうやら、また新しいことが始まりそうです。