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22 覚悟の形、不屈の心

「さて、ここからどうやって上に戻るかだが。回り道をする選択もあるな」


 レイアース峡谷の谷底に取り残されてしまった哀れな俺とノムだが。

 このまま川沿いを歩き続けていけば、いずれは外に出られるだろうと思われる。

 しかし目的地とは真逆の方向だ。再び峡谷を渡るのに途方もない時間が掛かるだろう。


 何となくだが、時間的猶予はなさそうだ。

 第六感って奴だろうか。急がないといけない気がする。

 女神から中途半端に貰った力だから、いまいち信用に欠けるんだが。


「……やはり直接、崖を登るしかないな」


 ロッククライミングの経験はないが、どうせ落ちても痛いだけで死なないんだ。 

 まずは試してみよう。ちょうどいい窪みを探し足を乗せる。おっ、意外といけそう。


「お兄さん……本気で崖を登るつもりなの?」


「おっと、それ以上の野暮な質問は受け付けないぞ? 俺の進む道は俺が決めるからな」


「そう言うと思った。だったらボクが背中を支えるよ。お兄さんのやり方にも慣れてきたしね」


「お前は俺の女房か。いや、助かるが」


 【精霊融合】


 バシリスク戦で経験した精霊との融合。粒子を取り込んでいく。

 同じ女神の力は模倣できないが、融合することで一時的に能力を得られる。


 母なる大地を味方にして、がっしりと力強く岩肌を掴んだ。

 

「咲、待ってろよ。お兄ちゃんが必ず迎えに行くからなぁ!!」


 気合を入れて垂直の反り立つ壁に立ち向かう。気分は秘境探検家だ。

 最初の十メートル辺りまでは順調だった。しかしそこから五メートルほど進むと。


「くっ……風がきついな。これが峡谷風ってやつか……! さむっ……風邪引きそう」


 女神の力でも体温調節まではしてくれない。

 身体を震わせながら上を目指す。どうも風の流れが不規則だ。

 これは天候が悪化する予兆な気がする。山は気紛れだからな、急がないと。


「よいしょっと……うおっ、おおおおおおおおお――――ゴハッ」


 風化した箇所に足を乗せた途端、崩れて谷底へ頭から落ちる。

 ピンボールのように身体が弾かれ、地面を転がる。スタート地点に戻った。 


『お兄さん、すごく痛そうな音がしたけど……大丈夫?』


「へ、平気だ。死ななきゃ安いって言葉があるからな……立派なコブと出会えたが」


『もう諦めて遠回りした方がいいんじゃ……』


「駄目だ、最短で戻らないと。早く咲を安心させるんだ。あとニケさんも危なっかしいし!」


 今頃、咲は泣いているはずだ。

 ニケさんがいるから、まだ大丈夫だと思うが。

 あの子は一人にしてはいけない。俺が傍にいてあげないと。 


 それに魔王軍の魔の手が迫っているかもしれないんだ。

 俺が全員を引っ張っていかないと。咲にその役目を押し付ける訳にはいかない。

 

「お兄ちゃんは、妹の為ならたとえ火の中水の中、この程度の崖が、障壁になるもんかよ!」


『……まったく。無茶苦茶してるのに、これがカッコよく見えるんだから。困りものだよね』


 ノムの愚痴も無視して、倍の速さで駆け上っていく。

 勢いで半分程度攻略したところで、崖の間に空洞を見つけた。

 そこに転がり込んで疲れた身体を休ませる。手がボロボロだった。


「はぁはぁ……四十メートルは登ったか。都会のビルクラスはあるな」 


 見上げるとまだまだ先は遠い。こりゃ酷い苦行だ。

 風の精霊と再会したら一言文句をつけても許されるだろう。


「……ん? そこに誰かいるのか」


 五分ほど休憩していると、奥の方で誰かの息遣いが聞こえてくる。

 崖の隙間は狭いが奥に長く続いていた。ガーゴイルの生き残りだろうか。


「人間カ……ドウシテココニ?」


 見つけたのは翼の生えた人間だった。

 幼いハルピュイアだ。足に怪我を負っている。

 そういえばガーゴイルとの戦いで一人落ちていたな。


「何だ、お前は仲間に見捨てられたのか?」


「違ウ、覚悟ノ上デ戦ッタ。ココハ鳥ノ墓場ト呼バレテイル。誰モ助ケニハ来ラレナイ」


 鳥の墓場か。確かにこの辺りは風の流れが激しい。

 壁に激突せず安定して飛ぶのは難しいだろう。それは身を以て体感した。


「だが風の精霊なら、この程度は苦にはならないはずだろう?」


「精霊様ハ力ヲ封ジラレテイル。魔王軍ニ世界樹ヲ占領サレテシマッタ」


「どういうことだ?」


 話を聞けば、風の精霊の力の源が世界樹にあり。

 ピスコ村を襲う魔王軍の部隊がそこに駐屯しているようだ。

 ハルピュイアの風の魔法も同時に封じられ、慣れない武器を使っているんだとか。


 俺たちが余裕だったガーゴイル相手に苦戦していたくらいだ。善戦とは程遠いのだろう。


「ふーん。精霊には力の源があるのか。じゃあノムもそうなのか?」


「そうだね。ボクの精霊核も魔の森に隠されているよ。幸運にも大地を喰らうモノには見つからなかったけど、今も厳重に保管してある。あれを失えば能力の大半を封じられるんだ。魔王クラスでもないと簡単には破壊できないけど、封じるだけなら難しくはない。ルーシーも苦労しているだろうね」


 俺の身体からノムが分離する。幼いハルピュイアが驚いていた。


「精霊様……? マサカ、オマエガ勇者ナノカ……? 女王様ガ仰ラレテイタ。世界ノ救世主ダト」


「ああ、そうだ。女神からおまけで力を託された。一応、この世界では勇者と呼ばれているな」


 それを聞いてハルピュイアは、すぐさま目の前で跪いた。


「勇者……村ヲ、女王様ヲ救ッテクレ。モウ限界ナンダ、友モ仲間モ家族モ失ッタ。護ルベキ民モ、殆ド残サレテイナイ。時間ハ残リ少ナイ、魔王軍ニ根絶ヤシニサレテシマウ」


 涙で濡らした赤い双眸が俺を見つめている。

 この世界に来てから何度も掛けられている期待の眼差しだ。

 勇者なら何とかしてくれる。勇者なら世界を救ってくれるだろうと。

 

 この世界の事情を、関係ない異世界の住人に押し付けてくる。

 既に大敗を喫した滅びに向かうだけの人類を救えだの、魔王を倒せだの。

 言っちゃなんだが無責任にも程があると思う。俺たちはただのガキなんだ。


 しかも本来は咲一人が、この重みを背負うはずだったんだ。


「……お兄さん」


 ノムは複雑な表情で俺を見ていた。

 いつもなら適当に背中を押していたんだろうが。

 俺が勇者ではなく、ただのガキであると知ったノムには。


 今後もこの重圧に耐えられるのか。不安になっているんだろう。


「――お前の名前を教えてくれ」


 俺は目の前の幼いハルピュイアに語りかける。”不敵な笑み”を浮かべて。

 

「ザクロ、ダ。敬愛スル女王様ニ名付ケテ貰ッタ」


「覚えやすい良い名だな。ザクロ、今からこの崖を協力して登り切るぞ。――これより勇者様の凱旋だ。村に着いたら歓迎しろよ!?」


「……勇者……様……感謝スル……!」


 感極まるザクロを横目に俺は決意を新たに固める。

 

 俺は今後も咲の代わりに、勇者のロールプレイを続ける。

 どうせこの世界にいる限り、勇者であることからは逃れられないんだ。

 ならば、少しでも咲が危険な目に遭わないよう、邪魔な敵はすべて排除する。


 まっ、ついでに世界を救ってやるよ。

 

「お兄さん。まだ戦ってすらいないのに、もう勝ったつもりでいるんだ」


「当たりまえだ。負けるつもりで戦う馬鹿がどこにいるよ。なんてったって俺は勇者様だぞ? 暗闇を光で照らして、人々に希望を与えるのが役目だからな。弱音なんて一切吐かんぞ」


 腕を組んで片目を閉じる。誰もが理想とする勇者を演じているつもりだが。

 どうやらノムには通じていないようだ。相変わらず不健康そうな顔で笑っている。


「それに今後も、誰かさんが支えてくれるんだとよ。……期待してるからな?」


「フフッ。お兄さん、本当にカッコいいね。サクがとても羨ましく思うよ」


 ◇


「どりゃああああああああああああああああ!」


「モウ少シダ! モウ少シデ届ク!」


 背中に乗ったザクロが器用に翼を動かす。

 それがバランサーの役目となり、峡谷の風をも受け流す。

 大地の恩寵で強化された腕をひたすら前に突き出す。後ろは見ない。


『お兄さん、あとちょっとだよ。頑張って!』


「咲ううううう、お兄ちゃんは頑張ってるぞおおおおおおお!」


 空に吠える。最後に両足に力を込めて跳躍。

 ザクロが羽を広げ滑空し、そして地面を転がった。

 どうやら落下地点に戻れたようだ。戦闘の跡が残されている。


「ぜぇぜぇ……ザクロ、さっそくだがピスコ村に案内しろ」


「勇者様、休マナクテ、イイノカ……?」


「んな時間はねぇだろ!? 勇者様の体力を……舐めんなっ!」

 

『あ、強がりだ』


 そのまま全力で峡谷を走り抜ける。

 ポツリ、ポツリと雨が降り出していた。

 遠くの方で激しい戦闘音。燃え盛る炎が見える。 


「マズイな、もう始まっているのか。アイツらは無事か!?」


 主役は遅れてやってくると言うが、手遅れになればただの間抜けだ。

 山の下方にカトプレパスが見えた、大きくて目立つ。ゴブリンたちの姿もある。

 濡れた斜面を滑り降りる。途中、愛用の錆びた剣を見つけた。荷台から落ちたのか。


「主の必要な時に戻ってくるとは、つくづく可愛い奴だな。この際、呪いでも構わん」


 勇者ともあろう者が武器を持たなければ格好がつかないだろう。

 準備を整え防壁のある村まで辿り着いた。人々が慌ただしく動き回っている。

 そんな人混みの中でもお兄ちゃんとしての嗅覚が、心から求める人物を導き出す。

 

「お兄ちゃああああああああああん」

「咲うううううううううううううう」


 同じく俺の存在を察知した咲が、両手を前に出して飛び込んできた。

 愛する妹をキャッチする。咲は泣きながら頭を擦り付けてくる。

 雨に濡れるのもお構いなしに、周囲の視線を無視して抱きしめ合った。


「お兄ちゃんおにいちゃんおにいちゃん!」


「そうかそうか。よく頑張ったな。偉いぞ!」


「モウ一人ノ、小サイ勇者様?」 


 肩にザクロを乗せて、お腹には妹がべったり張り付いている。

 ついでに身体はノムが融合していて。やれやれ急に人気者になっちまったな。


「勇者様……? もしや、そちらの御方は勇者様であらせられる?」


「ああ、俺がお前たちの求める勇者様であらせられるぞ」


 オウム返しで頷くと、いかにも女王っぽいハルピュイアが俺の前で跪いた。

 腕を掴まれると肌に触れる羽がくすぐったい。というかこれ以上は重量オーバー。


「勇者様。どうかワタクシたちをお救いくださいませ。巨人コットス率いる五千にも及ぶ軍勢が目の前に差し掛かっております。先にルーシーが向かいましたが、全滅も時間の問題なのです」


「いいぞ任せておけ。名前的にリヴァルホスよりかは弱そうだしな」


「なんと、既にあの勇将を討ち果たしたというのですか!? あぁ、何と勇ましいお姿でしょうか」


 厳密には倒していないが。面倒なので説明は省く。

 女王は感涙している。周囲の反応も似たようなもんだ。

 逃げる準備をしていたハイオークたちを捕まえる。親衛隊も元気そうだ。


「ここにいる連中を借りていくぞ。俺は風の精霊に一言文句を言いに行くんでな」


「戦場に勇者様が向かわれるのでしたら、ワタクシめの衛兵をお使いください」


「必要ない。ザクロだけで十分だ」


「勇者様ガ、ザクロヲ頼リニシテイル。嬉シイ」

 

 肩の上でザクロが翼を広げる。どうも懐かれてしまったようだ。

 今さら重いとも言い辛いし。このまま我慢して付き合ってやろう。


「ザクロも無事でなによりです」


「女王様、ザクロハ戦ウ。魔王軍ヲ倒ス」


「頼みますよ。ハルピュイアの代表として恥じぬ戦いをするのです」 


 話を終えて、そういえば一人忘れていることに気付く。

 ニケさんがいない。咲を預けていたのにあの人は何してんだ。


「ブウ、ブオ、ヴヴヴ!」


 ハイオークが身振り手振りで叫んでいる。

 あいにくだが俺は魔物の言葉はわからない。絵でも描いてもらうか。


「従者ガ、戦場ニ向カッタト、言ッテイル」


「ザクロ、コイツの言葉がわかるのか?」


「コレデモ魔族ノ一員。オークノ言葉モ、多少ハ理解デキル」


 なるほど。ハルピュイアの能力は確かに今後も必要だ。

 ピスコ村を死守するのに、十分すぎるほどの理由になる。

 しっかし臆病者の癖に、行動力はあるんだから困ったメイドさんだ。


「咲、お兄ちゃんはニケさんを連れ戻しにいく。お留守番を――」


「やだっ。お兄ちゃんと一緒にいる。咲は良い子にしてたよ? 咲はお兄ちゃんの約束守ったよ?」


 お腹にしがみついて意地でも離れない咲。

 こうなると生半可な言葉では説得できないだろう。

 俺も、もう一度待っていろなんて、酷な事を言えるはずもなく。


「そうか。なら二人で、ドジなメイドさんを助けに行こうか?」


「うん。お姉ちゃんを助ける!」

うおおお、ニケさんはどこだああああ!? ここはどこなんだああああ!?(姫乃)

どこだー!! まいごだー!(咲)

ぐぎゃあああああああああああああああ(魔物)

ス、スゴイ、勇者様、強イ!(ザクロ)


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