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交通系ICカードは使わない

作者: 鷹参

私の友人に交通系ICカードを使わない男がいる。

電車やバスに乗る時は、必ず切符を買うか現金で払うのだ。

終電を逃しそうになっても、券売機で切符を買う。

カードを改札機の読み取り部分にタッチさせれば、すぐに乗り降りできるのにだ。


ICカードは地方では使えないこともあるが、定期券にもなり、入金しておけば乗り越し料金にも、店舗での買物にも使える。

なぜ、こんな便利なものを使わないのか疑問だった。

てっきり支払いは現金派なのだと思っていたら、クレジットカードは使う。

「急いでいる時にすぐ電車に乗れて便利だよ」と勧めたこともあるが、使いたくないと言う。理由までは聞かなかったが、そういうものかと特に気にせずにいた。


その友人を含めた含めた数人で旅行へ出かけたことがあった。

旅行は楽しかったのだが、少しトラブルが起こった。

予期せぬバスの遅延で予定の電車に乗れなくなったのだ。

後の時刻の電車に乗ることになるが、もし、それに乗れなければ目的地に今日中に辿り着けなくなる。

バスが駅に着いた時は、もうぎりぎりの時間だった。我々は走った。

だが、その時も友人はバスの運賃を現金で払ったし、駅では切符を買った。友人が悪いわけではないが、危うく乗り遅れるところだった。

この時は「なんでICカード持ってないんだよ。持っとけよ」と別の友人が文句を言った。

それほど怒ったわけでもなく、口調も冗談ぽくだ。

しかし、友人はICカードは嫌なんだと強く拒絶した。

一瞬気まずくなったが、元から友人でもあるし、まあそれほど言うならと収まった。

宿で飲む頃には、旅のトラブルも楽しい肴になっていた。



「終電逃して朝まで呑むのは久しぶりだな」

「悪かったよ。切符は買ってあったんだけど、まさか失くしてしまうとは……」

そういって友人は謝った。


私は友人と会って呑んでいた。

終電に乗ろうと店を出て駅に向かったのだが、改札前で友人が切符を落としたと言い出した。

切符を買うことになり、酔っていた私もじゃあと一緒に券売機に行ったら、二人とも乗り遅れてしまった。

「俺も酔ってついて行ったからさ。それに、たまには朝までもいいじゃないか」

友人は恐縮していたが、ちょっと明日辛いだけで。まあこの年になるとちょっとではないけれど、どうせ明日は休みだ。それに、こういうアクシデントを楽しむ若さは失っていないと思いたい。

さあ、二度目の乾杯だ。


朝まで営業している居酒屋で、私と友人は始発を待った。

話は尽きなかったが、「そういえば。旅行中に電車に乗り遅れそうになったよな」と思い出話をしていた時に、「どうしてICカードを使わないの?」と聞いてみた。

答はそれほど期待していなかった。

しかし、友人は少し躊躇う様子を見せていたが話し出した。

戯言だと思って聞いてくれと言いながら。


友人も交通系ICカードを持ったことがあるそうだ。

これは便利だと思っていた。

ある日、改札を通った。

いつものように利用金額や残額の表示を見た友人は驚いた。

そこには今までとは違う表示があったからだ。

とっさのことではっきりとは見ていなかったし、すぐに消えてしまう。

友人はきっと見間違いか、表示部分のエラーなのだと思ったそうだ。


しばらくはまた普通の表示になった。

そうしてICカードを使い続けていると、また、あの不可思議な表示が出たのだという。

一瞬で消えてしまうそれを、友人は何とか読み取ったという。


「いったい何が出てたんだ?」

「残日数だ」

「残日数?」

私は首を傾げた。

さすがに酔いはまだあるが、この店では時間を潰すのが目的だ。さほど飲んではいない。そして友人はもうすっかり醒めた顔だったが、ぐいっと杯をあおってからその表示のことを話した。


改札機に残日数が表示される時がある。

始めは残額と見間違えたと思ったが、円ではく日だった。

意味がわからなかった。

いったい何の残日数なのか。

しかし、ある駅の改札で大き目の液晶に人名と日数が出た時、友人は改札で立ち止まった。

後ろの人がぶつかって来て、詫びながら前に進んだが足が震えてまともに歩けなかったという。

「馬鹿なことを言っていると思うだろ。でもな、そこに俺の名前と、生きてきた日数と残日数が出ていたんだ」

私は笑おうとしたが、友人があまりにも真剣な顔だったので何も言えずにいた。

「まさかと思ったよ。でも、生まれた日からの日数を計算したら合ってたんだ」

それ以来、友人は交通系ICカードを使わなくなったそうだ。



始発までまだ余裕はあるが、私と友人は酔った足取りでゆっくりと駅に向かった。

まだ聞いていなかったことがあるが、私はそれを聞いていいのか迷っていた。

駅の入口で立ち止まると、友人は言った。

「残日数、気になるよな」

「あ、うん。すまん」

「いいんだ。気になって当然だ」

「でも……」

すると友人は言った。

「もちろん俺も残日数を計算したよ。あの時の残日数から換算すると、俺は110才で死ぬらしい」

「110才?」

俺はあっけにとられていた。

「ああ。わかってるよ。大往生だろうよ。でもな、考えてくれよ。本当かどうか証明できないが、自分の減っていく寿命が表示されるんだぞ」

確かにそうだ。本当にそんなことが起こるとしたら、いくら長生きをするとはいえ自分の残日数なんて見たくない。


「そういうわけで、俺は切符を買ってくる」

友人が券売機に向かう。

それを見ながら私は交通系ICカードを入れているパスケースを取り出した。

改札機までは数十歩の距離だ。


私はパスケースを仕舞い、財布を取り出して友人の後を追った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 残りの数字が大きくても、淡々と減ってゆくのは確かに見たくないですね。
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