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18 ピスコ村へ

 セントラーズを塞ぐ鉄門の前に、多くの魔物たちの姿があった。

 聖獣カトプレパスに繋がった車輪付きの木製荷台に資材が詰め込まれていく。

 ピスコ村の住人への支援物資。また緊急時に備えて念入りに準備がなされている。


「従者殿の指示通り、必要物資はカトプレパスの荷台へ。これがそれをまとめたものになりますぞ」


「はい、ありがとうございます。ふむふむ、確かに確認しました。これで道中の食料に関しては問題ありませんね。あっ、そうだこの積荷の件なんですけど――」


 リヴァルホスから受け取った紙を流し読み、追加の指示を与えていくニケさん。

 周囲には訓練に励む陸上部隊の魔物たちの姿。俺たちの旅に同行してくれる連中だ。

  

 仕事がない俺と咲は、のんびりとカトプレパスの荷台の中で転がっていた。

 これからピスコ村までの道程、苦楽を共にするベッドの感触を先に体感していたのだ。


「ふかふか。ふかふか。お兄ちゃんふかふかだね?」


「あぁ……そうだなぁ……良いベッドを貰ったよなぁ」


「そりゃあ、うちの店自慢のベッドだからね。一番価値がある商売道具なんだから、大切に使っておくれよ?」


 俺たちの真上、荷台を覗き込むのは海運亭の女将さんだ。

 しばし街を離れると伝えたら、わざわざ見送りに来てくれたのだ。

  

「それにしても、これはまたとんでもない光景だねぇ。本当に魔物が人の命令で動いてる。勇者様が私たちをお救いくださったと、精霊様の仰る通りだったね。長生きはするもんだよ」


「サハギンたちは、話してみると意外と気さくだからな。今後も仲良くしてやってくれ」


「奴らには仲間を殺されたから、複雑な気持ちになるけど。これも憎き魔王と戦う為だと思って我慢するよ。勇者様の足を引っ張りたくないからね」


「そうか、助かるよ」


 今後の戦いに備え、一部の信頼できる有力者には街を解放した事実を伝えておいてある。

 俺たちが留守の間に頼みたい仕事があったし、段階を踏まないと暴徒が現れる可能性もあった。

 変に勘違いした住人たちが、サハギンたちを追い出そうとする運動を起こしても困るので。


 魔王軍との戦いは始まったばかりだ。しっかりと地盤を固めていかないといけない。

 

「それから、勇者様の頼み通り餌をいくつか見繕っておいたよ。殆どサハギンから貰った魚だけどね」


「大変なお願いをしてしまったが、大丈夫か? 嫌なら言ってくれていいんだぞ」


「なぁに、こんな小さな勇者様がアタシたちの為に戦ってくださるんだ。大人しい魔物に餌を与えるくらい訳ないさ」


 そう言って、女将さんは勇ましく立派なお腹を叩いた。


「どうかバシリスクを頼む。アイツは街の守護者になるからな」


 実は俺が倒した魔王獣バシリスクは生かして魔の森に放置している。

 カトプレパスと同様に、聖素を与え仲間にしてやろうと考えたからだ。

 あの巨大蛇を使役できれば、今後は数万の大軍に対する切り札になり得る。


 セントラーズの人たちには、蛇が餓死しないよう餌遣りをお願いしていた。

 どうも俺が半殺しにした影響か、俺の匂いを嗅ぐとバシリスクは大人しくなるのだ。

 女将さんには俺の服を渡してある。ここまでずっとお世話になり続けた一品だ。臭いぞ。


「おっと、そろそろ時間だね。鮮度が落ちちまう。勇者様たちも自分の役目に集中するんだよ」


「ああ、もっと多くの仲間を連れて戻ってくるさ。期待しておいてくれ」


「ベッドありがと~!」


 女将さんは護衛と共に、バシリスクの餌遣りに向かって行った。

 咲はベッドの上から手を振っている。そろそろ俺たちの方の準備も終わる頃だろう。


「お待たせしました。姫乃様、咲様。出発の準備が整いました、いつでもどうぞ!」


「助かるよ。俺ってこういう細かい雑務は苦手だから。ニケさんには感謝している」


 うちのメイドさんが張り切ってくれたおかげで、二日という早さで準備が終わった。

 今回ピスコ村に向かうのはいつもの面子に、ノムとハイオーク率いる三十ほどの一団だ。

 運搬用のカトプレパスは一匹を使う。残りは魔の森で放し飼いにしている。

 

 目的は魔王軍と敵対するハルピュイアを仲間にすることなので。

 下手に相手を刺激しないよう、連れていく人数を控えめにしておいた。


「姫乃様に頼られて嬉しいです。私がお役に立てる唯一の場所ですから。今後とも計算はお任せください!」


 それだと自虐にも聞こえるが。ともかく元気いっぱいな返事だった。

 ドラゴンの卵を相変わらず大事そうに抱えて。旅にも連れていくらしい。

 保護してから随分と時間が経つが、お寝坊さんなのか、一向に変化が訪れない。


 ――無精卵だったどうしよう。

 

「……生まれてくるドラゴンは飼い主のニケさんに似て、きっとドジっ子なんだろうな」


 自分が生まれていることにすら気付いていないとかありそう。

 もしくは殻の破り方がわからないとか。何だったら卵ですらない可能性も。

 ニケさんは不服そうに口を尖らせている。頭の天辺のアホ毛が自己主張していた。


「私って、そこまで言われるほどドジですかね……? 普通にしているはずなんですけど」


「そうか、自覚がなかったのか。婆様も甘やかして育ててきたんだな」


「どういう意味ですかぁ!?」


 少なくとも俺の中の理想のメイド像を粉々にされてしまった。

 まだ咲に仕えてくれるゴブリンたちの方がメイドらしさがあるな。

 とはいえ、多様性があっていいと思っているので深くは言及しない。


 ニケさんは黙っていれば美人だし、性格だって悪くない。女性らしさもある。

 現実世界ならトップアイドルも目指せるだろう。欠点がある方が親しみが持てる。


「サクのお兄さん。お喋りしていないで、皆がお待ちかねだよ?」


 いつの間にか、ノムがベッドの上に座っていた。

 ハイオークも次の命令を待っているのか、咲の傍でそわそわしている。

 サハギンたちはリヴァルホスを先頭に綺麗に敬礼していた。まるで王様気分だ。


「悪い、待たせたな。よし、まずは西のレイアース渓谷とやらを目指すぞ!」


「大きいお牛さん、しゅぱーーーーつ!」


 咲の号令に合わせて、カトプレパスの背中に乗ったオークたちが鞭を鳴らす。

 ゆっくりと車輪が転がり荷台が動き出す。そうして徐々に港街から離れていった。


 ◇


 ――旅を始めて三日目に突入した。

 今のところ敵の襲撃などはなく順調に進んでいる。

 やはり魔物が前面に立っているので、魔王軍の一員と思われているらしい。


 荷台の中で暇潰しに咲とあやとりで遊ぶ。

 ニケさんとノムも一緒になって手を動かしていた。


「ほい、ほうき星。んで、これが東京タワー」


「すごいです。姫乃様は指がとても器用なんですね――東京タワーって何です?」


「ん、改めて何かと言われると。実は俺もよく知らないが、とりあえず大きな塔だ」


 今まで深く考えたことはなかったが、何の為にあるんだろうな。電波塔なのかね。

 興味のない分野は無教養なんで。そういえばマンションの家賃とかどうなっているんだ。

 現実世界では失踪事件として警察沙汰になってるかもな。俺たち異世界で元気にやってるぞ。


「ボクとしてはほうき星も気になるけど。説明が欲しいかな」


「箒の形をした星なんじゃね?」

 

 実物を見たことがないのでわからん。


「……何で私たちはよく知らないものを、一生懸命に毛糸で作っているんですか?」


「それがあやとりだからさ。ほれ、エッフェル塔」


「さっきの東京タワーとの違いがわからないんですけど……!」


 異世界の住人にあやとりを披露していると。

 隣で咲が両手を使って作品を生み出していた。


「見てみてー! お星さま! きらきら!」


「お兄さんよりも、サクの方がわかりやすいね」


「私の髪飾りと同じですね! さすがは咲様です!」


 咲は褒められて嬉しいのか上機嫌に青空に星を浮かべていた。

 元副隊長のハイオークが手を叩いて称賛している。ゴブリンも負けじと手を叩く。

 コイツらわかりやすく嫉妬するな。咲のお気に入りポジションを狙って攻防が続く。


「ところでニケさんや。今は地図でいう所のどの辺りなんだ?」


 俺は簡易地図を広げてニケさんに尋ねる。

 カトプレパスは動きは鈍いが体力が無尽蔵にあるのか。

 夜中でも歩き続けるので総合的にはかなりの距離を稼げている。


「このまま順調に進めば、あと二日でレイアース渓谷に到着しますね!」


「これでまだ二日も掛かるのか、世界は広いな。徒歩じゃなくて正解だった」


 この快適性に慣れてしまうともう元には戻れない。

 ニケさんは洗濯物を干しながらベッドのシーツを入れ替えている。

 俺は隣で石を積んで焚火を作り、芋を焼く。ジャガイモに似た品種でそのままでも旨い。


 長旅での食塩は貴重品なので、街から持参したものを少しずつ使っている。

 おやつには最適だ。いつかポテチとかも作ってみよう。平和になれば売れるかもな。 


「ゴブちゃんすごーい! カッコいい!」


「ウギギ、ウギッ」


「ブオオオオオオ!」


「黒ブタさんもすごーい!」


 あやとりの次はお手玉が始まり、ゴブリンたちが咲を楽しませていた。

 それを悔しそうに見ていたハイオークは対抗して斧でジャグリングを始める。

 反撃でゴブリンたちが火を吹いて――コイツら大道芸人でも目指しているのか?


「ひゃあああ、こんな所で火吹かないでください! 焦げますから! 姫乃様もですよ!?」


 干していた衣服が焦げて、ニケさんがゴブリンを叱っている。ついでに俺も叱られた。

 謝り座り直すと。騒がしい荷台の中で、ノムだけが黙々とあやとりを続けているのに気付く。


「ノムはあやとり以外は何もしないのか?」


「精霊のボクに一芸を求められても困るんだけど。ボクはそういうの苦手」


「社会に出ると新人は上司に一発芸を披露するものらしいぞ。少なくとも俺の世界では学生からそうだった。先輩の機嫌を取らないと今後の進退に大きく響くんだ。下手すると虐めにあったりしてな」


 まぁ、俺は帰宅部で関係なかったけど。


「それは悪しき風習だね。話を聞いているだけで息苦しさを感じるよ」


 古き伝統が一蹴された。かくいう俺もくだらないと思う。

 ノムは頑張って指を動かしているが、不器用で糸が絡まっている。

 仕方ないので隣で見本を見せる。十分ほど掛けてノムは自力でお星様を完成させた。


 それで満足したノムは顔を上げて外の景色を眺めている。

 女神に近い存在だけあって、妙に絵になる光景だった。

 視線が気になったのか、表情を変えて俺の方を向く。


「空気が変わったね。レイアース峡谷に近付いてきた証拠だよ」


「そう言われると、風の中に土の香りがしてきたな」


 辺りは平原を抜けて荒野に移り変わっている。

 土の質が変わったのか、荷台の揺れが想像以上に大きい。

 これは気を付けないと酔うな。異世界に酔い止めの薬なんてないし。


「お兄ちゃん……お腹がムズムズする」


「どうした。さっそく気分が悪くなったのか?」


「うん……」

 

 咲の背中を擦りながら俺は荷台から降りる。

 すぐにニケさんが指示を出してカトプレパスが停止した。


「今日はこの辺りで宿を取るとしましょう。咲様の体調が第一ですから!」


「そうしてくれるとありがたい。ほら、咲。飴を舐めるか?」


 こういう時に備えてセントラーズで美味しい飴を買い込んでおいた。

 咲は口に含むとほっぺの中で転がしている。これで気を紛らわせられるだろう。

 

「あまあま」


「味は一種類だけだし単調だけど。悪くはないな」

 

 俺も一緒になって飴を楽しむ。贅沢だがサイダー味とかが欲しくなるな。

 視界の隅ではノムが車輪を覗き込みながら何かの作業をしていた。悪戯か?


「ノムは何をしているんだ?」


「気になる? この先も険しい道のりになるから。今のうちに補強しておこうと思ってね」


 ノムが泥を固めて車輪の傷を埋めていた。

 ゴムタイヤはないし、木製だから傷付きやすいんだろう。

 土の魔法でコーティングされた車輪は頑丈そうな輝きを放つ。

 

「明日になれば多少の荒道でも平気になっているはずだよ」


「ノムちゃんすごーい!」


「フフッ、これくらいどうってことないよ」


 喜ぶ咲の頭を撫でながら、ノムが得意げになっている。

 ちびっ子がちびっ子に年上ぶってるぞ。可愛らしくて結構。


「ん? だったら、最初からやっておけばよかったんじゃないのか?」


 俺が身も蓋もない質問をすると、ノムは静かに首を横に振った。


「それだとボクへのありがたみが薄まるでしょ? 困難を乗り越えた先に感謝の気持ちが高まるんだよ」


 ノムが捻くれた返答をしてくれる。お前は背伸びするちびっ子か。

 別にわざわざアピールしなくても、有能であるのには変わりはないのだが。

 いつも咲にしているように頭を撫でる。精霊だろうが俺にとっては妹のようなものだ。


「褒めて欲しいのなら最初からそう言えばいいのに。ノムって結構あまのじゃくだよな?」


「んん、言葉の意味はわからないけど。ボクがとても役に立つとわかってくれたようだね」


「そうだな。よしよし、偉いぞ」


「……過剰な子供扱いは不服だよ」


「複雑なお年頃だな?」


 そんなノムの新しい一面も発見しつつ。

 荒野で一夜を過ごした俺たちは早速強化された荷台に乗り旅を再開する。

 便利な魔法の効果で揺れはかなり治まり、その後、咲は酔うこともなくなった。


 酔い止めの役目を終えた飴は俺と咲で全部食べた。

 虫歯になりますぅと、ニケさんに怒られてしまったが。

あまあま。お兄ちゃんアメおいしいね(咲)

そうだな(姫乃)

お二人とも、夕食前にお腹一杯になりますよ? 何個食べたんです?(ニケ)

二十五個(咲、姫乃)

食べ過ぎです! 虫歯になりますよ? 次からは私が管理しますね(ニケ)

え~(咲、姫乃) 


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