着物とPDCA
「えっと、それはどういう?」
「申し上げた通りです、御社と業務提供のご依頼に参りました」
深々と、そしてゆっくりとおじぎをした女性の目は真剣でした。
すごい貫禄と雰囲気、只者ではない気配。
なんだかオフィスのBGMまで和風に聞こえてきた。
いつもはクラシックなんだけど。
「分かりました、ひとまずお話を伺いましょう」
仁和さんもさすがに真剣に答えました。
「八木さん、会議室に2人分お茶用意できる?」
「分かりましたぁ」
ふだんは"八木ちゃん"なのに"八木さん"呼びだったね。
仁和さんもさすがに、大企業の代取に緊張してる様子。
ここで従業員を"ちゃん"呼ばわりは、舐められると判断したのでしょう。
八木さんに先導され、2人は会議室に入っていきました。
うーん、めちゃくちゃ気になる。
繭ちゃんも仕事に手がつかないといった感じ。
そりゃそうだよね。
「繭ちゃん、今の人は繭ちゃんのお母さんなの?」
「はい、そうです、若松観光の代表取締役でもあります」
「なにか聞いてない?」
「はい、私も家を出て一人暮らしですし……」
「業務提携って言ってたね」
「言ってました」
つまりは一緒にお仕事がしたいということかな、
しかし、あんな大企業の代取がわざわざこんな小さな会社に来るのは、
やっぱり繭ちゃんがいるからなのでは?
そうだ、お茶運んだ八木ちゃんならちょっとぐらい会話きいたかも?
「八木ちゃん!話きいた?」
「いえー、お茶運んだだけですしぃ」
「まぁそうだよねぇ」
そうこう話していると、園田さんがやってきました。
「ほらほら、気になるのは分かるけど仕事しましょ」
「はい」
「若松さんも、出てきたら仁和さんに聞いてみましょ?」
「はい……」
私たちは仕事に戻りました。
2人が会議室に入ってから、40分ぐらいたったころ。
扉が開き、2人そろって出てきました。
「それでは、さきほどの件、ご検討お願い致します」
着物の女性が、また深々とお辞儀をしていました。
顔を上げ、繭ちゃんのほうを見て言いました。
「繭美、あなたはいつもどるのかしら?」
繭ちゃんは顔を背けながら答える。
「お、お母さま……私は、戻りません……」
「そう……」
え、会話それだけ?
娘が心配じゃないのかな。
「では、失礼いたします」
そういうと、若松鶴乃さんは会社を出ていきました。
……BGMがクラシックに戻る。
いつもの笑顔に戻った仁和さんが、みんなのところへ戻ってきました。
「いやー緊張したよー、繭ちゃんのお母さんは雰囲気がすごいね」
「それで、業務提携の話でしたっけ?」
「うんうん、いろいろと言われちゃったよ」
仁和さんは一息置いてから語りだしました。
「あなた達では、BMには勝てないってね」
「えええそうなんですか?」
「勝てないどころか、シェアを奪われて撤退することになるでしょうと」
「なぜそんなことを?」
「まぁそうならない為に提携しないか?というお話だったんだけど」
「はい」
「とりあえず、考えさせてほしいと頼んでおいたよ」
「業務提携はどんな内容だったんですか?」
「ホテルを建てるから、そこを利用して日を跨ぐツアーをしないか?ということらしいよ」
「そういえば、あそこの本業はホテルだったわね」
「異世界2泊3日とかですか?」
「そうなるね」
なるほど、特別価格でウチのホテルを使えという事だね。
若松ならネームバリューもあるという事かな。
「けど、私たちだけでは勝てないと言い張ったのが、少し気になるわね」
「提携したいからわざと言ったんじゃないんですか?」
「まぁどういうつもりなのかは分からないけど、今はとりあえずさっきの魔法で差別化して挑戦したいな、あおのちゃんは案を出してくれたんだし、私も挑戦してみたくなっちゃった」
なるほどね、仁和さんは自分の企画をやり遂げたいんだね。
そういうことなら応援したい。
「私!応援しますよ!」
「あおのちゃん!」
「あの、私も、母は後回しでいいと思います」
「繭ちゃんも!ありがとう」
「しょうがないわね、PDCAサイクルをしっかり意識してやりましょう」
「京子ちゃん!私、頑張るよ!」
みんなで方向性を確かめ合い、とりあえず仁和さんの案を進めるという事に決定しました。
「あのー、それでPDCAサイクルってなんですか?」
「はい!お答えしましょう!」
腰に手を当ててお得意のポーズ!
からの眼鏡を装着。
はい、ドヤ顔で完成。
もうこれを見たいだけに聞いているのかもしれない。
「PDCAサイクルとは、昔からある品質改善や業務改善の進め方、手法のことだね」
「ふむふむ」
「Plan(計画)Do(実行)Check(評価)Action(改善)の頭文字をとってそう言われます」
「まず計画→実行→評価→改善→計画→実行……と、ぐるぐると継続的にやり続けることで改善していこうということだね」
「なるほどですねー」
「これ有名で浸透している言葉なんだけど、上手くいかない会社も多くてね?その大体はPDばっかりでCAがほとんどできていないのが多いんだよ」
「そうなんですか?」
「計画→実行→だめだった、違う計画→実行→だめだった てね? PDばっかりやってる会社は多いよ」
「ある世界的に有名な倉庫の会社はPDCAをしっかりやって、しかも一回転を最長で一週間の速さで回してるんだよ」
「すごいですね!やっぱり有名な会社は早いんですね」
「そうだね、京子ちゃんも言ってたけど、他者より早いってだけで有利になるからね」
「うーんなるほど、よく分かりました」
「とりあえずはできた新ルートもしっかりとCAして改善していきましょうね」
「はい!」
「勇者視点の魔法も次の計画い入れていきましょう!」
そういえば色々ありすぎて忘れてたけど、この会社も新ルートを発表したところでした。
「今のところアンケートはどうなの?」
「まだ集計はしていませんけど、ダンジョンも火山も楽しんでもらえてますよ」
「よしよし、順調ね今の状況をちょと整理しましょう」
「はい!」
「現状、異世界旅行業界を取り巻く会社は……」
ウチとBMと若松かな
「異世界観光開発、ビッグムーン(BM)・若松観光の3社ね」
「そのうち今はウチがほぼ独占状態だけれど、BMが似たようなルートで参戦、頭数や宣伝広告費なんかで負けてるわね」
「あっちはまだルートが一つですよ!」
「すぐに別ルートも出してくるでしょうね、若松は動きはなかったけれど、こっちに歩み寄ってきたと」
「協力してBMに勝つ気なんですかね?」
「うーんどうだろう、まだ意図がつかめなくてちょっと不気味なのよね」
「これぐらいですかね?」
「今はそうね、でもこの業界が儲かると分かったら、もう少し参戦してくるかもね」
「差別化で全員倒しましょう!ランチェスターですよ!」
「ふふっあおのちゃんったら、お・ぼ・え・た・て!」
なにそのおもてなし感
可愛い。
「とりあえずそんな感じ、今は目の前の仕事を頑張りましょー」
「おー!」
こうして、現状を確認した私達はまた、仕事に戻るのでした。
私は、いつまでも浮かない顔をしていた繭ちゃんが気がかりでした。
その後、就業時間になり、みんなは帰る準備を始めたころ。
繭ちゃんに話しかけました。
「繭ちゃん大丈夫?お母さん来てからなんか元気ないよ?」
「あの、は、はい、大丈夫です……」
大丈夫にみえないんだけど?
まぁ他の人から見たら、いつもと同じ表情に見えるかもしれないけど
私には分かる。
眉の角度いつもより下がってる!
……ちょっとだけね。
「なにかあったらいつでも言ってね」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、頼りにしてね!」
「はい、じゃあ、お疲れ様です」
「お疲れ様ー」
繭ちゃんは帰っていきました。
さて、私も帰ろう。
今日は例の漫画の最新刊が出てるはずなので
忘れずに買って帰るのだ。
というわけで、今日はファストフードでいいや。
家に帰り、買ってきたごはんを温めて、
買ってきた漫画を読む。
ピンポーン
まったりとくつろいでいると、スマホがなりました。
こんな時間に誰だろう?
スマホを取りあげてみると、繭ちゃんからでした。
「もしもし、繭ちゃん?どしたの?」
「先輩、あの、お願いがあるのですけれど」
「はいはい?」
お願い?
繭ちゃんのお願いなら何でもきいちゃうよ!
「すみません、あの、えっと」
「うんうん」
言いにくいことかな?
「あの、今晩、泊りに行ってもいいですか?」
「うん!」
「ありがとうございます」
うん?
ええええ!?
繭ちゃんが家にいいいいいいぃ!?