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36 対等の友人

 早朝から街は慌ただしく動いていた。

 普段見かけない顔が荷物を背負って通り過ぎていく。

 青空の下、人と魔物が入り混じって一つの目的に向けてひた走る。


 俺は石階段を伝って防壁の上に立つ。防壁をより強固とする為に改良が重ねられていた。

 現在は街を囲う大きな堀を伸ばしている最中だ。筋肉自慢のオークが先頭に立って穴を掘る。


 最終的には海と繋げて海水を流し、いくつか橋を架ける大規模な工事となっている。

 地上戦が苦手なサハギン用の水路だが、腐敗したアンデットは泳げないので防柵にもなる。

  

「おお、勇者殿。防壁の改良は順調に進んでおりますぞ。アンデットの群れがどれだけ取り付こうとも見事に弾き返して見せましょうぞ。ホッホッホッ」


「爺さん、忙しいのに悪いな。敵の第一陣との接触前には完成しそうか?」


「サハギンが下地を作ってくれていたようじゃからな。不眠不休で働いて、おおよそ十日もあれば」


「労基が驚くほどのブラックだな。くれぐれも身体には気を付けてくれよ。もう若くないだろ?」


「ワシにとっての主戦場は今この瞬間じゃからな。勇者殿の頼みでもよい返事はできませんぞ」


 ウォッカ爺さんは生き生きとしている。異世界では年寄りも大層元気だ。


「おーい、その鉱石はまだ未加工品じゃ、先にワシの工房に運んでおくれ!」


 地上で資材を運ぶゴブリンたちに爺さんが大声で指示を出す。

 同じく地上に待機していたザクロが、すぐさま魔物の言葉で伝える。


 ハルピュイアとの連携によって、作業速度がこれまでの数倍を超えているらしい。

 元々手先が器用であったゴブリンだが、これまでは主軸であるサハギンたちと言葉が通じず、大した役割を与えてもらえなかったようだ。膨大で多様性に富んだ魔王軍だからこその欠点といえる。

 

 単純な命令だけならニュアンスで伝わるだろうが、その分無駄も多かった。

 通訳を挟むことで問題を克服し、それぞれが適した業務に専念できるようになっている。

 リヴァルホスもサハギン以外の扱いは雑だった為、ゴブリンたちは待遇の向上に喜んでいた。


「勇者様。宿の近くで喧嘩があったらしいっスよ。肩と肩がぶつかったとかで。女将さんが両方痛めつけて反省させたみたいっスけど。遺恨が残らぬよう、勇者様の方からも仲を取り持って欲しいっス!」


 レグが街での出来事を知らせてくれる。真新しい鉄の装備を着込んでいた。


「……今日で五件目だぞ? あとで俺の方からも叱っておく。女将さんに礼を伝えておいてくれ」


「了解っス! あ、いけないいけない。あと五分でルーシー様の訓練が始まる。ここで失礼するっス!」


 侵略者である魔物と搾取される側であった人々が、すぐに打ち解けるかと言われると難しい。 

 毎日どこかで小競り合いが勃発するが、勇者である俺が巡回して懸け橋となるよう努めている。 


 ただやはり、共通の敵の存在が否応にも協力関係を結ぶきっかけになった。

 数少ない人間の力だけでは魔王軍には対抗できない。それは誰しもが理解している。


 そのまま俺は、改良されていく防壁を眺めていた。

 内部には所々出っ張りがあり。外を覗き込める窓があった。

 ここから防壁の真下がよく見える。高所が苦手だと苦労しそうだな。


「爺さん、この穴は?」


「防壁に取りついた敵兵を上から狙う穴じゃよ。熱した油や人糞を落として嫌がらせに使えるのう」


「人糞がアンデットに効くか?」


「代わりに聖水でも注いでやればどうじゃ?」


「その二つが並ぶとより汚く聞こえてくるな」


 聖職者が聞けば怒りそうな会話である。――シスターヘレナから貰った聖水だが。

 人と魔の中間に位置するゾンビには足止め程度の効果しかないが、霊体のレイスとやらには効果抜群らしい。

 飛行能力を持つレイスは厄介そうなので、まとまった数は揃えておきたいところ。


 聖水は専用の魔法陣に水の入った杯を置き、半日以上祈り続けることで作れるとか。

 人の生気を魔力と掛け合わせ液体内に閉じ込め、疑似的な聖素を含んだ水を生み出す。


 祈り人は聖職者である必要はないらしいが。人並み外れた忍耐力が必要であり。

 そこまで熱心に祈れる者は大抵聖職者であるという。つまりそれなりに貴重品だ。

 

 聖水の他に投擲用の瓦礫や矢も大量に集めさせている。

 この世界には幸運にも、破棄された軍事施設がたくさん残されている。

 手が空いている者にカトプレパスを預け各所へ資材採取に向かってもらった。


「ところで、我らの聖女様は今日も教会かのう?」


「その呼び名は本人の前では言わないでくれよな。恥ずかしがるから」

 

 爺さんが言う聖女様とは、俺たちのメイドさんのことだ。

 あの演説以降、ニケさんは街の住人から勇者を導く聖女様と呼ばれるようになった。

 本人は頑なに従者ですと主張しているようだが。それだけ多大な影響を人々に与えたんだ。


 今の時間は、教会でシスターヘレナのサポートをしているはず。

 女神の聖素を持つ異世界転移者は聖水作りに適している。咲とシンシアも一緒だ。

 多分、聖女様というのも頻繁に教会を出入りしている様子から付けられた愛称だろう。


「いい? 余程切れ味が優れた武器でもない限り、アンデット相手は当たり場所が悪いと肉に挟まって抜けなくなるから。深く刺し込むのは避け叩くように剣や槍を振るうの。ほら、私に打ち込んでみなさい」


「え、いいんですか。刃を落してないので危険ですよ?」


「バカね、素人捌きで私に刃が届くと思う? 相手を見た目で判断しない。そして何よりも武器を持っているからと己惚れないことね。実力のない慢心は死を招くわよ」


「ルーシー様を甘く見たらあとで後悔するっスよ!」


 街の広場では、ルーシーが新兵たちに囲まれて実戦的な演習を行っている。

 ピスコ村でも同じようにしていたのか、小さな身体で大きな覇気をまとっていた。

 同時に十人以上を相手にしても涼しい表情で男たちを吹き飛ばす。派手にやってんな。 


「ウギギ! ウギィ!」

「ヴォー!」


 もちろん人間だけでなく、主力部隊のサハギンやゴブリンの姿もある。

 人魔合同での激しい訓練の熱気がここまで昇ってきている。悪くない眺めだ。

 ん、そういえばお馴染みの連中はどこにいるんだ。探してみる。今日もサボりか?


「ブオ、ブブ! ブヒヒヒ」

「ウギギ? ウガウグ」

「ブオオ!」


「いたいた。やっぱり訓練から抜け出していやがったか! あとでルーシーに告げ口するか」

 

 咲親衛隊は何故かエプロンをつけて、遠くの炊事班の方に混ざっていた。

 何をやらせても結果は残す優秀な部隊だが、訓練だけはサボり続ける困った連中だ。

 ハイオークなんて呑気に蝶々を追いかけている。どんな時も自我を忘れない大物である。

 

 ちなみにミノタとアークは元領主邸でひたすら自主トレを続けている。

 俺の親衛隊は協調性のない一匹狼が揃っていた。誰に似てしまったのやら。

 

「そういえば勇者殿。鍛え直した剣の調子はどうですかな?」


「最高だぞ。これでまだ本来の性能の七分の一しか発揮できていないとは考えられないくらいだ」


「申し訳ないことに神話時代の技術が使われていて、ワシにはほんの表面しか解析できんかった。これ以上となると、ハイエルフの長老たちの力を借りる必要があるのう。しかし、ただでさえ数が少ない彼らが、今も魔王軍の魔の手から逃れられているかどうか、いささか不安ではあるが」


「ないものねだりをしても仕方ないからな。今ある最善を尽くすのみだ」


 そう言って俺は生まれ変わった相棒――月咲神剣フレイアを鞘から抜き出す。

 ちなみに名前は自分で付けた。剣にまで妹の名前を入れるなんてと、ルーシーが呆れてたが。

 当の本人は『わーいカッコいい!』と喜んでいた。かくいう俺も暇がある時はずっと眺めている。


 自分専用武器だなんて、男心をくすぐるよな。


 常識的に考えてこんな大層な剣が、無造作に村に落ちているはずがない。

 先輩勇者シンシア曰く、女神からの贈り物ではないかとの話だ。……渡すなら普通に渡せよと。


 余談だが、【千里眼】は元はニケさんが女神から授かった異能らしい。

 俺たちを召喚する際に失った女神の力の一部が、俺と咲に宿っているのだとか。


 つまり咲が稀に見せる野生的勘も実は【千里眼】に近いものだったり。

 残念ながら俺の【模倣】の異能は、同じ女神の力には適応されないので確認はできないが。


 そして有用な異能を持つ人物は、既に戦争で多くが失われている。

 【模倣】できるものが限られている以上、今後もフレイアに頼ることとなるだろう。 

 

 ◇


 元領主邸には豪華な浴室が備わっている。創作物でしか見かけないような広さを誇り。

 動物の造形をした石像の口から、お湯が流れ出ていて、当然のように源泉かけ流しである。

 何も身に纏っていない生まれたままの姿で俺は湯を被り、今日の汚れを綺麗サッパリ洗い流す。


「あー疲れた。ルーシーの奴、部下がたくさん増えたからって本気で暴れやがって」


 勇者の実力を新兵にも知ってもらいたいと、模擬試合を頼まれたんだが。

 人に見せる剣技なんぞ一切学んでこなかった俺にとって、終始堅苦しい時間だった。

 本気を出して決戦前に主力に怪我を負わせる訳にもいかないし、手を抜くのだってしんどい。


 というか、下手に手加減するとルーシーが勘付いて怒るからな。

 俺も勇者として負けられないので、必要以上に気を張って剣を振るった。

 日頃どれだけ直感頼りに戦っていたかがわかる。明日は酷い筋肉痛を味わうかもしれない。


「ふぅ……それにしてもいいお湯だ。家の浴槽は足を伸ばスペースもなかったからなぁ」


 長旅で川の水で済ます日々も経験したので、風呂のありがたみがよくわかる。

 肉体に温泉成分が染み込んでいく感覚に浸る。自然と、年寄り臭い声が漏れ出た。

 セントラーズには共用の露天風呂もあるんだが。そちらは海の隣で眺めも最高らしい。

 

 今は訓練を終えた新兵たちが殺到しているはずなので、次の楽しみに取っておこう。


「……こんなに広いのに俺だけが占領するのはもったいないよな~」


 直前にリヴァルホスも誘ったのだが、サハギンは熱した水が苦手らしい。

 考えずともそりゃそうだろうって感じだが。となると男は俺一人くらいになる。

 付き従ってくれる魔物たちも気を遣ってか、露天風呂の方を利用しているようだし。


 水滴の音だけが反響する浴槽内で優雅に背泳ぎをする。反転してクロール。

 ひと通り泳いで満足し、のんびり過ごしていると。何者かの気配を感じた。

 白い湯気で覆い隠されまるで全貌が見えないが、誰かが浴槽に近付いてくる。

 

「ん、無理して付き合う必要なんてなかったのに。茹でられた半魚人なんて俺は見たくないぞ。それとも、魔法か何かで克服してきたか? 無理強いさせて悪いな。あとで湯上りに絞りたての牛乳飲もうぜ」


 忠義に厚いリヴァルホスのことだ。一度は断ったものの、覚悟を固めて戻ってきたか。

 俺は大きく手を上げて居場所を伝える。出入口から涼しい風が入り込むと、視界が鮮明になった。


「ひ、姫乃……?」


 直後、まったく想定していなかった人物から声が掛かった。


「おぶっ、シンシア!? お前ッ、何故ここに!」


 視界一杯に髪を結んだ女性の裸体が映り込んだ。幸運にもタオルを巻いていたが。

 俺の方は完全に全裸だ。慌てて湯の中に潜り込む。ギリセーフか? いや、アウトだった。

 何故だ。何故俺は、年上の女性にサービスシーンをお披露目してるんだ。需要ないだろ……。


「……もしかして知らなかったのか? 今は男湯の時間だぞ」


「ご、ごめん。そうだったんだ……。留守を預かっている間は自由に使わせてもらっていたから」


「そうか。連絡が行き届いていなかったか。それなら仕方ないな!」


 元領主邸の利用者なんて殆ど俺の関係者だし。厳密に時間が決まっていた訳でもない。

 以前よりも仲間が増えたし、これまで通りの感覚でいると、こうした行き違いも増えるか。


「で、出ていくから。ごめん。姫乃はゆっくりしていて」


「別に構わないぞ。俺が先に出ていくから、お前の方こそゆっくりしていけ」


「はわっ、か、隠して……! み、見えてるから……!」


「あ、悪い」


 お約束のようにシンシアは手で顔を覆い隠し、隙間から覗き見ている。意外と興味津々だな!

 お互い譲り合って立ち上がって、また湯の中に隠れるコントが続いた。

 議論の末、これだけ広いのだから離れて入ればよくね? という形に落ち着く。


「は……恥ずかしい」


「大丈夫だ。湯気で隠れているし俺は後ろを向いている」


「姫乃は……平気? 全然、動じていない」


「つい最近まで咲と一緒に入ってたからな。あの子は昔からシャンプーが苦手でな、洗い流す際も目を固く瞑って足をピンっと伸ばすんだ。それが小動物のように可愛くてなぁ。今じゃ一人でも我慢できるいい子に育ったんだがその切っ掛けが――」


「……話が長い」


「何だ、ここからがいいところだったのに」


 年上の女性と歳が離れた妹を比べるのもあれだが。

 というか、セントラーズの露天風呂には混浴もあるしな。

 今は同意の上で入っているんだから、俺はもう開き直っている。


「んで、シンシアの方は上手くいっているのか?」


 元勇者としての重圧と、友人の魔族化で酷く精神を病んでいたシンシアだったが。

 気分転換として命じた咲の護衛は継続中だ。今日も聖水作りに励んでいたのを見ている。 

 顔色はだいぶ良くなってきている。怪我も後遺症がなく、偶に訓練場を見学しているようだ。


「妹以外の人と話すのは久しぶりで……変に見られてるかも」


「元勇者様が恥ずかしがり屋だなんて、誰も想像していなかっただろうしな」


「恥ずかしくない。慣れてないだけ……」


「同じようなもんだろ。まっ、よかったじゃないか。これからは安心してお日様の下を歩けるんだ」 


 自ら戦う覚悟を持って集まった人々からは、敗戦の勇者という存在も受け入れられつつある。

 そも初めから勝ち目の薄い戦いに送り出されて、責任を負わされていたのがおかしな話なのだ。


 同じ立場に立って初めて理解する感情もあるだろう。今のセントラーズにいる間は安全だ。


 わざわざ正体を隠す必要もなくなり、シンシアがフードを外す時間も増していった。

 ニケさんはそんな姉の為にメイド服を用意しているらしい。銀髪のメイド服は似合うだろうな。


「姫乃と咲、それからニケのおかげ。咲は……あの子は、優しい子だね」


「そうだろうそうだろう。自慢の妹だからな!」


「ずっと一緒にいたくなる。ニケと、交換」


「売られたニケさんが泣きだすぞ」


「冗談。私の妹もあれはあれで可愛いから。……姫乃にはあげない」


「別にいらない」


「……どうして? いらないは酷い。理由を教えて、小一時間問い詰める」


「お前、意外と面倒臭い性格だな!? 俺の方も冗談だって!」


 追及から逃げると、シンシアがくすっと口元を手で隠し上品に笑う。

 冗談に冗談を返せるとは良い傾向だ。きっと咲に慰めてもらったんだろう。

 幼子の言葉は乾いた心にこそ響きやすい。そのまま勇者の呪縛から解放されることを願うが。


「姫乃、身体大きいね」


「男だからな。そういうお前は――」


 そこまで口を開いて。俺は失言であることに気が付いた。

 シンシアの陶磁器のように白い肌には、深い傷跡が刻まれている。

 片目に被さる無骨な眼帯に、胸元の刺し傷。どれも痛々しい勇者の代償だ。


「……気にしないで、いいよ。もう割り切っているから」


「そうか、本人がそう言うのであれば。……魔将軍のハデスにやられたんだよな」


「うん。あと一歩だった。でも、その一歩が及ばずに。私はローザリアを救えなかった」


「そこまでの強敵なのか」


「姫乃と咲ならきっと勝てると思う。私が、弱かっただけだから」


 シンシアは俺たちをかなり評価してくれているが。

 彼女の実力は、技量の面では俺の遥か上をいっているのだ。

 勇者でありながら正規の騎士団の訓練も受けており。当然、それだけの差が生じる。

 

 俺たちは召喚時にニケさんの力も上乗せされているとはいえ。

 女神に選定された者の素質に大差があるとは考えにくい。

 違いがあるとすれば女神の力の強度と、あとは当時の環境もあるな。


 異世界に呼び出され、有無を言わさず武器を持たされ、魔王軍と戦わせられて。

 誰かに期待を掛けられれば掛けられるほど、自分が戦っている理由がわからなくなる。

 女神の力は純粋さに比例する。シンシアはハデスとの決戦前から力を失っていたのだろう。

 

 俺たちの場合は、滅びゆく世界の中で居場所を残す為に、自分の目的に沿って戦っているが。


 シンシアやニケさんが呼び出された頃は、まだ魔王軍の進行も半ばだった。

 異世界の勇者が矢面に立って戦う必要はなかった。怠慢な民衆に踊らされていただけで。

 迷うのは当然だ。力不足というより置かれた環境に原因があると俺は考えている。


「ニケは……逞しいね。あの子は自分のやるべきことを見つけたんだ。それと比べて私は……私は何なんだろう。勇者としての役目も果たせず、ただ流されるがままにこうして、姫乃に頼っている」


 シンシアの言葉には深い悲壮感がこめられていた。

 消えない傷を負ってまで人々の為に戦い、責任を負わされた。

 酷い裏切りにあっても尚、根底にある正義感が彼女を苦しめている。


 勇者として選ばれるだけの素質。俺が持っていないものを彼女たちは。


「安心しろ。これからは俺が代わりを務めるんだ」


「姫乃……?」


「お前は俺が守ってやる。だから、お前はこれ以上勇者に拘る必要はない。自由にしていればいい」


 もしも俺が、あの異世界転移に巻き込まれていなければ。

 咲が同じ目に遭っていたと考えると、俺はシンシアを放ってはおけなかった。

 

 シンシアは蒼眼を大きく見開かせて、こちらを向いていた。驚きが羞恥心を凌駕したらしい。


「……そんなことを言われたの、初めて。私は、いつだって誰かを守る立場だったから」


「妹の前では強がっていても、お姉ちゃんだって、時には誰かに甘えたくなるものだろ?」


「姫乃もそう?」


「ふっ、俺は咲がいればそれだけで無敵だからな」


「姫乃は、本当に強いね。……尊敬する」


 それは違う。強いのではなく、強くあろうとしているだけだ。

 持たざる者だからこそ、勇者に相応しくないからこそ、俺は勇者という役割を演じられる。

 自分が偽物であると頭で理解しているから。シンシアのように自分を追い詰めずにいられるのだ。


「本当のことを言うと、謝ろうと思っていた。私たちのせいで、二人の運命を狂わせてしまった。私にできることがあれば何でも……傷があるけど……私の身体だって……好きにしてもいい。だから、ニケを許してあげて……あの子は、私を助けようとして……すべての責任は姉である私にあるから」


「どこかで聞いたようなセリフだな。本当、お前らは似た者同士の姉妹だ」


 まあそうだろうなとは思っていた。シンシアはニケさんと違って天然ボケではない。

 俺が先に入浴しているなんて、外で脱ぎっぱなしにしてある服で気付けて当然なのだ。


 背中越しにお湯をかきわけ近付いてくる音がする。俺は振り返ると彼女のおでこに指を乗せる。


「俺は、俺たちはやりたいようにやっている。好き勝手生きているんだ。だからお前は気にするな。この話はここで終わりにするぞ。もっと建設的な話題に変えてくれ」


 跡が残らないよう軽く押して、俺は再び背中を向ける。

 そんなに女の身体を欲するような鬼畜に見えているのだろうか。

 目付きが悪いのがいけないのか。今夜から表情筋でも鍛えようかね。


「姫乃……ありがとう。この恩は必ず返すから。私に残された力を、二人の望む未来の為に」


「生真面目だなぁ。自分の為に残しておけよ」


「ううん。私も、少しずつだけど。姫乃やニケを見習って、私のやりたいことを見つけたいと思ったから。自分が今一番望んだのがそれだった」


「それがお前の望みなら仕方がないか」


「うん、仕方がない」


 肩と肩がくっつく距離で俺たちは語らう。

 羞恥心や余計な感情は浮かばず。妙に心地いい時間が続く。


「そうだ、姫乃に私の妹の可愛い話を教えてあげる。きっとニケのことがもっと好きになる」


「だったら俺はその一千倍、咲の可愛らしさを説いてやる。今すぐにでも咲を抱きしめたくなって狂いそうになるぞ? 覚悟しておけよ」


「負けない」

「こちらこそ」


 互いに救えないレベルのシスコン勇者という共通点から。

 俺たちは性別の垣根を超えて、裸の付き合いを経て、距離が縮まった。

 俺は異世界を訪れて初めて、本当の意味で対等な友人を得られたのであった。

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