4-20.
奥の部屋、シクロが寝かされていた部屋はぼろぼろだった。倒壊した様々備品。イヴァンたちとミラージュが戦った部屋と同様、シクロが暴走してしまったのだろう。
モノの他に、血なまぐさい赤い染みも残っている。多分、この研究所の所長のもの。
その死には同情もない。感情もない。死んでしまった以上、シクロに手を出したことに対する怒りすらない。単純に私は彼の生に興味がなかった。
一つ言うとすれば、少し勿体ない気もした。この歳になるまで生きて知識を蓄えたというのに、死は一瞬で訪れる。昨日まで死んでいないからといって明日を生きていけるわけではない。彼を育て上げた年月が、周りの労力が、勿体ないと思う。
でも、死ねてよかったわね。これで貴方はこの世界の傍観者になれる。観測するだけの他人になれる。ちょっぴり羨ましいくらい。
さらに奥。陽の光も人工の光も届かない、閉じられた世界。
まっすぐに伸びる通路。脇に造られたいくつもの小部屋。そのうちの一つ、鉄格子を嵌められた部屋に入ると、多数の眼がこちらに向いた。
疲労感に塗れ、反骨心を失い、絶望感に支配された数多の眼。可哀想に、小さいものばかりだった。
「ここにいるのが、貴方たちの研究の犠牲者ってこと」
「そう」
「ここには何人いるの?」
「今は二十人ほど」
「今見える子たち、子供たちだけ? 大人は?」
「将来を見据える実験の都合上、子供が望ましかった。大人もいたけれど、先日多くを実験に回したこともあって、今は子供しか残っていない」
ミラージュの答えを聞いて、私は頷いた。
背後に光を背負って立つ私とミラージュを眩しそうに見上げる子供たち。私よりも随分年下の、怯え、怒り、苦しんだ顔つき。耳だったり、色だったり、体格だったり、どの姿にも、少しの化け物が見え隠れしている。ここにいるのは、”普通の子”ではない。異常が見つかってしまってここに流れ着いてしまった、可哀そうな子供たち。
私と同じ、子供たち。自分の居場所がわからない、迷い子たち。
初対面の彼らに、私は大げさに頭を下げた。
「初めまして、私はマリア。貴方たちと同じ、化け物よ」
殊更に微笑みを強くして、手を広げた。同じ化け物だなんて、彼らに対して失礼なことを言いながら。
「……なんですか」
子供たちの中で、一番前に立った少女。この中では年長さん。私よりも二つ三つくらい幼く、痩せた四肢が印象的だった。他の子を私から隠すように、細い両足を踏ん張っていた。
「デルタは、ミカは、どこに行ったんですか」
必死な瞳。
出てきた名前は多分、過去にここにいた子供の事だろう。ミラージュはここにいない子供のことは何も言わなかった。つまり、もうどこにもいない。私に答えることはできない。
孤児院を思い出す。
あそこでも、同じように人が消えていった。この場所は孤児院と同じ。時間が経てば、どこかに消えていく友人たち。孤児院では売られた先でどうなったかわからない。研究所では、実験体にされる。アンナと同じような目にあう。
アンナ――身近な死骸を見つけて、あの時の私はどう思っていたかしら。イヴァンやシクロはどう思っていたかしら。
私はこの子たちに同じ思いをさせたいの?
結論、私は首を横に振った。
「わからないわ」
「嘘です。……もう帰ってこないんでしょう」
悲痛な瞳は、恨みがましく私を見つめる。
私は答えられなかった。
理解は、結末。たった一つの結果は、理想を容易く奪い去る。思い描く最善を殺してしまう。
この子はあの時の私よりも、世界を知っているのだろう。だから未来が容易に想像できる、とっても賢い子。未知に対してわくわくと不安の狭間にいた私とは違っている。
彼女らは、ここに流れ着いてしまった哀れな子供。周りからの悪意や無関心で、堕ちるところまで堕ちてしまった不憫な子。
「次は誰ですか? 誰を、殺すんですか。歳の順番で、私ですか」
諦念と敵意の入り混じった声。
彼女たちにとって、私は敵。憎き友の敵に見えている。
「貴方は、殺されたいの?」
少しの、興味。
だってもし、彼女たちが自分で死にたいというのなら、私に止める権利はない。不平等だらけのこの世界だって、退場の権利くらい自分にあるはずだから。
「それは、私に答える権利のない質問です。……私たちはいつだって奪われてきました。今だって、この命は私の手の中にはありません」
彼女たちの命は、私の手の中。
それは確かに間違っていない。暴力、多数、権力。強者は他人を支配する権利を有する。それがあるから、王家は今まで人間を支配してきた。
辛く、切なくなる。
彼女は今、何も持っていないのだ。命すら、他人の物。何も持っていなかった、過去の私とおんなじ。
私は、昔の私にどうしたい? 多くをもらった私は、何もなかった彼女に、何をあげたい?
奪ってきたやつらと同じことがしたいの?
違う。私がしたいのは、化け物を一人ぼっちにさせないこと。化け物でもいい、そう思うような暖かいものをあげること。
私の化け物は、化け物同士をつなぎ合わせる化け物。
「選ばせてあげる。生きたい? 死にたい?」
あげるのは、選択肢。
今まで奪われてきた自分の意志。
貴方の意志で立ち上がれれば、簡単に倒れることはないのだから。
顔が歪んだ。胡乱と疑問。私が今までの相手とは異なることに気が付いたのだろう。
「そんなこと言って、どうせ殺すんでしょう……。これは新しい実験ですか?」
「いえ。単純な質問よ。思った通りに応えてくれればいいの。貴方たちは死なないわ。ここから出してあげる。私が守ってあげる」
「……本当に?」
不安も、疑いも、わかる。
それは私も持っていたから。
目の前が真っ暗になって、どこに進めばいいか、誰を見つめればいいか、わからないのよね。
私はそんな心をとびきりの笑顔で塗りつぶすの。彼女たちから、敵意という玩具を取り上げる。不安という恐怖から匿ってあげる。
「この施設は今日限りで破棄よ。私がすべて壊してあげる。貴方たちを脅かすものは、全部いらない。だから貴方たちは自由なの」
私は腰を落として、毅然とした少女の眼をまっすぐに見つめた。
「大丈夫。もう怯える必要はないの。私も貴方たちと同じ化け物だから」
私は自身の顔つきをぐにゃりと変化させた。怯えた声が小部屋に反響する。
「それとも、ミラージュが怖い? 大丈夫よ。私は彼女たちより強いから」
私はミラージュの後頭部を掴んで、壁にたたきつけた。また、怯えた声が木霊する。ミラージュの鼻から血が溢れたのを見て、少女の顔が歪む。
「や、やりすぎじゃ……」
「優しいのね。ミラージュに今までひどい目に逢わされてきたんでしょう。大切な友人を実験台にされたんでしょう。もっと復讐してもいいんじゃない?」
私にその権利はないけれど、彼女たちにはあるはず。手伝ってと言われれば、手伝ってあげる。
「確かにそうです。けれど、私たちは、復讐をしたいわけじゃないです」
「どうして? 自分を虐げた相手よ」
「私たちを虐げたのは、その人だけじゃありません。……どうせここじゃなくても、扱いは変わりませんし」
諦めの色が濃くなった。
彼女は、わかっている。わかりすぎている。
自分たちの異常が外に出れば受け入れられないことを、愚かな私以上に理解できている。ここでミラージュに復讐することが無駄であるとわかっている。
理解は、終焉。人からあがくことすら失わせる。
そのことが、とっても悲しい。
「貴方、名前は?」
「アルマ」
犬の様な耳が頭頂部から生えている小さな女の子は、そう名乗った。
「大丈夫よ、アルマ。貴方は生きていてもいいの。これから私が、貴方を守ってあげる」
言いながら、優しく抱きしめた。
小さい頃、私がされたかったように。
私が今、したいように。
頭をゆっくり撫でてあげる。アルマはされるがままだった。どう反応していいかわかっていない。なんで動けないか、その原因もわかってる。抱きしめられたことなんかないから、抱きしめ方がわからないのだ。
追々、覚えていってもらえたらいい。普通の人たちから石を投げつけられる貴方にも、生きる意味があるってこと。私は、大好きだってこと。
世界には、迫害ではなく博愛が存在するってことを、知ってほしい。
私は立ち上がって、その場の全員に向けて言った。
「皆、聞いて。この場所は貴方たちの居場所じゃない。貴方たちの居場所は、もっと暖かくて、幸せじゃないといけないの。そんな世界を、私が、作ってあげる」
私が目指すのは、化け物たちの世界。
彼女たちが心の底から笑える、世界。
「貴方たちは、選ぶことのできる子たちよ。最初の権利をあげる。だから、選んで。私についてくるかどうかを」
これは、礎。まずはこの子たちから始めていく。
小さな箱庭から、私の理想の世界を作り上げていく。
他人と違うことで追い出されてしまう子たち、世界から爪弾きにあってしまった子たちを、私の世界は救い上げるの。
私の未来を、始めていくの。
◇
子供たちを連れて部屋を出ると、元の部屋ではエリクシアが唇を噛んでいるところだった。
「どうしたの?」
「マリア様。……駄目です。彼らは、もう、生きていないんです」
エリクシアが言っているのは、部屋に置かれた光っている人間たち。目の前で手を振っても、肌をつねってみても、何をしても反応が返ってこない。人間としての機能を失っている。
覚醒遺伝持ちの人間たち。原初の血を入れ込む実験に使われた、消耗品。
「顔見知りだった?」
「いえ、そういうわけではありません。でも、そこは問題じゃない。彼らにだって、家族がいたはずなんです。帰る場所が、あったはずなんです。それが、こんなになってしまった。確かに人間だったのに、人間じゃなくなってしまった……」
悔しそうにつぶやいてから、エリクシアは鼻血の止まらないミラージュを睨みつけた。
「おまえが、おまえらが、彼らの未来を奪ったんだ!!」
憤怒。
エリクシアは仲間思い。そして、私と同じ、化け物、覚醒遺伝持ちの人間を救いたいという思いを持っている。人を人とも思わない扱いに、怒りが収まらないみたい。
ただ。
「どこに?」
そんな怒りを受けても、ミラージュの顔色は変わらなかった。エリクシアの怒りに、能面で返す。
「彼らのどこに、未来があった?」
「……それ、は」
押し黙ったのは、エリクシアの方。
「確かに私たちの行ったことは、非人道的。人間の立場で言えば、怒ってもしょうがないと私だってわかっている。でも、私たちは金銭を払っている。彼らの家族に、友人に、飼い主に、お互いに納得して取引をしている」
「それが間違っているというんだ。人の命をなんだと思ってる」
「じゃあ人の命って何? 私はわからない。そこらへんの雑草に価値がある? 貴方たちは雑草に価値を付けるの? 何が違うの? 私だけじゃない、世間が覚醒遺伝持ちを雑草と同等に思っているから、彼らはこの研究所まで流れてきたんでしょう?
私はそんな価値の低い人間たちが実験に使えたから使っているだけ。そこにしか価値がないのだから、仕方がない。それとも、人間を売るようなところで飼われ続けるのが、貴方の言う未来?」
人の命には価値の差がある。それは私だって重々わかっている。外見、権力、知識、腕力――数多の人間を価値づけるパラメータ。イーリス女学院でも、その価値に振り回されてきた。人が持つ価値は、等しくない。
あ。
納得してしまった。ミラージュの話を聞いて、仕方ない、なんて、少しでも思ってしまった。
中途半端な理解で。腐りきった常識で。覚醒遺伝持ちの人間はこうなってもしょうがないなんて、最低な納得が頭の片隅にあった。
違う。違う違う違う。理解してはいけないのだ。この世界に染まりきってはいけないのだ。
理解は、終わり。
常識だから、という言葉のなんと無責任なことか。仕方ない、という言葉のなんて暴力的なことか。私はこの常識を殺さないといけない。
エリクシアは私と違い、納得せずにまだ怒ってくれていた。
「……屁理屈を言うな。どうあっても、おまえらのしたことは悪だ!」
「本人から承諾を得ていても?」
「……は、あ?」
ミラージュは落ちている紙片を手に取った。破けてはいるが、誰かの署名の入った書類だった。
「私たちは、実験の前に本人に確認を取っていた。ここに売られてくる覚醒遺伝持ちの人間なんて、腐るほどいる。嫌がるなら本人じゃなくてもいい。だから、実験を拒否するのなら送り返してもいた。でも、基本的には断られなかった。ほとんどが納得して、署名した」
「……」
「わかる? 彼らにはもう、未来なんてなかった。元の場所に戻ったって、どうすることもない。ここに売られて金銭を生み出すことが、唯一の生きる価値だった」
「……」
ぐらり、とエリクシアの身体が揺れた。私はそれを抱きとめる。荒い息を吐くエリクシアの瞳は、揺れている。
ミラージュは誰のかもわからない署名を投げ捨てた。
「貴方は、幸せものね。貴方にはまだ、未来がある。居場所がある。今の彼らは、ここで光っていることが唯一の未来。たった一つの居場所」
未来は平等ではない。
終わることが最高の未来だと考えることもある。
その事実が、何て言っていいかわからない感情を呼び起こす。
「……根深いわね」
世界には化け物しかいないとわかった。
でも、それを知らない人々は、迫害を繰り返す。自分だけが普通だと信じて疑わない。正義だと思い込んだ刃は、恐ろしく鋭い。
「……でも、おまえのやったことは、悪で……。自分が正しいみたいに、堂々と言うなよ……。世界が間違っているのはその通りだろうが、おまえだって、間違ってる」
エリクシアの声は小さい。私に掴まって、必死に言葉を紡いでいる。
突き放すつもりはないけれど。
「じゃあエリー。貴方が林間学校で兵士を殺したことは絶対に正義なの?」
エリクシアの肩が跳ね上がった。抱きしめている私に向けて、眼を見開く。
「ああ、別に責任を取れと言いたいわけではないのよ。ただ、少し無意味な問答に思えてね。貴方は覚醒遺伝持ちの人間のために、兵士たちを殺した。そこには正義があった。ミラージュは母親と再び会うために研究を進めて、人を殺した。彼女なりの正義があった。私には違いがわからなくて」
「……私は、」
エリクシアの口が開いて、閉じた。
物事には立場がある。相手を納得させられるのは、近しい立場か、歩み寄る価値がある場合のみ。基本、人の意志は交わらない。
でも、それは少し寂しい。人間が言葉を話すのは、その隙間を埋めるためだと思いたい。
正義は他人に振りかざすものではなくて、自分を奮い立たせるためにあると思っている。自信を取り戻すための鎧であって、相手を刺す剣ではない。
だから大切なのは、これまでではなく、これから。
「一旦私の顔に免じて、争うのはやめてほしいわ。誰が悪いなんていう単純な話ではなくて、二人の意見に共通して悪いのは、世界でしょう?」
「それは、そうですが……」
「エリクシア。手伝って」
震える竜人の肩を優しく抱き寄せた。
「私が、化け物たちの居場所を作るから。覚醒遺伝持ちの人間たちの笑える場所を生み出すから。この矛盾で歪にねじ曲がった世界を私が正すから。だから、私と一緒に来て。一緒に、理想の世界を作り上げましょう」
耳元で、脳髄を揺らすように囁く。
エリクシアの身体が震えて、それから、顔が明るくなった。
「そんなこと、できるんですか?」
「私の何を見てきたの? 私は化け物。人の理を壊す存在。貴方だって、私の力を得たでしょう? 世界は私色に染まっていく。そんな私に不可能はないわ」
私は黒色。
圧倒的な色彩をもって、あらゆるを塗りつぶす暴力。
エリクシアは納得して。
私に身を寄せる。
「マリア様。一生ついていきます。その世界に私を連れて行ってください」
◇
「てめえはどんでもねえな」
魔術研究所を出ると、外はすっかり夜だった。月が雲に隠れる夜では、全てが覆い隠される。人の声すらまばらに消えていく。
元の調子に戻ったバレンシアが、扉に寄り掛かって私を見ていた。
「何の話?」
「てめえの原初の話だ。てめえが傷つかないことは知ってたが、他人にそれを移せるなんて、規格外すぎる。私がまた強くなっちまった。てめえとおんなじ強さだ。おかげで楽しくて仕方がねえ」
「それは良かった」
少し、ほっとする。バレンシアは私の能力を気味悪がっているわけではなさそう。私の化け物を受け入れてくれている。
「きひひ。ああ、楽しい。てめえのところに来て良かった。あんなに鬱陶しかった世の中が、とんでもなく愉しくて仕方がない」
バレンシアは笑顔で空を仰いだ。
真っ暗な空。人によっては黒一色で鬱々とした空で、人によっては黒一色の綺麗な空。
視る人によって、気分によって、感想は変わる。それくらい世界は不安定。
私は他人を巻き込んで進んでいく。
他人の人生を狂わせて歩いていく、
だから、バレンシアの正直すぎる意見は胸に響いた。
「……良かった」
「なんだ、また不安になってんのか。まったく、力は最強に近いくせに、心は人間なんだな。ったく。
愛してるぜ、マリア」
バレンシアはにやりと笑って、私に抱き着いてきた。
「ふぇ」
「なんだ、その反応。きひひ。私の知らないてめえを教えてくれんのか?」
にやにやとした横顔。
なんだかむかつく。
「離れなさいよ」
「いやだね。てめえが張り付けたような笑みじゃなくて、笑いを堪えてる顔は貴重だからな」
「……」
顔が熱いのは自覚しているけれど。愛してるだなんて言ってもらって、嬉しいけれど!
「攻められると弱ぇのな」
「うるさい」
私はバレンシアを引きはがす。
「相変わらず、人を逆なですることばかり言うのね。制裁が必要かしら」
「してくれても構わないぜ。どうせてめえと同じように、すぐに治るんだからな」
楽しそうな笑い声。厄介な人間を近くに置いてしまったものだと、つくづく思う。
でもね。
絶対にバレンシアには言わないけど、色々と、嬉しいの。
私はこれ見よがしにため息をついた。
「まあいいわ。それで、私の原初について、むしろ貴方は何か知っている? あの家は何か知っているの?」
「あの家? ……ああ、カウルスタッグ家か。さあな。少なくとも、表には出してねえ。私の知る限り、公爵家の見本みたいなところだからな。それに、原初関係なら魔術研究所が知らなけりゃ、知ってる人間は大分限られる」
バレンシアも知らない、私の正体。
もしかしたら、ミリアは知っているかもしれない。逆に、ミリアしか知らないのかもしれない。私と同じ顔をした、彼女。卒業前に、話しておかないといけないかもしれない。
「バレンシア。マリアから離れて」
そんなことを話していると、シクロを背負ったイヴァンも近づいてきた。バレンシアにジト目。
「調子に乗らないでよ。マリアの力を一番扱えるのは私なんだから」
「張り合ってくんなよ、めんどくせえな」
バレンシアはぞんざいに手を振って離れていく。
「シクロはどう?」
「まだ寝てる。寝息は普段通りだから、大丈夫だと思うけど」
眼を閉じたシクロ。特に異常はなさそうに見えるけれど。
心配は心配。
荒療治で私の血を染み込ませたけれど、大丈夫かどうかの保証もない。私色が何色か、それもわかっていない状態だもの。
「でも、私もびっくりした。まさかマリアの力が私にもあるなんて」
イヴァンは私に微笑みかけてくる。イヴァンが楽しそうに笑うのは意外と珍しい。
「これで私も、マリアと同じ。同じ化け物だよ」
イヴァンは、私をよくわかってくれている。
そう、私は今、とっても嬉しくて、とっても不安なの。
かつてないくらいの化け物性を見せてしまった私。もしかしたら全員私から離れていってしまうかもという不安があった。
でも、誰も、そんなことは言葉にしない。むしろ、私と同じで嬉しいと言ってくれている。
まずは安心。
「……ねえ、イヴァン。私にはまだきっと、わからないところがあるわ」
魔術とは、原初の力とは、自覚による。
生きていくうえで、また戦いになるだろう。強者と戦うだろう。そのたびに私は新しい私を知っていく。気持ちの悪い、私を知ってしまう。
「そうなっても……」
「そうなっても、一緒だから」
イヴァンは強い瞳で私の弱気を蹴散らした。
「何があっても、一緒だから。もう同じ血の、同じ原初を持つ、家族以上の関係でしょ。シクロも一緒。眼を覚ましたら、またいつものようにマリアに抱き着いてくるよ」
「うん」
イヴァンも、シクロも、エリクシアも、バレンシアも。
全員、大切な私の家族。
様々な私が彼女たちの中にいて、私は私のままでいられる。
だから、決めた。
二つ。
一つは、皆が笑える場所を作る。
そのために、もう一つ。私は私を知る。逃げてばかりではいられない。
――ミリアと、話そう。
「そういえばイヴァン、まだあのお金ってあったかしら?」
「ああ、競売の時にくすねたやつ? ほとんど使ってないからまだあるけど」
「そう。じゃあ大丈夫そうね」
「どうするの?」
「世界を作るの。まずは小さいところから」
どこにしようかしら。
そういえば、私たちの育った孤児院はなくなったのよね。建物はまだ残ってるのかしら。安く買えるのなら、そこが都合がいいんだけど。
私の将来は、具体性を帯びてきた。
でも、まずは。
振り返って全員が外に出てきたのを見て、私は魔術研究所に向かい直った。
「忌々しい場所を、燃やしてしまいましょう」
一度は鎮火させた魔術研究所。
そこに向けて、私は指を向けた。
「【火柱】」
一瞬で魔術研究所は炎に包まれた。
囂々と音を立て、真夜中を真昼に変える光量。
それは新しい世界の夜明けのように、明るかった。
「あはははは」
私は笑う。
楽しいから、嬉しいから。
世界が私色に変わり始めるのが、変わっていくのが、たまらなく、魅力的だった。