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41 模擬戦

「そうか、ついにローザリア軍を上空から捉えたか」


「ええ、それはもう数え切れないほどの数が。辺り一面がアンデットに埋め尽くされているわ。通り過ぎたあとには何も残されていない。報告してくれたハルピュイアの子も強がってはいたけど、内心は怯えているみたいだった。無理もないわね」


 ルーシーの報告を聞き、会議室に集った全員が息を飲む。


「今の侵攻ペースなら、二日後には第一陣がオークの砦を越えてきますな」


「想定通りとはいえ猶予はなしか。俺たちも過小評価はされていないようだな」


「こちらには勇者様が四人もいるからね。連中も警戒はしていると思うわ」


「敵の主力がアンデットである以上、決戦は二日後の夜になるかと推測されます」


「ゾンビは陽の光に弱いとか、そういった理由からか?」


「多少動きが鈍重になることはあれど、脅威がなくなるほどでもありません。連中は恐れも疲れも知らない、まさしく理想の兵と呼べましょう。夜間は、あくまでこちらが不利になる条件ですな」


「ハルピュイアもサハギンもそこまで夜目が効かないから。新兵の子たちも狙いが付けにくくなる。相手はこちらの弱点を当然狙ってくるでしょうね」


 生物の摂理から反した存在か。こうしていざ戦うとなると厄介な連中だ。


「作戦としては、敵の侵攻を張り巡らせた水堀を盾に食い止める。いくつか罠も仕掛けてあるが、数が数なだけにあまり期待するな。基本はリヴァルホスの部隊が水路を利用して地上を掻き乱し、空の敵は遊撃隊と守備隊の連携で対処する。とにかく街へと通じる鉄門だけは絶対死守だ。敵の攻城兵器は見つけ次第優先的に破壊。ウォッカ爺さんが巨大バリスタを五基ほど用意してくれた。それは優秀な狙撃手に任せる」


「レグならうまく使ってくれると思うわ。村でも頼りにしていたし」


「咲もお手伝いする~!」


 地図を広げて迷路状に伸ばした水路に印をつけていく。

 罠の場所、配置する部隊数、退却ルートを念入りに確かめる。

 また防壁には守備隊を並べて、援護射撃が届く範囲も計測済みだ。

 

 防壁は港側までは伸びていないが、そもそもそこはアンデットでは入り込めない領域。

 海を渡れるゾンビがいたら話は別だが、どちらにしろ水辺ではサハギンが一方的に有利だ。

 つまり完全包囲されることはないと言える。最悪、島から物資を運び込めるので時間は稼げる。


 敵がアンデットで統一されているおかげで、対抗策が取りやすいのはありがたい。


「そうして敵を引き付けたあと、切り札である魔の森に忍ばせていたバシリスクを使い後方から一網打尽にする」


「それだけを聞くと、何だか簡単に乗り越えられそうですね!」


 ニケさんは重い空気を和らげようと努めて明るく答える。


「まぁ一国を滅ぼした魔王獣を従えているからな。最後は大味な戦いになるだろうさ」


 大軍を相手に小手先の知恵を並べてもすべて押し潰される。 

 こういうのは得てして、至極単純な策の方が通用しやすいのだ。


「ヒメノ、バシリスクを使うのであれば、わざわざ籠城しなくても最初から迎え撃つ方がよくない?」


「いや、あくまでもバシリスクは不意を突く形で運用する。アイツは身体がデカい分否応なく目立つし、燃費も悪いからな」


 魔王獣は殆どを寝て過ごしているので、連続での運用は難しい。

 あとは最初からバシリスクを出すと、敵が恐れをなして撤退する可能性がある。


「現状の戦力で逃げる敵を追撃するのは難しい。深追いすれば最悪、今度はハデスの軍勢が動きだす。ハーマルカイトの五万が動き出せば、もはやバシリスクでも止められないだろうな」


「魔将軍であるハデスが支配領域に乗り込んできた勢力を見逃すとは思えない。姫乃の判断は正しい」


「この一戦で確実にローザリア軍を壊滅させるぞ。消耗戦になれば、こちらが圧倒的不利なんだ」


 様々な条件を考慮して、籠城戦が一番有利に戦えると判断したのだ。

 敵の方から大規模侵攻してくれる。この絶好の機会を逃す訳にはいかない。


「ノム、バシリスクの調教はどうなっている?」


 今回の戦いでの最重要任務を勤めていたノムに視線が集まる。


「んーそうだね。良い報告と悪い報告の二つがあるよ。どちらを先に聞きたい?」


「オイラは美味しい物から食べるパルね。不味いものはポイッするパル!」


「ぱるるちゃん悪い子だー! ぜんぶ食べないとめっなんだよ? ねー、ノムちゃん!」


 ちびっ子たちがノムの元に集まる。ノムは咲の撫でながら俺の方を向く。


「良い報告からだね。お兄さんの要望通りバシリスクの調教には成功したよ。街の防壁を避けつつ敵だけを狙うようアンデットの匂いを覚えさせた。きっと上手くやってくれるはずだよ」


「そうか、よくやってくれた」


「やるじゃないノム! アンタって昔から調教が得意だったものね」


「ルーシー、語弊を招く言い方をして……それで悪い報告だけど。訓練を終えた後に満足して深い眠りについてしまったんだ。何をしても起きそうにないよ。困ったことにね……」


「え、えっ……それって戦いに間に合うのですか!?」


「これまでの睡眠周期から推測して、次に目を覚ますのは早くても三日後の朝かな」


「つまり決戦当日に間に合わないってことじゃないですか! 姫乃様大変です!」


 ノムはごめんねと一言添える。野生動物の習慣までは変えられないか。


「一晩は持ち堪える必要が出てきたか。希望があるだけマシだが」


「籠城戦で一晩耐えるくらいなら難しくないように思うけど。甘い考えなのかしら?」


「それは通常の相手を想定した場合ですな。敵は死を超越した存在。どのような手段を講じてくるか予測は付きません。精神的苦悩を感じず常に一定の能力を維持したまま戦い続ける。一撃で仕留めなければ負傷させた程度では反撃され、一瞬の油断が死に繋がる。敵に回すと恐ろしい存在です」


「戦闘が始まれば、休まる時間はないと思った方がいい。……不慣れな人たちが心配」


 練度が低い守備隊から先に疲弊するだろう。

 となると、ルーシーたち遊撃隊も後方に配置して。

 俺とリヴァルホスの地上部隊は自力で戦い抜くしかない。


「つまりまとめると。三万の軍勢を僅か一千の兵で一晩やり過ごし、敵部隊を壊滅させ、敵将ハーバスを討ち取る。あとは――――敵側にいるニケとシンシアの友人であるロザリンドって子を救うと。……ヒメノってば欲張り過ぎじゃない?」


「魔王と対を成す勇者だからな、相応に欲深くなければ務まらないだろ?」


 ロザリンドを救うというのは、この場にいる全員に話を通してある。

 無茶だの無謀だの散々言われたが、最終的には俺らしい決断だと納得してくれた。


「いつも根拠もなく自信だけはあるんだから。そうやって、他の子たちも勇気付けてあげてよね! ……私はこれから新兵たちの、訓練の最後の仕上げに行ってくるわ」


「オイラも子供たちと遊び――じゃなかった、真剣に訓練してくるパル!」


 ルーシーが槍を持ち、手を振りながら訓練場に向かっていく。

 パルルは本音が漏れていたが、何だかんだ上手くやってくれるだろう。


 決戦前の会議を終えて解散。それぞれが最終準備に戻る中で。


「姫乃、今日もやる?」


「ああ、いいぞ」


 やる気に満ちたシンシアに連れられて、俺も広場へ向かう。


 俺はここ数日、欠かさずシンシアと剣の訓練を行っていた。 

 素人なりに実戦で学んできた俺と、精鋭騎士団譲りの剣術を扱うシンシア。

 最初からわかりきっていたが俺は絶賛全敗中である。元勇者様は弱体化しても恐ろしく強い。


 訓練である以上、そこには明確なルールが存在しており。

 シンシア曰く実戦であれば、俺の方が遥かに強いらしいが。

 

 模擬戦と実戦は別物であるとわかっていても、負け続けるのは悔しい。

 訓練服に着替え気合を入れる。先輩だろうが何だろうが、一度は膝を付かせてやる。


「お兄ちゃん~!」


「姫乃様、姉様。お怪我だけには気を付けてくださいね!」


 ニケさんが咲を連れて応援しに来てくれた。

 その周りには先に向かっていたルーシーと汗だくの新兵たちの姿も。


「勇者の戦いを見て学びなさい。技術を盗むのは難しくても精神面で得られるものが必ずあるはずよ」


 俺は月咲神剣フレイアを構える。シンシアは自身の身長はある連結式大剣を握っている。

 大振りの剣で隙も大きく見えるのだが、油断することなかれ、蛇のように自在に伸びるのだ。

 剣の強度とかを度外視した、伸縮自在の魔法大剣だ。久しぶりにここが異世界なんだと実感した。


「姫乃、本気で掛かってきて」


「いつだって俺は本気だ。今日こそは、勝たせてもらうからなっ!」


 開始早々俺は地面を滑り込む。頭上を、鞭の如く大剣が通り過ぎていく。

 追撃の斬撃を回避してシンシアの懐に侵入、剣を振るう、籠手によって弾かれた。

 前蹴りが飛んでくる。側宙して足先から遠ざかり、今度は背中を狙うも大剣に防がれる。


「攻防一体の剣。相変わらず隙が何処にも見当たらねぇな!」


「……今の一瞬だけでも、五回は危ない場面があった。姫乃は、やっぱり強い」


「いちいち数えてるのかよ。余裕の表情で言われても説得力がねぇよ!」 


 ポーカーフェイスのシンシアは、その表情からも動きが読みにくい。

 かといって身体の動きから予測するのも難しい。なんせ後の先で叩いてくるのだ。

 つまりカウンターに対するカウンターを返すしかない。恐ろしく高い技量を求められる。

 

「姫乃相手に持久戦はできない。対策される前に、今度は私から……!」


「うおっ」


 足元が急にぬかるんでいた。ノムがよく使う土属性の妨害魔法か。

 珍しくシンシアの方から決めに来た。伸びる剣を、俺は神剣を盾にして受けるも押し切られる。

 

 武器を弾かれ俺の身体も宙を浮き、そのまま地面を転がる。


「まだ、武器を奪っても油断はしない!」


 崩れた態勢を戻そうとする間も、シンシアが迫り来る。圧倒的不利な状況。


「お兄ちゃん、負けないで―!」


 咲の応援が脳内に浸透する。時の流れが遅く感じていく。

 それとは真逆に血液の流れが早くなる。全身に熱がこもる。


(ははは……いいね。さすが元勇者。こうじゃないと面白くない!)


 不利になればなるほど、気持ちが高揚していく。  

 技量が追い付かないのであれば、あとは直感に任すだけだ。 


「う、嘘っ……!」


「あまい、これでかったとおもったか?」


 どよめく観衆。突き付けられた剣先に俺は文字通り噛み付いたのだ。

 まさかの行動にシンシアは一瞬固まる。が、そこは先輩だ。すぐ冷静さを取り戻す。


「相変わらず、姫乃は人間を捨ててる。猛獣みたい」


「勝負の世界に人間性は不要だ。戦場で負ければ人ですらなくなるからな」


「その貪欲な姿勢は、私も見習おうと思う」

 

 見苦しい抵抗に見えるだろうが、元より俺は泥臭い戦いの方が性に合っている。

 伸縮自在であろうが剣先を掴めば有効打はとれない。シンシアは素早く剣を手放した。


「魔法勝負ならこちらに分がある……!」


 シンシアは魔法詠唱に切り替え【氷ノ槍】を繰り出す。俺も対抗して【氷ノ槍】で迎え撃った。

 槍同士がぶつかり合い、火花が散った。砕け散る氷の礫を受けながら休まず次の一手を――――


「そこっ!」


 ――――拳を握りしめて、シンシアが素手で突貫してきた。先の発言はブラフか。

 

「させるかああああ!」


 互いの身体に拳がぶつかり合う。激しい衝撃と痛みが全身を稲妻の如く走る。

 だが、そこで終わりとはならず。腕と足を使って相手の身体を拘束する。

 

「お兄ちゃんが……お姉ちゃんとぎゅーしてる……仲良し?」


「あわわわ、咲様は見てはいけません! 姉様、それ以上は、何かダメですぅ! 離れてください!!」


 ギャラリーが喚いているが俺たちには届かない。

 もはや目的も忘れて互いに頬を引っ張り降参を促す。


「シンシア、俺が上に立っているぞ。どうだ負けを認めろ!」


「諦めない。姫乃ならここからでも逆転の目を探すはず」


「ちょっ!? 腕噛むなっ! お前そこまで真似しなくていいっての!! やめえぃ!!」


 真面目なシンシアは変なところまで俺の影響を受けていた。

 肩を叩かれた。振り返るとルーシーが凄まじい怒気を纏っていた。


「……新兵たちに悪影響を与えるからやめてもらえない? もしかして、ふざけてる?」


「「ごめんなさい」」

 

 俺とシンシアは素直に謝った。見学に来ていた人たちが若干引いていた。

 勇者の華やかな剣技を期待していたんだろうが。蓋を開けば泥塗れの喧嘩である。

 少々熱くなり過ぎたのは認めるが、ふざけているつもりは一切なかったぞ。本当だぞ。


「兄貴~シンシアちゃんとイチャイチャしてズルいパル!」


「お兄ちゃん、咲ともあそんでー!」


「ボクも久しぶりにたくさん構って欲しいな」


 勘違いしたちびっ子たちが集まってくる。こら、本当に遊んでいると誤解されるだろ。


「むぅ、姉様……抱き合うだなんて、咲様の教育によくないです!」


「に、ニケ……? もしかして、怒ってる?」


「わかんないです、わかんないですけど……もう知りませんっ! 姉様のバカッ!」


「え、え……? ご、ごめん……謝るから怒らないで……ニケ……!」


 ニケさんがお怒りでほっぺが膨らんでいた。

 シンシアが泣きそうになっている。お姉ちゃんの立場弱すぎだろ。


「二人はあとでたっぷり反省してもらうから。それと訓練の邪魔になるから下がってもらえない?」


「「はい」」


 このあと滅茶苦茶にルーシーに怒られた。あと何故かそこにニケさんも混ざっていた。

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