5-10
ホール内には悲鳴が溢れていた。
王子たちが座るテーブル。各王子とその侍従、護衛たちが私の姿を見て、目を剥いた。真っ青な顔、引きつらせた頬、口から零れ落ちる涎と血液。荒い息も加われば、死の一歩手前を演出できる。
ちょうどアースに配膳された肉料理を毒見したところ。あたりは歓談と笑顔に満ちていたころ。人々がちょうどこの会合にも慣れてきて、安堵が最高潮に至ったところで、私は毒と共に肉を口に入れた。
拒否反応。体中が毒を追い出そうと異常な反応を見せる。
脳が明滅して、吐き気が収まらない。四肢は震えて、嗚咽だけが吐き出てくる。この演出は、演技でできるものではない。一度体験はしたけれど、慣れるものじゃないわね。
ごふ、と咽せて。他の人が私を見て、
げほ、と吐いて。他の人が怪訝な顔、
かは、と、吐血。他の人の顔に恐怖が張り付いた。
ぐらりと体が傾いて倒れるその瞬間、私はトリエラに目をやった。睨むのと疑いの中間。あくまで、おまえがやったのかと匂わせる程度に。
トリエラの眼が見開いた。どうして私がこうなったのか、心当たりがあるはずだ。貴方が用意した毒で、私は真っ白な顔になって心臓を抑えて、テーブルに突っ伏しているんだから。
「なんで……」
そのつぶやきも当然。彼女はこの場で毒なんか入れていないんだから。流石の彼女だって、こんな公の場所で事件を起こそうなんて思ってなかったはず。王も有力者も集まった場所だもの、こんなところで殺人なんて、王家に泥を塗る行為に等しい。
だからあえて、この日を選んだんだけどね。貴方の毒が一番突き刺さるこの瞬間を。しっぺ返しが一番痛くなる状況を。
パニックになる。悲鳴と絶叫が響き渡る。
「マリア!」
必死な顔のアースが駆け寄ってきて、私を抱き起こす。金の瞳に映った私の顔は真っ白で、血の気がなかった。血を口から溢れさせて、絶命の一歩手前。
「で、んか……」
「喋るな! おまえ、何が……、――あいつか」
アースに似つかわしくない怒りの表情。本気の怒気。それは、トリエラに向いた。そうよね。毒を盛った前科を持っているのは、貴方の妹。
私が何をするか、事前に彼に伝えていなくてよかった。演技ではない本気の憤怒が、会場の誰の眼にも映ったはず。アースとトリエラの対立、被害者と加害者がはっきりとした。
「だ、いじょうぶ」
私はアースにしか私の顔が見えていないことを確認して、微笑んだ。
アースからは焦燥が抜けない。
「無理するな。今すぐに医者を呼んでくる。絶対に死なせないから」
「”あの毒”だ、から」
私の言葉に、アースの顔が青くなる。さっきは私が死にそうだったから。今度は私が無事だと確認できたから。私が持ち帰った毒が今どこにあるのか、遅まきながら気づいたらしい。
「おまえ、まさか、」
「しぃー」
震える指を唇に当てた。ここで変な事したら、私の考えたシナリオが台無し。貴方には役者になってもらわないと。トリエラが絶対悪になるよう顔を作ってもらわないと。
アースは引きつった顔になって、逡巡した面持ちの後、顔を伏せた。まるで私がもう助からないと思わせるように。
そんな茶番を見た周りの人は、また騒ぎ出す。祝いの席の殺人は衝撃的だった。彼らの気分は急転直下。自分の皿にも毒が盛られたのではないかと疑い、無理に吐き出そうとする人までいる始末。
混乱、混乱。普段見れない人の感情が見られる、私の好きな時間。
「静まれ!!」
収集のつかなくなりかけた場を、そんな一喝が支配した。
「落ち着け! この場は王国の建国を祝う場だ。そんな場所で、王国を支える雄たちが右往左往するなど、もってのほかだ。まずは、落ち着け」
王様、アースの父君が声を張り上げる。流石に王国の頂点の言葉には重みがあって、すぐにその場は静かになった。
「アース、グラン。貴様らはそいつを医務室に連れていけ。後のことはこちらで片づける」
「は、はい!」
アースは返事をして、私を担ぎ上げた。「私が運びます」とすぐにグランが代わり、私はグランにお姫様だっこされながら移動を始めた。
視線は、私に集まっている。仕掛けるなら、最後の一押しをするなら、今この時。
何が起こっているのかわからず茫然とするトリエラの背後を通り過ぎるとき、小声で呟いた。
「サヨウナラ。犯人役、お願いね」
「――っ。てめえっ」
トリエラは一瞬ですべてを理解した。鬼の形相で振り返って、私に手を伸ばしてくる。
馬鹿め。病人にそんな殺意をもった顔をする人間なんか、いやしないだろうに。それは、殺人者の、犯人の顔だ。
「トリエラ!」
王の言葉。
彼の視界では、死にそうな私と、そこに殺意をもって手を伸ばしたトリエラしか見えていない。殺し損ねた相手を再度殺そうとしたようにしか見えないだろう。
びくりと手を止めて、我に返るトリエラ。
「……あ」
「その手を下ろせ! 貴様、よもや時と場所を選ぶことなく、建国を祝う神聖なこの場で、凶刃を振りかざそうとしたのではあるまいな!」
「――ち、違うのです、お父様」
「話は後で聞く。状況証拠は十分だ」
「お父様!」
トリエラの悲痛な叫びが木霊する。そんなトリエラを取り囲む、怒りの眼。あるいは、侮蔑の眼。過去、トリエラがアースに攻撃していたのを見た人も多いだろうし、彼女が逃げ切ることは不可能だろう。
そんな混沌とした状況の会場から出て、私たちは医療部屋へと向かった。
「……おい、マリア」
「げほ、かふ……。なに?」
「本当にわざとなのか? 自分で、毒を飲んだのか?」
その顔には、恐れがくっついていた。
「げほ、そうよ」
私はグランに抱かれながら微笑んだ。口元を拭って血をふき取る。
「……とんでもない女め。一歩間違えれば死んでいたかもしれないんだぞ」
「この前かけらで試してたから、死なないことは確認済みよ」
「馬鹿! そういう問題じゃない!」
アースの怒り。今迄何度も私は彼に怒られて、憎まれてきた。でも、今回のは少し毛色が違う。
「……そういう問題じゃ、ない」
静かな怒り。少し、困惑してしまう。
「本当に大丈夫なのよ。私はこんなことでは死なないの。私の異常さを見てきた貴方ならわかるでしょう」
「そうじゃない。確かに結果だけ見れば、トリエラの未来を奪った最適な一手だった。でも、おまえは苦しいだろう、辛いだろうが。皆が幸せな王国。俺たちの理想。そんな中、おまえだけ不幸でも意味がないだろ」
「……」
どんな顔をしていいか、わからなくなった。
「……本当に、いいのよ。私は簡単に治るから。嘘じゃないわ」
「おまえは他の人にも同じことが言えるのか。大切な人に、簡単に治るから傷ついても大丈夫だろ、なんて。そんなことが思えるのか」
例えば、私と同じ能力を得た愛しい人たち。私は、彼女たちに傷ついてほしくない。
でも、私が思う彼女たちと、アースが思う私は違うでしょうに。
「思えない、けど……」
「そういうことだ。……俺は、おまえが傷ついてまで王位が欲しいわけじゃない。近くの人間を不幸にして手に入れた王座に意味はない」
アースは、とっても真面目。
まっすぐで、優しくて、愚かで、目の前の悪を、許せない。
だから誰かを踏んでまで、前に進めない。それは王にとっては致命的だと思う。でも、全員を救うという理想を体現するのは彼のような人間なのだと、そう思った。私の夢を叶えられるのは、彼なのだろう。
「ごめんなさい」
「……素直だな」
「私が悪かったわ。確かに、少し強引だったかも」
誰も傷つかない手段だって取れた。誰もの中に、私はいなかっただけ。私はそれでいいと思ってたけれど、誰もがそう思うわけではなかった。
少し、静寂が降りる。アースは眉根を寄せたまま何も言わなくなってしまった。
なんとなく、気まずい。
グランが咳ばらいをして、
「え、と、それにしても、中々にきつい一撃でしたね。あの場で殺人事件を起こすと思われれば、トリエラ様を王と見なすことはできないでしょう。それどころか、今後の人生にも大きな影響を与えます」
「罪悪感を抱くことはないわ。別に悪いことはしていないのだから。最初からトリエラはこちらに毒を盛って殺そうとしたんだから、彼女のやったことは変わらない。私は少しばかりタイミングをずらしただけよ。あっちが悪い」
私たちは、百の攻撃に一回反撃しただけ。それが急所に当たっただけ。そもそもこれはそういう勝負だ。何を使っても相手を王座から引きずり下ろすバトルロワイアル。
会場にいる人たちを最後に確認したけど、皆恐怖と怒りを持っていたわ。殺人に怯え、犯人に怒っていた。最有力候補に躍り出たトリエラが信頼を取り戻すのは難しいでしょう。
不承不承を隠そうともせず、アースは頷いた。
「そうだな。まあ、よくやってくれたよ。無茶を除けばな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「で、おまえは本当に大丈夫なのか?」
じろりと睨まれる。すぐには答えられなかった。
逡巡の後、
「大丈夫……よ」
頭が痛いし、体もうまく動かせないし、試したときと同じ症状。でも、なんとなく、アースに嘘をつきたい気分だった。
「おまえは……なんというか……」アースはため息をついて、「……まあ、いい。しばらく療養していろ。トリエラが表立って動けなくなる以上、俺の護衛も必要ないだろうしな。それよりもしっかり休め、ばか」
拗ねた子供のように呟いて、アースは鼻を鳴らした。
私は頷いた。
医務室について、私はベッドの上に寝かされた。アースとグランは戻っていって、私は老人の医師に色々と聞かれながら、気が付いたら眠ってしまっていた。
◇
「あんた、やってくれたわね」
眼を覚ますと、目の前にはトリエラがいた。
夜の帳はもう降りていて、あたりは暗い。窓から差し込む月明かりが、少しくすんだ様子の金色の少女を映し出していた。
私はというと、いまだの医務室のベッドの上。お腹はまだぐるぐる言っている。
「こんばんわ」
「こんばんわじゃないでしょ、……ふざけんなよ」
だん、と強く地団駄。
強い憎悪を感じる。
「私はあの時、何もしていなかった。アースの皿にも、あんたの皿にも、何もしていかなった。皆が言うようなことは、していない」
「ええ」
「なのに、なんで、あんなことになったの? そんなの、一つしか考えられない。あんたが、自分で……」
震える指で、私を指す。信じられないと顔に書いてあった。
「ええ、おっしゃる通り。私が自分で飲みました」
「――」絶句してから、「ば、馬鹿じゃないの?」
アースと同じようなことを言われる。
どうして皆、そんなことを言うのだろう。ただ一時苦しいだけで、最高の結果を得られるのに。
と思ってから、毒を飲めば”普通の人”は死んでしまうのだと思い出した。私は自分が無事であることがわかっているからこんなことをした。前提が違っていたのだ。
ただ、イヴァンにもアースにも怒られるから、こういうことはもうやめよう。
でも、……怒られて少し嬉しかったのは、顔がにやけてしまうのは、秘密。
「私が馬鹿かどうかは、結果が証明します」
私が微笑むと、トリエラは言い淀んだ。
「そもそも、なんで生きてるのよ。あれは即効性のある毒で、飲んだら死からは逃れられないって聞いてたのに……」
「私の特別性は貴方だって良く知っているでしょうに。貴方たちの殺意のこもった攻撃を何度躱したと思ってるんですか」
「……化け物め」
久々に言われたその言葉。以前よりは耳に残らなかった。私は今、気分がいい。
「それで、あの後の会場はどうなりましたか?」
「……あんたのせいだ。あんたのせいで」
「王様が怒って、他の人も貴方を犯人だと決めつけて、大事な式典に何をしてくれたんだと怒って、式典は中止ですか。王家の名に泥を塗ってくれたということで、貴方はしばらく謹慎といったところでしょうか」
怒りが膨れ上がって、トリエラは髪を逆立てた。
「――そうよ、あんたのせいだ!」
「でも、毒を盛ったのは本当ですよね。あの時あの場所じゃなかっただけで」
「……、それは」
「だとすれば、貴方はそんな大声で文句を言える立場ですか? 私たちを殺そうとしていたのは真実で、起こった出来事は何も間違っていない。時期がずれただけ。貴方は報いを受けているだけ。因果応報でしょう」
「うるさい! あんたが、あんたが……!」
ぷるぷると小刻みに震える少女。目じりに涙が浮かんでいる。
「あんたのせいで、私は、……終わりよ。お父様に激怒されて失望されて、周りからもそっぽを向かれて。これから議会で裁かれるって言われて、最悪牢屋の中に送られて、本当にひどいと死刑よ。……あんたのせいだ。あんたのせいだ、あんたのせいだああああああああああ」
この期に及んで喚き散らすのは、まさに子供のやり方。でもまだ学院に入学もしていないんでしたっけ? 舞台に上がるのが早すぎたと思えば、彼女も可哀想な子なのかも。
容赦するかどうかは別問題だけどね。
「それで?」
「それで、って……」
「わざわざ夜遅く、たった一人でここまで来て、そんなわがままを言いに来たの? これは戦争なのよ。それも、貴方が仕掛けてきた戦い。やり返されないとでも思っていたの? 貴方は順当に、自分の力の無さで王座から離れただけ」
「違う! あんたが、汚い手を使って……」
「何度でも言うけど、先に毒を仕込んだのは貴方でしょう? 汚いのは誰?」
「……う、ぐ、」
「残念でした。諦めて懺悔して議会で裁かれて、牢屋に行きなさい。さようなら」
「……うわあああああああああああああああん」
その場に崩れ落ちて泣きわめくトリエラ。
きっと色んな人に脅されたのでしょう。王から勘当を言い渡されもしたかしら? 牢屋行きが冗談なんかじゃなくて、目の前に迫っているのだと理解してしまったんでしょう。
ぼろぼろな彼女は、とってもそそられる。
「いやだあああああっ。牢屋なんか行きたくない。もう王様になりたいなんて言わないから。あやまるからああああっ。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「貴方を殺そうとしたから、お兄様を殺そうとしたから……」
「そうね、人殺しはいけないことよね。よくわかってて偉いわ」
私は微笑んだ。
トリエラの眼が困惑に寄る。
「失敗は誰にでもあるものね。失敗したまま終わらせるのは、誰にとっても良くないこと。私は改心できる人は大好きよ。貴方は変われる?」
「え、……ええ」
「実を言うと、私は一つ、貴方を救える方法を持っているわ」
「……え? 本当に?」
トリエラは顔を上げた。絶望の中に一縷の希望を宿す。
「私が自分で毒を飲んだと証言するの。貴方が毒を仕込んだという証拠もないし、議会は深く追及できないわ。被害者である私が貴方を庇えば、貴方の立場も変わるはずよ」
実際、トリエラが私の皿に毒を盛った証拠もないわけだしね。証拠のない中では、状況証拠だけが真実を語る。私が作った状況証拠、私ならいくらでも覆せる。
「貴方は毒の種類に検討がついていた。私が毒を飲んだことを知って、慌てて私を”助けようと”手を伸ばした。そういうことにすればいいわ。時間がないことがわかっていたから必死な顔になってしまったと言えば、皆も納得できるでしょう。私は何者かに毒を盛られたことになり、貴方は助けようとした聖人になる」
トリエラがあの場で見せたのは、倒れた私に向けた真っ青な顔と、抱きかかえられた私に必死の形相でつかみかかろうとした顔。どちらも、殺そうとも助けようとも見れる。私がトリエラを犯人だと誘導したからで、今度は聖人に誘導してあげればいい。
人気者で被害者な私が一言発せば、状況は一瞬で変わるだろう。
「……あ、あんたは実際に自分で毒を飲んだんじゃない……」
「私は真実の話をしているんじゃないの。理想の話をしているのよ」
真実なんて簡単に色を変える。貴方がどんな色にしたいか、問いかけているの。
トリエラは立ち上がった。涙を拭う。
「良いことを言ったわね。あんた、その通りに証言なさい。そうよ、そうすれば、私も解放される。だってそれが真実だもの!」
急に元気になって、涙を振り払うトリエラ。
「さあ、すぐにホールに行くわよ! まだ何人か残ってるはずだから」
足取りが軽くなった彼女に、私は床を指さした。
「じゃあ、跪いて」
「は?」
「まずは、跪いて首を垂れて。話はそれからよ」
「……あんた、調子に乗ってんじゃねえぞ。私は王女よ。あんたなんか……」
「ここで私が大声で叫んだだらどうなると思う?」
ベッドに横たわる私と、その傍で仁王立ちしているトリエラ。しくじった後でとどめを刺しにきた犯人だと誰もが思うわね。
流石にトリエラも、それくらいはわかったみたい。再びしゅんとした顔になった。
「う、嘘よ。冗談よ……。やめて。これ以上は本当にまずいの。本当に、私は終わっちゃう」
そもそも単身で私のところに来た判断が間違いだと思うけど。もう、侍らせる護衛の余裕もないのかしら。
「わかってくれて良かったわ。じゃあ、ほら、早くして」
「……」
王家、王女。
彼女の前には、綺麗な道が用意されていたことでしょう。まさか目の前が一瞬で真っ暗になったなんて、まだ脳が追い付いていないかもしれない。
でも、現実は理想を押しつぶす。貴方は、負けたの。負け犬は、勝者の足元で鳴くことしかできない。
「助けられるのは、私だけ。下らない矜持さえなくせば貴方は助かるのよ。今一時だけ冷たい床に四肢をつけるのと、一生冷たい床の上に寝転がるか、好きな方を選びなさい」
「ううううううううううっ」
ぽろぽろと涙をこぼすトリエラ。
別に私はトリエラを虐めたいわけじゃないの。それだけじゃないの。例えばここで彼女を何もなく開放すれば、また同じことをする。彼女は変われない。
私は貴方を殺しはしない。それは、勿体ない。改心して心に傷を負って私に傅くのなら、すべてを許しましょう。アースを王にする手伝いをしてくれるように、心をぼこぼこにぐちゃぐちゃにかき乱しましょう。新しい貴方になれるように、屈辱という杭を打ち込むの。
「私は、私は、……王女よ。そんなこと、できるわけがないわ。それこそ、お父様に殺される」
「私しか見ていないから安心して。そして、これからは貴方の王は私よ。私にすべてを渡しなさい。そうすれば、救ってあげる。王様からすらも、守ってあげる」
彼だって、私にかかれば手のひらの上。
トリエラは私を見つめる。
私はトリエラを見つめる。
じいっと見つめ合うこと、数十秒。先に反らしたのは、トリエラだった。
「……あんたみたいなやつ、今までどこにいたのよ?」
「孤児院、学院、アースの後ろ」
「お兄様は、すごいわね」
感嘆のため息は、何に対してか。
トリエラは床に膝をついて、肘をつけて、頭を床につけた。
「申し訳ございませんでした。もう王になりたいなどとは言いません。アース様へ害も加えません。だから、どうか、助けてください。私は牢屋にいたくないんです。お願いします」
百点。
トリエラを舞台から降ろして、私の手ごまにして、アース陣営を印象付けた。
間に色々あったけれど、予想した中での最高の出来。
「可愛いトリエラ。わかってくれて嬉しいわ。私の庇護下に入るというのなら、たくさん、愛してあげる」
不安に揺れる瞳に、私は綺麗な微笑みを投げかけた。