46 明日を信じて
「敵は見つけ次第三人一組で叩きます。お互いが見える位置で、光源を背に動いてください!」
戦場から離れた夜の市街地は、不気味なほど静謐に包まれていた。
ニケが松明を手に辺りを照らす。新兵たちは固まって慎重に歩みを進める。
緊張とは縁がない咲が前に出てキョロキョロと顔を動かす。
「いたー! ゾンビさんみっけ」
持ち前の野生の感でいち早く敵を発見。すぐさまニケのもとへ報告に戻る。
「咲様お手柄です! 爆発するゾンビさんは、着地の衝撃には耐えられません。つまり、叩いても危険性はありませんよ!」
「いいか、槍を長く持ち肉の少ない足の骨を叩くんだ。そして、体勢を崩し一気にトドメ!」
メガネくんが見本としてゾンビの一体を討ち取る。他の者たちも続いていく。
「へぇ、メガネくんもやるっスね。俺も負けてらんないっスよ」
建物の影から飛び出したゾンビの頭を、レグが小型の弩で撃ち抜いた。
投石器により飛来するゾンビは着地点を選べず、市街地を広範囲にばらけている。
身体の損傷もあり、群れなければ新兵だけでも対処ができる。咲の【消滅】も単体なら瞬殺だ。
「えいっ! えいっ! あれ、もうおわり?」
「ささ、今のうちにみなさん駆け足です!」
各人の奮闘により一行は無事教会へと辿り着く。
敷地内には簡易的な天幕が張られ、いくつものベッドが置かれていた。
重症患者がうめき声をあげる。救護班がその対応に追われていて、構成員の多くは戦えない女性や年配者たちだ。
「ニケ、どうかしましたか!? まさか、貴女も怪我を……!」
駆け寄ってきたヘレナの紺色の修道服は血が染み込み滲んでいた。
暴れる患者を抑える際にできたのか腕には痣。髪も乱れて汗も流れ落ちている。
目立たないが、ここももうひとつの戦場。普段は穏やかな彼女も戦う者の顔付きだ。
「安心してください、私は元気です!」
「咲もだよー!」
いつもと変わらない二人の様子に、ヘレナは安堵のため息をつく。
「街に敵が侵入してきたんです。まだ数は少ないですが。ヘレナも、今すぐここから避難を!」
「……っ! わかりました。救護テントには自分の足で歩けない重傷患者が多く残されています。彼らの補助をお願いできるでしょうか? それから護衛も、私たちは残念ながら戦う力はありませんので」
「任せるっス! お優しいシスターさんの頼みならこのレグ、何十人でも運んで見せますっス!」
「あ、ありがとうございます?」
ハキハキと元気よく答えるレグに、ヘレナが困惑する。
「わ、わかりやすい……これで隠していたつもりだったのか」
それを見ていたメガネくんは、友人の不器用さに苦笑するしかないのであった。
「れぐお兄ちゃんはしすたーお姉ちゃんが好きなの?」
「こらこら勇者様、そういうのは言うもんじゃないんだよ?」
同じく救護班として活躍していた海運亭の女将さんは、咲の頭を撫でて微笑む。
「ニケ! 手伝いにきたわ。早くしないと、音を嗅ぎ付けて連中が集まってくるわよ!」
「ルーシー様! ご助力に感謝します!」
ハルピュイアを引き連れたルーシーも到着。すぐさま部下に指示を与えていく。
「私が先導して安全を確保するわ。みんなそのあとに続いて。重傷者を優先よ。新兵の子たちは列の間に入って周囲を警戒。敵を見つけたらすぐに知らせなさい!」
「水と食料もお願いします。包帯に針とハサミが入った道具箱も。今や貴重な資源ですので、どうか落として無駄にしないように」
遊撃隊が新兵と共に手際よく物資と人を運び出していく。
教会周辺はすぐに人の気配がなくなっていった。
「ヘレナはなにをしているのですか! 皆さんもう先に進まれましたよ!?」
「取り残された方がいないか最後まで確認しないと。私は運び込まれた患者全員の顔を覚えています。どうも一人、足りない気がするのです」
「もうっ、危険だというのに真面目なんですから。手伝います」
「かくれんぼだー!」
「あぁシスターさん……素敵っス」
「レグ、君も真剣に探せ」
最後まで残った五人で取り残された患者を探す。
「あれ……人が減ってる? みんなどこにいったんだ?」
そして、案の定というべきか。足に包帯を巻いた新兵が敷地の外から現れた。
「どうして救護テントから離れたのですか!」
「す、すみませんシスター。その、緊張が続いて、お腹が痛くて……」
「もう、無事でよかったですが。あとでお説教ですよ!」
ニケとヘレナの両方から怒られて、酷く落ち込む新兵と共に。
ようやく教会を離れられると、ルーシーたちのあとを追おうとしたときだった。
「お姉ちゃん……なにかいるよ」
「全員、止まるっス。妹勇者様の仰る通りどうやら、強敵が現れたみたいっス」
敷地の出口を塞ぐ、異様な雰囲気を漂わす外套を靡かせたアンデットがいた。
頭には角のある兜を、身体には騎士の鎧を身に纏い。それぞれの手に刻印された長剣と盾を持つ。
「あれは……まさか、英雄の紋章!?」
「メガネくんさん、知っているんですか?」
「レイヴン王国で過去たった八名の、大きな戦果を挙げた勇猛な戦士に贈られたとされる名誉勲章です……」
「墓を暴いて過去の英雄まで使役するっスか。こちとらただの村民っスよ! 卑怯っス!」
敵はこちらに狙いを付けている。戦いは避けられそうにないだろう。
このままルーシーのもとに逃げても、避難中の救護班も巻き添えになるのだ。
実際のところ、ここで見つかったのは幸運だったのかもしれない。不意打ちを未然に防げたのだ。
「……メガネくんさんとヘレナは、怪我人を連れて逃げてください。ここは……私が引き受けます」
「そんな、聖女様危険です!」
「私だって元勇者なんです! お願いですから早く逃げて! さすがに庇いながらは戦えません!」
「わ、わかりました。どうか……ご武運を!」
「ニケ、必ず……生きて戻ってくるのですよ!」
メガネくんとヘレナが最後の一人を連れて離れていった。
堕ちた英雄は逃げる者を無視して、ゆったりとニケに近づいていく。そして、消えた。
「お姉ちゃん!!」
「っ!!」
死角をついた横からの斬撃。ニケはギリギリのところで剣を受け流す。
なにも無策で挑んだのではない。ニケの中ではある程度の勝算はあったのだ。
かつて勇者姉妹は、魔王軍との決戦に向けてローザリアで精鋭騎士団の訓練を受けていた。
ローザリアは首都ハーマルカイトへ通じる最後の要塞であり。
当然、そこで学ぶ武術は国家最高峰のものであって然るべきなのだ。
「やっぱり、ローザリア騎士団で嫌というほど学んだ剣術と根本の部分は同じです。それに骨と皮だけの身体では重心制御が甘く、これはただ型を模倣しているだけ……私でも目で追えます!」
堕ちた英雄の剣もまた、ローザリアで培われたものだったのだ。
元勇者シンシアの最先端の技量を知るニケにとっては、過去の遺産。
「ここですっ!!」
「聖女様、援護するっス!」
ニケは短縮詠唱で【氷ノ槍】を、同じタイミングでレグが援護射撃を放つ。
どちらも致命打とはならないが、敵に防御の姿勢を取らせることに成功する。
「お姉ちゃんから、はなれろおおおおおおおお!」
本能で好機を察した咲が懐に忍び込む。拳が肥大化し鉄腕となって、堕ちた英雄を打つ。
鉄塊を押し付け激しい火花が散り、堕ちた英雄の身体が弾け飛んで教会の壁に深くめり込んだ。
「お、おー、おてて大きくなっちゃった!」
「えっと、咲様、今のは……?」
「ノムちゃんがね、これをつけてって言ってたの!」
それは以前、街に巣くう盗賊から咲を守った指輪だった。
「大地の精霊様のお力を宿した指輪ですね。あとでノム様にお礼を伝えないといけませんね!」
「うん!」
強敵を倒して、充実感に満たされた二人がハイタッチする。
「いけないっ、聖女様――――後ろっス!」
「えっ……?」
振り返った瞬間、ニケは全身に襲いくる衝撃に視界が点滅した。
遥か頭上、教会の屋根からもう一人の堕ちた英雄が降り注いだのだ。
メガネくんから八人いると情報を聞いていたのに、一人倒し油断したのだ。
「あがっ……ぐあっ……まだ……残っ……て」
運よく武器ではない鎧の身体と掠るように接触したようで、命に別状はない。
それでも痛みのあまり声が潰れ、ニケは立ち上がれず地面を這いつくばる。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
「咲さま……逃げ……」
咲が小さな歩幅でニケの元に走ってくる。その背中を、堕ちた英雄が狙っていた。
そこでニケは理解する。敵の狙いは妹勇者である自分と咲なのだと。
兄と姉が離れたところを見計らい、最強の刺客を送ったのだ。
「ニケ、勇者様……! させません!!」
「へれ……な」
避難したはずのヘレナが戻ってきた。咲を庇い、残された聖水を投げつける。
しかし容易に躱されてしまう。堕ちた英雄は、邪魔をするヘレナを眼下に捉えた。
「あっ……」
無機質な双眸に睨まれ、戦う術を持たないシスターは避けられない死を悟る。
「シスターさん! くそっ、やらせるかっス!!」
レグがヘレナと咲を身体で押しのける。遅れて剣が振り下ろされた。
「がああああああああっ!!」
「レグさんっ!?」
くぐもった悲鳴と鮮血がヘレナの顔と服に降りかかる。
「……はは、俺の悪運もここまでか……長いようで、短かったなぁ」
レグの右上腕部分が切り裂かれ、血が噴き出し肉がみるみる変色していた。
死人と同じ体温を感じさせない紫だ。どうやら剣には毒が含まれているらしい。
「どうして……レグさん、私を庇うだなんて……!」
「シスターさん……妹勇者様と聖女様を、連れ、逃げるっス、俺が……時間を、稼ぐから」
レグは残された方の手で必死に弩に矢を番え、両足で固定する。
「置いてなんていけません……死なせない、絶対に助けますから!」
ヘレナは逃げようとはせず、レグの隣で弩を支える。
「いい……っスから。俺はもう、手遅れなんだ!!」
二人の前で教会の壁が吹き飛んだ。そこからもう一人のアンデットが飛び出す。
「なっ……奴はまだ生きて……! くそっ……くそっ!」
先程倒したはずの堕ちた英雄が再生していたのだ。絶望的な状況だった。
「咲が、咲が、お姉ちゃんをたすけるの! みんなをたすけるの!!」
たった一人、咲が堕ちた英雄たちを睨みつける。
「咲……さま、にげて……おねがい、にげて!!」
倒れたニケの目の前で、咲が両手を広げて盾になる。
残酷な凶器が、躊躇なく咲の小さな身体に迫っていた。
◇
「…………ちっ」
視界がふらついていた。汗で髪が引っ付き、喉も枯れてきている。筋肉と骨が悲鳴をあげて、フレイアを握る腕の感覚もなくなり。自分が今、どの方角を向いているのかも定かでない。地面についているはずの足もふわふわとして、いつどこで限界がきてもおかしくない状況だ。
果てしのない長距離走。数百、数千、倒しても倒しても屍を積み上げても変わらぬ景色。
十歩進むたび、八歩後ろに下がる。牛歩の歩み。肉体、精神共に疲労ばかりが重なっていく。
それでも――――僅かに残された知性が、目的だけはハッキリと記憶していた。
「【暴食】発動」
もはや何十回と繰り返した作業でゾンビたちを消し去る。
続けて、強化した魔法を繰り出そうとして、一瞬、思考が飛んだ。
すぐ意識を取り戻したところで、大量のゾンビたちに取りつかれる。
「くそっ、離しやがれ!」
もがいて強引に引きはがし、もう一度魔法を……いや距離が近すぎる。
後ろに下がろうとして、また距離を詰められる。タイミングを上手く計れない。
息を荒げていると。後方から蛇のような剣が飛び出し、目の前のゾンビを切り刻んだ。
「姫乃、手を貸す」
「シンシア……か? どうして、ここまで追ってきた」
「質問の前に、まずこれを」
彼女から投げ渡された革袋には、水とパンが入っていた。
そういえば開戦からずっと飲まず食わずで戦っていたことに気付く。
まとめて口の中に一気に放り込む。咀嚼しながら思考がクリアになっていくのを感じた。
「ふぅ……助かった。さっきまで頭が回ってなかったんだ。そうか、腹が減ってたんだな」
「よかった。姫乃のことだから戦いに夢中で――人間は食べないと動けないことを、忘れているだろうと思って」
嫌な信頼のされ方だった。そして、まさにそのとおりだったわけだが。
「手助けに感謝するが、お前には咲とニケさんを任せていたはずだ、早く二人のもとに戻れ!」
「ううん、断るよ」
俺の命令を速攻無視して、シンシアはゾンビを華麗に切り裂いていく。
「いや、断るってお前な!」
「あの子たちは……私たちが余計なお節介を焼かなくても、自分の力で考え、立派に成長してる」
シンシアは強い口調でそう言い放ち俺の隣に立った。
肩が触れ合う。俺の顔を片方の美しい瞳で見つめていた。
ここが血生臭い戦場であるのも忘れてしまい、つい見惚れてしまう。
そして、聞き分けの悪い弟をなだめるよう、年相応の微笑みを浮かべた。
「それに、頼りになる仲間がたくさんついてるよ?」
「……そうだな。そのとおりだ」
ニケさんも臆病者だったのに、殻を破って部隊を任せられるくらい強くなった。
咲だって、この世界でさまざまな種族と出会い、経験を得て、俺がいなくても泣かなくなった。
これまで出会ってきた連中も、一癖二癖あるが、頼りになるやつらばかりだ。
まだまだ手がかかるのは間違いないが、信じて任せてもいいと思えるくらいには。
「雛鳥は、そうしていつの日か自分から巣立っていくんだな」
「そうだね、ちょっと寂しいけど」
お互いに、愛する妹の急成長を喜びつつも、複雑な気分に浸る。
「でも、それだけ姫乃のことが好きなんだ。早く、少しでも早く一人前になって、一番近くで支えたいから。だからきっと、二人は強くなった。……………………私もだよ」
「……シンシア?」
「姫乃――――忘れないで。これからもずっと、何があっても。貴方と一緒に戦い続ける」
言いたいことだけ伝えて、シンシアは満足して前へ駆け出していく。
すれ違いざま、耳が真っ赤になっているのが見えた。無理すんなっての。
「そうかい、もう勝手にしろ!」
すぐに追いついて、俺もフレイアを負けずと振り回す。
十歩、二十歩、三十歩と。今度は後退することなく突き進んでいく。
「ウモモ!」
「ギィ」
遅れてミノタとアークまで合流してきた。リヴァルホスと共に鉄門を守れと伝えてあったのに。
どいつもこいつも思い通りに動かない。これが実際の軍隊なら厳しい懲罰ものだろうが。
「はぁ……すべて終わったらお前ら全員説教だからな!?」
でも構わない。好きにすればいいんだ。俺も好き勝手にやっていくから。
ここはそれが許される世界だ。国もなければ法律家もいない。誰も咎めない。
取り囲まれながらも、俺たちは敵の本陣前まで切り抜けていた。
あと少し、あと少しで街に脅威をもたらす投石器に届く。
「モウッ、ウモオオ!」
「ミノタ、どうした?」
突如ミノタが、自分の背中を指して白い歯を見せる。
「ギヒヒ」
そしてアークも続くようにほくそ笑んだ。
「お前らってやつは……!」
ザクロの通訳を挟まないと、俺には魔物の言葉はわからないが。
理屈とかそういうのを乗り越え、コイツらの熱い想いが伝わった。
そしてその意志が固いことも。ああ、本当に、馬鹿野郎ばかりだよ。
「姫乃、彼らは何を伝えようとして……あっ」
「シンシアもついてこい! ミノタとアークが道を切り開くんだ」
俺はシンシアの腕を引っ張って、先頭に躍り出たミノタに続く。
ミノタは全身の筋肉を膨張させ、立ち塞がる群衆をその身一つで弾き飛ばす。
「ウモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
腕相撲勝負で出した時の全力を超える全身全霊の咆哮。
敵中枢にまで喰い込む。最後には数百の質量を抑え込んだ。
「このまま跳ぶぞ!!」
「……ッ! わかった!」
俺とシンシアは勇敢な仲間の逞しい背中を蹴って、ゾンビたちの頭上を大きく跳ぶ。
直後、アークが放つ圧縮された空気の塊に押され、緩やかな弧を描いて目的地に到着する。
着地する直前、振り返るとミノタとアークがゾンビの群れに飲み込まれる姿が映った。
「あの子たちは……!」
「言うな。この程度でくたばるほど軟な鍛え方はしてねぇよ!!」
俺の周りは誰かと似て、馬鹿で身勝手で諦めの悪いやつばかり揃ってるんだから。
「散開して兵器を破壊するぞ。俺は左、シンシアは右を頼む!」
「気を付けて」
「お前もな」
一つ目の投石機を【暴食】で薙ぎ倒す。反対側でも投石機が崩れる音がした。
さすが先輩勇者。うかうかしていると俺のぶんの手柄まで奪われてしまいそうだ。
「……そこまでです勇者。ここで終わりにしましょう」
「クハハハ、貴様の焦りが手に取るようにわかるぞ!」
殺気を感じて身体を大きく捻る。左右からの同時攻撃。
ロザリンドの蹴りとハーバスの槍が目の前で光り、交差した。
「お前たちの方こそ。後ろで隠れていた癖に、表に出てくるなんざ追い詰められてる証拠だろ」
「ハンッ、この光景を前に同じ威勢が張れるかな?」
大袈裟な紋章を武器に印した、六体のアンデットが地面から這い出てきた。
「レイヴン王国八英雄。現代の腑抜け者と違い、確かな実績を持つ優秀な戦士ですわ」
「過去の英霊様か。わざわざ俺一人の為に六人も遣わせるとは、大歓迎だな」
「残り二人の行方、気になりません? 遠く離れた貴方の大切な人の身が心配になりませんか?」
更には俺の精神的動揺を誘おうってか。
「舐められたものだな。過去の英雄がたったの二人で咲を殺せるかよ」
「たとえ妹勇者を倒せなくても、構いません。その他雑兵を片付けるのには十分すぎるほどの戦力です。じきに街の方から降伏の黒煙があがりますわ」
「だからそんな脅しは効かねぇよ。しつこいぞ」
「いかに貴様が愚かで矮小な下等生物であろうと、俺様は勇者の力を甘く見てはおらん。かつてシンシアも、一度はハデス様を窮地に追い込んだのだ。女神の力の底力は侮れん」
「すべてはこの瞬間への布石。たった一人、貴方を討ち取ればこの無意味な戦いは終わりを告げる!」
六人の堕ちた英雄たちが、死霊術師の少女と首無し騎士が、俺一人を殺すべく集まる。
ルーシーの言う通り。投石器は俺が一人飛び出してくるまでも含めた策略だったわけだ。
しかし発想を変えれば、ここを打破すればすべてをひっくり返せる。
敵の最強戦力である堕ちた英雄の過半数を足止めできたのだ。
もしも最初から全力を出されていれば、早々に街は落とされていた。
ロザリンドは勇者に固執するあまり、自ら勝機を遠ざけてしまったのだ。
「ロザリンド、どうして最初から無意味と決めつける。どうして諦めるんだ」
「他人任せの愚かな人類は戦争に負けたのです。勝者に抗って、今さらなにを得られるのです」
「抵抗しなければ、遠くない未来でもっと多くの犠牲者が増えるだけなんだぞ!」
「それでも……少しは長く生き残れるはずですから。今ここで朽ちるより少しは幸福に逝ける」
この世界の人間は誰しもが悲観的だ。恵まれた異世界から訪れた俺には顕著にそれを感じる。
その結論に至るまでの強い絶望を味わっているんだ。今さら言葉だけで説得はできないだろう。
彼女が絶望を知るように、俺は懸命に生きようとしている連中を知っている。
「ばーか、そんな言い分に納得できる奴がいるか。明日お前は死ぬと言われ『はいわかった』と素直に頷く奴なんていねーんだよ。誰だって、今日よりもマシな明日を夢見て、信じて生きてんだ! お前には見えなかったのか、あの場所で戦う人々を。それとも見えてないふりでもしているのか!?」
「……理想を語るだけなら、誰にでもできますわ。終焉に向かうだけのこの地を、誰が救うというのですか。そんな都合のいい救世主のような人物が、どこにいるというのですか!?」
「そのために俺がここにいる。俺がやると言ってるんだ!」
相棒のフレイアが俺の気持ちに呼応し、堕ちた英雄の一人を砕く。魂なき敵を倒す。
修復され起き上がっても、何度でも、何度だって。この身体が、命が、脈動を続ける限り。
「女神の助力にも限界があります。万能ではありません。かつて人類の希望を背負い送り出されたシンシアもハデス様に敗れました。貴方の仰ることはすべてが世迷言。できもしない聞こえの良い夢物語ばかり。貴方一人では決して、世界は変えられませんわ!」
「それはどうかな」
シンシアから受け取った言葉を思い出す。ここまで命を賭して助力してくれた仲間たちを。
『忘れないで。これからもずっと、何があっても。貴方と一緒に戦い続ける』
ロザリンド、お前には見えてないだろうが。俺は一人じゃないらしいんだ。
どうしてだろうな。俺はそういうタマでもないのに。自然と力が湧き上がるんだ。
「やってやるさ。誰がどんだけ集まろうとも、俺の――――俺たちの剣は止められねぇよ!!」




