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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
五章 政争と清掃
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5-5. 宣戦布告














 第一王子、ファンド。

 誰よりも早く生まれた現王の子供で、アースよりも三つほど年上。痩身で背が高く、理知的な目をしている。当然のように金髪金眼で、金獅子の原初を有している男性。


 トリエラはすぐに牙を剥いてきた。時間さえあれば影からこちらを闇討ちしようと画策している。しかし、ファンドは何も行動を起こしてこない。ただ淡々と、日々の業務を行うだけ。

 私はファンドと話したことはない。だから、そのつまらなそうな横顔しか見たことはなかった。


「第一王子は、どういう人なの?」


 とある日、執務室で私はアースに尋ねた。二人以外にはグランだけがいる普段の光景の中で、業務の合間に紅茶を入れながら。


「兄は、王だ」


 アースは少し考える様なそぶりをした。言葉を選ぶようにして、


「王の子として生まれた兄は、当然自分が王になる者だと思っている。そのために生き、そのために多くの研鑽を積んできた。彼の生きた道は文字通り王道で、それ以外は見えていない。王以外に興味のない人だよ」


 私は紅茶の注がれたカップをアースの机の上に置いた。


「へえ。生まれた時から生き方が決まっている、そんな人がいるのね」

「そんな人間ばかりだよ。世の中のほとんどは世襲制だ。親の生き方が、そのまま子供の生き方になる。ただ、兄の場合はそれが顕著過ぎた。彼には、王しかない」


 アースはカップに手をかけ、持ち上げる。紅茶に口をつけ、「うまいな」と呟く。私は「学院の授業で習ったの」と答えた。


「王なんかしかないなんて、視野が狭いのね。せっかく世界には色んなものがあるのに」

「……絶対に外でそんなこと言うなよ。不敬罪で首を刎ねられかねないぞ。じゃあ、おまえは何のために学ぶんだ?」

「それが楽しいから。自分が成長できているのがわかるから。知らないことを知って、自分の理想に近づいていくから」


 全て、真実。

 自分の知識が増えることは、自分のできることが増えるということ。できることが増えれば、色んな人間になれる。沢山の選択肢をもって人生を生きることができる。


「前向きだな。だが、普通の人はそう簡単に前を向けない。高い壁に挫折し、自分の実力に嫌悪し、けれど理想のために無理矢理に体を動かして前を向く。おまえは異常だよ」

「失礼ね」

「だが、異常という意味では兄も同じだ。兄は、楽しいだとか辛いだとか、そんなことを考えもしない。あの人の中では、すべてが当然なんだ。壁も、敵も、すべてが王に至るための試練にしか映っていない」


 確かに、人は苦悩する存在。何故なら、生きていく上で出会うのは、自分がしたいことばかりではないからだ。苦手なこと、嫌いなこと、できないこと、それらは同時にやらなくてはいけないことにも分類される。やりたいことを思いっきりするためには、やりたくないことも頑張らないといけない。


 私がそれを考えないのは、すべてできるからかしら。苦手なことも嫌いなこともできないこともない私。だからあらゆる事象が楽しみになる。同時に、前に進み過ぎて地雷を踏みこんでしまう。

 第一王子ファンドは、普通の人とも、私とも、別。すべてがやるべきことになっている人。


「でもそれって、少し寂しいわね。人間ではなくて、王子という生き物みたい」

「……おまえは、そうも簡単に核心を突くなよ」


 アースは呆れ顔。そんな顔をするってことは、彼だって思っていたことなのだ。

 苦々しい顔のまま、


「あの人は、王になるための入れ物だ。王という形に固まっていて、それ以下でもそれ以上でもない。実際に王になった後にどうなるかもわからない」


 目的が王。王になるために、王になる。

 王になったその先に目的を持つアースとは、まったく異なる生き方。私は当然アースの意見に賛成。手段とは、立場とは、あくまで目的を完遂するための道具に過ぎない。道具になりたいだなんて人間、つまらないわ。



 なんて、その日はそれで会話を終えた。

 私はファンドに対する認識を少し下げた。アースの方が圧倒的に魅力的だもの。他の人にもそう見えるようにプロデュースすればいいと思っていた。


 だけど。

 噂は当人を引き付ける。そんな話をした後、私が一人で王宮を歩いていると、たまたま第一王子ファンドと出会ってしまった。


 目の前から悠々と歩いてくる彼は、アースと似ていた。兄弟だから当たり前。異なっているのは、表情。アースは感情が顔に出やすい性分で、歩いてくる途中でその日の気分がわかる。ファンドは常より表情が変わらす感情が読みづらかった。


 端に避けて、頭を下げる。通り過ぎてくれるかと思ったら、彼の足音が止まった。取り巻き、護衛、彼の周りにいる人たちも全員歩みを止めたものだから、足音の合唱が止んで廊下がしんと静かになる。


「……」


 無言の数秒間。私が顔を上げようか迷っていると、


「弟の傍にいたな」


 そんな声がかけられた。


「アース様の傍仕えのマリアと申します」

「そうか」


 興味なさそうに。

 その声の抑揚はあまりにも平坦で、ミリアに似ていた。しかし、異なる。ミリアはあらゆるものに興味がなく、ファンドはたった一つのものにしか興味がない。共通しているのは、どちらも自分から横道に入るような性格ではないということ。


「そうだ、一つだけ聞きたかった。なぜ、弟の傍仕えをしている?」


 私は顔を上げた。

 ファンドと目が合う。私を見ているようで、遠くを見ているような瞳。包容力を有しているようで、一切縛られる感覚がない。空気のように寛大で、透明色のつまらなさ。アースはファンドのことをよく見ていて、彼が話した通りの人間だった。


 ファンドの平坦な視線に反して、彼を取り巻く人たちからの視線が熱い。どれもが自分の王に手間をとらせるなと無言の圧力をかけてくる。

 私だってこんなつまらない人と話したくないわ。端的に簡潔に答えましょう。


「アース様と夢を共にしているからです」

「夢?」

「この世界をよりよいものにする。世界から差別や区別をなくす。そのために、私たちは手を取り合ったのです」


 堂々と、ファンドの眼をまっすぐに見て。

 彼は不思議そうに眉を寄せるだけだった。


「……アースは王にならないぞ」


 さも、当然のように。そこに皮肉や挑発の色はなかった。ただ単純な疑問。アースは王になれないのに、どうしてそうまでしてアースに尽くすのか。なぜ無駄な努力をしているのか。そんな思想が透けて見える。

 何故なら、王になるのは自分だから。そう思って疑わない。


 さて、どう返そうか。アースがこの場所にいれば、きっと困ったように笑うのだろう。周りと敵対しないように、なるべく無駄な敵を増やさないように。


 でもそれって、王になるための道なのかしら。誰も敵にしないという事は、誰も味方にできないという事。あらゆる人に頭を下げるという事は、自分の周りの人を守れないという事。


 絶対の味方は、絶対の敵があってこそ。

 絶対の剣は、斬る相手がいて初めて意味を為す。

 アースの剣は、私。ちょうど目の前に、敵対していて斬っても問題のない相手がいるじゃない。


 アースの顔を思い出す。そういえば彼は、後援者の誰にも自身の兄妹を倒すと言わなかった。何が何でもとか、絶対にとか、強い言葉を使わない。のんびりと、王になりたい、とそれだけを口にした。


 まだ、迷いが見えるわ。惰性で王になれるのなら、その玉座に価値はない。奪い取って傲慢に笑って、初めてその玉座に価値が生まれる。

 私は、覚悟を決めている。貴方を王にすると。――”絶対に”。だったら、死ぬ気でついてきなさい。優柔不断であれば、私が選択肢を奪ってあげる。”王道”以外を、奪ってあげる。


「アース様は、王になります」


 断言。

 ファンドと、ファンドの取り巻き十人ほどの前で、私は公言した。


「王になるのは、貴方様でもトリエラ様でもありません。アース様で、決まりです」


 微笑みと共に応える。ファンドだけではない。その場全員に、アースの意志を伝える。膨れ上がり燃え上がる熱量。様々な視線が、敵意と殺意をつれて突き刺さる。


「――きひひ」


 人が迷うのは、選択肢があるから。右にも左にも道があるから。じゃあ、一本道だったら? 人は迷わない。人は人の持てる全力をもって走りきる。

 走ってもらうわよ、我が愛しの王子様。


「どうやって?」


 その場の誰が剣を引き抜いて私を刺し殺そうがおかしくない緊張の中で、ファンドは小首を傾げていた。


「弟ではなく、王になるのは私だというのに?」


 疑いのない視線は本心から来ていた。

 彼の人生も、一本道だったのだろう。王になる道しか存在していなかった。だから、それ以外の道があることを知らない。敗北する未知を知りえない。


 それはとってもつまらない。

 でも、私の視点からすれば、面白い人生になりうる。私が、オモシロイ人生にしてあげる。


「貴方に敗北を教えてあげる」


 ぞくぞくと、背筋を撫でていくこれは、何かしら。

 見えた未来は、断崖絶壁。ファンドの、自分が王になることを疑っていない目。その瞳にアースの座る玉座が映ったとき、彼はどうなるのかしら。今迄の自分を全否定されて、逃げ込む過去も存在しない彼は、一体何を思うのかしら。


 知りたい、知りたいわ、知りたいね。


「清廉潔白な王子様。過去の貴方は、何も知らない。敗北も、挫折も、絶望も。私が、アース様が、こちらの陣営が、貴方の脳に刻み付けてあげる。抗えない敗北と、続いていかない断崖絶壁の一本道を。せいぜい、おかしくならないでいてね。貴方の王道は、ここで終わりよ」

「貴様! 我が君を愚弄するか!」


 十の剣が私に突き付けられた。動いた人たちは、いずれも精鋭。一瞬で距離を詰めて、四方八方から私に致死を与えようとしてくる。あと一言でも発すれば、私は殺されてしまう。

 私はそれらを横目にしてから、ファンドを見つめた。


「王に必要なのは、何かわかる?」

「知性と教養。そして先導力。優秀な部下と絶対の血脈」

「未来よ。貴方には、それがない」


 王になることがゴールでは、何もできやしない。ほしいものは、手に入れた瞬間にほしいものではなくなってしまう。そして、ほしいもののない人間は向上心がなく、馬鹿になる。だから、理想に手を伸ばすべき。届かないなら、”ほしいもの”のままにできるから。


 余計なことを言ったのでてっきり刺されるかな、と思ったけれど、十の剣は動かなかった。狼藉者を前にして、あと一歩をためらっている。


 理由は、単純にここ王宮で殺人を起こしたくないのと、そもそも殺人を恐れているのと――私の言葉への少なからずの納得があった。

 ファンドが王になったとき、どうなるのか。きっと、”どうもならない”。今まで通りの変わらない王政。それでいい人はそれでいい。ただ、胸に幾何かの理想を抱いている人にとっては物足りないだろう。


 私の言葉は、脳にこびり付いたら離れない。部屋の隅についた汚れのように、苛々と不安を募らせていく。


「よくよく考えるといいわ」


 剣を暖簾をくぐるように手で押しのけて、私は背を向けた。

 忠誠か、図星への憤怒か、一人が私に剣を振るう。私は振り返らずにそれを指で受け止めた。


「……っ」

「じゃあね」


 つまらない太刀筋だったので、掴んだ剣を放り投げて、私は歩き去った。


 その後、起こったことを報告したらアースにしこたま怒られた。


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