47 天に昇る希望
「……咲だって、お兄ちゃんといっしょだもん! 勇者様だもん!」
咲の周囲の地面から岩の槍が飛び出す。
指輪が輝き、大地の精霊の助力により凶器を跳ね返す。
そして身体を丸め、身長差を利用して咲は堕ちた英雄の懐に飛び込み押し倒した。
「いなくなれ、いなくなれええええええええ!!」
怒りを剥き出しに、堕ちた英雄を構成する人骨を【消滅】により溶かしていく。
元は魔族ではないアンデットには効果は薄いが。咲は無我夢中で骨を握り締める。
「勇者様、まだ後ろにもう一人……どうか気付いてください!」
ヘレナがもう一人の堕ちた英雄に向けて、レグの弩を借りて注意を引き付けるよう矢を放つ。
しかし訓練を受けていないシスターの攻撃は相手にされず、咲は目の前の敵を倒すのに必死だ。
無防備な咲の背中を、今度こそ、確実に死の刃が迫る。
「誰か……誰か、咲様を……!」
ニケは倒れたまま手を伸ばす。祈るように零した声を搔き消して、小さな影が横切った。
「――――オイラに任せるパルよ」
ミニサイズの円形の盾が、高速回転しながら堕ちた英雄の剣を弾いた。
「サクちゃんに手を出すな!! 今もどこかで頑張る兄貴に代わり、オイラがぶっ飛ばすパル!!」
颯爽と現れたパルルが、武器を手放した堕ちた英雄の頭蓋骨を金槌で叩き割る。
再度、拾った盾を投げ付けて背骨ごと貫く。骨の残骸に乗り、くるりと決めポーズ。
「へへんっ、モテるオイラはかわいこちゃんの危機には必ず間に合わせるパル」
「ぱるるちゃん!」
「パルル様……!」
能天気な助っ人の登場に力を貰い、ニケは痛みを堪えながら立ち上がる。
咲もまた、怒りを忘れ正気に戻りパルルのもとに駆け寄る。
「ありがとう! ぎゅー」
「うひょー! サクちゃんに褒めら――――あばばばばばばばばばばばばばば」
「あぅ、ごめんね……」
お馴染みの【消滅】でもがき苦しむパルルをおろして咲が謝罪する。
パルルは気を取り直すと、ヘレナに看取られているレグに向けて言葉を放つ。
「レグ、惚れた女を泣かせて寝っ転がっているのがお前の仕事パルか!? 漢だったら――――腹に力を込めて意地を見せるパルよ!!」
パルルの激昂を受け、レグは毒に侵された自分の腕を見つめ、決断する。
「そうっス……ね。パルルさんの、言う通り……っス」
咲に支えられ歩き出したニケに対して、レグは腕を差し出す。
「聖女様、申し訳ないのですが、頼みがあるっス。俺の腕を……今すぐ、叩き斬ってください」
「なっ、なにを言って……!」
「時間がないっス。ここでくたばるくらいなら、片腕を失くす方が……まだ」
「ニケ、私の方からもお願いします。今から毒を解析して解毒剤を用意する時間なんて……到底」
「……ッ! ご、ごめんなさい」
ニケは避難の際に新兵の誰かが置いていったのであろう未使用の剣を拾うと、一直線に振り下ろした。
「あぐがあっ――――さ、さすが……元勇者様……お見事な……腕前……」
「止血します。私が、責任を持って安全な場所に移しますから……よくぞ、頑張りましたね」
ヘレナは自分の修道服の袖を切り、布代わりとして切断部分を強く結ぶ。
激痛で殆ど意識を失っているレグの身体を支え立ち上がった。パルルは満足そうに頷く。
「それでこそオイラが認めた友人パルよ。さぁ、ここからはオイラが引き受けるパル!」
何度でも蘇る不死の堕ちた英雄と、パルルがたった一人で向き合う。
「ヘレナお姉ちゃんこっちだよ!」
「敵の少ない安全な道があるんだ。パルル隊長といつでも避難経路は確保しておこうって!」
「隊長は強いんだからっ、あんなのに負けないから!」
「貴方たち……! ありがとう」
パルルと行動を共にしていた補給部隊の子供たちが、負傷したニケやレグを支える。
「ぱるるちゃん。まけないで!」
「うひょーサクちゃんの応援があれば、オイラ魔王にだって負けないパルよ!」
調子に乗ったパルルは小石に躓きながらも、咲に手を振って応えてみせた。
◇
「はぁはぁ……ここにも敵が……囲まれています」
パルルと別れて、ニケたちは港を目指していた。
絶え間なく降り注ぐゾンビが、処理速度を超えて街を闊歩している。
安全なルートですら安全ではなくなっている。それでも子供たちは諦めていない。
「お姉ちゃんたち待ってて」
「俺たちに任せろ!」
「うん、あの作戦だね」
「貴方たち……この先は危険ですよ!」
ヘレナが呼び止める前に、子供たちが前方の建物の陰に隠れる。
負傷しているニケや、レグを支えるヘレナでは追い付けず見守るしかない。
「うぇ~ん、いたいよ~」
女の子が街道のど真ん中まで進むと、その場で座り込み涙ぐむ演技をする。
するとゾンビたちが音に釣られて一斉に集まってきた。視力は劣るが音には敏感なのだ。
「今だ!」
「走れ~!」
二人の男の子がそれぞれロープの端を握り、ゾンビたちを大きく円で囲う。
動きが緩慢なアンデットはそれだけで行動が制限される。女の子が退避する。
そこを見計らったかのように、上から漁業で使われる頑丈な網縄が覆い被さった。
重みのある縄に押し潰され、ゾンビたちは身動きの取れない打ち上げられた魚となる。
「作戦成功!」
「俺たちの勝ちだ! ざま~みろ!」
「ばーかばーか!」
作戦が上手くいって、子供たちが声をあげて喜ぶ。ヘレナは子供たちの成長に涙ぐんだ。
「いつの間に……こんなにも立派になって……!」
「パルル隊長との訓練の成果だよ!」
「街に侵入してきたゾンビをたくさん捕まえたんだ! アイツらも協力してくれた!」
「親衛隊さんありがと~!」
子供たちが指差す先、住居の屋根から網縄を投げたのは咲親衛隊だった。
姫乃が事前に補給部隊の護衛を彼らに頼み、咲とは別行動を取っていたのだ。
「ブホッ! ブオオオ~!」
「ウギウギ! グギィ!」
「黒ブタさんにゴブちゃんだ!!」
咲が手を振ると、親衛隊たちも手を振って喜ぶ。
元気な彼らとも合流して、ついに港まで辿り着く。
「聖女様、ご無事でしたか!」
「メガネくんさんも! 無事に辿り着いたんですね!」
「道中、危うい場面が何度かありましたが、パルルさんや親衛隊の方々、教会の子供たちに助けてもらったんです」
「二人とも話はあとで、彼の治療を急ぎます。誰か、消毒したハサミと糸を!」
「すみません。ボクが彼をベッドまで運びます」
「私もお手伝いします」
「レグ、酷いやられようね。でも、命があるだけよかったわ。それだけで十分よ」
ルーシーが、船まで運び込まれていく旧知の戦友を見送る。
「せいれいさん、ぱるるちゃんが、ぱるるちゃんがまだ残ってる!」
「あの子は、サクを悲しませる真似はしないわ。私もすぐに助けにいくからね?」
咲の頬を撫でて、ルーシーは槍を握り翼を広げる。
「まだ動ける子は、サクの親衛隊と協力して街に蔓延る死人を狩るわよ。みんな、あともう少しの辛抱だから。どんなに長い夜でも夜明けは必ず訪れる。きっと、私たちの頼れる指導者様も、明日を信じて懸命に戦っているわ。――――私たちも負けてられないわよ!」
ルーシーの檄に集まった戦士たちが呼応する。
その遥か頭上では、星々とは違う光が世界を塗り替え始めていた。
◇
ハーバスの槍をフレイアで受け流し、返す刃で黒鎧を削る。
前方から掴みかかってくるロザリンドを蹴り飛ばし、その反動を利用して後方の堕ちた英雄の足元を潜り抜ける。暴食を起動、堕ちた英雄を数体巻き込み吸収した魔力で【火球】を強化。【火球砲】をぶっ放す。近くに寄ってきたゾンビもまとめて消滅した。
「おのれ、おのれおのれおのれ!! 勇者というものは、どいつもこいつも化物染みている! 三万の兵だぞ!? 大陸で名を馳せた英雄だぞ!? 一国を滅ぼせる戦力で、なぜたった一人を始末できない。これ以上なにを出せばいい、どうすればよかったのだ!?」
視線を走らせ、僅かな情報も汲み取る。風を、気配を、空間を、先を読む。
思考している時間はない。無心のまま、生存本能の赴くままに四肢を動かす。
「……世界を、人類をその手で救う。豪語するだけのことはありますわね」
――――気が付けば、俺の周囲は死骸と骨の残骸が散らばっていた。
それも一時的のものだろうが。俺と対峙する二人は最初の威勢を失っている。
「どうやら、見込みが甘かったようだな?」
堕ちた英雄たちは剣の腕前だけを見れば強敵なんだろうが。所詮は死人だ。
本人の思考で動いていない。随所に奏者の癖が染みついている。
それに相打ちを避ける為か、互いに一定の間隔を空けるよう設定されているようだ。
あえて一人を泳がし、懐に入りながら戦えば、それだけで敵は思うように動けない。
「わかりません。どうして異世界人である貴方が、関係のない世界の為に戦えるのです。それだけの力があれば、自分の為だけに扱えば、平穏に余生を過ごすこともできたはずです!」
「深い理由なんてねーよ。たまたま成り行きでそうなっただけだ。それはロザリンド、お前も同じだろう?」
「…………っ」
「それに……俺がいなくたって、誰かが俺の代わりを務めていただろうさ。その為の勇者召喚だ」
それは咲かもしれない、シンシアかもしれない。それ以外の誰かかもしれない。
人が自由と救いを求め、女神が召喚を続ける限り。
所詮は偽物である俺の代わりは、この先何人も出てくる。
「ロザリンド、お前こそいつまでそうして燻っているんだ。悲劇のヒロイン気取りを続けるんだ?」
「人は……生まれ持った役割に準ずるしかできない生物です。貴方たちとは……違います」
生前のロザリンドは身体が不自由で、実の母親や兄からも冷遇を受けていた。
周囲も彼女に気を遣うばかりで。それでも、誰かの役に立ちたいと願い、努力していたと。ニケさんから聞いている。
「わたくしだって望んでなんていません! ですが、魔族として蘇ったわたくしが、魔族としての役割を果たさなければ一体、わたくしは何なのですか? 誰の為に、何の為に生を受けたのですか!?」
しかし彼女は結局のところ、願いを抱いたまま不幸な最期を遂げてしまった。
人にはあらかじめ定められた役割があり、そこからはどう足掻いても逃れられないと。
役立たずと蔑まれたまま終焉を迎えた記憶は、魔族として蘇った彼女を今も縛り付けている。
自分の感情だけは、どう足掻いても偽れないというのに。
鳥籠に囚われた鳥は、己の意志では外に出られないと言わんばかりに。
「はぁ……お前も馬鹿だな。生まれた意味も役割も、全部これから自分で創り出せばいいだろうが」
「貴方に……何がわかるのです。女神から勇者としての特別な役割を与えられて、あの子たちと共に、陽の道を歩いている貴方が。魔族である以外に何も残されていないわたくしの……何が……!」
ロザリンドは俺が特別だと思い込んでいるようだが。俺も、お前と同じだっての。
「――ここだけの話だがな。俺は、実は勇者ではないんだ」
「え……」
「周りが勘違いしているだけで、本当の勇者は妹の咲だけだ。俺は召喚に巻き込まれただけのおまけの存在。女神の力だって、お情けで分けてもらえたもの。特別でも何でもねぇよ」
幼い咲に背負わせるくらいならと、俺が代わりに役割を引き受けた。
「勇者とか、最初は正直くだらないと思ってた。ニケさんの頼みで、どっかの物語の主人公の真似事をしてな。そうやってブラブラと渡り歩いているうちに、仲間ができて、居場所ができて、やめるにやめれなくなった。大勢の未来を背負って、今では自分の意志でこの場所に立っている」
生まれ持った立場や才能が、その人の道筋を決めるのもある。
それでも最後にはやはり自分の行動、決断によって決まるのだ。
そうだ、俺は始まりは成り行きだったとしても。
最後には自分でこの道を選んだんだ。偽勇者としての役割を。
「ロザリンド。お前も自分に素直になって好きなよう生きろ。ちょっと変わった二度目の人生だと思ってな。こんな世界でだって、魔族だからと可能性を閉じるなんて、もったいないだろう?」
「今さら……どこに、わたくしの居場所があるというのですか」
「そうだな。都合よくうちなんか慢性的な人材不足でな。元敵だろうが受け入れているぞ」
「魔族という立場にこだわり、貴方の仲間を滅ぼそうとしたわたくしを……受け入れると? 友人を手にかけようとしたわたくしを……正気ですか?」
「残念ながら正気だ。俺は自由に生きているからな。文句があるやつはまとめて実力で黙らせる」
こちとら偽物でも、勇者という慈善活動をやっているんだ。
誰を味方に引き入れるかくらいの自由は保障してもらわないと困る。
今は一人でも有能な人材が欲しいのだ。出生などに拘ってる余裕もない。
「愚妹を唆そうとするとは無駄な努力だな。コイツが自分で物事の判断ができるものか! 俺様の命令に従うだけしか能がない人形だ!」
「あ? 部外者は黙ってろ。一応、断っとくが無能のお前はいらねぇからな?」
いちいち邪魔立てしてくるハーバスを躱す。ゴキブリ並みにしぶとい野郎だ。
そしてロザリンドは、瞳に戸惑いを浮かべながら。その手をゆっくりと伸ばしていく。
「あーくそっ、じれったいな。俺たちにはお前が必要なんだ。お前が欲しいと言ってるんだよ!!」
ロザリンドの腕を掴んで、冷たく華奢な身体を強引に引き寄せる。さほど抵抗はなかった。
「……勇者……いえ、貴方は一体……?」
朝焼けの空に照らされ、泣きたくても涙が出せない少女が問いかけてくる。
振り返ると最初にニケさんと出会ってから、一度も正式に名乗ってこなかった。
「俺は瑞樹姫乃。ただの――――通りすがりの異世界人だな」
「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」
そうして今日も、俺たちが信じた明日がやってくる。
希望を乗せた巨大な大蛇が、産声をあげ天へと昇っていった。




