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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
五章 政争と清掃
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5-12. 世界平和














 しばらく王宮で缶詰にあって、今は我が家。

 やっぱり自分の家は落ち着くわね。庭でのんびり家族と過ごすティータイムは素敵。


 イヴァン、エリクシア、バレンシア。この家で暮らす全員が同じテーブルを囲む。シクロは欠席。部屋から出すと、定期的に精神が不安定になって物が壊れてしまうから、お留守番。後で会話をしに行きましょう。


 王宮で知り合いの侍女から貰ってきた紅茶は、素敵な匂いと共に時間を彩ってくれる。口の中も、鼻も、とっても幸せ。

 そんな良い気分の私に突き刺さる視線。ジト目は、イヴァンから。戻ってきてからずっとこう。


「結局一週間も帰ってこなかったね。だから無理はしないでって言ったのに。マリアだってうまくやるって言ってたのに」


 他の人が思いのほか頑固だったのよ。私の無事はテータを使って伝えさせたし、謝ってるじゃない。私だってずっとベッドの上、暇で暇で仕方がなかったの。

 と、正直には言えなかった。心配させたのは本当だし、私がイヴァンの立場だったら嫌だしね。


「ごめんね、イヴァン」

「……まあ、上手くいったみたいだからいいけど」


 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向かれてしまった。後でフォローしておかないと、意外とイヴァンは拗ねちゃうのよね。


「なんだ、王宮でもそんな楽しいことやってんのか。ひひ、相変わらず馬鹿だな、てめえは」


 バレンシアはにやにやしながら私を見てくる。


「そっちはどうなの?」

「ああ、てめえに言われた通り、きちんと雑魚どものボスをやってますよ。どんぱちを繰り返しながら、勢力を広げてる」


 楽しそうに笑いながら反抗する組織を相手どるバレンシア。容易に想像できる。


「順調そうで何より。学院の時と違って、部下の人たちは皆しっかりついてくるでしょ?」

「ああ、その通りだ。私は変わったつもりはないが、相手の反応がちげえな。どんなに適当やっても、暴力や横暴を繰り返しても、むしろ尊敬されるんだぜ? 私は生まれる場所を間違えたみてえだ。強いことが正義のこの世界が、暴力が支配するここが、私の生きる場所だろうな」


 満足そうに口の端を歪める。


 場所によって求められるものは違うという事。学院では調和が求められたけど、この下町では暴力が求められる。同様に、王宮では権力と根回しが必要になってくる。だから、世界全体を支配するという事は、すべてのパラメータを上げる必要がある。

 バレンシアが楽しそうで良かった。自分に合う場所は存在する。不平不満があって自分が変わるつもりがないのなら、場所を変えるのが効果的。バレンシアは成功したみたい。


 私はエリクシアに目を向けた。


「エリーは?」

「私は下町で隠れ住んでいる覚醒遺伝持ちの人間たちと接触を繰り返しています。バレンシアが下町を牛耳って治世が変わったので、顔を出し始めた人たちも多いです。徐々にですが、彼らも陽の当るところに出られていますね」


 エリクシアは滔々と話しているけど、興奮は隠れて見えた。


 ヒトリだから、端っこに追いやられる。他に自分と同じ存在がいないから、寂しくて声が小さくなる。同じような人間がいれば、寂しくなければ、大きな声が出せる。私はここにいるよ、ってね。

 下町で快進撃を続けていく私たち。今まで多数の人間に抑圧されていた人たちが、私たちに加わりたいと、皆の中にいたいと、近づいてくる。


 世界は、段々とその姿を変えている。素敵ね。世界から、隅っこが消えていく。不安で夜も眠れない人たちが、いなくなっていく。


「今のところ、順調ね」

「ええ。流石はマリア様です。私が何年もかけてできなかったことを、簡単にやってのけてしまう。達成した暁には、誰もが貴方の名を崇拝と共に口にするでしょう」


 私のことを尊敬と共に見つめるエリクシア。


「じゃあ、肖像画にでもしてもらおうかしら」

「むしろ私が書きましょう」

「きひひ。くだらねえな。じゃあ私は銅像にしてもらおうか」

「王宮の真ん前に建てようか。見た人はどんな顔をするんだろうね」


 軽口の言い合い。楽しい。


「ひひ。こんなことを話すくらい、くそ王家へと段々と差し迫ってるのがわかるな。いつ殺しに行くんだ、マリア」

「少し勘違いしてるわね、バレンシア。何度も言ってるでしょう。私は戦争がしたいわけじゃないの。ゆくゆくは、王になったアースとともに世界を平定する。王家は殺すわけじゃないわ」

「そうは言っても、王家は無視できないと思いますけれどね。王家の権力を削ることに間違いはないですから」

「全部を奪うわけじゃないわ。きちんと落としどころはつけるつもり。王家にも利のある取引をしないとね。アースならわかってくれるわ」

「随分と信用してんだな。てめえのことだから心配はしてねえけど、執心しすぎるなよ。結局は、人は人なんだからな」

「わかってる。だから、逃げられないようにするつもりよ」


 優しい王にしかなれないように、外堀を埋めていく。

 アース王は皆に優しい、そんな認識を固めていけば、彼はそこから抜け出せない。横暴な王などになれはしない。

 人を決定づけるのは、当然元来の己。でも、他人の評価も多分に関わってくる。誰だって、できるのなら他人にとって理想の自分でいたいもの。


 アースの未来は、優しい王様で決まり。


「私が傍で彼を支えるわ。あるいは、上手く操っていくつもり。逆に、私はエリクシアやバレンシアが手に入れた下町の情報を彼に伝える。そちらの統制も怠らない。アースからすれば、王の眼の届きづらい下町すら牛耳れるんだもの、悪いことではないわ」


 彼にだって、利がある。そういう風にする。

 全員が納得して満足できるように、私は動く。

 そして、最後の一押しが、もうすぐやってくる。


「できたあああああああああああああ」


 大声と共に、家の扉を開けて庭に駆けこんでくる女性。

 ミラージュ。彼女が輝いて見えるのは、鏡のような髪と、達成感に満ちた顔による。彼女は手のひらの上に一つの小指サイズの玉を乗せていた。


「マリア……。できた。ついに、できたミラ」


 感極まっている様子。


「ついに?」

「ええ。ついに。皆を”治療”した結果ミラ。貴方にも、イヴァンにも、エリクシアにも、バレンシアにも、御礼が言いたいミラ。貴方たちの協力のおかげで、私も理想に近づけた」

「ああ、前に言っていたやつか。何言ってんだと思ってたけど、やってやれねえことはねえんだな」


 バレンシアは頷いて、ミラージュの手から玉をつまんだ。


「で、これをどう使う?」


 ぽいっと雑に放られる。私はそれを受け取って、ミラージュに微笑んだ。


「作用のほどは?」

「近場の住人で確認済みミラ。体調が悪いと訴える人に、”治療”として、その丸薬を渡したミラ。効果はてき面で、怪我も病気も無事に治っている。加えて、身体能力、魔術の素養の向上も確認できている」

「そう、最高の結果じゃない」


 黒い玉。小さい玉。

 これは。丸薬。ミラージュが私たちの身体から作り上げた、最高傑作。


「これが完成したからには、子供たちも実験の副作用に悩まされることはないミラ。それを飲めば、”マリアの原初”に体が適応して、疑似的にマリアと同じ状態になれる。効果は一粒でマリアのおおよそ数十分の一だけど、十分ミラね」


 私の血液、体液、その他もろもろを原料にできた薬。それは。他人と私とを近づける、最高の薬。

 私が、物理的に増えていく。私に、他人が感染していく。


 ぞくぞくするほと、気分がいい。もう私は、一人で泣くことはない。


「さいっこうね、ミラージュ」

「私の方こそ、最高の気分ミラ。原初は伝播できる。それが知れただけで、十二分。これを足掛かりに、鏡の原初も同様に広めていけば、私の理想も叶えられる」

「そうね。改良すれば、他の原初もこの中に閉じ込められるかも」


 そうすれば、原初の唯一性は喪われる。産まれた家系で、場所で、悩むこともなくなる。自分がなりたい自分になれる。


「マリアが持ってる、傷つかない能力も手に入るの? 私たちだけじゃなくて、他の人も?」とイヴァン。

「いや、それはまだ再現できていないミラ。あくまで身体能力系統のみ。研究を続けていけば、可能になると思うけれど」

「いいよ。そこまでやらなくて。十分でしょ、ね、マリア」


 イヴァンは独占欲が強いのね。でも確かに、私の力のすべてが手に入るようになれば、世界は大きく揺れてしまいそう。誰もが無敵になって、誰もが強くなってしまって、私ですら制御できなくなるかも。流石に私が操れるところで止めておかないと。


 私が次にすること。それは。


「これを、全国民に渡しましょう」


 私の原初を、全員に広めるの。そうすれば、全員が化け物になる。人間か、化け物か、なんて議論が馬鹿らしくなる。見た目の、異常性の差別がなくなって、皆が手を取り合える世界になる。


 ぶるりと体を震わせたのはエリクシアだった。


「……それは、つまり、全員がマリア様になるということ」

「ええ、そうね」

「全員が覚醒遺伝を表に出すという事」

「まったく、その通り」

「そうなれば、誰もが原初、覚醒遺伝の存在を、認めざるをえない。そして認めた先に、――差別は、なくなる」

「そういうこと」


 見える。

 もう二度と他人を化け物だなんて言えない世界が。

 自分も相手も同じ化け物で、対立など存在しない理想が。

 今、この手の中に、丸薬の形をして、存在している。


「ただ一つ、副作用があるミラ。この薬には、もともと個人が有している覚醒遺伝の力を促進させる作用があるミラ。だから、飲めば飲むほど、外見に影響が出てしまう。隠せていた普通の人間の皮が失われてしまう」

「それこそ、最高じゃない」


 化け物は、目に見えてこそ。それが普通になれば、誰も咎めなくなる。誰もが人間の皮を被ってるのはいけないんだ。

 私はその場の全員の顔を見回した。


「イヴァン。この下町の住人に、色んな怪我や病気に効く特効薬があると言って、噂を広めて。薬の売買に移りましょう。値段はここの人たちが手に入れられる最低額でいいわ。一番の目的は、これを広めること」

「わかった」


「エリクシア。話のわかる覚醒遺伝持ちの人間と協力して、原初の力の扱い方を広めて。擬態、があるでしょう? それを覚えさせて。薬の作用で見た目が変わったり力が暴走しても、問題ない様に指導して」

「はい。任せてください」


「バレンシア。貴方は、これを構成員に配りなさい。戦闘の時に使ってもいいし、治療に使ってもいい。強くなれるのだから、貴方の部下は文句なく飲むでしょう?」

「きひひ。おいおい、これ以上私の任務を簡単にしてくれるなよ」


「ミラージュは、この薬の増産と改良をお願い。空いている子供たちは全員使って構わない。なんならこの孤児院にいない子でもいいわ。仕事がない人も動員して、全力を挙げて。絶対に売れるし、今後広がっていく市場だから、誰もが食いつくはずよ」

「了解ミラ」


「私はアースを王に据える。そして、王宮内にこの薬をバラまくわ。王宮内で覚醒遺伝持ちの特徴が多く出れば、また、話も変わってくるはずよ。迫害は追いつかなくなって、無視なんかできなくなる。原初の真実が、明らかになる」


 流転、逆転。

 覚醒遺伝持ちの人間が虐げられるのは、その数が少ないから。原初の血が濃い人間は、世代を追うごとに少なくなってしまっている。


 逆に、覚醒遺伝を持つ人間が増えたら? 今度は、普通の人間が少なくなる。少数派を嫌う人間だもの、そうなれば、今度は原初の血が求められる。皆がこの薬を飲むようになる。そうやって、皆が化け物を求めて、普通の人間こそ世界からいなくなる。


「あは」


 世界が、化け物で満ちる。

 化け物と人間の垣根は粉砕される。


 私がとっている三つの手段。

 王宮、アースの側近。政治の面から。

 下町、強さでの支配、暴力の面から。

 原初、私の中の化物、数量の面から。


 どれでもいい。どれか一つでもうまくいけば、私の理想は叶えられる。全部うまくいけば、すぐにでも世界は姿を変える。


「あはははははっ」


 孤児院、たった一人の私。化け物と揶揄されて忌避された私。

 そんな私が今、世界平和を目の前にしている。これが面白くないわけがない。


「――さあ、楽しい時代の始まりよ」

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