差別化とチャーシュー
「で、2社の動きはどんな感じなの?」
「今のところは、若松観光は静かですねぇ、じっくりと市場を調査して、慎重に動いている感じですぅ」
2社が参入を発表した次の日、緊急会議が開かれました。
朝から会議室に、全員集合しています。
「BMは?」
「派手に動いていますねぇ、宣伝広告費をバンバン使ってますぅ」
議長の仁和さんの問いに、八木ちゃんが答えます。
「詳しくは大月さんに聞いた方が早いんじゃないですかぁ?」
視線が集まる先に、しっかりと鈴ちゃんは座っていました。
「はぁ、会議まで出ちゃってるよ、私」
「いやー毎日鈴ちゃんに会えて嬉しい!」
「黙りなさい!綾部あおの!」
「前はあんなに先輩♡先輩♡って言ってくれてたのにー」
「ハートはつけてなかったでしょ!」
フシャーっと噛みつきそうに威嚇している
危ない危ない、"歯跡"を付けられそうだわ。
「で、どうなの?」
「さあ?CMでもするんじゃない?」
明確に答えないのは本当に知らないらしい。
経営者の娘でも、なんでもは知らないというわけね。
議長が会議を続けます。
「なるほど、BMは展開が早そうね、若松観光は派手に動かず、気が付いたらシェアを取られていた、なんてこともあるかもね」
「ふむふむ」
「とりあえず、私達がとるべき行動は……」
ゴクリ
全員が仁和さんを注視する。
「お昼にしましょう!」
「えぇ、お昼ですか?」
「まだ2社とも動きないんでしょ?相手を知らないと戦略も立てられないからね」
みんな時計を見て、もうお昼になっていたことに気が付きました。
ぞろぞろと席を立ち、お昼ご飯に向かいます。
「鈴ちゃんお昼食べようよ」
「えぇ、もう返してほしいんだけど」
「お昼だけ、お昼だけ!ね?」
「もう、食べたら会社帰るからね!」
なんだかんだ付き合ってくれるんだね。
やっぱり可愛い。
会社に残る人をじゃんけんで決め、私と仁和さんと鈴ちゃんでお昼に出かけました。
定番の近所のラーメン屋さんです。
お昼なので、お客さんもいっぱいですが、3人座ることができました。
「鈴ちゃんここ初めてだっけ?」
「そうですね、ラーメンをそもそもあんまり食べないので」
「スペシャルチャーシュー麵で有名だからおすすめだよ!」
「じゃあそれにします」
「あ、私も」
「じゃあ3つ頼もっか」
「はい」
「すみませーん!スペシャルチャーシュー麺3つで」
「はーい」
「ところで知ってる?ここのチャーシュー異世界産らしいって噂よ」
「え、そうなんですか?」
「ちょっと、そんなの食べて大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫!みんな知らないだけで、あっちの工場でつくられた服とか着てるから」
「うっそー、知らなかったです」
「タグに書いてあるよ? 異世界産って」
「マジですか」
「おまたせしました、スペシャルチャーシュー麺です」
「わーい来た!いただきまーす」
おいしくいただき、鈴ちゃんと別れて会社に帰ってきました。
すると園田さんが私達の元へきました。
「おかえりなさい、仁和さん、綾部さん、BMが動きましたよ」
「ただいま、あら?早いね」
「コースやプランを発表したんですけれど、ウチのコースそのままですね」
「え、パクリですか!?」
「そうだね、それだけ侮られていないということね」
「そうなんですか?」
「マネしてくるということは、それだけウチを評価しているということよ」
なるほど。
でもあんまり良い気持ちじゃないよね。
「あおのちゃん、嫌そうな顔してるわね」
「だって要はパクリじゃないですか?」
「まぁいずれはそうなると思ってたし、たぶん若松観光も似たようなもの作ってくるでしょうね」
「良いんですか?このままで!」
「このまま同じだと、物量で負けちゃうでしょうね」
「えええ」
「そこでさっきのスペシャルチャーシュー麺だよ」
「え?」
なんでチャーシュー麺?
食べたばっかりでおなか一杯ですけど?
「さっきのラーメン屋さんは消して大きな会社じゃなかったけれど、流行ってたでしょう?」
「そうですね」
「それは、他にはないスペシャルチャーシュー麺があるからよ」
「たしかに、あれを目当てに来る人いますね」
「他の店には無い物で勝負する、他の店と差別化を図ることを差別化戦略というわ」
「割とそのままのネーミングですね」
「ふふ、ただこの差別化戦略だけでは、対処されてしまうの?なぜかわかる?」
差別化の対処……
分かる?とか聞かれたら当てたくなる。
考えてみよう。
例えばさっきのラーメン屋さん、チャーシュー麵で流行り出したと、
周りに私のお店があったらどうするか……?
分かった!
「こっちも流行ってるチャーシュー麵を作る!」
「正解!」
「やった!」
「このように、後から差別化して流行ったものにあてがっていく、これが大企業のミート戦略といいます」
「なるほどですねー」
「会社経営は遊びじゃないからね、経営者は従業員を養っている以上、失敗はしたくないでしょう?」
仁和さんが眼鏡をクイっとなおす。
あれ?いつのまに眼鏡してたの?
「でも、差別化してもミートされるんじゃ、どうやって勝つんですか?」
「なんどもやるんだよ」
「なんどもですか?」
「最初は小さな1位で良いから、席が綺麗とか、接客が丁寧とかなんでもいいから1位を取って次の1位をめざす」
「そうやって小さな1位を重ねていき、それらはやがて大きな1位になる、これがランチェスター戦略だよ」
「そんなうまくいくんですかね?」
「しっかりやればね?」
「けどミートされたら終わるんですよね?」
「そうだね、そのためには相手の情報にも気をつけておかないとダメだよ」
「相手の情報って」
そう言いかけて気が付いた。
そのための鈴ちゃんだったのね
仁和さんは、眼鏡をしまって微笑んでいる。
「ふふ、鈴ちゃんとはいいお付き合いしましょうね」
恐ろしい、こうなると分かってたのね。
ひょっとして一番の頭脳派なのかもしれない。
「さて、それじゃあ鈴ちゃんの情報に気を付けながら、自分たちの武器を探しましょっか」
「というと?」
「ちょっと異世界行きましょ、あおのちゃんと繭ちゃん!」
「は、はい!」
といわけで仁和さん、私、繭ちゃんの3人で異世界に行くことになりました。
なにか仁和さんには考えがあるようです。
いつも通りゲートをくぐり、最初の街にでました。
本日はオフなので誰もいません。
人がいそうなのに誰もいないゴーストタウンと化していました。
「じゃあ柵の向こうに行きましょう」
ゲートの街から森とは反対方向へ向かうと柵がしてありました。
柵の先に管理小屋のようなものがあり、仁和さんは鍵をつかってその小屋に入りました。
私たちも続くと、椅子とテーブルが置いてあるだけの小さな小屋でした。
来た方と反対にも扉があり、仁和さんはさらにその扉を開けて、小屋を出ていきました。
小屋を出た先は、都会でした。
「えぇ……柵の向こうって、その、のどかな景色でしたけれど?」
繭ちゃんが驚いて尋ねます。
「あの小屋は、魔法でこの扉に繋がってるんだよー」
「は、はぁ」
「ほら、異世界だよ、異世界の都会だよ、異都会だよ」
「本当に東京みたいですね」
街には、いろんな人が歩いていました。
石さんのような人や、魚に足はえたような人、鳥人、耳の長い人や、小人まで。
本当にみんな服着てるんだなぁ。
「これは、その、なんというか」
繭ちゃんが困惑してる。
「異世界っぽくないでしょ?コンビニもあるし、しかも日本円使えるんだよ?すごくない?」
「そ、そうなんですね……まぁ日本円はハードカレンシーですし、使えますよね」
繭ちゃんは目がぐるぐるになっている。
言ってて自分で分からなくなってそうだなぁ。
「ささ、魔法屋さんにいくよー」
「なんですかそれ」
「魔法を組み立ててくれるところだよ、現世界でいえば、SEみたいなものかな?クライアントの要望に応じて作ってくれるんだよ」
「あの鈴ちゃんにかかってるやつもですか?」
「そうそう」
言われるがまま私と繭ちゃんは仁和さんについていき、やがて繁華街にそのお店を見つけました。
これもともとはコンビニだったんだろうなぁって形をしてる。
"マジックショップ真"
うさんくさい。
自動扉が開くと、スーツ姿の耳が尖った男性がいました。
「いらっしゃいませ! あ、仁和さんじゃないですか、ご無沙汰です」
「ご無沙汰です、間地さん」
「そちらは後輩さんですか?」
「はい、綾部と若松です、可愛いでしょう?」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。」
2人そろって名刺を交換しました。
「さて、今日はどうしました?」
「また魔法ほしくてね?」
「じゃあこっちでお伺いしますね」
そういうと間地さんは、席へ案内し、PCの前に座りました。
なんかスマホ買い替える時みたいな感じです。
魔法屋さんって聞いたから、てっきり魔女みたいなのが出てきて
窯に向かって"イーッヒッヒッヒ"みたいなイメージだったけど。
「じゃあお伺いしますね」
「20人ぐらいの人の視界に映像みせる魔法できないかな?VRみたいなの」
「できますよ、10秒ぐらいなら」
「じゃあそれでお願い、映像は勇者が戦っているシーンで」
「勇者視点の映像ですか?」
「そう、バスから勇者の視点を見られるというね」
「いいですねぇ、でも他人の視界ジャックは難しいですよ?」
「いやいや、まるで勇者の視点をジャックしてるように見せかけて、勇者視点の録画を見せるだけだから」
「あーなるほどですね」
「それならキャストも安全だしね、映像が終わる前に死体の人形とすり替わっておけばいいからね」
「OKです、2週間貰えれば納品に行きますね」
「よろしくお願いね、やっぱりここは早くていいわね」
「はは任せてくださいよ、人騙す魔法とかはウチ得意ですよ」
うーん?お店の名前【マジックショップ真】じゃなかったっけ?
私と繭ちゃんは、ただただ聞いているだけでした。
「ありがとうございましたー」
3人はショップをでて、来た道を引き返しました。
「さて、帰ろっか」
「はい、けどあんな秘策があったんですね」
「ふふ、鈴ちゃんには内緒だよ、まぁ成功するかは分からないんだけどね」
「勇者視点、ちょっと見てみたいですね!」
「あの、その、流行るといいですね」
「うん、頑張って流行らそう」
「はい」
来た道を戻り、ゲートをくぐって、
3人は会社に帰り着きました。
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
「戻りました」
それぞれに挨拶しながら、オフィスに入ろうとすると、入り口に着物の女性が立っていました。
おや、ちょうど来客中かな?
帰るタイミングでお客様と鉢合わせてしまった。
着物の女性がゆっくり振り返り、こちらにおじぎをしました。
すると繭ちゃんが驚き、
「お、お母さま……」
「ええええ!?お母さまって」
着物の女性はゆっくり喋り始めました。
「初めまして、若松観光株式会社、代表取締役の若松鶴乃でございます」
え、若松観光ってあの?
「率直に申し上げます、私共と事業提携いたしませんか?」
「えええええええ!?」
会社が揺れるほど、全員が驚きました。
他にもコストリーダーシップ戦略なんてのもあります。
こちらは単純に安く、コストで勝っていこうというものです。