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45 勇気の光

「いかん、このままでは内側から喰らい尽くされる。動ける者は街へ戻り非戦闘員を逃さねば!」


「冷静になれ。これ以上地上の守りを緩めれば一晩も持たず鉄門が破壊される。敵の狙いは戦力の分散だ。持ち場を動くな!」


「しかし勇者殿、助けを求める同胞を見捨てる訳にはいきませんぞ。これでは、我らがこの地を守る意義を失います!」


 人間すらも同胞として扱う情に厚いリヴァルホスを前にして、俺は首を横に振う。

 これではどちらが魔族かわからなくなりそうだが。この場は絶対死守しないといけない。


「見ろ、飛距離は安定していないのか侵入を許した数は僅かだ。まだアイツらでも対処ができる」

 

 岩石と違ってゾンビの身体は風の抵抗を受けやすいのか、成功率はかなり低い。 

 とはいえ試行回数が増えればそれだけ脅威度は高まる。早めに破壊する必要がある。


「ヒメノ! 防壁はなんとか守り抜いたけど、アレは私たちでも防ぎようがないわよ!?」


 敵空戦力の大多数を排除したのか、ルーシー含め一部の遊撃部隊が戻ってきた。

 次々と夜空を高速飛行する死人たちが、空の守りすらも突破して街に脅威を与える。


「我々モ空カラ狙エバ!」


「無謀よっ! 止まりなさい!! ――くっ、詩の効果がまだ残って……! ああっ」


 投石機に近付こうとしたハルピュイアだが、骨の弓兵にあっさり撃ち殺された。

 布陣が本陣に近いのもあり、守りがかなり厳重だ。あれこそ敵の切り札なんだろう。


「ルーシー、どうもさっきから兵士たちの様子がおかしいが……これは?」


「……女王様が戦士の詩を。勇気の対価に死を恐れない狂戦士となる強力な洗脳術よ。ごめんなさい。私では女王様の決断を止められなかったわ」


「そうか、構わない。それが必要に迫られた結果なんだろう」


 部隊が瓦解する寸前まで追い詰められたのだろう。俺に女王の決断を責める権利はない。 

 各地で爆発が続く。傷を負ったサハギンたちが撤退を拒否し自爆ゾンビに特攻していたのだ。


「くそっ馬鹿野郎どもめ……そこまでやれとは命じてないぞ」


「勇者殿、これが我らの覚悟ですぞ。この身燃え尽きようとも我が魂は敵の心の臓を貫かん!」


 リヴァルホスも、立場が違えば飛び出していたのだろう。

 俺にはよくわからない価値観だ。一生理解できる気もしない。 


「そ、そうだ、サクの【消滅】なら! あの建造物を今すぐにでも破壊できるわ!」


 ちょうどニケさんが頼んだのか、頭上で咲の【消滅】が放たれていた。

 だが、投石機に届く前に失速して闇の中に沈んでしまう。何度繰り返しても同じだ。 


「一つも届いていないの……? 距離が離れ過ぎているというの!?」


「あのサイクロプスは、どうやら咲の投擲の最大射程を測る的だったようだな」


「敵にまんまとしてやられたのね……! 浮かれてしまっていた過去の自分が滑稽だわ」


 サイクロプス軍団すら次の布石への駒として扱った。

 これもロザリンドの策だろうか。アイツとんでもなく強敵だな。

 

「……ルーシーはまだ動けるハルピュイアを集め遊撃隊を再編成し街に戻れ。教会にはまだ救護班に負傷者たちも残されている。シンシアだけでは全員を逃がすのは難しいだろう。――――リヴァルホス、お前は地上にいる全部隊をこの場に集め指揮を執れ。時間を稼ぐんだ。特攻なんて馬鹿な真似は、縛り付けてでもやめさせろ。”お前たちの死に場所は俺が決める”勝手にくたばるなと伝えておけ!」


「……それが勇者殿のご命令とあらば」


「ヒメノ、貴方は……どうするつもりなの? まさかとは思うけど――」


 わかっている癖に、わざわざ聞かなくても。


 最初から相手を過小評価しているつもりはなかった。

 少ない人員、物資、経験の中で、できる限りの準備はした。


 それでも勝負は水物だ。万事思い通りに進むなんてほとんどない。

 兵士たちも駒ではなく自分の感情のままに動く生き物。女王の行動がいい例だ。

 戦いの規模が大きくなればなるほどに。今までが上手く行き過ぎていただけだろう。


「……やるしかないだろうな。俺が、あの投石機を破壊する。あわよくば敵将の首を刎ねてきてやるよ。あっ、そういえば奴には首はなかったな」


 俺がやらなければいけないのは、戦いの最中で一喜一憂する事ではない。

 この一戦の結末をどのように落とし込むかだ。もちろん勝利を大前提として。


「コットスの時とはまるで状況が違うのよ!? サクも本来の力を発揮できない、敵の狙いはどう考えても君たち勇者兄妹! 罠よ、考え直して!」


「はっ、窮地の盤面をひっくり返すのが勇者の責務だ。悪いが他の連中のことは頼んだぞ」


「もしかして君まで詩の影響を受けてる!? せめて私も連れ――――ちょっと待ちなさい!」


 ルーシーの説得を無視して俺は敵本陣へと走り出す。

 鬼教官殿は仲間を、新兵たちを置いてはいけないだろう。


 いつだって、これからだって、俺は一人でも戦い続けるのだ。


 ◇


「レグよ、あの投石機はワシの特製バリスタでも届かんか!?」


「無理っスね、装填矢を変えて何発か試したものの、破壊までには至らなかったっス」


「くあああっ、威力に拘るあまり射程距離を犠牲にしてしもうた。この爺一生の不覚じゃ!」


 防壁上では、敵空戦力の脅威から生き延びた者たちが、今度は飛来するゾンビたちの対処に追われていた。今のところ直接的な被害は出ていない。大半が防壁を越えられず壁や地面に潰されている。しかし、その衝撃的な光景は確実に彼らの精神を蝕んでいた。


「うわあああああ、また人間が近くで弾け飛んだぞ!? や、奴らに良心はないのか!?」

「落ち着け。アレは人間じゃない。飛んできているのはただの死人が魔物化したものだ」

「元人間じゃないか! しかもローザリアの、俺の故郷の仲間、家族なんだよ!」

「それこそ今さらな話だろ!? 殺さなきゃこっちが殺されるんだ!!」

「お前はローザリア出身じゃないから、簡単に言えるんだ! ふざけんな!!」

「やめろ、仲間同士で争ってる場合か」

「もう……やめてくれ……いやだ。どうせ俺たちはここで死ぬんだ。アイツらと同じ死人にされて」


 疲労困憊の中、自分たちが戦っている相手を間近で見せられ混乱する兵士たち。

 詩の洗脳と恐怖の板挟みとなり、精神崩壊しかけている。殴り合いの喧嘩も始まっていた。


「どうか皆さん、落ち着いてください。敵軍も、追い詰められているのです。私たちが空の脅威を排除したからこそ。そうでなければ兵を使い捨てるような強引な作戦をとるはずがありません!」


「咲もがんばるよ!」


 ニケは駆け足で新兵たちに声をかけていく。その後ろを咲もトコトコと続く。

 苦しい励ましの言葉でも、聖女と勇者の存在が辛うじて彼らの正気を繋ぎ止める。

 いつ爆発してもおかしくない緊迫した状況。その間もゾンビの潰れる音が嫌に耳に残る。


「……聖女様、怖いです。連中の足音が近付いてくるんです。俺たちは、生き残れるのですか? 本当に勝てるのですか!?」


「…………はい」


 ニケは、勝てますと声に出そうとした。しかし喉元で止まってしまう。

 防壁上から見える光景は、開戦してからずっと変わらず埋め尽くす死人の海。 


 今となっては地上部隊が鉄門まで追い詰められ陥落寸前となっている。 

 心は諦めていない。頭も冷静に働く。だからこそ、下手な嘘も付けない。

 彼らを勇気付けようにも、言葉に説得力を持たせることはできそうにない。


 慰めの言葉すら出せない己の無力さに、ニケは拳を握り締めて俯く。

 ふと、背中に影が差し暖かい羽毛に包まれる。見上げると凛々しいハルピュイアの姿。


「何を嘆いているのです。勇者様の、誰よりもあのお方を傍で見続けていた、従者である貴女が!」


「女王様……!」

  

 乱戦の最中も堂々と表舞台に立ち、歌い続けた女王は赤い血で汚れていた。

 美しい翼には槍が突き刺さり、喉も潰れ、今にも倒れそうなほど蒼白い身体。

 

「もう一度、恐れず、目を逸らさずに地上の方を見るのです!」


「あっお兄ちゃんだ! あそこに咲のお兄ちゃんがいるよ!」


 咲が元気いっぱいに、防壁の柵から身を乗り出し指を差す。

 場違いなほど能天気な声に釣られ、全員が同じ場所に目を向けた。


「姫乃様……ああ、貴方はいつもそうです。私たちの先を進んでいく」


 遥か前方で、姫乃が戦っていた。夜空の下、暗闇を切り裂く閃光が何度も点滅している。

 その姿がはっきりと見えなくても。黒海が不自然に途切れているのだ。おおよその位置がわかる。


「……俯瞰して見ると、とんでもないっスね。あれが、俺たちを導いてくれる光……綺麗っス」


「頼もしい限りじゃ。ワシらも、勇者殿に見限られんよう立ち止まらず進まねばな」


 自然と零れ出る笑み。新兵たちも、ぼんやりと地上を眺めていた。

 溢れんばかりの涙を流す者も。泣き言なんて吐けるはずがなかった。


 最前線で異世界の住人が戦っている。この世界の人々を救わんが為に。

 

「――――勝てます。必ず、この戦いも、この先の戦いだって!」


 ニケは力強く答える。その答えに反論する者は誰もいない。


「姉様! 今すぐ姫乃様のもとへ。この場は、私たちにお任せください!」


 ニケは姉の姿を見つけると、その肩を掴んだ。


「ニケ、任せろって……敵はもう市街地に入り込んでいる。とても危険」


「あの投石機は、左右に大きく広がり配置されています。命中の安定を取るなら一ヵ所に固めるべきなのに。つまり敵は姫乃様の乱入も計算の上で策を講じているのです。となると更に奥の手が残されている可能性が高い。私たちの中で今、姫乃様と共に戦えるのは姉様だけなんです!」


 ニケのただの我儘ではない、先を見通した説明を聞き、シンシアは目を見開かせる。


「……姫乃様は、ご主人様は誰よりも強い心と力を持たれています。どんな過酷な戦場だって、必ずや生きて帰ってきてくださいます。だからこそ、すべてを背負わせたくない。あの人は――優しすぎるから」


「……そうだね。強い人は孤独に愛される。一人にしてはいけない。私も、背負うよ」


 元勇者であるシンシアは、過去の境遇を思い出しながら、胸に手を置いて静かに頷いた。


「私もです。どうかこの不出来な妹に代わって、ご主人様をお願いします」


「ニケ、見違えるほど強くなったね」


「姉様……ありがとう」


 シンシアは別れ際に最愛の妹を抱きしめ、防壁から飛び降りた。

 数秒後、ニケの視界には姫乃のあとを追って駆け抜ける影が映った。


「これより、教会に残った救護班の避難誘導に向かいます。どなたか護衛をお願いします!」


「咲もいく!」


「聖女様、僕もついていきます!」


「メガネくんさん、無事だったんですね!」 


「ははっ、幸運にも軽傷で済んでいます。教官殿の教えを守っていますから。コイツらも!」


 メガネくんを先頭に、男たちが集まってくる。


「聖女様の飯も食えずにおちおち死んでらんねーからな!」

「全員ただただ悲鳴を上げて騒いで勇者様に助けられてただけだぞ」

「俺たちの役割は生きて戦い続けることだって言われただろ、恥は捨てる!」


 全員が傷を負って、しかし目は死んでいない。顔付きもどこか逞しさが増していた。

 

「レグ、お主もついていけ。狙撃手はワシが代わろう。妹勇者様と聖女様を御守りするのじゃぞ!」


「重要な任務っスね。もちろん引き受けるっス! って、爺さんでもよくないっスか?」


「誤魔化しおってからに。教会にはお主が惚れたシスターがおるじゃろう? 気を遣ったんじゃ」


「広めたの誰っスか!? パルルさんっスか!?」


 羞恥に真っ赤になるレグを周囲がからかいながら、ニケたちは市街地へと向かった。

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