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37 ローザリアの悲劇

 窓越しに数十人の騎士たちが、重石の鎧を身に着け走り去る姿が映っている。

 悲鳴のような叫びを上げて、精鋭騎士団に所属する者たちが過酷な訓練をこなしていた。

 

 アウルランド大陸にある最大国家レイヴン。

 首都ハーマルカイトへ通じる街道を監視する花の要塞ローザリア。

 百年歴史の堅牢さを誇り、これまで幾度の敵軍を葬った難攻不落の都市であった。


 金髪を二つに結んだ、痩せ気味で聡明な顔付きを持つ少女がベッドに横たわり呟く。


「私も、いつかあの方々のように誰かのお役に立ちたいですわ」


 少女――ロザリンドは生まれつき身体が不自由であった。

 杖がなければ歩くのにも支障をきたし、また心臓も弱いので長時間立つことすら難しい。

 先天的な病には治療魔法も効果を発揮できず、医者からは部屋で過ごすよう言われていた。


 大貴族の娘として生まれながら、何一つ役目を果たせない自分が恨めしかった。

 実の兄と母親からは冷遇を受け、唯一の味方である父親は優しくはあっても仕事一辺倒。

 屋敷で働く者たちもロザリンドに対しては余所余所しさがあり、彼女を孤独たら占めていた。


 そんな中でも数少ない楽しみが、教育係として週に何度か訪れるシスターの存在。

 彼女に外の世界の話を聞かせてもらうのが、ロザリンドにとって最大級の娯楽であった。


 年々深くなる溜め息と共に窮屈で変わり映えのない日々を過ごしていると。

 父親であるカイルが、早馬を走らせ屋敷に帰ってきた。その傍らには二人の少女。

 どうやら召喚された異世界の勇者らしく。ローザリア騎士団に配属されることとなっていた。


 近年激しさを増してきた魔王軍の侵攻。国家への不満を溜める一方の市民たち。

 成果の上がらない騎士団に痺れを切らせた魔術院が、独断で召喚術を発動させたらしい。

 あくまで国家機密なので噂話でしかないが、過程で多くの魔術師たちの生命が捧げられたとか。


「わ、私はニケと申します。えっと、その、ゆ、勇者らしいです。自信を持って言えませんが……! あの、怖いのは嫌です……ここにいれば安全なんですかね……?」


「……シンシア、ニケの姉。初めてに言っておくけど。妹を泣かせる奴は許さない」


 まだ幼さを残した似ていない二人の姉妹。どちらも他人に慣れていないのか刺々しい。

 屋敷内でも、彼女たちへの対応に困る使用人が多かった。なんせ相手は勇者で異世界人だ。

 丁重にもてなすよう王都から命じられて、将来的に魔王軍と戦うよう仕向けないといけない。


 カイルが身元引受人として名乗り出たのも、国家の盾としての体面を保つ為であろうが。

 しかし、外部の事情に疎いロザリンドにとって、世界の情勢や勇者などすべてが些細な話。 


「お二人を心から歓迎しますわ。困りごとがあれば何でも相談してください。わたくしはこんな身体ですけど、名だけは知られていますから。お役に立てると思います。末永く仲良くしてくださいね?」


 ある種、大人たちの思惑通り三人が意気投合するのに時間は掛からなかった。

 俗世から隔離されたロザリンドが纏う空気は、異世界人が纏う異質性と似通っている。

 まるで三人は血を分けた姉妹のように、閉ざされた世界で助け合っていた。

 

「ロザリンド、似合ってますか? これ可愛いお洋服ですよね! 私のお気に入りなんです!」


「ニケ、それは使用人が身に着けるものよ? 似合っているとは思いますけど。貴女が望めばもっと華やかな衣装も手に入るというのに、欲がないのね?」


 レイヴン王国では主流の、古めかしい様式の白と黒のエプロンドレス。

 裁縫が得意なニケはそこにフリルを付けて、自分なりのアレンジを加えていた。


「姉様と違って私にはそんな大層なものは似合いませんよ。地味で目立たない方が楽ですし、以前披露宴で着させてもらったドレスは胸が苦しかったですから」


「……それは古着を提供したわたくしに対する宣戦布告かしら? 胸が平らで悪かったですわね!」


「あわわ、そんなつもりで言ってないです! 誤解です!」


 ニケとシンシアは、初めから屈強たる歴戦騎士を遥かに上回る身体能力を秘めていた。

 それ故に、誰よりも過酷な訓練を強いられる。精神はいたって普通の少女のままであるのに。

 ニケは時折、訓練を抜け出してはロザリンドの部屋に潜み、使用人のふりをして難を逃れていた。


「誰かに頼られるのって苦しいですよね。だってその人の夢を背負ってしまえば、自分の願いは後回し。勇者はそういうものだと理解しても、簡単には納得できないです。いつもいつも……領主様を困らせてばかりいて、私って大人になれない子供なんです」


「ニケ……」


「あはは。もしかしたら私、従者さんが天職なのかもしれないです。いつか頼れる素敵なご主人様と出会って、その人の為に尽くすんです。男性でも女性でも構いませんが、裏表のない優しい人だと嬉しいな」


 夢を語る少女は儚く、ロザリンドは掛ける言葉が見つからなかった。

 屋敷に囚われた彼女たちに自由などなく、いずれ過酷な戦場に連れられる。

 そして生き残れば、優秀な血を残すべく国からあてがわれた名家の男と結ばされる。

 

 誰かの役に立ちたくても、身体の自由が利かないロザリンドにとって複雑な感情だった。


「って、ごめんなさい。勇者が弱気なことを言ってしまったら色んな人に失望されますよね。異世界人召喚の代償に大勢の命が失われたと聞きますし……。その人たちの分も戦わないと……!」


「あくまで噂です。今の時代にそんな非人道的な魔術を認めれば国家が崩壊しますわ」


「噂だとしても掛けられる期待の大きさに変わりはないです。だからこそ姉様も率先して訓練に望んでいますし。うぅ、明日は頑張って……怖いけど、私も訓練に出ます!」


「またここに隠れてたんだ。ニケがいなくなって団長が怒ってたよ」


「あぅ……」


 訓練服姿のシンシアが部屋に入ってくる。汗に濡れた肌には目立った傷はない。

 若い騎士たちは包帯を欠かさず巻いているというのに、端から実力が違う。


「大丈夫、私がニケの分まで結果を残したから。団長、最後には機嫌が良くなってた」


「姉様、ありがとうございます!」


「甘やかしすぎるのはニケの為になりませんわよ?」


「私が構わない。ニケはそのままでいてくれたらいい」


「わたくしはシンシアが心配です」


 シンシアが本格的に勇者として訓練を望んだのもちょうど噂が広まった辺りだ。

 大人しくも生真面目な彼女は噂の真意と関係なく、魔王軍と戦うべく剣を握っている。

 一番の理由は、戦いに怯えるニケをなるべく戦場に送らない、目立たなくする為だろう。


 噂が民衆にまで広がっている以上、成果を出さねば世間から顰蹙を買う。

 勇者と国家の両方にだ。だからこそ騎士団も、勇者育成に躍起となっている。

 二人の内どちらか片方だけでも活躍すれば面目は保たれる。妹想いな姉の優しさだ。


 ロザリンドもそれに気付いていて、ニケを部屋に匿っていたのだ。


「私なら平気。ニケとロザリンドは私が守るよ。だから安心して」


「シンシア……」


 いつだって皆の前で気丈に振る舞うシンシアだったが。

 ロザリンドは思うのだ。そんな彼女を一体誰が支えるのか。


 勇者一人に人類すべての期待を背負わせる無責任さを。恐れていた。

 

 ◇


 数年の月日が経過し、ついに魔王軍が大規模侵攻を仕掛けてきた。

 ローザリアにも最大の危機が訪れていた。敵は四大魔将軍最強と謳われるハデス。

 およそ十万の精鋭を引き連れ襲い掛かってきたのだ。対するローザリア軍は僅か一万。


 戦況の報告をロザリンドはベッドの上でつぶさに聞いていた。

 堅牢の要塞と屈強な騎士団に二人の勇者。序盤中盤は優勢に進んでいた。

 シンシアの目まぐるしい活躍によって、毎日のようにローザリアでは祝杯があげられる。


 さすがは勇者だ。彼女たちを起用した国家に間違いはなかったと。


 最終盤。ハデスとの決戦の最中――騎士団の中に裏切り者が現れた。

 

 後方支援に勤めていたニケが属する部隊が挟撃を受け壊滅。

 妹が行方不明となり、動揺したシンシアが左目を失い、深い傷を負ってしまった。

 

 これは魔将軍ハデスにとっても予期せぬ出来事であり。

 ハデスは憤慨し裏切者を粛正。シンシアたちを一度は見逃し引き返した。

 魔王軍最強の騎士として、勇者との決闘を望んだ彼には不服の結果だったらしい。


 幸運にもニケは無事であったが。この戦闘で騎士たちを束ねる団長が戦死。

 支援部隊にいた優秀な医療班を失う大打撃を受ける。更に領土の多くを失った。 

 半死半生のまま戻ってきた彼女たちに労いの言葉はなく。石と暴言の雨が降り注いだ。


 屋敷で治療を受けている最中も、民衆が寄って集って勇者を責め立てに来た。

 重苦しい空気は屋敷内にも伝染し、ベッドの上で、ロザリンドは酷く憤慨した。


「どうして……あの子たちはよくやりましたわ! 一度の失敗でこれまでの活躍がなかったことにされるだなんて納得がいきません!」

 

 たった一度の敗北で、積み重ねたものが崩れ去る。

 誰が何の為に戦っていたのか、わからなくなっていく。

 シンシアは戦犯として扱われ。怒りの矛先は領主にも向かう。


 数で劣る人類側は、一度勢いを失うとあとは追い込まれる一方だった。


 ローザリアが魔王軍に完全包囲されてから十日が経った。

 応急処置を受けシンシアは九死に一生を得たが、到底戦える状態ではない。

 領主カイルは、屋敷内にある秘密の通路から勇者姉妹を首都へ逃すことを決断する。


 首都ハーマルカイトで治療を受けた勇者が再起を図り。 

 その間はローザリアが持ちこたえる。自らが指揮を執り戦うのだと。


 娘であるロザリンドもローザリアを離れることになった。

 三人は身を寄せ合って、薄暗い地下道を進んでいく。

 

「大変、ニケに貰った髪飾りを、部屋に置いてきてしまいました」


 ロザリンドにとってそれは、二人との繋がり、大事な御守りだった。


「戻るのはだめ……早く移動しないと」


「そうですよ、ロザリンド。髪飾りなら新しい物を……」


「身体が不自由でも、今のシンシアよりは動けます。すぐに戻りますわ」


「ロザリンド!」


 二人の制止を振り切って、ロザリンドは杖を突きながら来た道を引き返す。

 部屋に戻ると机の引き出しから髪飾りを。姉妹と契りを交わした大切な物だ。

 

 ふと、窓越しに外の様子が映った。重厚な正門前に誰かが立っている。

 

「あれは……ハーバス兄様?」


 普段屋敷でもあまり顔を合せない珍しい人物だった。


 外はいつ暴動が起きてもおかしくない危険な場所だ。

 騒ぎに乗じて野盗も活発化しており、治安は悪化している。


 血の繋がった兄とは、決して良好な関係ではなかった。

 寧ろ嫌われていたと記憶している。役立たずの妹に価値はないと。

 それでも肉親が襲われるさまを想像したくなかった。

 

「兄様、そこにいては危険です! 早く屋敷まで戻ってください!」


 ハーバスは正門前で誰かと話していた。フードを被っていて何者かはわからない。 

 敵の侵入を拒む要塞入り口にしては妙に兵の数が少ない。どこかへ出払っているのか。

 

 疑問の答えを出す前にロザリンドは屋敷の外に出ていた。ハーバスと視線が合った。


 ――瞬間。大きな爆発音がローザリア中を響かせた。


 正門が開かれ魔物たちが侵入してきたのだ。各地から激しい炎が上がる。

 逃げ惑う人々の波が四方から集まってきた。ロザリンドは咄嗟に動けなかった。


「あっ……あぐあっ――――」


 身体が地面に投げ出され、民衆に容赦なく踏み潰されていく。

 手足が潰され、骨が砕け、ありとあらゆる骨や内臓が傷付けられた。

  

(痛い……痛いいたいいたい。誰か……誰か……たすけ……にけ……りんしあ……)


 永遠に続くかと思われた波が去った。片目に巻き込まれた女子供の死体が映った。

 ロザリンドもまた虫の息だった。息を吸うだけで張り裂けそうな痛みを伴う。

 

 誰かが近付いてくる。歪んだ視界からはその人物の顔までは把握できない。

 腕が首元に差し掛かり、強く締められる。抵抗はしなかった。やっと楽になれると。


「――手間が省けた――愚かな――妹よ」


 ここからロザリンドの記憶が途切れていた。


 次に目を覚ますと、侵略者であるはずのハデスによって新たな肉体を与えられていた。 

 故郷のローザリアは滅び、迷える魂の中で適性のある者だけが魔族として転生を果たした。  

 死を超越した存在、望まない復活。ロザリンドに残されていたのは行き場の無い憤りだけだ。


 ◇


「侵入者にむざむざと逃げられるとは、貴様はどこまで無能なのだ! その肉体は飾りなのか!?」


「申し訳ございません。どうかお許しくださいませ――兄様」


「魔族転生を果たしたところで、所詮愚図は愚図だな、貴様と同じ血を引いているのが唯一の恥だ! ハデス様から一目置かれているようだが、貴様なんぞ他のアンデットと変わらん。ただの人形以下だ!」


 容赦ない蹴りを受けてロザリンドは地面を転がる。 

 死霊使いの身体もアンデットである。傷が生じても血は流れない。

 

 首無し騎士は鉄靴でロザリンドの頭を踏みつける。

 一瞬、死に際の記憶が蘇るが。砂利を噛み締めながら堪える。

 もう決して痛みは感じないのだ。いっそ心も失ってしまえば楽になるというのに。

 

「……シンシアがまだ生き残っているとは。以前の美しい姿のままであれば、俺様の傍に置いてやることも考えてやったが。あの傷を負った姿は見るに耐えない。情けとして俺様の剣で楽にしてやろう」


「兄様、どうかニケとシンシアの処遇はわたくしに一任させていただけないでしょうか?」


「フンッ、それは貴様の今後の行い次第だ。せいぜい俺様の機嫌を損なわせるな。行くぞ、今も尚抵抗を続ける愚かな人類に王の鉄槌を下す。我が主ハデス様の元に華々しい戦果を持ち帰るのだ」


 首無し騎士の号令の元、三万のアンデット軍団がローザリアを出発する。

 都市はもぬけの殻となるが防衛なんぞ考える必要もない。地上の対抗勢力はないに等しい。


 いかに今代の勇者が優れた力を持っていようと、これほどの数を止める術はないだろう。

 目の前で傷つき倒れた姉妹の姿を。勇者の敗北をロザリンドは死後も強く記憶しているのだ。

 

 もはや人類に勝ち目はなく。救う価値すらない。

 魔に魂を売るか、自分のように無残な死を遂げるかの二択だ。 

 ならば少しでもマシな選択を選ぶしかない。ロザリンドは固く誓う。


「あの二人にわたくしと同じ想いはさせませんわ。せめて苦しむ暇も無く安らぎの最期を……」

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