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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
五章 政争と清掃
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5-9. 反撃の準備














 人を殺すのにも色んな種類がある。

 絞殺/刺殺/射殺/銃殺/薬殺/毒殺/圧殺/扼殺/殴殺/撲殺/斬殺/轢殺。条件や相手、使う道具など詳細を言えばさらに多く存在する。それくらい人は色んな種類の死に方があって、簡単に死んでしまうか弱い存在だということ。


 ほぼ全部、やられたんじゃないかしら。

 私は食事に入っていた毒の料理を退けて、アースに差し出した。


「はい、毒は抜いておいたわよ」

「……」


 アースは茫然としている。

 両方。自分の皿の上に乗せられた毒自体に、そして、相手からの殺意の豊富さに。


「多分これも私を狙ったものでしょうね。あちら側には私が毒見をしていることもわかっているでしょうし」


 致死。それをもたらそうとしている相手もわかっている。王子同士の水面下の戦いが始まって早数か月。その間、こちらに執拗に攻撃を続けている少女。


「トリエラ……」


 アースは頭を抱えた。

 アースの妹は兄を殺そうと必死だ。最初からその殺意に陰りは見られないが、最近は特になりふり構っていないように思える。


 グランも真っ青な顔で私を見つめた。


「……毒が入っていると、よくわかりましたね」

「私だって料理の中に入っているかどうかはわからないわ。人で判断しただけ。理由は二つ。配膳してきた人がいつもと違ったの。万が一に対応するためのプロね、動きも洗練されていたわ。二つ目は厨房、配膳室の様子。今日の朝に寄ってみたら、小火騒ぎが起きていてね。人の眼が料理から離れていて、調理、もしくは配膳の途中の料理に何かを仕込める状態にあったの。何かあると思って見てれば、料理の違和感にも気が付くわ」

「良く見ていますね」

「ふふ。私、人が大好きなの」


 人のいるところが、大好き。だから少し時間の空いた際には、王宮内、色んなところに顔を出している。他の人と話して、親睦を深めているの。


「色んなところを出歩いているけれど、きちんとアースのことも宣伝しているから安心して」


 王子を決めるこの争い、国民の意見は一切反映されない。王家が勝手に決めて勝手に知らしめるだけ。だから、ファンドもトリエラも、国民に対しての印象操作は行わない。要人だけを抑えている。


 でもね。結局人は団体なのよ。強大な力を持った王家だって、群衆には敵わない。だから統制しようと議会を設けているわけだし。化け物の原初だって、人間の物量に殺されたのだ。

 下を見ない王と、下を慮ってくれる王、どっちが好まれる? 大勢は、どっちを支持する?


「王宮内での貴方の評価は上々よ。目が合えば優しく微笑みかけてくれるし、無理なことは言わないし、仕事もきっちりできる、理想の王子様だって」


 私がそういう印象に誘導しているんだけど。それらの発信源は、私。アースの侍従、一番近くにいる私が話せば、アースと話したこともない人もそうなんだろうと信じ切る。それしか情報は来ないのだから、当然。

 皆から信頼厚い私が伝えてるのだから、アースだって信頼が厚くなる。


「ああ、ありがとう。確かに支援者も増えてきた気がする」

「そうね。一般人の噂は有力者にも届いていくわ。彼らは貴方が王になることで、十全な王国が生まれると信じている。美味しい蜜が吸えると思っている。応えてあげないとね」


 有力者を引き留めるのは、アースの人柄。こればっかりは、私にも嬉しい誤算。彼の従来の温厚な人柄は、人を引き寄せる。私が集めた人たちを、アースが繋ぎとめる、完璧な図式。


 グランも頷いた。


「確かに、この王宮内で殿下の評価は上がっているように思えます。ファンド様は我関せずが多く、トリエラ様は癇癪が過ぎると不満が上がり、それに比べて、殿下は意欲的でかつ、堅実であると噂されています」

「トリエラの最近の攻勢はこれが原因か。彼女の周りが彼女が王になる芽が少ないと思って、離れだしたんだろう」

「うふふ。彼女の敗因は、王座しか見えていなかったこと。王座を誰が支えているのかをわかっていなかったの。自分の振る舞いの一挙手一投足が、王に至る道に繋がるということを知らなかったの。でも、アースはわかっている。国民あっての王であると」

「それは当然だ。僕は王になりたいんじゃない。王になって、国民の生活を良くしたいんだ」

「とっても素敵ね」


 似ている、そっくり。とっても、好ましい状況。私とアースの理想は一致している。彼は頭、私は四肢。脳が考えた理想を手足が実現できれば、何の問題もない。

 そしてグランは、二つを繋げる首ってところかしら。


「マリア嬢。謝罪させていただきたい。貴方のことを疑ってしまったことを」


 グランは頭を下げた。


「最初の頃の話? 謝らなくてもいいですよ。事実、私も暴走しがちなところがあったし」

「この数か月、共に殿下にお仕えして気が付きました。貴方は周りに害を振りまく存在ではなく、理想にまっすぐなだけでした。途中に使えるものがあれば使い、邪魔なものを退かしているだけ。その生き方のすべてを受け入れたわけではありませんが、貴方の言うことが概ね正しいということはわかっています。貴方は誰よりも殿下を王にしようと尽力してくれている。私も常より甘い考えを持っていたと反省するばかりです」

「欲しいものを手に入れるのに、手段なんか選んでいてはだめよ。何が一番大切なのかをはっきりさせなくちゃ」

「ええ。実際、貴方のおかげで私も殿下も命を何度も救われています。そして、私は殿下を王にする覚悟を持つことができました。そのためなら、あらゆる尽力を惜しみません」


 グランの信頼の眼。

 人の評価というものは、意外と簡単にひっくり返る。立場で、条件で、考え方で。何か一つ変われば、新しい自分になる。

 グランも私を認めてくれたみたいで良かった。これで三人、まったく同じ方向を向いて王を目指せる。同じ理想を作っていける。


「くふふ。嬉しいわ。じゃあ、これからの話をしましょう」


 今までは、防御。私が地盤を固めるまでの余暇。

 これから、攻撃。アースの四肢であり剣である私が、宿敵を打ち倒す物語のはじまりはじまり。


 アースは腕を組んで、


「これから、か。兄と妹をどうにかするんだが、とりあえず、まずはトリエラをどうにかしないとな。おちおち食事もできやしない」

「じゃあ、まずはトリエラに退場してもらいましょう」


 私は微笑む。

 アースとグランが息を飲んだ。


「随分と簡単に言うな。どうやってだ?」

「彼女は好き勝手に生きているみたいだから、倫理を叩き込んであげようと思うの。年上として、間違ったことは間違ってると、きちんと伝えてあげないとね」


 もちろん、暴力でも、数量でも殺せる。でも、ただ殺すのでは満点ではない。

 こちらの評価も上げる様な勝ち方。一石二鳥。いえ、一石で何鳥も落とせるような動きをしましょう。

 私はそういうの、大好きで、得意だから。


「彼女が傲慢なのは誰が見たって明らかよね。でも誰も咎めないのは、彼女が王女だから。良い家に生まれただけで権力という名の正義を持ってしまっているから。私は、彼女から正義を奪うわ」

「正義を奪う?」

「ええ。彼女の行動がおかしいと、誰もが紛糾できる場を作る」


 実際彼女の行動はおかしい。人を簡単に殺そうとしている。人の命は、尊いんだ。私だったら、そんな勿体ない選択肢は選ばない。

 殺すなら、心。改心させるなら、言葉で刺さないと。そして一番深く突き刺さる舞台を整えるの。


 私はさっき取り除けた毒の入った料理の皿を手に取った。


「これ、もらうわね」

「おい! まさかその毒をトリエラに盛るつもりか?」

「まさか、そんなことしないわよ。いい? アース第二王子殿下さまさまは、毒を盛ったりそんな野蛮なことしないの。むしろ、やられているのよ? それなのに、やり返さないのよ。彼らはいじらしいと思わない? ”同情を引けそう”だと、思わない?」

「……わかるように言ってくれ」


 呆れ顔のアース。そんな顔しなくても、誰も死ぬことはないから安心していいわ。誰かが死にかけて、”可哀想”だと思われるだけだから。その時に、倫理という正義は最強の剣になりえるの。


「貴方は何も知らなくていいわ。むしろ、知らない方がいい。グラン様も同じ。事が起こるのを楽しみに待っていて」

「……信用するぞ」


 少しの猜疑。

 私は心の底から微笑んだ。


「何度でもいうけど、私と貴方の夢は同じ。それが違わない限り、貴方の不利益なんか起こさないから安心して。私たちは一蓮托生ですもんね」

 


 ◇



「さて」


 私はとある下町の広場までやってきた。手元には、袋に入れた毒物。そして近くには、イヴァンを配置。


「イヴァン、ごめんね。こんな夜にこんなところで」

「むしろ夜の方が私は嬉しいからいいけどね」


 宵闇。月すら雲に隠れてしまった夜の中。かろうじて雲の隙間から薄明かりが私たちの姿を映し出す中で。

 一度も来たことがない、私たちが住んでいる場所から離れたところ。周りに誰の気配もない閑散とした場所で。今からすることを、誰にも見られるわけにはいかないからね。


「で、何するの? それは何?」

「毒よ。もらってきたの」


 答えると、イヴァンの眉が寄った。


「毒? それこそ何に使うの? 今対立している王子様に一服盛るの?」

「どうしてみんな毒を盛ることばかり考えるのよ。野蛮ね」

「毒の用途なんて、それしかないでしょ。それともその毒にはほかに効能があるの? 例えば麻酔になるとか」

「ないわね。それに、私はこれが何の毒かも知らないわ」

「……じゃあ何するの」


 呆れた顔。どうも最近他の人を呆れさせてばかりな気がする。


「私が飲むの」

「はあ?」呆れが濃くなった。「馬鹿じゃないの?」

「ひどいわ。本気で考えたのに」

「でも、やりたいことはわかった。相変わらずやるとなったらすごいね。私が傍にいるのは、事件を起こす前に確認するため?」


 最小限の言葉でわかってくるなんて、流石イヴァン。大好き。


「そう。私も毒を飲んだことはないからね。どうなるのかわからないの。だから万が一があったときに、なんとかしてもらおうと思って」

「……ひどい役回りだよ、まったく。最悪の場合、腹を掻っ捌いて胃から毒物をほじくりかえすけど、いい?」

「もちろん。私が毒で死ぬようだったら、その前にお願いね。イヴァンにしか頼めないの。エリーは私を傷つけるなんでできないと首を振るだろうし、バレンシアはすごい雑に体を真っ二つにしそうだし、ミラージュは実験欲に駆られるかもしれないし」

「だろうね。しょうがない。これが一番効果的なやり方なんだよね?」

「ええ。これでトリエラは死ぬわ。”社会的に”」

「人気者のマリアが毒殺されたなんて言ったら、犯人に向くヘイトはすごいだろうね」

「ええ、ええ。誰もが大好きなマリア。彼女を殺すなんて、最低な殺人犯よね。断罪されて当然よ。衆目に晒されるような場所であれば、それが王子様でも、ね」


 私は袋から毒の入った料理を取り出した。イヴァンに目を向けて、彼女が頷いたのを見て、食んだ。咀嚼して、飲み込む。


 とたん、気持ち悪くなる。胃がぐるぐると渦巻いて、吐き気がこみあげてくる。「おえ」胃液が逆流して、ぼたぼたと口から零れ落ちる。酸っぱい口の中、嗚咽と涎だけが零れ落ちる。


 イヴァンが真剣な顔で近寄ってくる、のを、手で制した。まだ、死にそうにない。何が起こるかわからないし、全部見届けないと。


 喉が痛い、胃が痛い、腸が痛い。身体中が痛い。トリエラは本気で殺すつもりで毒を仕込んだみたい。


 痛みの中、少しの安堵。ここまで強い毒と殺意を持ってきた相手。そんな相手だったら、復讐しても罪悪感はない。復讐に”正義”がある。私は悪くない。


 四肢が痺れて蹲る。頭が上手く動かない。イヴァンの声も遠い。

 死ぬ?

 いえ、死なない。


 心配そうなイヴァンを止めたまま、私は立ち上がる。口元を手の甲でふき取る。


「おえ。……きもちわるい」

「それだけ?」

「うぇ。頭がぐわんぐわんする。手も足もうまく動かせない。最悪な気分よ」


 でも、峠は越えた気がする。夜更かしをして翌朝早起きをした時の様な、そんな気分。


「なるほど。マリアの原初は、毒も効かないんだね」

「けほ……。そうね。怪我と同じだと思う。悪くなった部分が、治っていく感じ。最初から悪くなっていないことになってるみたい」

「つまり、実験は成功?」

「大成功ね。気持ち悪いのも本当だし、良い演技ができそう」


 可哀想な被害者の、ね。


 ◆


 とある日、開催された食事会。

 王とともに、王子三人が集まった、建国を祝う催し。

 王国を支えた重鎮や有力者が一同に会する大規模な会合。


 王宮内のホール。今後も王国の発展を願って、色とりどりの料理が用意され、美男美女が華麗な舞を披露した。

 席に座った王子たち。誰もが平素と変わった様子はなかった。


 そんな中、一人の少女が倒れた。

 彼女はアース第二王子の侍女で、毒見を任されていた。アースに配給された料理を口にした途端、血を吐いて倒れた。


 ざわつく会場内。慌てる給仕たち。

 犯人は、配給した女性か。料理を作った料理人か。会場に集まった貴族か。


 否。

 王子同士の対立。次期王を決めるための戦争。水面下で行われている争いを、ここで想起しない人間はいなかった。

 矛槍は、この中でそれを実行しそうな人物。真っ青な顔をして震えている一人の少女に向かった。


「なんで……」

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