5 ゴブリン
お腹を膨らませた俺たちは、ゴブリンの集落で一夜を過ごすことになった。
正直、ゴブリンたちには悪いことをしたと思う。やり過ぎたと反省している。
相手がいくら魔物であろうと、こうも一方的だと罪悪感って沸くものなんだな。
「い、意外と快適なんですね……人が使う宿と変わりません」
ニケさんが小屋の中からひょっこり顔を出す。
ゴブリンが作った家にはそれなりの家具が揃っていた。
若干天井が低いのを除けば、快適に過ごせる空間が広がっている。
魔物といっても、種族が違えば文化も違う。
ゴブリンは人間に近しい文明を築いているんだな。
「咲とお兄ちゃんは真ん中のお家、お姉ちゃんはあっち」
「えっ?」
咲が指差す先、そこは集落の中心から外れた小屋であった。
「咲様!? 私が何か粗相でもしましたか!? 私、魔物の集落で一人で寝るのは嫌です!」
年上メイドさんは泣きべそをかいた。
出発前にお任せくださいと意気込んでいた姿はどこへやら。
「だってお姉ちゃんうるさいし。ねむれないもん」
「姫乃様ぁ! 私、咲様に嫌われちゃいましたかぁ!?」
「まぁまぁ、俺の眼で監視しておくから。多分、明日になれば機嫌も直ってるって」
飯の時も騒ぐものだから、不機嫌になってしまったんだな。
咲はほっぺを膨らませお怒りになられていた。時間が経てばすぐに忘れると思う。
◇
ザワザワ、ザワザワ
「ひゃあああああああああああ!?」
しばらくして、ニケさんが俺たちの小屋に飛び込んできた。
おやすみの挨拶をして別れてから、まだそれほど時は経っていない。
この人は夜中でも元気だな。寝起きなのか髪がボサボサで、色気を失ってる。
「ふぁああああ。どうしたんだ……こんな夜更けに……騒がしい」
「姫乃様敵襲です! そ、外に魔物が……って監視していたんじゃなかったんですか!?」
身体を何度も揺すられる。ああ、そういえばそんな約束してたっけ……。
「ごめん、疲れて寝てた。異世界にも時差ボケとかあるのかな」
「もー! しっかりしてくださいよぉ! 私たち囲まれているんですよぉ!?」
「んー、なにぃ? お兄ちゃん、もう朝? ……おはよう」
うるさいので咲も起きてしまった。
目を何度も擦りながらフラフラと立ち上がる。
そのまま外に出てしまうと危ないので、状況確認をしなければ。
「ニケさんも一旦落ち着いて。今から眼で確かめるから」
【千里眼】
「ど、どうですか……? どれくらいの軍勢を引き連れていますか……!?」
「んー、ちょっと外が暗くて……いち、にい、さん、六体いるな」
ゴブリンが松明片手に集落をうろつく姿が映り込んできた。
誰かを探しているのか、しきりに仲間同士で連絡を取り合っている。
よくよく見ると魔物って少し愛嬌があると思う。キモ可愛いというやつだろう。
「意外と少ないんですね。てっきり他の集落から援軍を呼んできたのかと……!」
「確かに。あれだけ怯えていたのに妙だな」
ゴブリンの行動が気になる。実際に会って確かめた方が早いだろう。
「お兄ちゃん、咲もついてく」
「ニケさんはどうする? ここで待っているか?」
「も、もちろん、行きますよ? 私はお二人のメイドですから……!」
そう言いながらも足が震えている。怖いなら無理しなくていいのに。
「ウギ、ウガガガガ。ウガグガグ」
「ウガ、ガガガガ、ウギ、ウガ?」
「ひぃ……彼らは何を話しているのでしょうか?」
「さぁ? 俺にもわからん」
ゴブリンは俺たちの姿を見つけると、仲間を呼んで集まってきた。
事前に眼で確認した通り、六体の少数部隊だ。武器は所持していない。
攻撃を仕掛けてくるのかと思いきや。
何もせずこちらに向かってよくわからない言語で話し出した。
翻訳の異能でもあれば便利なんだが。使える人が近くにいたらなぁ。
「お兄ちゃん。この子たち、おともだちになりたいんだって」
「咲、魔物の言葉がわかるのか?」
やけに真剣に話を聞いていたかと思えば、言語を理解していたのか。
「わかんない。でも、そんな気がする」
ただの直観か。しかしゴブリンの行動を見ていると、そう捉えても不思議じゃないというか。
コイツらから敵意は感じないんだよな。まるで”仲間になりたそうにこちらを見ている”なのだ。
「えぇ……そんな、魔物が人間に勝手に懐くはずがないです。魔物使いの方でも、猛獣と同じく長期に渡って調教していくんですから。私たちは餌付けどころか餌を奪ったんですよ?」
「うーん。そうだな」
咲はお友達になりたいと言っていたが、俺の考えは少し違う。
魔物の本能が強者に従うものだと仮定すれば、コイツらの行動が理解できる。
魔王は数多くの種族を従えている。魔物はそれぞれ独立した文化を持っているのにだ。
どのようにして組織を統制しているのか? ――それはきっと強大な力による支配だろう。
「――――もしかして咲、魔王と間違えられているんじゃないか?」
「えっ? ま、まさか……女神様に選ばれた勇者様なのに!?」
こんな所で集落を作っているような、末端のゴブリンが魔王の顔を知っているとは思えない。
もしかしたら判断基準が曖昧なんじゃないだろうか。内に秘める力の大きさ具合だったり。
咲の力は既に、魔王に匹敵しているのかもしれない。触れただけで敵を抹殺するしな。
「そうなの? じゃあ、この子たちは咲のペット? わーい!」
咲がゴブリンに駆け寄った。
「ウガガガ!!」
「ウギギイイイイ!!」
ゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。咲、それはさすがに可哀想だぞ。
「やっぱり、逃げられているじゃないですか!」
「そりゃ咲が触れたらコイツら死ぬし」
「えー、触ったらダメ?」
俺は落ちていた木の棒を咲に渡す。多分、直接触れなければセーフじゃないかな。
「つんつん、つんつん。お兄ちゃん、この子かわいい」
「ウガガガ、ウギギギ」
咲に構われて嬉しいのかゴブリンは頭をかいている。
更に他のゴブリンたちが小屋から大きな木箱を運んできた。
「ウガガ! ウギ!」
中から出てきたのは黒マントと古めかしい杖。
どちらも髑髏と金の装飾が散りばめられている。
趣味は悪いがゴブリンたちにとって宝物なんだろう。
箱を咲の前に置き、全員その場に跪いた。
これは、魔王に宝を献上しているつもりなのか。
「わーい、ありがとう! ゴブちゃん!」
受け取った装備を着込んだ咲は、何故かとても似合っていた。
ダークなロリっ子? というのか。杖先を地面に突き刺して遊んでいる。
ゴブリンたちは咲を囲んで踊り出した。松明を振り、声を上げ、盛り上がっていく。
「わー! みんな踊ってる! たのしいね!!」
「ウガガガガ! ウギ!」
「ウギギ! ウガ!」
――――ここに新たな魔王が誕生したのだった。
「わ、私は……夢でも……見ているのでしょうか……? 魔物が人に懐いています……!」
「よかったな。これで勇者パーティの人員が増えたぞ」
「姫乃様、もしかして魔物を数に入れるんですか!? 魔王軍から人類を救う旅ですよ!?」
「いいじゃないか、使える者は魔物も使う。これぞ俺の知る勇者って感じだ」
「違う……私の知っている勇者様とは違います……!」
人員も増えてパーティも活気が出てきた、この調子で戦力を強化していくか。
ゴブちゃんいっぱいだね!(咲)
一気に人間の方が少なくなったな(姫乃)
寝込みを襲われないか心配です……(ニケ)
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