16 精霊融合
「ニケさん、早くこっちに来るんだ。巻き込まれるぞ!!」
「はひぃ! ひやあああああああああああ!!」
「おー! すごいすごい!」
俺たちを身体の一部で囲みながら移動を開始する超巨大蛇バシリスク。
その超質量は、掠っただけでも致命傷を受けるだろう。一ヵ所に固まって様子を伺う。
「うおっ!? お前、乗せてくれるのか! って――――でっけええええええええ!!」
後ろで大人しくしていたカトプレパスが、頭を使って俺の身体を持ち上げてくれる。
背中に跨ることで、ようやく敵の全貌を把握する事が出来た。目を疑う光景が広がっている。
デカい、デカすぎる。全長は数キロメートルはあるんじゃないか。
森を見渡す限り大蛇の肉体で埋め尽くされており、とうに退路は塞がれた。
木々はその大半が薙ぎ倒され丸裸にされており、もはやこの地は森とは呼べない。
一つの土地を丸ごと消し去る影響力は、名が示す通り、大地を喰らい尽くしている。
穿たれた複数の巨大穴から次々とバシリスクの身体が飛び出していた。
こうしている間にもどんどん穴が増えていく。まだこれ以上大きくなるのかよ。嘘だろ。
「私の魔法が効きません……全部弾かれちゃいました……! こんな魔獣に勝てるんですかぁ!?」
ニケさんが泣き言を言い出す。彼女もカトプレパスの背中に乗せられたらしい。
今回ばかりは俺も少し焦っていた。これほどの魔獣を相手に取れる手段はあるのか。
同じく隣で楽しそうに大蛇を眺めていた咲に視線を向ける。――その時だった。
「お兄ちゃん、落ち――――」
「ちょ、待て、咲!」
咲は大蛇が生み出す地響きでバランスを崩し、カトプレパスから転げ落ちてしまったのだ。
慌てて俺が手を伸ばすも僅かに届かず、そのまま勢いよく大蛇の表面にダイブする。
「ギユウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!?」
耳の鼓膜が破れそうになるほどのつんざく音。
蛇の肉体から黒い煙と肉が焼ける臭いが広がっていく。
「お兄ちゃん! 高いよ! こわい!!」
偶然にも、咲はバシリスクの巨大な鱗に服を引っかけていた。
咲の力を持ってしても、焼け爛れる程度のダメージで済んでいるのか。
各地の大陸を滅ぼした魔王獣という名は伊達ではないらしい。
「ギュイイイイイイイイイイイイ、ギュイギュイイイ!!」
バシリスクは絶叫しながら、頭を天に伸ばして全身を揺らす。
あの糞蛇野郎、咲を振り落とすつもりだ。ふざけんな、ぶっ飛ばすぞ!
「咲、今助けに行くぞ!」
「姫乃様! ここを降りても奴を止める手段がありませんよぉ!!」
「咲があそこから落ちたらどうするんだ!? 咲を怪我させたら俺は許さねぇぞ!!」
ニケさんの制止を振り切ってカトプレパスの身体を駆け下りる。
そして今使える最大級の魔法を発動するも、すべて弾かれてしまった。
やはり、俺の模倣するだけの力では、魔王獣相手には通用しないらしい。
「サクのお兄さん、頭に血が上り過ぎだよ? お兄さんはサクとは違って絶対的な力を持っていないんだから。無理をしたら死んでしまうよ?」
「だから何だって言うんだ? お兄ちゃんが妹を助けようとするのは当然だろ!」
咲は今も俺を呼びながら必死に抗っていた。
そのたび大蛇の身体は焼け、抵抗がますます強くなる。
このままでは咲が地面に振り落とされ、叩きつけられるのも時間の問題だ。
咲の身体がどれだけ強くなったとしても、たとえ無傷でもトラウマが残るかもしれない。
「どうすればいい。どうすれば奴を倒せる!?」
「ふぅ……まったく。ボクが言っていたことを、もう忘れたみたいだね」
「何の話だ?」
「ボクも力を貸すって話だよ」
【精霊融合】
ノムは俺の背中に両手を回すと、そのまま姿を消失させた。
それと同時に、俺の全身に黄色く輝く粒子が包み込んでいく。
「こ、これは……?」
『僕の聖素を一時的にお兄さんに預けたんだ。同じ女神様の力を受けているから相性もいいしね。今のお兄さんならボクの能力を使えるよ。奴を、止められるかもしれない』
脳内に直接ノムの声が響く。
全身からとめどなく力が溢れてくる。降り注ぐ木片を受けても身体がビクともしない。
魔王獣が生み出す振動を、踏みしめる足が掻き消してくれる。大地が味方になってくれた。
これが大地の精霊の力なのか。記憶にない様々な異能が染み込んでくる。
どうやら女神の力は模倣できないようになっているらしい。だが、この融合でなら補える。
「よっしゃあ! かかってこい魔王獣。俺が全力でぶちのめしてやる!!」
『……えっ、ちょっと待って。まさか正面から勝負を挑む気? 嘘だよね!? 止められるってそういう意味で言った訳じゃないんだけど……!』
ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ
「姫乃様逃げてください! そこにいてはペチャンコにされてしまいますよぉ!!」
二人の必死の呼び止めも無視して。
俺は怒りに燃え、天から迫りくる大蛇の頭を迎え撃つ。
俺を喰らうつもりなのか、大口を開けて高速で飛び込んできた。
「いいだろう。受けて立ってやる」
『だから、受けて立ったらダメなんだって!』
その巨大な牙を俺は――――両手で掴み取った。
「止まりやがれえええええええええええ!!」
「キュウウウウウウウウウウウウウウウウウ」
超質量の魔獣を全身全霊を賭けて受け止める。腕、足、背中の筋肉が膨張する。
身体中を引き裂かれるかのような衝撃。大地を抉りながら俺と大蛇は森を駆けていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「キュウウウウウウウウウウウウウウウウウ」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「キュウウウウウウ!? キュイイイイ!?」
スピードは次第に落ちていき、やがて完全に静止した。
バシリスクは混乱しているのか、鳴き声に困惑の色が含まれていた。
『えぇ……お兄さん……無茶苦茶だよ』
脳内でノムが呆れていた。
「んで……ここからどうすればいいんだ?」
動きを封じ込めたのはいいが、その先に取るべき行動がわからない。
身体が丈夫になっても、魔王獣に対する有効打は相変わらず持ち合わせていないのだ。
咲とは違い俺の力は他者の異能に依存するからな。……ん? 他者の異能? あっ、そうだ。
『そうだね。ボクの力は守りに特化しているから……ここから先は持久戦――――』
「こうなったらやけっぱちだ。出せる力はすべて出し尽くす! それが精霊のものであろうとな!!」
【マッドゴーレム召喚】×一千
グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
『ちょ、ちょっとサクのお兄さん!? 遠慮が無さ過ぎるよ! それ僕の魔力で召喚したよね!?』
「俺に力を貸すってのはこういうことだ! 今さら、取り消すなんて言わせねぇからな!?」
『ま、待って! これ以上はボクの身体が維持できなくなっちゃう!』
「大丈夫だ、九割に留めておくから! コイツを野放しにすれば、大陸が滅びるんだぞ!?」
『だからって、たったの一割しか残してくれないの!? 強欲だよ!!』
当初の余裕もなく慌てふためくノムだったが。構ってる暇はない。
マッドゴーレムを手当たり次第に召喚していく。泥人形の大軍勢だ。
森の全域に生み出されたゴーレムたちが大蛇に迫る。
俺とノム(大半)の持つ力を使って出せる限りの戦力を生み出した。
「そしてコイツも追加だ――【双土剛腕撃】」
更に惜しげもなくノムの持つ肉体強化を発動。
俺の腕には周囲の泥を固めて作り上げた巨大な拳が装着される。
『何その技!? そんな名前、ボク知らないよ!?』
「勝手に命名したからな。必殺技はカッコイイほうがノレるだろ?」
『ボクはお兄さんがよくわかんない!!』
戦いはノリがいい方が勝つと、朝の番組でも言っていたからな。
リヴァルホスの【水鱗流撃槍】に多大な影響を受けた。
俺は一度大きく深呼吸する。これから繰り出す必殺の前準備だ。
そして、目の前で混乱している大蛇に向かって、左右の拳を交互に振り下ろした。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
全身全霊の女神の力を前面に出した暴力の嵐。
一撃一撃をぶつけるたびに大蛇の肉を焼き、鱗を抉り取る。
精霊の聖素で構成した双拳だ。魔王獣には特に効果的にダメージを与えてくれるだろう。
「キュイイイイ!! キュイイイイイイイイイイ!!」
バシリスクはインファイトから逃れようと全身を後退させる。
が、大蛇には一千のゴーレムたちが重しとなって纏わりついている。
思ったように動けず、悲鳴に近い声を上げて震えだす魔王獣。
その瞳は慈悲を求めているようにも映った。だが、俺は情けも容赦もかけない。
ひたすら殴り続ける。殴り続ける。殴り続ける。殴り続ける。
ゴーレムたちも、俺の思考に感化され一斉にバシリスクを殴り始める。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
「ひぃ、怖いです……! あの人、魔王獣より怖いですぅ!!」
『お兄さん落ち付いて。もう相手は虫の息だよ……信じられないけど』
「へ?」
正気に戻ると、バシリスクはピクピクと痙攣してのたうち回っていた。
やがて陸に打ち上げられた魚の如く、口を開けては閉じを繰り返し動かなくなる。
「相手は一応、大国を滅ぼした最強クラスの魔獣だったんだけどね……末恐ろしい兄妹だよ」
強制的に分離したノムは、俺から逃げるようにして離れた。
蒼白い顔が更に青くなって人形のようだった。ゴーレムたちも大地に還る。
「お兄ちゃん!!」
倒れ伏した怪物の上から愛する妹が落ちてくる。
それを見事にキャッチした俺は咲を強く抱きしめた。
「大丈夫だったか? 怖くなかったか? 腕を擦りむいてないか?」
「お兄ちゃんすごかった。カッコよかった!」
全身を使って俺を褒めてくれる咲。
見たところ擦り傷もなさそうで安心した。
何度も頭を撫でてやると、嬉しそうに笑い返してくれる。
「……私は、途中から魔王獣より姫乃様の方が恐ろしくて震えていました」
カトプレパスに跨ったまま降りて来ようともしないニケさん。
あれだけ仲良くなったというのに、心の距離が遠のいた気がする。
俺は咲を抱きかかえたまま、その場でひっくり返っているノムの元に向かう。
「よし。これで依頼達成か? じゃあ、そろそろ街に戻るとするか。報酬は頂いていくぞ」
「ちょ、ちょっとだけ休憩が欲しいかも」
ねぇねぇ、二人から見てお兄さんってどんな人?(ノム)
やさしい! カッコいい!(咲)
とても頼りになるお方ですね。あとは……良くも悪くも裏表のない方です(ニケ)
好意的意見が多数だね(ノム)
ただ、少し無理をしていないか心配です。一度たりとも弱音を吐かれたことがないので(ニケ)
そうなんだ(ノム)
作品を読んで少しでも面白いと思っていただけたら、
ブックマーク、評価などをいただけるととても嬉しいです