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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
四章 学生三年目
87/142

4-25. Dear my sis...















 ◆



「今、マリアの名前を口にした?」


 ミリアは眼を見開いて背後を振り返った。

 授業と授業の合間、生徒たちが歓談を楽しんでいる時間。ミリアが口を開いたことで、その澄んだ声で教室が水を打ったかのように静かになった。クラスメイト、ミリアが名前も知らない生徒は突然のことに口元を押さえた。


「し、失礼しました。申し訳ございません!」

「別に謝らなくてもいい。貴方、マリアのことを何か知っているの?」


 クラスメイトは困惑した表情のまま、


「と、特に知っているわけではありません。お話したこともございません。ただ、私の母親が王宮で侍女をしているもので、とある話を聞いただけです」

「何を?」

「マリアさま……いえ、マリアが、卒業した後、王宮で第二王子殿下の護衛紛いのことをしていると……」


 ミリアは体を乗り出した。


「そう。どうして?」

「そ、そこまではわかりませんが……。成績優秀なマリアが卒業後の進路が決まっていなかったことはおかしかったので、納得はできました。ただ、第二王子殿下はマリアのことを嫌っているという噂もあったので、二人の間に何があったかまではわかりません」

「他には?」

「い、いえ。特には……」

「そう」


 ミリアは頷いた。恐る恐るミリアの様子を窺ってくる少女に、「ありがとう」と礼を言う。少女はあからさまにほっとした顔をして、教室を出ていった。

 緊張した空気の流れた教室内、話し声が再び大きくなっていった。


「珍しいですね。ミリア様が他の生徒の話を聞くなんて」


 リオンが口を開いた。


「しかも、よりもよってあの平民、マリアの話を」

「いけないの?」

「え? いえ、そんなことはありませんが」


 探るような目つきに驚いてしまう。


 ――すべてに興味がないと思っていた。


 それはその場にいる他三人の護衛――リオン、クロウ、ピレネーの全員が思ったことだった。

 ミリアは多才だ。比肩する相手がいないほどの美貌を有し、武術・魔術はいつでも最前線で重宝し、家柄もトップクラス。文句の一切ない実力と経歴を持っている。


 そんな輝かしい人生の中で周りが残念に思っていることが、彼女の意欲だった。

 いつ何時もつまらなそうに半分だけ眼を開いている姿は、すでに全校生徒の語り草。あらゆる授業も一度聞いただけで一から十まで理解してしまうミリアにとって、すべては退屈しのぎにもならなかった。


 再び瞼が落ち始めたミリアを見て、ピレネーは空咳を一つ入れた。


「マリアの事と言えば、そういえば、」

「なに?」


 すぐに食いついてくる。今までにない反応に、ピレネーも苦い顔をするしかない。


「えと、彼女は、少し前の課外学習で、魔術研究所に見学に行っていたみたいなんですわ」

「魔術研究所?」

「ええ、王国が管理している、その名の通り魔術を研究している施設ですわ。燃えてしまったのはご存じですよね?」

「……そうなんだ」

「こほん。どうも調べてみると、彼女が魔術研究所に行った日と、魔術研究所が燃えた日は、同じだったんですの。加えて、彼女の取り巻きのシクロが学院を休学し始めたのも、そのころ。何かに匂いません?」

「へえ。面白いね」


 ミリアの眼が開く。口にはうっすらと笑みが浮かんでいた。


「しかも目撃者によると、魔術研究所襲撃の犯人は私の名前を口走ったらしいですの。危うく私が犯人にされるところでしたわ。貴方たちと一緒にいたからよかったものの」

「そういえば、ピレネーの動向について聞かれたね」

「ええ。しかし、おかしいんですわ。私は自分の正体を、貴方たちにも言っていない。それなのに、犯人は私の名前を、正体を加味して口走ったんですわ」

「知ってたんだろうね」


 ミリアは笑った。にやにやと、楽しむ様に。


「あの人は、よく人を見てる。見過ぎるくらいに、見てた。きっと貴方の行動から貴方を理解したんでしょう」

「多くは語りませんが、その通りでしょうね」


 ピレネーは肩を竦めた。


「何が多くを語らない、だ。では、犯人は決まりではないか。そこまで知っていて、どうして貴様は何も言わんのだ」


 リオンが眉を逆立てて、ピレネーのことを睨んだ。ピレネーはため息を吐く。


「当然、彼女にも疑いはかかりましたわ。ただ、事件があった夜は彼女はすでに寮に戻っていたんですの。魔術師団出身の先生が証言していますわ」

「どうだかな。シクロの件に説明がつかないではないか」

「この件は議会でも議論された話題です。議会は結論として、職員を殴りつけた男性を犯人の第一候補としていますわ。たった一人の証言者は、殴られた衝撃で記憶が混濁している、と」

「杜撰過ぎないか」

「証拠が何もありませんもの。犯人第一候補の男性もずっと否定してますし、所長も副所長も行方不明。どうしようもありませんわ」

「貴様、どうしてあの女を庇う?」


 リオンの眼が細くなる。疑いをかけられたピレネーは、大きくため息を吐いた。


「……会いたい人がいるからですわ」

「逢いたい人?」

「ええ。死んだと思ってた姉が、生きているらしいんですの。彼女はその居場所を知っていると」

「姉?」


 ミリアは首を傾ける。


「姉って、それは、そこまでして会いたいものなの?」

「……どうでしょう。粗暴で高圧的で残虐的で、小さい頃、私は何度も泣かされましたわ。でも、私が一番泣いたのは、彼女が死んだと聞いた時ですの」

「……そうなんだ」


 ピレネーの自嘲めいた笑みに、ミリアは首肯を返した。


「では貴様はそんな私情で大事件の真相を闇に消し去るというのだな。まったく、哀しいことである。ミリア様に仕える者として恥ずかしくはないのか。今からでもその話を議会にでも持っていけ」

「貴方が言えるんですの? マリアに要らぬこと吹き込まれて」

「な……」


 たじろぐリオン。

 尋ねるミリア。


「どういうこと?」

「この女の様子がおかしくなった時があったでしょう。文句を垂れ流したり、命令に従わなかったり。それはマリアの入れ知恵ですわ。そうすれば、ミリアの気が引けるとたぶらかされたんですわ」

「し、知ってたのか……」

「当然ですわ。私は影で笑ってましたもの。ごろんごろんと音が鳴るくらい手のひらで転がされて、眼も当てられなかったんですの」

「き、貴様こそ、同じではないか。あの女の言いなりになって、重大な事実を黙認しているということだろう。それでは共犯者だぞ」

「私が何を言っても、証拠は何もありませんもの。言ったところで時間の無駄ですわ」

「そういう問題か」

「やめましょうよ、二人とも」


 仲裁に入ったクロウも、二人の攻撃に遭った。


「クロウ、貴様もか。やけに怪我が多いなと思ってたら、それはマリアの仕業か」

「この変態。貴方の嬌声を聞いたことは一度や二度ではありませんのよ」

「……ごめんよお」


 静々と自席につくクロウ。


「すごいなあ」


 三人の言い争いを眺めていたミリアは感嘆の息を吐いた。


「全然話してなかったのに、私よりも出会ってからは短いのに、三人のことを、しっかりわかってたんだ。心の奥まで理解して、うまく扇動してたんだ」


 ミリアの眼が、輝いた。


「すごいすごい。私にはできない」


 あらゆることが完璧にできたミリア。けれど人付き合いは苦手だった。否、する必要がないと思っていた。人は勝手に寄ってくるし、五月蠅いし逆に遠ざけたいと思っていたくらい。

 マリアは、人付き合いすら完ぺきにこなす。だから彼女の周りには人だかりが絶えず、そして楽しそうな笑顔も絶えない。


「あれは、マリアが作った場所なんだ」


 傍目から見ても、みんなが楽しそうだった。

 あんな場所があるんだと思った。


「もっと早く出会っていればよかった。もっといっぱい話せばよかった。もっと隣にいたかった」


 ミリアにとってマリアは、初めてできた、興味の対象だった。

 自分同等に色んなことができて、自分よりも優位な部分を持っている。

 いまだに抉れたままの教室の壁を見やる。あの時だってミリアは回避に専念していたから攻撃を受けなかったけれど、同条件ならどっちが勝つかわからない。


「ああ、そっか。どっちが勝つか、わからないんだ」


 初めてできた、勝敗がわからない相手。


「知りたいな」


 どっちが強いのか、どっちが美しいのか、どっちが優れているのか。

 そして、自分の中に宿るこの力の正体。自分よりもマリアの方が、良く知っている。


 ――もう出会う事もないでしょう。


 彼女の言葉が思い起こされる。


「ありえない」


 こんなにも同じで、こんなにも違う存在が、出会わないなんてこと、起こりえない。

 ミリアはピレネーに振り返った。


「ねえ、ピレネー。お姉さんって、どんな感じなの?」

「むかつくし目の上のたんこぶですけど、……まあ、生きていてほしいというか、どこかで信頼していると言うか、説明するのは難しいですわ」

「へえ。じゃあこの感情も、同じなのかな」


 心の底から会いたくて、でも、無理に会いに行って嫌われたくもない。

 今までの自分になかった感情が、とっても楽しかった。


「また会おうね、マリア」


 いまだわからない二人の関係性。二人を繋げる言葉。

 ”その言葉”は、まだ口に出せなかった。


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