39 小さな戦士
「隊長これ以上は無理です! 手も足も動きません、俺たちはもう限界です!」
「無理なんて言葉は存在しないわ。まだお喋りできる体力が残っているじゃない! 戦場で弱音なんて通用しない。敵と戦う時も逃げる時もそう。腹の底から声を、汗を一滴残らず絞り出すの。死にたくなければ今ここで自分の限界を超えなさい! 厳しい訓練を乗り越えた自信と経験が、窮地に陥った己自身を救うのよ! 甘ったれるな!」
「「「「う、うおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
「はぁはぁ……戦場に出る前に、ここで死ぬ、死にそう……」
「だったら今すぐ楽にしてあげましょうか? それとも、足の一本でも失えば本気になるかしら?」
「ひぃ、ひぃ~勘弁してくださいっス!」
新兵たちがルーシーの鬼のしごきを喰らっていた。
レグやメガネくんの姿も見える。全員が満身創痍だ。限界の限界点。
それでも最後の一滴まで汗を絞り出している。筋トレでいうオールアウト。
ブラック企業顔負けの訓練だが、命が掛かっているとなると真剣だ。
教官のルーシーは人一倍張り切っている。彼女に任せて正解だったと思う。
他人に恨まれる覚悟を持てる人物は少ない。俺だとどうしても手加減してしまう。
「みんな頑張れよ。応援してるからな」
俺は教会前でそんな訓練の様子を眺めていた。勇者の仕事は相も変わらず巡回だけである。
下手に手伝うと邪魔になるばかりか、余計な問題を増やすだけなのだ。別にサボりたい訳じゃない。
一度だけ外堀作りに参加したんだが、俺がどの集団に加わるかで大いに揉めた。
第一次サハギンゴブリン抗争だ。互いに言葉が通じるようになり、対抗意識が芽生えたようで。
サハギンは大将に土仕事をして欲しくないらしく、逆にゴブリンは一緒に汗を流そうと誘ってきた。
両派閥の激しい口論はミノタの一喝で終焉した。現在俺の代理でミノタが仕事に励んでいる。
どいつもこいつも俺を持ち上げてくれる可愛い部下たちである――魔物にモテる男は辛いなぁ。
「いけません! 勇者様は忙しいのですから」
教会前でシスターヘレナが珍しく語気を荒げていた。
俺の周囲にお揃いの服を着た子供たちが集まってくる。
「平気だ。今ちょうど休憩中だからな」
残念ながら実際は滅茶苦茶暇しているのだが。絶賛ニート中なんだが。
子供たちの前でそんな恥ずかしいことは言えず、誤魔化し気味に俺は答える。
「ウソだー。兄ちゃんずっと暇そうにしてた!」
「朝からここに座ってたよねー」
「二十回以上は欠伸してたよ」
「……お、おう」
子供たちが聞き取れる声で内緒話している。すぐにバレる嘘はつくもんじゃないな。
「もう、勇者様にも色々とご事情があるんです。そうですよね?」
ヘレナの悪気のない親切なフォローが涙を誘う。今度から聖水作りに参加しようかな。
それはそれで咲と一緒にふざけてしまいそうだけど。俺、本当戦い以外は何もできねぇ。
「んで、暇で眠そうな勇者様への用件はなんだ?」
「わあ、兄ちゃんが開き直った!? ……えっと、その、俺も守備隊に入れて欲しいんだ!」
「私も私も! 戦わせて欲しい!」
「僕だって!」
朝っぱらからやけに好戦的な子供たちだな。
保護者に視線を向けると、ヘレナは苦笑しながら頭を下げる。
「この子たちは肉親を先の戦いで失っているのです。教会を孤児院代わりとして私が引き取りました」
「それで避難もせず街に残っていたのか。お揃いの服はシスターお手製の物か?」
「はい、お裁縫を一から勉強して。本職の方のと比べると見劣りしますが……」
「そうか? 俺はこちらの方が好きだけどな」
質素な色は汚れても目立たないようになっていて。動きやすそうなシンプルな作り。
けれども決して安っぽくはなく。一人ひとり特徴的なワッペンが付いている。
「世界に一つしかない宝物じゃないか。お前たちも幸せ者だな」
「うん! お姉ちゃん優しいよ!」
「怒っても全然怖くないし。いつもニコニコしてるよね」
「忙しいのに夜更かししてお裁縫してるの知ってるよ。ありがとう!」
俺が率直な感想を述べると、子供たちもヘレナを一緒になって褒めだす。
ヘレナは照れ隠しで目元を押さえる。みんなのお姉ちゃんは涙脆いようだ。
「その、本来であれば、この子たちを安全な島へ移住させるべきなのですが。そこで他の方々と上手く溶け込めるとは到底思えなくて……医療班に所属した私が街を離れる訳にもいかないですし」
「……だろうな」
島へ移住を希望した人々の多くは戦いそのものを嫌っている。
この子たちとまるで真逆だ。無理に移住させても亀裂が生じるだろう。
酷い虐めまでには発展しなくても、冷遇される可能性は大いにあり得る。
「お前たちはどうしてそこまでして戦いたいんだ?」
「だって大人たちが情けないし」
「いつも訓練中泣き言ばかりだよねー」
「僕の方が剣をもっと上手く扱えるよ!」
「も、もう、勇者様申し訳ありません。あとで強く言い聞かせておきますので……」
「謝らなくていい。そう見えたのなら単にアイツらの努力不足ってだけだ」
守備隊に志願してくれたとはいえ、一部を除けば実戦経験皆無の集まりだからな。
子供の鋭い視点で甘さを見透かされたか。よし、あとで鬼教官ルーシーに伝えておこう。
「俺の死んだ父ちゃんはこの街の衛兵だったんだ。無名だったけど、命を賭けて魔物と戦ったんだ」
一人の少年が語りだす。この街の衛兵だとすれば、その命を奪ったのは――
「だが、それだと仇の相手はサハギンだろう? これから俺たちが戦うのは同じ魔王軍だが、まったく別の相手だぞ」
リヴァルホスからはセントラーズを占領する際小競り合いで済んだと聞いているが。
当然、無血開城とまでは言っていない。元領主邸の持ち主たちも愛槍で貫いたらしいし。
もしかして、サハギンたちに復讐する為に参加するつもりか。俺は彼の次の言葉を待つ。
「俺、一度だけ仇を取ろうと顔に傷を付けた偉そうなサハギンを闇討ちしたことがあるんだ」
「顔に傷……? まさか、リヴァルホスをか?」
無知とはいえ命知らずにもほどがあるだろ。
「でも全然敵わなかった。すぐに取り押さえられて……ああ、ここで殺されるんだと思った」
「それでもお前は今も生きている」
「見逃されたんだ……何故襲ったか理由を聞かれた。父ちゃんの復讐だって答えたら『そうだったか』って笑われた」
少年は悔しそうに拳を握り締めた。
「アイツに言われたんだ。『お前の父ガイストはそれは勇敢な戦士だったぞ。父を超えろ。そうしてまた挑んで来るがよい。我輩は何度だって相手してやる』って、魚の癖に父ちゃんの名前も憶えていたんだ」
「……リヴァルホスらしい」
アイツは根っからの武人気質だし意外と紳士な一面もあるからな。
「街の連中は、父ちゃんも含めた衛兵さんたちを職務をまっとうできなかった無能だって。サハギンの支配に甘えて都合よく忘れていたのに。だけど、仇であるはずのアイツは父ちゃんをちゃんと覚えていて、褒めてくれて……俺、よくわかんなくなって」
「守備隊に加わるとなると、今後はサハギンとも関わることになるんだぞ?」
「そう……だけど、俺どうしたいかずっと考えて。聖女様の話を聞いて、父ちゃんが守りたかった街を俺も守りたいと思ったんだ。逃げた街の連中じゃなくて、ここに残ったシスターのお姉ちゃんや、同じ仲間を! サハギンたちが勇者様の味方をするなら、だったらアイツらをとことん盾代わりに利用してやるって、そう考えるようにした」
「街を守るのに仇の連中を利用するか。ふっそうか。とても賢い考え方だ。立派だぞ」
俺は少年の頭を撫でる。頭の固い大人だとこうも柔軟な発想に至らない。
復讐が悪とは言わない。だがそれは当事者たちの問題で他人を巻き込むものでもない。
自分の感情を後回しにして全体の願いを優先するなど、そう簡単にできることじゃない。
「わかった。身体は小さくても、お前たちは一人前の戦士だ。守備隊に加えてやる」
「やった!」
「わーい! お姉ちゃんと一緒!」
「僕もいっぱい魔物倒す!」
身体いっぱいに喜びを表現する子供たち。
「勇者様……! ですが彼らはまだ幼い子供で、到底戦いなんて……!」
「シスター、何かを成したいという気持ちに歳なんて関係ない。どれだけの理屈を捏ねたとて誰にも止められないさ。彼らはまだ子供だというが、それを言い出したら俺もそうだし、咲なんてもっと幼いぞ」
「それはお二方が勇者様で――――いえ、この考え方はよくありませんでしたね……」
「安心してくれ。何も最前線に置こうだなんて考えてないさ。手伝ってもらいたい仕事は山ほどある」
結局のところ、ここで駄目だと突き放しても彼らは納得しないだろう。
最悪の場合勝手に動き出してしまう。子供の行動力を甘く見てはいけない。
咲だって時々お兄ちゃんの予想を上回る行動を取るんだ。経験則から断言できる。
だったら初めから言い分を認めて、監視を付ける方がよっぽど安全だ。
「――――出てこいパルル。どうせお前も俺と同じで暇してるだろ」
「兄貴、呼んだパル? 別にオイラは暇じゃないパルよ。毎日大変パル」
「嘘つけ」
名前を呼んでから僅か数秒でマスコットキャラが飛び出してくる。
いつもフラフラ女の尻を追いかけ回してはフラれてるのを知ってるぞ。
「この子たちをお前に任せようと思う。シスターを安心させてやってくれ」
「えー、子守りなんて面倒臭いパルねぇ」
「そうか。お前は子供が嫌いなのか。咲にもそう伝えておこう」
「張り切って頑張るパルよ! オイラ子供大好き!」
「手のひらクルクル大回転させやがって」
パルルはその容姿からして子供ウケが非常にいい。
しかも以外にもコイツはこの成りで、ルーシーと対等に戦えるのだ。
模擬戦を見学した時は驚いた。その場にいた全員が同じ感想だっただろう。
単純な戦闘力では上位の分類だ。まぁ最後は何もない所で転んで負けてたが。
ドジなのは身体が丸くて足が短いのが原因だろう。バランスとるの難しそうだし。
「へんな生き物がいるー!」
「わーまんまるだー!」
「兄ちゃんアレなに?」
「淫獣だ。隙を見せると喰われるから気を付けろよ?」
「酷いパル! オイラ子供には手を出さないパル!!」
「俺の妹には手を出そうとしたよな?」
「サクちゃんは例外パルよ。オイラの運命の相手だからっ!」
何度燃えても相変わらず懲りないパルルは、渋々と子供たちの輪に入る。
「兄貴の頼みだから引き受けるけど。覚悟しておくパル。オイラの訓練はルーシーちゃんよりも厳しいパルよ? まず最初は基礎体力作り! 街をぐるーと五周するパル~! さぁオイラについてくるパル!」
「わー!」
「俺走るのは得意だ!」
「大人たちに負けるもんかー!」
パルルを先頭に子供たちが駆け出していく。
最初から加減もせず全速力だった。元気だなぁ。
そして取り残される俺とシスター。やはりお姉ちゃんは心配だろう。
「この街に残った時点で彼らも一蓮托生なんだ。シスター、俺を信じてくれないか? 子供たちも、シスターも、その居場所も。全部俺が必ず守り通すからさ」
「ローザリアでの戦いも、安易にニケとシンシアを頼り、彼女たちを苦しめ後悔したはずでしたのに。またしても数多の願いを勇者様に預けてしまいました。過ちを繰り返す罪深き私をお許しください……」
「違う。俺の場合、自分から背負ったからな。途中で投げ出すのは、ほら、カッコ悪いだろ?」
「…………勇者様」
軽く茶化してその場を去ろうとすると、ヘレナが俺の手を握った。無言で引き留められる。
力は篭っていない。しかし妙に手放し辛い魔力があった。肌を通して彼女の熱が伝わってくる。
「まだ子供だと自覚しているが、シスターのお世話が必要な歳ではないぞ?」
「あっ……」
自覚がなかったのか、指摘するとすぐに離れていった。
「私は一体何をして……」と彼女にも戸惑いがあり。丁重に謝られたが。
この雰囲気はどうも苦手だ。あとレグを応援すると決めた手前、変な気分になる。
「ルーシーちゃんたちノロノロパルね~。オイラたちが一番パルよ~!」
「遅いぞ、情けないぞ! 大人たち!」
「私たちの方が早いもんね!」
「悔しかったら抜かしてみろ~!」
そこへ都合よくパルルと子供たちの無邪気な声が空気をかき乱してくれる。
ヘレナは庭の手入れに戻っていった。俺はもうしばらくここで暇を潰すことにする。
「ちょっと貴方たち! 大の大人が子供に舐められて恥ずかしくないの!? あともう五周追加!!」
「「「「「ひええええええええええええええええ!?」」」」」
さっそく新兵たちの負荷が上がっているようだが。いい相乗効果が期待できるかもな。




