44 激化する戦場
「お姉ちゃん当たったよ! ほめてほめてー! お兄ちゃん咲の見てくれたかな?」
「大当たりです! 咲様はお上手ですねー! 姫乃様もきっと喜んでくださっているはずです!」
咲とニケが両手を繋いではしゃいでいる。防壁を破壊せんと近付く巨人をすべて封殺。
その小さな身体に宿る破壊の力を初めて体感する守備隊たちは、口を開けて放心していた。
「うぉすげぇ……あの巨体が粉々になったっス。妹勇者様のお力の前では巨大バリスタも霞むっスね」
「ホッホッホッ、たった一投でワシら全員分の戦果を軽々超えられてしまった。これが若さじゃな」
「……若さは関係ないと思う」
地上部隊からは咲を称える声が。正気に戻った守備隊の方からも歓声が。
自分が大勢に褒められていると知って、咲は頬を朱くさせニケの足にしがみつく。
「あらら、恥ずかしくなっちゃいましたか?」
「……ニケもお姉さんらしくなったね」
「私、昔から妹が欲しかったんです。姉様と妹に挟まれて真ん中でいいとこ取りですよね」
「咲ならいつでも歓迎する。こっちにおいで」
「咲はお兄ちゃんの咲だからいかない」
「フラれちゃいました」
「残念」
「ちょっと貴方たち、和んでる暇はないわよ!? 敵はすぐに第二第三の策を講じてくるわ。口を動かす前に手を休まず動かしなさい! 地上部隊を援護するのよ!」
そこへルーシーたち遊撃隊が損傷した武具の交換に戻ってくる。
勇猛果敢な空の戦士たちは、勇者兄妹の次に秀でた戦果を挙げていた。
「ルーシー様、そうはいってもこうも敵の数が多いと体力の前に精神の方が持たないっスよ。どんな些細な出来事でも盛り上げて鼓舞していかないと。正直、皆が長くは持ちそうにないっス」
抵抗を続けても減るどころか、更に絶え間なく増え続ける敵の大軍勢。
今回が初めての実戦である兵も多い中、先の見えない戦いは着実に負の空気を呼び込む。
死を恐れないアンデットたちの無言の圧が、遠く離れた防壁上にまで登り詰めていたのだ。
まだ表立って問題には発展してないものの。
過呼吸と熱にうなされ動きが緩慢になる者も出始めていた。
「あら、教官に口答えするの? ……レグの言いたいことも理解できる。それでも、乗り越えないとこの先も戦い抜けないわ。私たちは数では常に劣勢を強いられるの。貴方ももはや希少な熟練兵よ。泣き言を喚く前に周囲を引っ張りなさい!」
「いつも過大評価っスね。俺はただ無駄に長く生き残ってるだけで……仕方ない。――お前たち続くっスよ!! 守備隊の意地を奴らに見せつけるっス!!」
レグが目標を定めて爆裂矢を装填、射出して一団を吹き飛ばす。
地上に仕掛けていた火薬樽に引火して連鎖的に土砂が吹き上がった。
ド派手な反撃に守備隊も呼応する。ルーシーはその様子を上空から眺めていた。
「……風が変わった――――何かが近付いてくるわ!」
「皆の者、空を見るのじゃ!! 奴らめ、ついに本腰を入れてきおったわ!!」
遠視鏡を使い戦況を分析していたウォッカが叫ぶ。
遥か前方、翼を広げた悪魔と霊体の群れが向かってきていた。
アンデット化したガーゴイルにレイスだ。その他、三千強の飛行軍団。
「至急、弓部隊は迎撃準備を! レイス相手に通常武器は効果を発揮しません。聖水、もしくは魔法で対処してください! 補給部隊は物資を運び終えたあと一時避難を、ゴブリンさんは盾役をお願いします。それから……どなたかサハギンさんに【水燐流撃槍】を可能な限り借りてきてください!」
≪ハルピュイアたち、気合を入れなさい。ここからが正念場よ! 市街地には一体も通さないわ。どちらが空の覇者に相応しいか、連中の腐った頭に教え込むのよ!!≫
聖水を塗りたくった武器を受け取り、ハルピュイアが上空横一列に並ぶ。
弓部隊も歯を食い縛り恐怖に耐えながら構える。子供たちが槍を抱え戻ってきた。
「サクちゃん、槍を持ってきたよ!」
「俺たちの分までいっぱい倒してくれ!」
「矢もたくさん用意したから撃ちまくるパル!」
パルルと教会の孤児たちは補給部隊として、街と防壁を何度も往復していた。
「ありがとー! えーい!」
咲の投げた【水燐流撃槍】が空中で炸裂する。
次々と落下していく魔物たち。が、速度は落ちない。
仲間の死を物ともせず、血も涙も流さない死者たちが迫る。
「よーく狙いを定めるっスよ。撃ち漏らせば、仲間に危機が訪れるっス」
続いてバリスタの爆裂矢が命中、空を覆う黒に五つの細かな穴が開く。
敵がその表情が見える位置まで近づいた。ウォッカが怒涛の勢いで号令を出す。
「ワシのとっておきじゃ!! 有効に活用せい、対アンデット拘束結界起動!!」
防壁全体を覆う長方形の白い壁が浮かびあがる。空の軍勢の侵攻を一時的に緩める。
≪今です、敵は動きを止めました! 全員、撃てえええええええええ!≫
『いけ、いけ! 殺せ!! 殺せええええええええええ!!』
守備隊が一斉に矢を放つ、動きを止めた的が落ちていく。
バリスタも再度起動。遊撃隊が風魔法でレイスを切り裂いてく。
命を繋ぐ拘束結界がひび割れる。ウォッカが唾を飛ばしながら叫ぶ。
「ええい、まだまだじゃ! 第二結界起動!」
更にもう一段階、先程より薄い結界が展開される。徐々に死の距離が狭まる。
『やれ! 死ね死ね!! しねえええええええええええ!!』
強い言葉とは裏腹に、震える声で、涙を流しながら叫ぶ新兵たち。
咲の投擲する槍も低空で爆発。第三の結界が、小規模ながら展開された。
「これで最後じゃ! 生きろ、若者よ、ワシより先に死ぬでないぞ!!」
最後の結界が一瞬にして砕け散る。すぐさまレイスが殺到した。
新兵を狙ったものをハルピュイアが横から掻っ攫う、聖水武器は霊体を切り裂いた。
逃れた魔物たちが一斉に守備隊へ群がる。味方ゴブリンの盾すら空中から掻い潜ってくる。
「た、助け、たすけてええええええ!! 殺される!!」
「……させない」
シンシアが大剣を組み立て一太刀で五体落とす。
助けられた者は礼を述べて、別の仲間の元に戻っていく。
「ニケ、咲を連れていったん離れて……!」
「いえ姉様、ご主人様が最前線で活躍されているのに、従者が逃げる訳にもいきません!」
「咲もー! お兄ちゃんお姉ちゃんを助ける!」
「……二人とも、頑固!」
ニケは用意していた短剣を操り、後方にいたレイスを斬りつけた。
サボりがちだったとはいえ、優秀な騎士団で学んだ技術は身体に染み込んでいる。
あとは臆病な心を封じ込めさえすれば、この場では頼りになる熟練兵士の一人なのだ。
そして咲も、戦い続ける兄の背中を見て変わりつつあった。
誰かに指示されその通り動くだけだった彼女が、自主的に武器を振るう。
「あっちにいって! お姉ちゃんをいじめないで!」
投げ損なった【水燐流撃槍】を振り回し当たった魔物を消し去る。
咲の隙だらけな立ち回りをニケが後ろでカバーしていた。シンシアもフォローする。
目まぐるしく変わる戦況の中で、今度は地上で爆発音が続く。防壁全体が揺れ動いた。
「なっ、この爆発は何!? 誰か、地上がどうなっているか確認できないの!?」
上空に黒煙が充満して視界が狭まっている。敵を薙ぎ払いながらルーシーが叫んだ。
ウォッカが姿勢を低く保って遠視鏡を取り出す。小規模な爆発は今も絶えず続いていた。
「あれは、一部アンデットの体内に火薬樽と同じ起爆魔法が仕掛けられておったようじゃ! いかんっ、地上部隊にも被害が出ておる! 奴らを止めねば、壁に風穴を開けられるぞ!?」
「死人だからってもう何でもありっスね!? 援護したくてもそんな余裕ないっス、自分を守るのに精一杯っスよ!!」
小型の弩を操りながら、レグが空中の敵を撃ち落とす。
防壁上は第二の激戦地と化している。全員が死に物狂いだった。
「うわあああああああああああああああああ!!」
「誰かが下に落ちたぞ!? また一人仲間がやられた!!」
「誰か、誰か血が止まらない、助けてくれっ!! あああああああ!!」
明確に被害が増え始め、守備隊が混乱の一途を辿る。
部隊を繋ぎ止める指揮官も、仲間を助けるのに精一杯だ。
このままでは地上部隊との連携も取れず、各個撃破されてしまう。
「――――皆の衆よ、前を向きなさい。そして、ワタクシの声を聞くのです」
混沌とした戦場に、凛とした威厳のある声が響き渡る。
「女王様!? どうして出てきたの!? ここは危険です! 下がっていてください!」
「ルーシー、止めないでください。勇者様がワタクシたちの為に戦われているというのに。安全な場所でみっともなく隠れているなんてできません。ワタクシも、あの方のお役に立って見せます!」
「あぐっ……そういえば女王様はヒメノに心酔しているんだった……!」
ハルピュイアの女王は美しく透き通る声で調べを奏でる。
彼女の歌は風に攫われ、セントラーズ中の人々の耳に届いた。
「な、何だ……内側から力が湧いてくるぞ!」
「戦える、俺はまだ戦えるぞ!! やれるんだあああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
弱々しかった守備隊の瞳に力が宿る。己を奮い立たせ武器を握り締める。
「あれはハルピュイアの王族に伝わる戦士の詩よ。恐怖心を和らげる効果があるの。……もうっ、相談もなく勝手に使って! 女王様も覚悟の上で歌っているのでしょうけれど!」
「えっ、そのような便利な詩があるのなら、最初から使えばよかったのでは!?」
「ただの鼓舞じゃないわ。自分が強くなったと錯覚させるものなのよ。身体がどれだけ傷付こうとも痛みすら忘れ敵が死ぬか己が死ぬまで戦い続ける、まさしく諸刃の剣。女王様も忌み嫌って封印していたんだから!」
「ひぃっ、聞かなければよかったです!」
勇猛果敢な一族が追い詰められた際に投じる玉砕覚悟の最期の切り札。
所詮は洗脳。肥大化した自信は蛮勇に繋がる。無意味な犠牲も出るだろう。
だが、それでも勝利の為には非情な選択も必要となる。女王は前を向き歌い続ける。
「一刻も早く終わらせるのよ! 私の大事な部下たちを、これ以上失う訳にはいかないわ!」
◇
「守備隊がマズイな……援護に向かいたいが、地上部隊も被害甚大だ。くそっ、身体が足りねぇ!」
つい数時間前まで拮抗していた戦況が大きく動いた。
敵の空戦力と、自爆するアンデットが猛威を振るったのだ。
前者はルーシーたちが奮闘し抑え込んでいるが、後者の方は対処が難しい。
爆発の規模自体は小さく、精々五、六人を巻き込む程度なのだが。
見た目での判断が付きにくく、敵は群れに潜んで音もなく忍び寄ってくる。
ただでさえ戦力が少ないというのに、負傷者をカバーするのに更に人員が減る。
あえて一撃で即死しないよう調整されているのか。嫌らしい戦い方をしてきやがる。
こちらはなるべく死者を出さないよう戦っているのに、敵は被害を顧みなくて済むのだ。
「アンデットが味方からも嫌われる理由がわかるな……戦争にだってルールがあるだろうよ!」
五度目の【暴食】を発動。自爆ゾンビもまとめて消し去る。
俺は戦線を下げて、鉄門を防衛するリヴァルホスと合流する。
「勇者殿、ご無事でしたか!」
「リヴァルホス、お前の方こそ血塗れだが平気か?」
「フッ、勇猛な戦士を讃える化粧のようなものです」
「強がれる程度には無事なようだな」
額に新しい傷跡を刻んだ勇将は、味方を庇いながら持ち場を維持していた。
水堀も六割ほど制圧されて、地上部隊は徐々に鉄門付近まで追い込まれている。
夜明けまで残り何時間だろうか。普段意識していなかった一晩がとても長く感じる。
「勇者殿、敵の動きに変化が見られますぞ」
「今度は一体何が来るんだ」
遥か先、敵本陣近くに木製の建造物が複数台運びこまれていた。
しばらくミノタとアークに警護を任せ、俺は【千里眼】で確認を取る。
「あれは……投石機か? 今になって持ち出す兵器だとは思わんが」
「こちらの決死の抵抗に、敵も焦りを見せているのではないでしょうか?」
「そうだといいが――――いや、ただの投石機じゃないぞ! 奴ら、ここまでするのかよ!?」
「勇者殿、何が見えたのですか!?」
運び込まれたモノを見て、俺はすぐに【千里眼】を解除する。
このままアレを放置すれば間違いなく、夜明け前に街が陥落する。
「あの兵器が放つのは岩石じゃない、兵だ! 奴らは投石機を使ってゾンビを街に投げ入れるつもりだ!!」
直後、遥か頭上をゾンビたちが弧を描いて、容易に防壁を乗り越えてきた。




