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10 お魚天国

「んじゃ、この枝が地面に倒れた瞬間開始しな? 恨みっこなしだぞ」

 

「フンッ、どう足掻いても、我輩の勝利は揺るがんぞ!」


「黒いブタさん、遊ぼっ!」


「ブオオオオ、ブオォ!!」


 その辺で拾った枝を柔らかい砂の面に軽く突き刺す。

 しばらくすれば風に揺られ開始の合図をしてくれるだろう。


 俺と咲は今、最初のボス戦。決戦の舞台に立っている。

 半径五十メートルほどの円形フィールドで半分が陸地、もう半分が海だ。

 その円周上に沿って敵味方のギャラリーが入り乱れ、凄まじい熱気を放っている。


『ヴオオオオオオオ! グオオオオオオオオオオオ!』


「姫乃様、咲様…………どうかご無事で……!」

 

 多くは怒り狂うサハギンどもの荒々しい声。

 完全にアウェイだが、小さな声援もちゃんと届いている。 


 あくまでも正々堂々、対等の条件で戦えるよう配慮した形だ。

 リヴァルホスも武人と名乗るだけあって、人質などの卑怯な手は一切してこなかった。

 倒すべき敵ではあるが馬鹿正直なところは好ましく思う。偉そうでも嫌味がないんだよな。


「我輩はこの男を愛槍で串刺しにしてやらねば気が済まん。副隊長よ、貴様にはその娘をくれてやる。感謝しろ!」


「ブオ! オヴオオ、ヴォオオオ!」


「フッ、我輩の粋な計らいに感涙しておるわ!」


「もう俺は何もツッコまないからな?」


 既に副隊長は屈した。浜辺に座り込んで咲に赦しを乞うている。

 あとは俺と咲で協力して、この偉そうな半魚人を調理するだけだ。

 で、その肝心のリヴァルホスはというと、武器も持たず海面に顔を浮かべている。


「……ところで、剛槍の使い手と聞いているが、肝心の槍が見当たらないぞ?」


 本当に錆び付いたのか、それとも忘れてきたのか。

 部下のサハギンたちは全員お揃いの三又の槍を握っているのに。


「フッ、気になるか? いいだろう、喜べ。特別に見せてやる!」


 リヴァルホスはその言葉を待っていたと言わんばかりに、腕を前に突き出した。


「我輩と愛槍は常に一心同体。主が呼べば直ぐに駆けつけてくれる、愛い奴よ!」


 リヴァルホスが呪文を呟くと、ヒレの付いた腕を覆う鱗が浮き上がった。 

 徐々に数を増していき一つに合体。大きな槍を形作る。握り締めポーズを取った。


「見よ、我輩の愛槍。【水鱗流撃槍すいりんりゅうげきそう】だっ!」


「相変わらず名前だけはかっけぇな」


 サハギンの魚鱗が、幾重にも折り重なってできた重槍。

 全体のフォルムも刺々しく、掠っただけでも致命傷は間違いない。

 ひとたび貫かれれば、鋭利な鱗で肉を削り取られてしまうだろう。おー怖い。


「クククッ、恐ろしいだろう? 命乞いをしても無駄だぞ? こやつが貴様の血を欲しておるわ!」


 自分の鱗で作った重槍を愛おしそうに撫でるリヴァルホス。

 身を削って生み出しただけに、我が子のようなものなんだろう。

 

 ――――あっ、そうだ。


「おーい、咲。お兄ちゃんとお魚さんで遊ぶか?」


 奴を見てたら、面白い策を思いついたので咲を呼ぶ。 

 上手くいけば一瞬で片が付く。我ながら酷い作戦だと思うが。


「黒ブタさん、なにかいているの? あっ、咲だー!」


「ヴオオブ、ブオオ? ブブ」


「絵、上手だねっ! 咲もおかえしにブタさん描く!」


 二人は浜辺の隅っこで仲良く並んで絵を描いて遊んでいた。

 俺の声は届いていない。熱中すると周りが見えなくなるんだよなぁ。


 仕方がない。少しの間だけ俺一人で相手をするか。 


 ◇


「おらよっ【火球(ファイアボール)】!」


 右手から生み出した炎が海面に浮かぶアホ面目掛けて飛んでいく。

 魚だから火で炙れば美味しいかなという軽い発想。熱いの苦手っぽいし。

 だが、海を背にしているサハギンには通用しない。簡単に避けられてしまう。


「馬鹿め、この我輩に火の魔法が効くものか!」


「だったら避けずに受け止めろ。勇将様なんだろ?」


「フッ、俺様の愛槍に傷がついたらどうするんだ?」


「お前、そういうキャラだったのか……?」


 【水鱗流撃槍】を手にしてから、若干ナルシストが入ってないか。

 ハッキリ言ってウザい、さっさとこの試合を終わらせてやりたいが。


「おーい、咲。まだお絵描きは終わらないのか~?」


「今ね、黒ブタさんが、お兄ちゃんかいてるの! 咲と一緒!」


「ヴオ! ブオオ!」


 気が付けば、新しい絵を追加で描き始めていた。

 咲はもう決闘なんて頭の隅から抜け落ちてしまっている。

 リヴァルホスより戦っていないハイオークが一番の強敵だった。


「よそ見をしている余裕はあるのか? 【水流爆撃(アクアスプレット)】」


「はいはい、【氷ノ槍(アイスニードル)】!」


 水を伴った爆発を【氷ノ槍】で打ち消す。

 衝撃で辺りに塩水が降り注ぐ、服がずぶ濡れだ。


 互いに有利地形からの遠距離合戦。どちらも決定打には至らず、硬直状態が続く。


「ヴオオオオオオオ! ヴヴオオ!」


「ウギギ? ゴギイ!」


 大将同士の互角の戦いにギャラリーが沸いている。

 よくよく見るとうちのメンツも混ざっていた。

 姿が見えないと思ったら、こっそり敵陣営に紛れ込んでいたようだ。


「なるほどな。人間にしてはやりおる。砦を墜としたというのも、まんざら嘘ではないらしい」


 リヴァルホスの顔付きが変わった。それはまさしく一軍を率いる将のもの。

 ここまで耐えるとは思っていなかったのだろう。油断してくれた方が楽だったが。


「ならば、喜べ。我が奥義でケリを付けてやろう!!」


 【水鱗流撃槍】を両手に掲げ、海面から浮上したリヴァルホスは全身をバネの如く縮める。

 

 そして空中を回転――――愛槍を解き放った。


 ズオオオオオオオオオオオオオオオン


「うおっ!? 早っ!?」


 目で捉えられるスピードではなかった。避けられたのは奇跡といっていい。

 俺の真横が、重槍によって砂浜に大きな穴が穿たれている。

 その跡は黒く焼け焦げた臭いを漂わせた。いきなり奥義ぶっぱは卑怯だ。


 ……あれ、でもこれでアイツ素手じゃないか?


「いけません姫乃様! 今すぐその槍から離れてくださいッ!!」


「――――ッ! 【氷ノ槍(アイスニードル)】!!」


 咄嗟に腕を突き上げて、上空に青い魔法陣を複数生み出す。

 【氷ノ槍】が俺の前面に降り注ぎ、攻撃を防ぐ多重の氷盾となる。


「爆ぜろっ! 【爆裂鱗衝波(ばくれつりんしょうは)】!!」


 砂に突き刺さっていた【水鱗流撃槍】が光り輝き、爆発。

 重槍を形成している鱗が、四方に鋭利な弾丸となって弾け飛んだ。


 魚鱗の銃弾が氷の盾をいとも簡単に削り取っていく。衝撃が近くまで届く。


「うおっ、や、やべぇ…………!」


 【氷ノ槍】を目一杯多重発動させておいて正解だった。

 盾となった氷はその殆どがズタズタに切り裂かれ、最後の一枚が残るのみ。


 ニケさんの警告が無ければ、今ごろ俺は鰹節になっていた。


「ニケさん、助かったぞ! アンタも命の恩人だ!!」 


「は、はぁ……よ、よかったです。じ、寿命が縮みましたよぉ……!」 


 諦めて泣いているだけかと思っていた。でも、ちゃんと応援してくれていたもんな。


「やるな。今の一撃を耐え切った人間は貴様が初めてだ。認めよう、貴様は強者だ!」


「まぁ、お前もなかなか強いんじゃないか?」


 俺の実力を認めてくれるのは嬉しいが。

 ここには強者という括りで呼ぶのもおこがましいほどの狂者が存在している。

 あとは咲のこともさっさと認めてくれれば、その時点でこの決闘も終わるんだが。 


「……お兄ちゃん」


「どうした? 咲」


 肝心の狂者様は涙ぐんで、俺の服を引っ張っていた。

 さっきまであれだけ楽しそうにしていたのに。どうしたんだろう。


「咲とお兄ちゃんの絵が、消えちゃった……」


「ヴオ、ブブゥ」


「あちゃあ……さっきの奥義でか」


 砂浜に描かれた俺と咲が魚鱗で削られ、見るも無残な状態に。

 ハイオークが必死に描き直しているが……お兄ちゃんこれはちょっと許せないわ。


「それじゃ咲。今度はお兄ちゃんと、あの意地悪なお魚さんで遊ぼう」


「……うん」


 俺は前方の虚空へと勢いよく腕を伸ばした。

 リヴァルホスにとって一番効くであろう嫌らしい作戦。

 人間にはサハギンのような鱗はないが、多分、大丈夫だと思う。


 【水鱗流撃槍】


 【模倣(コピー)】した異能を発動させる。俺の前に大きな重槍が出現した。 


「ば、ばばばばばばばばばばばば馬鹿なあああああ!? そ、そそそそそそれは!?」


「ん、コレ? 見ての通り――――――お前の愛槍」


「おー、お兄ちゃんくれるの? これカッコいい!!」


 重槍を咲に手渡すと、悲しげな表情が一変して可愛らしい笑顔に変わった。

 リヴァルホスの槍は近くで見てもカッコいい。刺々しいデザインにテンションが上がる。


「どうして貴様が、サハギンでもない貴様があああああああああああ!?」


「真似をするのは得意なんだ。ほれ、もっと出せるぞ?」


 【水鱗流撃槍】×五十本


 追加発注してみた。


『ウボアアアアアアアア! ウボオオオオオオオオオオ!?』


 槍を生産するたびギャラリーのサハギンが喚き散らしていた。全身の鱗が削られている。

 なるほど、俺に鱗がないから周りの奴らから徴収しているのか。こりゃひでぇや。


「あ、悪夢だ……」 


 リヴァルホスは完全に放心していた。口から魂が抜けかかっている。

 可愛い子供のクローンを目の前で大量に生み出されたら、誰だってショックを受ける。

 だがしかし! 俺はお兄ちゃんとして、可愛い妹を泣かせたお前たちに慈悲はかけない。


「よーし。弾はたくさんあるから、好きなだけ本気で投げていいぞ!」


「おー! じゃあ二つずつ!」


 咲は重槍を右手と左手一本ずつ手に取り持ち上げた。

 小さな女の子には不釣り合いな武装。だが――――――


「あわわわ……衝撃に備えないと!」


「…………」


 散々酷い目に遭ってきたニケさんが婆様と共に岩陰に隠れた。


「えーーーーい!」


 ――――ズオオオオオオオオオオオオオオオオ


 海が割れ、地が割れ、大気が震えた。天に昇るは煌めくサンゴ礁。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


『グゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ』


 リヴァルホスが宙を舞った。

 余波でギャラリーたちも海へと飛んでいく。

 それはトビウオのように、陽の光を浴びて美しい輝きを放つ。


 ――――ズドドドドドドドドドドドドドドドド


 間髪入れず【水鱗流撃槍】が海中で爆発、数多の鱗が弾け飛んだ。その威力も数も奴の比ではない。

 衝撃で海からいくつもの海産物が吹き上がる。浜辺には海の幸が大量に打ちあがった。

 

 ここら一帯がお魚天国だ、遠方には綺麗な虹も見える。


「ギョエエエエエエエエ!! わ、我輩の負けだ、もうやめてくれえええええ!!」


「わーい! たのしーい! おもしろ~い!!」


 ――――ズオオオオオオオオオオオオオオオオ


「ヴオオオオオオオオオ!! ままま街は開放するからあああああああああ」


「あははは、お魚さんがいっぱい!」


 勇将様の命乞いも虚しく、一度熱中した咲は簡単には止まらない。

 絵を消されたの、相当根に持っていたんだな。本人の能力だしアイツも死なないだろ。


「グギググ、ギギギ!!」

「ブオフ、ブオオオオ!」

「ヴオオオオオオオオオオオ!」


 圧倒的な勝利を前に、仲間たちは歓喜に満ち溢れていた。

 ゴブリンとオークは喜びの舞を踊り。敵であるハイオークも混ざっている。

 ニケさんも婆様も慣れたのか、祭りを楽しむ余裕さえ見られた。


「…………」


「そうですね、婆様。あのお二人となら私、どこまでも行ける気がします……!」


 どこか達観しているニケさんの表情が印象的だった。まっ今はどうでもいいや。


「わはははは! 俺と咲の力があればこんなものよ!」

「おー、お魚祭りだー! お兄ちゃんもっともっと!」


 おう、いいぞ。槍はいくらでも――サハギンから補給できるからな。


「「アハハハハハハハハハ!!」」


 俺と咲は気が狂ったかのようにお魚天国を楽しんだ。

 今思うと、これも勇者じゃなくて魔王の所業だったと思う。

お兄ちゃん、お魚さんいっぱいだったね!(咲)

全部調理するには多すぎるくらいです。腐らせてしまうかもしれません(ニケ)

あとでスタッフが全部美味しくいただきました(姫乃)


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