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33 旧友との再会

「んで、ニケさんや。早くそのシンシア姉様とやらと挨拶したいんだが」


「はっ、そうです! 私も姉様を探していている最中だったんです!」


 目元を真っ赤にしたニケさんが、忘れてましたと両手を合わせる。


「探していたって、もしかしてこの街に住んでいるのか?」


「えっと、住んではいませんよ? というよりも、実はこれまでも私たちと一緒に行動していましたし。姫乃様も咲様もよくご存じのはずです」


「……は? いや、まさか――――婆様か!?」


 最初に出会った謎に包まれていたフードの人物。

 ニケさんの姉の話を聞いて、すぐに思い浮かぶべきだった。


「姉様は魔王軍でも最強格であるハデスと互角に戦い、顔が広く知れ渡っていますので。それに、生き残った人々の中には今も姉様を恨んでいる方がいらっしゃいます……。傷が癒えきっていない現状、危険に巻き込まれないよう、身元を隠してもらっていました」


「酷い逆恨みだな。賢明な判断だと思うぞ」


 聞いていて何とも腹立たしいが、勇者は目立つものだから仕方がない。

 有名税という言葉がある。衆目を浴びるというのはそれだけ理不尽に遭いやすい。

 俺も気をつけなければ。もし咲に危害を加えたら問答無用で拳でわからせてやるけどな。


「シンシア――いや婆様か。どこに行ったか他に見当は?」


「……いつも遠出する際は一言あるのですが、今回に限っては何も……不安です」


「婆様は無駄にすばしっこいから。行動範囲も広いから街に留まっているとも限らないか」


 婆様のこれまでの働きからして、常に先を見据えた動きをしているはず。

 現状ローザリアからの脅威に向けて、防衛の準備を進めている。そこから推測するに。


「ローザリア周辺に潜める場所はあるか? 婆様が敵情視察に向かった可能性がある」


「あの辺りは見通しのいい平野が広がっていますが、私たちにも馴染み深い場所なので。隠れようと思えばどこへでも……あ、そういえば、破棄された物見櫓がいくつかあったはずです」


「そこを重点的に探すか。敵地のど真ん中となると、いくら元勇者とはいえ心配だな」


「勇者様、ローザリアに向かうのでしたらこちらを」


 シスターヘレナが透明な液体の小瓶を手渡してくれる。


「ローザリアはここ数年、アンデットによって支配されていると噂で聞きます。勇者様の聖なるお力と聖水があれば、魔を振り払うのも容易なはずです」


「助かる。それから、俺たちのことだが……」


「ご安心ください、胸の内に秘めておきます。私もニケの一件で勇者様のお立場が危ういことは十分理解しておりますので。この魔王に支配された世界で、異世界の勇者様が身を粉にして戦うのです。私も女神に仕える者として、貴方様にこの身を捧げましょう」


「あーそういう重いのは必要としていない。だが、気持ちだけは受け取っておくぞ」


 適当に話を流すと、シスターヘレナは呆然と何度も瞬きをしていた。

 この世界は軽々しく身を捧げる女性が多すぎる。悪い男に捕まらないか心配だ。


「ご主人様はこういうお方なので、ヘレナも普通にしていればいいと思いますよ」


「こらこら、ニケさんが偉そうに言うな」


「えへ、えへへ……姫乃様痛いですよ」


 軽くこつくと、ニケさんは心底嬉しそうに額を抑える。

 それを見ていたシスターヘレナも、穏やかな笑みを浮かべた。


「勇者様、ニケとシンシアをどうかお願いします。私も彼女たちには返しきれないほどの恩があるのです。これ以上、異世界の方に犠牲になって欲しくはありません。何もできない無力な私たちを、お許しください……そして女神様のご加護があらんことを。私はここで皆様の無事を祈り続けます」


「ああ、任せておけ」

 

 俺たちも、ニケさんや婆様には世話になっているからな。 

 頼まれなくても助けには行くし、頼まれなくても街は守るつもりだ。

 それが巡り巡って俺と咲の平穏に繋がる。つまり自分の望むことをしているだけ。


「咲、婆様を迎えに行くぞ?」


 ずっと椅子に座って大人しくしていた咲を呼ぶ。

 

「あ……お兄ちゃん。おはよ」


「もしかして寝てたのか? 話が長かったもんな」


「うん……だっこ」


「ほーら。お兄ちゃんは力持ちだぞ」


「わーい」


 お姫様抱っこをして、教会から出る。

 咲は甘えた声を出しながら体重を預けていた。

 最近はどうも人肌恋しいのか、よく抱きつかれる。


「咲様は本当お兄ちゃんっ子ですね」 


「お兄ちゃんは咲のお兄ちゃんだから、お姉ちゃんにもあげないよ?」


「ん……?」

 

 俺の首元に腕を回して咲が警戒する。まだ寝惚けているのかな。

 ニケさんはそんな咲の頭を撫でる。自分の欲望に素直なのは咲もまた同じか。


 ◇


「大丈夫かニケさん。いざとなったら先に逃げてもいいんだぞ」


「へ、平気です。私も力を失ったとはいえ、訓練を受けた元勇者ですから!」


「お姉ちゃんおててふるえてる!」


「咲様、それは内緒ですっ!」


 ローザリアへと続く広大なトライト平原。

 遮蔽物のない敵領地のど真ん中を俺たちは歩いていた。

 元勇者とはいえ怖がるニケさんを連れて来るのに抵抗はあったが。

 

 俺たちは婆様の顔を知らないので、最悪見逃す可能性がある。

 何より本人自ら志願してきたので。俺は個々の自主性を重んじる。

 

「まっ、いざとなったら私に任せて。ローザリア軍なんて私の槍で蹴散らしてあげるから」


 こと戦場においては頼りになる、姉貴分のルーシーが片目を閉じる。


 ローザリアを支配している主力の大半は、足の遅いアンデットらしい。

 最悪俺がルーシーと【精霊融合】して、全員を抱えて上空に逃げてしまえばいい。

 抱えられる人数と街の防衛も考慮してノムは置いてきた。当然のように拗ねてしまったが。

 

「気を付けて、風が嫌な匂いを運んできたわ。敵が近い証拠よ」


 ルーシーが先頭に立ち、慎重に足取りを進めていく。

 ゾンビといえば地面から突如として這い出てくるところを想像するが。

 聖なる力に弱いとなれば、俺と咲の力で簡単に倒せると思うのは甘い考えだろうか。


「――見て、あそこで誰かが追われているわ。ちょ、ヒメノ!?」


「ルーシー、咲を任せたぞ」


「まかされたー! あ、ちがった!」


「姉様! わ、私も今参ります!」


「もうっ、バラバラに動いて! 毎回追いかけるこちらの身にもなって欲しいわ!」


 見晴らしのいい丘から、数百の大軍に追われる人影が。

 このままではマズイ。俺は十メートル以上の崖を飛び降りる。

 爺さんに鍛え直してもらった愛剣を取り出す。剣が光を反射した。


「シンシア、助けに来たぞ!!」


「……ッ! 姫乃、どうして……!」


 いつものフードを被ったままで、婆様は驚きの声を出す。

 若い女性の声だ。俺もどうして馬鹿正直に婆様と信じていたのやら。


「疑問は後にしろ。まずはここを突破するぞ!」


 目の前のゾンビを斬り付ける。剣が抵抗もなく肉体を通り抜けた。

 以前の鈍器のままであったなら、生きた屍相手に苦戦していたはずだ。

 心の中でウォッカ爺さんに感謝しながら、数体のゾンビを一刀両断する。


「……後ろ!」


 シンシアが飛翔し、背後のゾンビを蹴り飛ばす。

 その際、フードが風に流されて中の人物が露わになる。


 白銀色の髪を大きく伸ばし、背中には折り畳み式の大剣。

 左目は前髪と眼帯に覆われている。凛々しく鋭い美しさを持つ少女だ。

 スラっと伸びた白い脚でゾンビを封殺し仕留めていく。不覚にも見とれてしまう。


「カッコいいじゃねぇか、素顔を隠しているのがもったいないな」


「あまり、見ないで欲しい。恥ずかしい……から」

 

 咄嗟に腕で顔を隠すシンシア。ん、恥ずかしがり屋か?

 この状況でも案外余裕そうだな。俺は背中を向けて剣を構える。


「元勇者様なら多少は腕に自信があるんだろう?」


「……当然」


 連結式の柄を伸ばし、シンシアは素早く大剣を振るう。

 一太刀で六体のゾンビを葬り去っていた。さすが先輩、腕は確かだ。


「ちょっと、私のことも忘れないでよ?」


「姉様、ご無事でしたか! 聖水を使います!」


 ルーシーとニケさんも遅れて参戦し、四人でゾンビたちを押し返す。 

 聖水の結界に阻まれて身動きが取れない連中を、遠距離から潰していく。


「お兄ちゃん!」


 更に咲の援護射撃が降り注ぐ。ゾンビが三体ほど吹き飛んだ。

 しかしアンデットは恐れを知らないのか、包囲の勢いは止まらない。


「……おかしいな」


「ヒメノ、どうかしたの?」


 順調に敵の数を減らしていき、言葉を交わす余裕が生まれるも。

 俺の中で一つの疑問が浮かび上がる。もう一度、咲の攻撃で二体が消し飛んでいた。


「咲の投擲の威力が下がっている、いつもなら数十体は巻き込んでいたはずだが」


「そういえば……サクの本来の実力を知っていると、今日は驚き控えめね」


 ニケさんやルーシーが言っていたように、女神の力は純粋さに比例するという。 

 幼い咲が純粋さを理由もなく突然失うとは思えない。つまり何かあるとすれば敵の方か。

 

「……あら、こんな所に懐かし顔が揃っていますわね。御機嫌よう勇者御一行様」


 戦場に新たな少女の声。鈴を転がすように、芝居がかった語り口調であった。


「そ、そんな。貴女は死んだはずでは……!」


「ロザ……リンド……?」


 黒いマントを羽織った金髪少女が、ゾンビたちを引き連れこちらにやってきた。

 二つ結びの髪型で、歳は俺よりも少し幼く見える。片足が不自然に曲がっていた。


 ニケさんとシンシアは動きを止めて注目している。

 話についていけない俺は、警戒しながらゾンビをやり過ごす。


「誰だかは知らんが、お前がアンデットを操っているようだな!」


「ええ、仰る通りですわ。わたくしは現ローザリアを治めます首無し騎士様の副官にして、ハデス様より三万の軍勢を任せられた、死霊術師(ネクロマンシー)でございます」


 礼儀正しくお辞儀しながらも、挑発的に情報を投げ渡してくる。

 三万って、事前に聞いていた数から更に一万増えているじゃないか。

 リヴァルホスの情報が古いのは何となく想像ついたが、インフレしてきたぞ。 


「先程の疑問への回答ですが、この子たちに女神の力は通用しません。何故なら、彼らは、私も含めてアンデットである前に人間でもあるからです」


「ちっ、そうきたか……!」


 それは咲が持つ浄化力の唯一の欠点でもある。

 魔と聖、両者の血を引くパルルが火傷で済むのと同じ原理。

 つまり半分は人間であるゾンビに、今までのような馬鹿げた威力を発揮できないのだ。

  

「どうして……貴女は魔王に従うような子ではなかったはずです。ハデスは貴女の命を奪った元凶ですよ!?」


「ニケ、落ち着いて。敵に囲まれているのよ!」


 ニケさんは必死に、ロザリンドに詰め寄ろうとする。それをルーシーが抑えていた。


「どうして? そんなのわかりきった答えでしょう? この新しい身体を見て、ハデス様にいただいたの。あの頃の病弱で誰の役にも立てなかった哀れな娘の物ではない。どんなに歩いても息が苦しくないの、斬られても痛くない。誰からも疎まれずに、怯えて過ごす日々から身も心も解放されたのです」


 ロザリンドは心底嬉しそうな笑みを浮かべている。

 話を読み取るに、死んだ人間が魔族として転生したということか。

 ニケさんとシンシアの反応を見る限り、悲惨な死にざまだったんだろう。


「ロザリンドは……私と姉様を民衆の悪意から身を挺して庇ってくれた。そして陥落寸前のローザリアで怒り狂った民衆と押し寄せる魔物の軍勢に殺された、領主様のご息女様で……私たちの大切な、かけがえのない友人なんです」


「……ロザリンド、私の、せいだ。私が貴女を……救えなかったから……!」


 ニケさんもシンシアも、己の無力さを嘆き、力なく俯いている。


「お姉ちゃん、泣かないで? よしよし」


「二人の命の恩人という訳だな。ルーシー、目的は果たしたんだ。一旦引くぞ」


「ええ……わかったわ!」


 二人とも冷静さを失い戦える状況じゃない。

 【精霊融合】で翼を生み出し、俺はニケさんと咲を抱える。

 立ち止まっていたシンシアも、重量ギリギリだが何とか支える。


 ロザリンドは俺たちを追おうともしなかった。

 ただ静かに、どこか達観した表情で空を見上げていた。


「ニケ、シンシア。貴女たちの迷える魂は、わたくしが必ず救って差し上げますわ。醜い人の世界なんて捨てて、共に素晴らしい魔の世界で、あの頃のように仲良く手を取り合いましょう?」


 最後に届いたロザリンドの言葉は、まさしく悪魔の誘いであった。

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