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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
五章 政争と清掃
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5-7. 変えるもの














 人間が生きるために必要なのは何かしら。


 当然、水、食べ物、綺麗な環境になる。

 じゃあそれらを手にするために必要なことは?


 私は、人との繋がりだと思っている。水を運んでくれる人、作物を作っている人、動物の世話をしている人、色んな人がいて、ようやく回っていく世界。つないでできた世界が、人が生きるために必要な土台。


 孤児院から学院へ。外の世界を知らなかった頃には知りえなかったこと。私は私が食べている食事がどうやって生まれているかも知らなかった。

 外に出るようになって、働いている人たちの姿を見て、ようやく私は世界の仕組みを知った。人の生活は、多くの他人の力によって成り立っている。

 だから私は生きる材料を生み出している人こそ、大切だと思っている。


「マリア! 終わったよ」


 アルマが布袋をぶら下げて帰ってきた。陽の光を浴びる頭頂部の耳は、楽しそうに跳ねていた。


「お帰り、アルマ。大丈夫だった?」

「うん。出向先の人にも褒められたんだ。仕事は丁寧だし、筋がいいって。おかげでいつもよりも随分早く仕事が終わったって喜んでた。これ、御礼にもらってきたんだ」


 布袋を開くと、血抜きの終わった鳥が転がっている。


「すごいじゃない。夕ご飯は鳥肉がメインね」

「えへへ。皆にも見せてくる!」


 袋を担いで走り出す少女。足取りが軽そうで何よりだわ。

 自分のやったことが評価されるということは、とっても嬉しいものね。自分に価値があると実感できる瞬間。労働者を探している場所を見つけて、紹介してあげられて良かった。


 今、家にいる子供たちは全体の半数くらい。読み書きや礼儀を教えられているところ。残り半分は外に出ても問題なさそうな年長さんで、アルマのように仕事先で頑張っている。このあたりではまだ覚醒遺伝持ちに対する偏見は王都よりは少なくて助かっている。


「マリア様」


 アルマを見送ると、エリクシアが近づいてきた。アルマと同じような袋を手にしていて、その中には山盛りの鶏肉が入っている。


「言われた通り、買ってきました」

「ええ、ありがとう」

「ですが、よろしいのでしょうか。これにお金を使ってしまって。先ほどアルマがもらってきましたけれど……」

「育ち盛りの子が多いもの。食べ物は多いに越したことはないわ」


 というのが、一つ目の理由。

 わざわざアルマが仕事をしている先で買い付けているのは、いくつか理由がある。


「ねえ、エリー。どうしてここ、下町の人たちはお金がないと思う?」

「そういう環境だからでしょう。ここでは大金を稼ぐ手立てがない。あったとしても、権利を上の人間に取られてしまう。毎日を生きるお金を稼ぐので必死です」


 確かに目立った行動をとれば、税だなんだとお金を取られてしまうのが世の常

 悔しそうなエリクシア。ここには貧民が多い。そして、覚醒遺伝持ちの人間も、他の場所と比べて多い。行き場のない人たちが追いやられるようなところ。


 でも、環境のせいにして思考を止めてしまうのは勿体ないわ。


「違うわ。お金がないから、お金がないのよ」

「……はい?」


 目が点。

 別に私は禅問答を言っているわけではないの。


「回るお金がないから、使うお金がないのよ」


 単純に、下町ではお金の流通量が少ない。王都で大金持ちが多いのは、多くのお金が回っているから。経済が回っているから。


「下町には金銭が降りてこない。降りてこないから、金銭が回らない。回らないから、お金がない。いまだに物々交換が成り立っているところすら多い。だから皆、貧困なのよ。明日着る服すらボロになる」

「なるほど」


 私は幾度も王都と下町を往復している。その最中に、どうしてこんなにも格差があるのだろうかと考える。同じような見た目をして、根本的には同じ能力なのに、どうしてここまで差が生まれてしまっているのだろうか。

 それは、エリクシアの言う通り環境が原因だ。


「そして、お金がないから、働き先がない。結果、貧乏になるという悪循環」


 ないものがないものを生み出す下町と、

 あるものがあるものを生み出す王都。


 スタート地点で、結果は決まってしまっている。大きな流れは、すでに作られている。あるいは、”人為的に”作られたのかもしれないけれど。上と下を作れば、下を見て満足感を得られるから。


 でも、それで諦めてしまったら何も生まれない。私たちはここを拠点に生きていくのだから、きちんと改善していかないと。


「鶏肉が売れるという事は、鶏肉の需要が生まれるということ。需要が生まれるという事は、働く人が生まれるという事。働く人が生まれるという事は、賃金が生まれるという事。お金が生まれれば、人も金も動いていく」


 私はエリクシアに鶏肉を継続的に買ってくるように言った。需要を作った。ある程度持続的に需要が望まれれば、卸売は、鳥飼いは、供給を増やそうとする。そうすれば、人手が足りない。そこで、子供たちの出番。大人を雇うよりも安い賃金でいいし、現物支給でも構わないし、とにかく働いてもらう。


 客から、売り手へ、そして、労働者に渡って、また、それが客になって売り手へ。ループ。今迄と違うのは、それを意図的に回すということ。市場の状況を確認して、少しずつ経済を回していく。

 私の眼なら、それができる。よく見えるこの眼は、ある程度の需要と供給のバランスを把握できる。今迄学んだことのおかげ。

 業者は儲かって、子供たちは手に職がつけて、私たちはご飯にありつける。幸せスパイラルね。


「……そんな風に考えていたんですか」

「子供たちは皆覚醒遺伝持ち。それは普通の人間よりも”優れている”ということ。筋力は高いし、瞬発力もある。思考力は今、私たちが教え込んでいるし、普通の人間よりも圧倒的に優秀よ」


 そんな子たちが増えていけば、人間の眼も変わっていく。

 まずはこの小さな下町から、私たちの存在を知らしめていって、覚醒遺伝持ちの優秀さ、危険性のなさを伝えていく。

 同時に、経済を回して、ここをもっと住みやすくしていく。


「お金のあるところに、人は集まる。人が集まれば、またお金が増える。そうして市場は拡大していく。家が建ち、店が増え、利便性が高まって、笑顔が増える」


 そうすれば、おのずと世界も変わっていくでしょう。

 ここから、ね。


「……マリアさま」


 エリクシアに顔を向けると、眼が潤んでいた。


「え、どうしたの?」

「……そんな風に、私たちのことを想っていてくれてたなんて」

「私たち、って、覚醒遺伝持ちの人間のこと? 私もその中に入ってるでしょう? 私の夢は、この世から化け物なんて言われる存在をなくすこと。ただそれを実行しているだけよ」

「それができるのは、貴方だけです。今、私は確信いたしました。貴方は世界を変えられると。一生ついていきます」


 力強く手を握られた。


「そうと決まれば、善は急げです。どんどん環境を良くしていきましょう。私はもっと労働者を集めるよう店に働きかけ、同時に食材をいっぱい買ってきます!」


 使命感に燃えた目。

 でも、私がさっき言ったループには穴がある。


 あくまでゆっくりと拡大していかないといけない。一気に需要が増えれば供給側がパンクし、供給が過多になれば働き手が必要なくなる。私は散歩の途中途中でその需要と供給のバランスを見て、購入の指示を出していた。多分、私じゃないとわからない。


 だから、勝手に買いにいかれるとまずい。

 バランスが崩れて、市場が大きくなるどころか、破壊されかねない。


「え、エリー、待ちなさい」


 私は一瞬で目の前から消えた竜を追い掛けた。



 ◇



 王国の下町に名前なんかない。南の町とか東の町とか方角を指し示したり、有名人がいればその人が住んでいる町と呼んだり。そもそも住人はその町から出ることもほとんどないし、名前をつける意味もないみたい。

 私たちが居を構えている町は、ボリー組と呼ばれる組織が有名らしい。だからボリーの町とか、ボリーのいる場所と呼ばれている。最近知ったのだけれど、そのボリー組のせいでこの町の評判は最悪らしい。


 人を増やそうと考えている私からすれば、眼の上のたんこぶ。

 そしてその最悪と呼ばれる存在が、今目の前に立っていた。


「俺がボリーだ。おめえか、最近ここいらで怪しいことをしてる女ってのは」


 私たちの家の門の前に立つ、十数人の大人の男たち。その先頭で大胸筋を見せびらかすような服を着ている大柄な男性が、件のボリーだった。


 あたりを見渡すと、近くの家に住んでいる人たちが様子を窺っているのが見えた。いずれも恐れに恐れを重ねたような有様。なるほど、ボリーは暴力的な意味で有名人なのだ。悪い方に。


「怪しいこと?」

「ガキどもを使って色々してるみてえじゃねえか」

「ただ、できることをしているだけよ。人手が足りない商店の棚卸とか、物資を運ぶ手伝いとか。必要としているのところに必要な人間を送っているだけ」

「ああ、良いことだな。子供たちがせこせこ働いていて、まったく泣かせるじゃねえの。で、おめえさんは俺の了解を得たのか?」


 にやにやと笑う顔。背後の部下たちも、厭らしく笑っている。


「もらってないけど」

「それじゃあいけねえな。おめえ、ここいらの顔が俺だと知らなかったのか? しょうがねえ今回は許してやる。が、よくよく俺のことを覚えてもらわねえとな。てめえと、ここに住んでる女ども全員は大人しくついてこい。俺たちを教えてやるよ」


 私は、可愛い。

 はた目から見れば、そうなのだ。

 久しぶりに感じる、異性からの卑しい視線。私を食い物にしようと群がってくる下賤な存在。


 別に私はそういう視線に慣れてるし、私自身、そういう目を向けられてしまう存在なのだと諦めてもいる。だからどうでもいいといえばどうでもいいんだけれど。

 ただ、子供たちが怖がっているのよね。周りの私たちに良くしてくれている住人の方も怯えているし、害悪極まりないわ。


「貴方たちは、可愛そうな大人なのね?」

「ああ?」

「今まで知らなかったんでしょう? 貴方たちよりも強大な存在に出会わなかったんでしょう? 世界がこの町で終わっていると勘違いしていたんでしょう? 可哀想ね。無知は、とっても可哀想。井の中の蛙は、外に何がいるのかすらも理解できない」


 人にも、色んな種類がいる。


 自己を研鑽して、未知を既知に変えて、色んな世界のことを知っていく人。

 自己に満足して、未知を探究せずに、手の届く世界で止まってしまう人。


 学院にいた子たちは、前者だった。未来のために頑張っていた。自分に努力という魅力を与えていた。思い返せば、やっぱり学院に選ばれるだけあって、皆輝いていた。


 そう考えれば。彼らもまた、被害者なのかもしれない。未知とのふれあい方を教えてもらえなかった、子供。知っている立場からすれば、教えてあげるのが礼儀かもしれない。私が目指す世界には教導も必要なの。この人たちだって、一応この町の住人なわけだし。


「……それは挑発か、嬢ちゃん」


 びきびきと、音が聞こえるくらいに青筋が立ち上がる。ならず者たちが、戦闘態勢を整える。

 馬鹿にするわけじゃないけれど、お粗末にも程がある。私たちが戦い方を教えている子供たちだけでも簡単に掌握できそう。万が一にも傷ついてほしくないから、しないけどね。


「バレンシア」


 私はその名を呼んだ。塀の壁を飛び越えて、金髪金眼の少女が私の隣に立つ。


「きひひ。やっとお呼びか。さっさとぶち殺しちまえばいいんだ。で、どうすればいいんだ? 殺せばいいか? 潰すか砕くか折るか埋めるか」

「楽しそうにしないの。全員、殺しちゃダメ。見せしめに何人か半殺しにして、従順にさせなさい」

「はあ? なんだそりゃ。……ってかよ、こいつらくそ雑魚じゃねえか。弱すぎて半殺しになんかできねえかもしれねえなあ。踏みつぶさないように蟻を踏むのは難しいんだ」

「自分の力をコントロールする意味でも、ここで練習してよ」

「へいへい。人使いの荒いことで」バレンシアはため息をついて、「こいつらみてえなのは、どこからでも沸いて出るな。この前潰したのは何だったか、名前も出てこねえ」


 確かに、バレンシアからこの辺のごろつきは成敗したとの話を聞いている。新しいところなのか、元締めなのか。どちらにせよ、害虫は駆除するに限るわ。害虫の羽と足を折って、益虫に変えてしまいましょう。


 殺すだけなら魔物にでもできる。私は、人間であり化け物。改心できる人は咎めないわ。


「変えて行きましょう。自分が正しいと思い込んでいる人に、新しい常識を与えてあげましょう。人を傷つけるのではなく、人を大切にできる世界にしていきましょう。そのためには、自分の立ち位置を知らないとね」


 貴方たちの立ち位置。

 私たちの圧倒的かつ絶対的に、下。


「おいおい、黙って聞いてりゃ、好き勝手言ってくれるじゃねえか」


 武器を構えだす。でも、遅いのよね。相手に怒ったのなら、口上の前に行動しないと。

 そしてバレンシアは、それをやれてしまう人間だ。


 一瞬。たった一瞬で、先頭に立っていたボリーの姿が視界から消えた。代わりに、その場所にはバレンシアが立っている。視線を下に向けると、バレンシアに頭を殴られて地面に顔をめり込ませたボリーがいる。


「おっせえ……」


 手を叩いて周りを見渡すバレンシア。


「さあて、自慢の統領さんはもうこんなだ。他にやりてえやつはいんのか?」


 ぴくぴくと痙攣する大柄の男。その頭を簡単に蹴り飛ばす可憐な少女。

 体格通りであれば、起こりえない結末。けれど、私たちは”人間じゃない”。体格がそのまま強さになるわけではない。化け物の力は外形からは判断できない。


 十数人の立派な大人たちがにわかにざわつき始める。脅しの効果はてき面で、誰もが後退りを始めた。もう私たちに歯向かうことはなさそう。


 そこで私は手を叩いた。

 ぱん、という音が、乾いた空気に反響する。


「まず一つ。私たちが行っていること――子供たちへの仕事の斡旋に、文句のある人はいる?」


 誰も否定しなかった。私は頷く。


「二つ目。貴方たちは、私たちの傘下に入りなさい。具体的には、ここのバレンシアの配下に」

「はあ?」


 突っかかってきたのは、こちら側のバレンシアだった。


「おいマリア。てめえ、私になんでもかんでも放り投げるな。めんどくせえことばっかやらせんな」

「貴方にも利点のある話よ。貴方は彼らをうまく使って、下町を牛耳りなさい」


 王宮で、私は将来の王の側近になる。そうして政治の面から、世界を変える。化け物にも人権を与えられるよう働きかける。必要なのは要領と器量と根回し。

 下町で、私たちは人々の頂点に立つ。暴力でも脅迫でも、人々をまとめ上げ、下らない常識を排し、皆が手を取り合えるように誘導する。強さと数とまとまりが必要ね。


 上と下の世界。

 上品と下品の差異。


 二つとも、私がもらう。私が奪って、私が砕いて、私が作り上げる。新しい世の中を。

 今までやってきたことと同じ。少し規模が違うだけ。頼れる人を、使うだけ。


「ねえ、バレンシア」


 私は彼女の手を取った。優しく、手の甲を撫でる。


「貴方は下町の王になるの。まずはここ、南の下町を拠点に勢力を広げて、やがてはすべてを手中に収めるの。私たちの思想が世界に蔓延して、世界はひっくり返るの。そうなれば、どうなると思う?」

「どうなんだよ」

「いずれ、王家は消え失せる。貴族ではなく、下町出身の人間が実権を握る時代が来る」


 王家の持つ価値。優秀だという固定観念、徹底した政治学を学ぶ機会、強大な力を持つ金獅子の原初。

 彼らは、数を、力を、法を、味方につけている。それぞれ、議会、原初、常識。いずれも、王家を未来永劫存続させるため、それらの実権を掴んで離さないようにしている。


 王宮に入って、わかったこと。

 人間の世界を牛耳るために、王国は心臓、頭脳、刃を手にした。圧倒的暴力を圧倒的数量で宥め、絶対的数量を絶対的常識で統制し、理不尽な常識を理不尽な暴力でぶち殺している。

 どんなものが来ようと、王家はじゃんけんのように、必ず勝てる手を打てる。ぐーもちょきもぱーももって、後だしで出せるのだから、負けるわけがない。そういう自分たちの都合の良い世界を、作ったのだ。


 まさに、無敵。誰も相手にしようだなんて思っていない。


 ――今までは。


 私は、

  理不尽な暴力を有し、

  絶対的な常識を壊し、

  圧倒的な数量を集める。


 全部、今まで手にしたことがある。

  バレンシアと戦い、暴力性を高め、

  クロードを説き伏せて常識を失わせ、

  白百合騎士団を作って、少女たちを我が物にした。


 だから。だからね。

 私は、できるの。大切な人たちが一緒にいてくれれば、なんでもできるの。


 それこそ――王国を、殺すことも。


「――きひひひっ」


 バレンシアは笑った。私を思いっきり抱きしめてくる。


「おいおい、マリア。てめえは馬鹿か。何を考えてるかと思いきや、そんなやべえことを考えてたのか? アースを王にするって話はどうしたんだ?」

「当然、彼を王にするわ。そこで彼が私の理想を形にしてくれるのなら、それはそれで素晴らしいこと。でも、それと平行して下町から世界を変えていっても問題ないでしょう」


 王宮では、政争を。二人の王子を蹴散らして、アースを玉座に据える。

 下町では、清掃を。汚れた価値観を崩して、綺麗な常識を植え付ける。


 どっちも、私のしたいこと。何もぶれてはいない。ただ、理想に一番近い道を選んでいるだけ。いくつかの手段を有しているだけ。


「きひひ。ああ、てめえは馬鹿だ。大バカ者だ。今まで誰もそんなこと考えたやつはいねえ」

「それも下らない常識よね。王家は国を十全に回していると思っている。けれど、現に苦しんでいる人はいる。それじゃあ、満点ではないわ。私は満点が欲しい。満点を取るために努力するのは、間違いじゃないでしょう?」

「その通りだな。まったくもって、その通りだ。誰も王国を殺しちゃいけねえなんて、言ってねえ。私たちは、やるんだな?」

「”やれる”、というだけよ。本当に王国を壊してしまったら、それはそれで面倒そうだし。私の目標は、あくまで変えること。もう少し優しい世界にしたいだけ」


 目標を違えてはいけない。

 私は壊したいんじゃない。変えたいんだ。


「賛成だ、マリア。ああ、わかったぜ。私は下町を統べる王になろう。きひっ。泥でできた冠も、悪くはねえ」

「冠の価値は何でできてるかじゃなくて、乗せる人で決まるわ。誰もが目を奪われる金の冠、貴方にはよく似合うと思うわよ」

「ああ、もう、マリア。愛してる」


 ぎゅうっと抱き着かれる。本気でやられると骨とか折れちゃうからやめてほしいんだけど。

 でも、嫌な気分じゃないわね。私は得をして、バレンシアも得、そして、ボリー組の人たちも、下町の人たちも、得。


 最高じゃない。


 バレンシアは私から離れると、ボリーを蹴り飛ばした。


「おう、いつまで寝てんだ。起きろ」

「ぅ、ぇ」


 バレンシアに頭蓋骨を掴まれて、震える声を上げるボリー。彼に向けて、バレンシアはにっこりと微笑みかけた。


「喜べ。これからてめえらを私が管理してやる」

「ふぁ、んり?」


 バレンシアが殴ったせいて、前歯が折れてるじゃない。可哀想に、もう少し手加減はできなかったのかしら。


「ああ、管理だ。てめえらはこれから私の下で動け」


 バレンシアは周りで震える組員にも声をかけた。


「てめえらは考えたことはねえか? なんで俺たちばっか泥水をすすってんだ、きたねえ服で過ごしてんだ、かってえパンばっか食ってんだ、ってよ。王都にいるやつらは皆、そんなこと思いもしねえのによ。不公平だよなあ?」


 楽しそうなバレンシアの声。少しずつ、周りからの視線に熱が混じりだした。


「私に、ついてこい。そうすれば、王家を、貴族を、殺すことを約束しよう。もっとてめえらが上手い肉を喰えるよう、働きかけてやろう。見たろ、私の力を。誰が相手だって、私がぼこぼこにしてやる。私の部下になるってのは、その威信にたかれるってことだ。悪くねえだろ?」


 バレンシアは化け物だ。少なくとも、ここにいる大人が束になっても勝てる可能性はゼロ。

 けれど、敵ではなく味方だったら? これほど頼りになる相手はいない。


「ボリー組は解散だ。これからは、バレンシア組となる。私たちの目標は、下町を牛耳ること。数多要る暴力団、すべてを解体して、傘下に加える。そうして、少しでも綺麗な世の中にする。ついてこい」


 バレンシアは粗雑で横暴。学院時代はそれが異分子となって、多くの軋轢を生んでいた。しかしこう見ると、バレンシアはこういった場でのカリスマ性があった。圧倒的な自信と実力は、その世界で生きてきた人間を圧倒する。


 適材適所。まさか彼女の輝く場所が、ここだとはね。


 気が付くと、反対する者はいなかった。ボリーでさえ、ぐしゃぐしゃになった顔をくしゃくしゃにして笑っていた。


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