9 半魚人リヴァルホス
握り締めた柄を豪快に振るう。剣術の類とは縁がない俺は剣を鈍器の如く扱う。
ダサいがこれが一番効果的だ。昔の戦場でも鎧対策に鈍器がよく使われていたらしい。
魔法も存在する異世界なのに夢のない泥臭い戦い方だが、俺の性には合っている。
叩きつけた剣が岩を削り取る。獣は横にすり抜けていた。
「ちっ、すばしっこいな。同じ種族の敵でも当然、個体差はあるか」
これがゲームであれば、共通ステータスなんだろうが。
今回の獣は足が素早く翻弄される。飛び掛かってきた爪を避ける。
目は追えている。身体能力が向上しても、頭がそれに適応できていない。
「だったら、これならどうだ!」
冷静に狙いをつけて石を投げると、ハウンドドッグの前足に当る。
痛みで動きが鈍ったところをすかさず【氷ノ槍】を発動。
ハウンドドッグの首に鋭利な槍が突き刺さり、灰となって消滅した。
「兄妹揃って投擲の才能があるかもな。そらよっ!」
もう一度大きめの石を拾い上げ、今度は後方に投げつける。
ゴブリンたちが囲んでいたハウンドドッグ近辺で音を立てて転がった。
驚いて跳ねた獣を、オークの槍が横っ腹を貫いた。トドメを刺したオークが槍を天に掲げる。
「ブブグ! ブ!」
「どういたしまして」
それに俺は手を上げて応えた。
――オークの砦防衛戦は面白いように順調だった。
咲の先制砲撃で指揮系統が乱れた魔物の軍勢は早くも半壊。
石の絨毯爆撃を潜り抜けてきた連中を、関所のバリケード上に立つ俺たちが各個撃破していく。
「たたたたたたたた、大変です! 姫乃様、一大事ですよ!!」
「お兄ちゃん、すごいよー!」
「…………」
一仕事を終え返り血と汗を拭っていると。三人が崖から慌てて降りて来た。
「お、もしかしてハイオークの軍団が全滅したのか?」
「違います。それなら私はもっと嬉々として報告します!」
「お兄ちゃん、海からいっぱい出てきたよ!」
「えっ、マジで!?」
眼を使って周囲の戦況を確認する。
前方のハイオーク率いる軍勢はもう残り少ない。
だが俺たちの後方、バリケードの裏側はというと……。
「げっ、サハギン。敵の主力部隊か! もう後ろを取られてるじゃねぇか!?」
油断していた。海は常に監視をしておかなければならなかったのに。
陸上部隊が少数だったので俺たちを軽視しているのかと思いきや、まさか囮だったとは。
相手は初めから全力で砦を攻め落としに来ている。甘く見ていたのは俺の方だった。
海を渡るサハギンに地上のバリケードは意味を成さない。
砦入口が海に面しているので、このままでは挟み撃ちになる。
さて、どうするか。俺と咲はともかく他の連中が危うい、何か手はないか。
「…………」
「ひぃ、ど、どうしましょう……婆様はリヴァルホスが先陣を切っていると仰られています!」
え? 敵将自ら乗り込んできたん?
「むしろ大チャンスじゃねぇか! 砦は放棄して全員後退! このまま本隊を叩き潰すぞ!」
「えぇ!? 主力部隊と直接殴り合うんですか!?」
「おー、今度はお魚さんと遊ぶ!」
おおよそ当初の作戦通りだ。勇将かなんだか知らないが馬鹿が釣れた。
◇
「ほう、貴様たちが報告にあった、砦を落としたとかいう人間か」
「お兄ちゃん、お魚さんが立ってる! しゃべってるよ! すごーい!」
「そうだな。きっと彼らも食べられないように苦労したんだよ」
砦から出た俺たちの前にサハギンの軍勢がお出迎え。咲が大興奮している。
魚顔に手と足を生やした鱗人間だ。三又の槍を持ち辺りに生臭さを漂わせている。
数えるのも面倒なくらいの団体様である。海から次々と新鮮なおかわりが届いてくる。
そして先頭に立つ、額に大きな傷跡を残した。
いかにも私がボスですと名乗らんばかりの様相。
リヴァルホスが偉そうな口調で語り出した。
「だが、我輩の眼は誤魔化せんぞ、油断させるつもりか? 貴様たちのような人間の子供が、オークの砦を落とせるはずがない。どこかに真の強者が隠れているのだな!」
「その魚眼腐ってるぞ」
リヴァルホスは周囲を警戒して、しきりに顔を動かしていた。
後ろのサハギンたちも真似している。コイツら脳みそも魚並なのか?
ドゴ――――――ン
砦の方から爆発音。バリケードが壊された。
立ち込める煙の中からハイオークの軍団が現れる。
「ウゴ……ウググ」
最初に比べて、率いる兵も少数しか残されていない。
生き残った連中も血まみれで、今にも倒れんばかりに疲弊していた。
「か、囲まれました……私たち絶体絶命です!」
「いいじゃないか、賑やかで」
「うぅ……私、まだ死にたくありません……!」
「お姉ちゃん、泣かないで?」
ニケさんはその場にへたり込んで泣き出してしまった。年下の咲に頭を撫でられていた。
「砦の奪還ご苦労であった。ム、ところで副隊長。その惨状はどうした? 一体誰にやられたのだ?」
リヴァルホスはハイオークに労いの言葉を投げかける。
俺たちが相手をしていたのは、副隊長の手勢だったらしい。
重たい足取りで旗を振りながら行進する陸上部隊。
副隊長のハイオークは咲の姿を捉えた途端、ニケさん同様、大粒の涙を流した。
「ブオオオ、ヴオオオヴオオオ!!」
「どうした? 何故泣いておる。何故震えておる。我輩にはオークの言葉はこれっぽちもわからん!」
「なら何故聞いた」
ハイオークたちは、砦に辿り着くまで凄まじい地獄を味わったのだろう。
咲から離れようと少しずつ後退していく。コイツらは誰が一番強いのか理解している。
しかしながら、隊長の前で背を向けることも叶わず。破壊したバリケードの手前で立ち止まった。
「隊長のお前より、副隊長の方が賢いじゃないか。本能で誰が強者か感じ取ったみたいだぞ?」
咲のいた崖から平野までの距離はかなり離れていた。
誰が爆撃していたのかハイオークには見えていなかったはず。
やっぱり下手に知能があると、生物としての勘が弱まるのかもな。
「そうだ、提案があるんだが。せっかく顔を合わせたんだ。大将同士で決着をつけないか?」
「ム? 誰とだ? まさか貴様ではあるまいな? この状況で気でも触れたか!」
リヴァルホスが眼力で圧をかけてくる。残念だが俺には通じない。
正直、コイツが先頭に出てきた時点で乱戦になっても勝てる自信はあった。
だがそうなると、こちら側も少なからず犠牲は出てしまう。決闘という形ならその心配もない。
脳筋で自尊心が高く、人の言葉も話せる馬鹿が総大将で助かった。
「そのまさかだが? ついでにうちの妹もやる気満々だ」
「おー! お兄ちゃんと一緒!」
サハギンたちの目が見開いた。そして大きな口を開けて笑い出した。
まるで餌を求める金魚の群れだ。写真に撮って額縁に飾っておきたい。
「ガハハハハ、貴様たちが? 魔将軍様から直々に部隊を任せられた我輩を? 笑止!」
リヴァルホスは豪快な笑いを浮かべている。
苦し紛れの冗談に聞こえるのだろうか。なら、本気にしてやろう。
「ははぁーん。さてはお前ビビってるな? 自慢の槍も塩水で錆びちまったか! 勇将様と聞いてその武勇を期待していたんだが、見損なったぞ。今日から額の傷に敗北者の烙印を追加しておけ!」
「な、何だと!? 貴様、我が愛槍を愚弄する気か!!」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
わかりやすい挑発に乗ってくれた。取り巻きのサハギンたちも怒りで声を上げる。
「まぁ部下たちの手前、情けない姿を見せられないもんな。勇将様は負ければ敗将様だからなぁ」
「グヌヌヌヌヌ!!」
『グオオオオオオ! グオオオオオオオオオオ!』
ヒレの付いた拳を震わすリヴァルホス。顔がこんがり焼かれたように真っ赤だ。
部下たちの熱気も最高潮に達していた、ここで断れば彼らに示しがつかないだろう。
「……我輩も武人だ。コケにされて黙ってはおられん。大将同士の決闘でケリを付けてやろう」
「もー! 咲も、咲も入れて!」
「あいわかった。ならば副隊長も参加させる。異論はないな?」
「ブオッ!? ヴオオオオオオ!」
おい、ハイオークが猛烈な異義を申し立てているぞ。
魚眼には映っていないのか、泣き叫ぶ副隊長を無視して試合の段取りが始まった。
ヴオオオ、ブゥ(ハイオーク)
泣かないで?(咲)
ブォ? ブブヴ(ハイオーク)
咲と黒ブタさんはおともだち!(咲)
ブオオ、ブウ!(ハイオーク)
お友達になれたようだ。咲は魔物の友達を作るのが上手だなぁ(姫乃)
お二人は勇者様であることを忘れないようにしてくださいね……?(ニケ)
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