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3 四人から始める人類救済の旅

「……私たちの世界は、魔王軍によって滅びの危機を迎えているのです」


「ふーん」


「太陽と緑の自然に祝福されたアウルランド大陸も八割方制圧されていて、死の灰が覆い尽くしています。各地で生存者たちが必死の抵抗を続けていますが、それも先程のような残党狩り部隊によって少しずつ下火になっている状況。もはや我々は、勇者様を頼る他ないのです……」


「それは、大変だな。ズズッ、おっ、まずまずの味だ」


 目を覚ましたニケさんが、おどろおどろしく世界情勢を語る。

 俺たちは最初の村を解放して、しばしの平和な時間を堪能していた。

 辺りに鼻腔をくすぐるスパイスの香りが充満している。死臭を誤魔化す。


 こんな状況で何をしてんだと思われそうだが。こんな状況だからこそ腹は満たすべきだろう。


「咲、お兄ちゃんのカレー好き!」


「そっか。いっぱい食べて大きくなるんだぞ」


「ニンジンさんみっけ! もぐもぐ、おいしいね」


「う~ん、確かにスパイスが効いていて美味しいですね――――――って感想はそれだけですか!? 今、人類は生きるか死ぬかの岐路に立たされているんですよ!?」


「だって他人事どころか、他世界事だしな」


 勝手に人を呼びつけておいて、お前たちは勇者だから世界を救え魔王を倒せだの。

 図々しいにもほどがある。俺たちは無理やり力を押し付けられた、ただの子供だぞ。


 おっと、鍋の火が弱まってきた。【火球(ファイアボール)】。

 魔法は便利だ。一から火を起こす手間が省けて助かる。


「勇者様に世界を救っていただく為に、私はすべてを投げ打って女神様を通しお二方を呼んだのです……どうかお願いです、その奇跡のお力を以って哀れな私たちに慈悲の救済を……!」


「人選を間違えたんじゃないか? もっと別の、強くて正義感のある勇者を呼べばいいだろ」


 SSR勇者を引くまでガチャみたいに回せば、そのうち最強パーティができるって。

 俺と咲はNレアということで倉庫に引き籠っておくから。あとは勝手にやってくれ。


「あのですね、召喚の儀は都合よく何度も再現できるものではありません。それに、女神様と魔王は表裏一体の関係なんです。下手に女神様の助力を得ると魔王も強くなってしまうのですよ」


「ん、つまり俺たちのせいで、更に魔王が強くなったんじゃないか? 余計に詰んでない?」


 味方のレベルを上げると敵も強くなるって、コアなゲーマーが好みそうな設定だな。

 その手のものはプレイスキルや装備で戦力差を埋めるものだが。救済処置はあるのか。


 あぁ、俺たちがその役割か。滅茶苦茶仕事の多い面倒臭いポジションだな。


「そもそも魔王が強くなるとか以前に、配下の魔王軍に滅ぼされる一歩手前なんです! 将来的な脅威に怯えるよりも、まずは目の前の凶刃を止めなければ。姫乃様にも大切な人を守りたいという気持ちはわかっていただけるはずです。僅かにでもその想いの傘を広げていただければ。罪なき人々を覆い尽くすほどに」


「そう言われてもだな。力があるだけの素人に何ができるんだ。見ず知らずの人間の、生きている世界すら違う相手の為に命懸けの無償奉仕ができるほど俺は善人じゃない。俺には……勇者の適正なんてないからな」


 目の前で困っている人がいたら、多少は助けようという気にもなるだろうが。

 人類の救済までいくと。手垢のついた壮大な夢物語のようで、変に冷めてしまう。


 世界平和を願い、それがいつか実現すると思い込むような歳でもないのだ。


「……ぐぬぬ、どうしたら納得してもらえるのか私には皆目見当もつきません。困りましたもぐもぐ」


 とは言いつつ手を止めずカレーを食すメイドさん。衣装についたら染みになるぞ。


「えー、ニンジンさんもうなくなっちゃった」


「さっきサイクロプスに投げたからな」


 少ないカレーの具材に咲が嘆いていた。野菜もしっかり食べて偉い子だ。

 魔物の中にめり込んだ食材を使う気にはなれなかった。汚い体液塗れだったし。


 コツ、コツ、コツ


「イタイイタイ。婆様!? いちいち人を呼ぶのに頭を杖で叩かないでください!」


「…………」


「はいはい、なるほどなるほど……ふむふむ」


 婆様と呼ばれる人物がニケさんと会話している。

 相変わらず声が小さすぎて、内容はこちらにはわからない。


「……咲様、こちらのカレーと呼ばれる食べ物がお好きなんですか?」


「大好きー! お兄ちゃんのカレーは世界一なんだよ!」


 婆様との相談を終え、ニケさんが急に咲に話しかけ始めた。嫌な予感。


「私も初めて口にしましたが、甘くて、それでいて様々な刺激が舌に残って、とても美味しかったです。それだけに――――これで最後かもしれないと思うと、私はとても悲しいのです」


「……そうなの? おかわりないの? もう食べれないの?」


 咲は泣きそうな顔で俺の方を見る。買い物袋にあった食材は今しがた使った分で最後だ。

 ニケさんも初めて食べたと言っているので、この先追加の食材を手に入れるのは難しいと思う。


「ふっふっふっ。咲様、ご安心ください。婆様がカレーの成分を調べたところによりますと、こちらの世界でも再現が可能とのことです!」


「わーい! 咲、カレーおかわりしたい!」


 おい、この白々しい茶番はなんだ。


「……しかしながら、カレーの材料を手に入れるには土地も人も必要不可欠です。魔王軍を倒さなければカレーは作れないんですよ! 咲様、どうしましょう!?」


「な、なんだってー!」


「お前ら外堀から埋めるつもりか……」


 俺が素直に頷かないからって、ちびっこの咲を先に攻めてきたか。

 本当に形振り構っていられない状況なんだな。少しだけこの世界の人類に同情した。


「どうかこの私と共に、カレーの為に魔王軍と戦ってくださいませんか?」


「うん! 咲、いっぱい魔王さんやっつける!」 

 

「――――はい。咲様の了承を得られました。姫乃様はどうされるんです?」


 満面の笑みでこちらに振ってくるニケさん。いや、どうするもこうするもないだろう。


「咲がそうしたいのなら、俺は最期まで付き合うが」


「あら、意外とアッサリ決まりました。先程までの強情さはいずこに」


 カレーの材料集めの方が、人類救済よりも納得ができるし。

 異世界生活での食事面の充実は最重要事項でもあるのだから。


「でも咲は飽き症だから、やる気は長く続かないと思うぞ?」


 その日買ったオモチャをすぐ押し入れに収監するぐらいには。

 気が多い年頃だし。いずれ俺も飽きられたりするんだろうか……嫌だなぁ。


「そこは私が従者らしくご主人様を煽てます! ドーンとお任せあれ!」


「普通は諫める方じゃないか?」


「どーん!」


 腰に手を当て大きな胸を張るニケさん。

 調子のいい人だ、咲も真似して無い胸を張っている。


「……あれ? 婆様が消えているんだけど。どこいったんだ?」


 話を終えるのと同時に、婆様の姿が忽然と消えていた。

 まるで気配を感じさせなかった。これも何らかの魔法だろうか。


「先にここから一番近い距離にある街へと移動されたんですね! 敵状偵察です!」


「婆様元気だな」


 アンタが戦えよ、と思わなくもなかった。


 ◇


「では、我々は魔王軍から罪なき人々を救い。そして、カレーのおかわりを目指して張り切って参りましょう!」

「おー!」

「お、おー?」


 ニケさんの宣言のもと、俺たち三人は拳を天に掲げた。

 結局、生き残った村人たちは最後まで怯えて出てこなかった。

 いきなり現れたよく分からん連中が魔物を片っ端から抹殺したんだ。 


 警戒されて当然だな。あれ、俺たちって魔王軍と大差なくね?


「んで、次の街までは何時間くらい掛かるんだ? 時計は……ないのか」


 ニケさんに背中を押され準備もなく外に出てきてしまったが。

 場合によっては村へと戻り、人数分のお弁当を作っておかないと。

 旅行なんて久しぶりの体験だ。最後に記憶しているのは小学生の頃かな。


「えーと、徒歩ですと六日ほどかけまして……順調に進めばお昼頃には着きますかね?」


「よし咲、村に引き籠ろっか?」


「えー、お兄ちゃんもうおねむ?」


 マジかぁ異世界舐めてた。そうか、車もなければ自転車もないのか。

 現代人の俺からしたら、六日も歩き続けるなんて正気の沙汰じゃない。


「誰か転移魔法は使えないのか? 婆様みたいにパッと消えたりしてさ」


「あれは婆様専用の魔法で一人用ですよ。あ、もしかして姫乃様は使えたり……? 私たちを置いていかないでくださいよ!?」


 婆様の転移魔法も、咲の触れただけで魔物を殺す異能も【模倣】はできなかった。

 特定の条件でもあるんだろう。まぁ転移魔法があっても土地勘がないので使えないが。


「ははは。仮に使えたとしても、さすがに咲を置いて行ったりはしない」


「そうですよね……安心しま……あ、あれ? 私は…………?」 


 道中咲を背中におぶるのも考えてペース配分しないと。

 あとでニケさんにも頼むか、仮にも俺たちのメイドさんだし。

 そんな事を考えていると、咲は妙案が浮かんだのかその場で跳ねた。


「咲がニンジンさんみたいに投げる? 早いよ!」


「「それだけは止めて!?」」

お兄ちゃんおんぶー!(咲)

もう咲は甘えん坊だな?(姫乃)

えへー(咲)

姫乃様は立派なお兄さんをしていらっしゃるんですね(ニケ)

当然だろう! 可愛い妹の為なら、俺はどこまでも強くなれる(姫乃)

だらしのない表情をしていなければ決まっているんですがね……(ニケ)


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