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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
四章 学生三年目
81/142

4-19













 それは今まで私の経験したことのない衝撃だった。

 例えるならば、音の速さで平手打ちを受けたかのような。重力の方向が真横に変わって叩きつけられたかのような。私の知る世界ではありえない一撃。


 ミドルの魔術を難なく撥ね退けた私の身体が、一瞬にして肉塊に変わった。意識が途切れ、また戻る。私は私を取り戻す。


「……なにそれ」


 恐らくシクロが放ったであろう攻撃に、息を飲むことしかできない。

 私の知る彼女は、こんな殺傷性の高い力を持っていただろうか。


「マリア、大丈夫?」


 イヴァンの心配そうな声。

 押しつぶされたかのような彼女の怪我。彼女もシクロにやられたのだ。


「どういうこと? 何が起こってるの?」

「わからない。さっきまで私たちはミラージュと戦っていたんだよ。無限に現れる彼女と死闘を繰り広げていた。相手は無数、でも、私たちだって不死だし決着はつかない。その途中で奥の扉が開いてシクロが現れたかと思ったら、すべてが吹き飛んだんだ。一瞬の出来事で、何が起こったかもわかってない」


 だとしたら、知っていそうな人物に聞くのが筋よね。

 私はミラージュに視線を投げた。


「ミラージュ。どういうこと?」

「……所長が、何かした」


 当事者であるミラージュすらも息を飲んでいた。


「シクロの原初は、”力”。引力と、斥力。幼少期、ここにやってきた彼女に、実験台として、それらの血液を投与した」


 また、意味のわからない。


「力の血? 何を言ってるの?」

「わからないならわからないでもいい。今、そこは問題じゃない。実際に私たちはそうした。原初の血を別の個体に投与すると、その人間は死ぬ。シクロだってそう、体の色素がおかしくなって、すでに死んでいるはずだった。だから彼女が現れて、予想と違う結果を見ることができて、私たちは嬉しかった」


 一旦、私は原初への理解を諦めた。

 力は生きていた。そう仮定することにする。


「胸糞悪い話ね。シクロが死ぬことがわかっていて、そうしたというの?」

「それが実験というもの。どちらにせよ、彼女の命は、私が彼女の親から正式に買った。どうしようが私の勝手」


 すべてに、腹が立つ。

 シクロを売った親も、シクロに死を与えようとしたミラージュも、人の命が軽々しく金銭になる世の中も。

 だが、ここでミラージュを殺してもシクロは元には戻らない。


「貴方は実験台としてシクロをいじった。死ぬ予定だった。じゃあどうしてシクロは生きているの?」

「それが私にもわからない。実験で解明するつもりだったのに、アロガンのやつ、逸りやがった……。でも、さっきバレンシアは、貴方の力だと言っていた」

「私の力?」


 どうしてそこで私が出てくるの?

 混乱する脳内。


「私もシクロも、同じなんだと思うよ」


 イヴァンが身体を起こし始めた。もう、上半身は元に戻っている。綺麗な裸体がその姿を取り戻す。


「マリアの力――圧倒的な、回復力。いや、怪我を残さない能力、かな。それが、私たちにも備わっているんだ」

「なんで?」

「多分、マリアの身体にも影響した話だと思う」


 イヴァンの視線が、私の下半身に向けられた。衣服の下に隠された、女の子らしくて、女の子じゃない部分。私の異常。


「マリアの体液を飲んだり取り込んだりすると、マリアの力が伝染するんだと思う。原理もわからないけど、私とエリクシアとバレンシアとシクロの共通点は、そこでしょう?」

「原初の血は、本来混ざり合うと反発しあって人間を殺す。量次第だけど、飲み込んでも同じ。しかし、貴方の原初は異なっているみたい。他の人間を殺すことなく影響を及ぼしている」


 そんなこと、初めて聞いた。

 でも、イヴァンもエリクシアもバレンシアも、確かに私と幾度も夜を過ごしている。体液を浴びるくらいに飲んでいるだろう。


「はは、そんな馬鹿な事ある?」


 私は笑ってみたが、笑顔は返ってこない。二人とも、冗談を言っている雰囲気はなかった。


 次に何を言えばいいのかわからなかった。

 他人すら化け物に変える、私の原初。

 他人すら飲み込んで塗りつぶす、私の能力。


「ああ、そう」


 多分、私の中に潜む化け物は、他人の原初すら食い物にする。塗りつぶして食いつぶして、私にする。


 私は、増えていく。

 私は、一人にはならない。

 他人を、血のつながった家族に変える。

 愛人を、離れることのない血の鎖で繋ぐ。


「あは」


 ぞくぞくして、

 ざわざわして、

 ねちょねちょして、

 ぐちょぐちょして。


 私は、自分がわからなくなる。

 他人の原初、個性すら食いつぶすことに対する罪悪感。私という異端が増えていく恍惚。他人から普通を奪っていく恐怖心。化け物が増えていく安心。化け物を増やしてしまう不安。いまだ知りえない私の正体への期待。今更知っていく私に対する絶望。


 いま沸き起こるすべての感情は、私。

 全部、私の中にあるもの。

 ああ、私は、何もないわけじゃない。全部、気持ちのいいものも、気味の悪いものも、全部、私。


「あはは」


 わからなくなって、笑った。


 私の起源は、未知。何もわからないから、とりあえず笑っていた幼少期。

 今は多々が、既知。色々とわかったから、なんとなく笑っている現在地。


 何もなくても笑えるし、何があっても笑えるの。


「すてき」


 感情を押さえつけようとしても、あふれ出る。

 まずは、喜色。皆、私と同じになってくれた。幸せ。一人きりだった化け物は、ようやく仲間を手に入れた。


「……ごめんなさい」


 そして、悲しみ。普通として生きていけたかもしれない皆を、私色に染めてしまった。もう、彼女たちは普通には死ぬことができない。化け物として生きていくしかない。


「でも、いいわよね」


 また、楽しくなる。

 だって、皆、私のことが好きでしょう?

 私と同じになるということは、私と一緒にいられるということ。本当の意味で、家族になるという事。


「最高じゃない」


 最高にハッピーな気分。

 小躍りしてしまう。


 でも。

 シクロの身体が、またぐちゃぐちゃになったのを見て、絶望する。

 痛くて辛くて苦しそう。


 ミラージュとイヴァンの話を統合するのなら、シクロは力の原初を飲み込んだことで死んで、私の原初を飲み込んだことで生き返っている。

 生と死を繰り返している。

 その痛みたるや、辛さたるや、想像もできない。身体がぐちゃぐちゃになるって、どんな気持ち?

 私はもう致命傷を負う事に慣れてしまったけれど、彼女はそうではない。


「ごめんね……」


 もしかしたら、シクロはもう死にたいと思っているかもしれない。私がいなければ、楽に死ねたかもしれない。


 そう思うと、私の原初のわがままさに嫌気がする。

 死すら飲み込むこの力。

 なんて、非人道だろう。


 ああ、ああ、ああ。

 やっぱり私は、普通じゃない。人の人生すら変えてしまう、化け物の中の化け物。


 でも、でも、でも。

 脳内で反響する言い訳。あるいは、開き直りの言葉。

 私が我がままじゃなかったときなんか、なかった。

 いつだって私は自分勝手で、他の人を巻き込んで。でも、一緒に幸せになれると信じていて。不安定な心のまま、安定した未来を描いていて。


 だから、今回だって、そう。

 私は結局、私のままでしか生きられない。色んな事を考えて、色んなことを学んでいくけれど、根っこは変わらない、愚かな私。


 だから私は、私のまま、シクロと接しないといけない。


 私がシクロに向かって一歩踏み出すと、壁に叩きつけられて血の染みになった。


「マリア!」


 イヴァンの大声は、聞こえている。私の耳はもう、元に戻っているから。

 体中を破砕されるのは、痛い。一瞬だけ、苦しくなる。今のシクロはずっと、その苦しみに耐えているのだ。


「シクロ、私はね」


 一歩。また、爆ぜる。

 圧倒的暴力の前では、私はなすすべもない。

 そう、この私が。


「ごめんね、本当は、嬉しいの」


 私が、この私が、ただ叩きつけられている。

 数々の化け物を苦も無く沈めてきた私が。


「貴方が、そんな存在になってしまって」


 不謹慎だけど。

 苦しいのもわかっているけれど。


「誰も敵わないような、化け物を超えた化け物になってしまって、とっても、嬉しいの」


 ――私と同じところまで、来てくれて。


 今のシクロと並べば、私は圧倒的な化け物ではない。

 マリアは化け物、ではなく、マリアも化け物。になる。

 そのことが、とっても、とぉっても、嬉しい。私の近くに来てくれたことが、まるで私に会いに来てくれたかのようで、嬉しいの。


「貴方はとっても化け物。誰もがそう言う存在。世界すら歪める存在」


 力そのものだものね。

 その気になれば、王国すら壊せそうな力。


「だからね。私は、私だけは、貴方を愛したいの。貴方を、愛せるの」


 私のわがままで、貴方を生かす。

 私のわがままが、貴方を救う。

 何が救いなのかなんて、私は知らないけど。


 爆発して、四散して、はじけ飛んで。


 何度も何度も死んで。


 死が当たり前になったとき。


 私は、ようやくシクロの目の前に立った。虚ろな目が、私を映していた。


「馬鹿ね。そんな目をしていた貴方はもういないでしょう」


 孤児院に来たての頃、シクロは死んだ魚の様な目をしていた。

 今も、同じ。


 でも、シクロの眼はもっと輝ける。輝いて私を見るその目が、たまらなく好きなの。


「だから、私をあげる」


 私は自分の腕を引きちぎって、腕をシクロの口に突っ込んだ。断面から噴き出す血がシクロの口内で溢れ返り、床に雫を落とした。


「もっともっと、私になればいい。さらにさらに、私に近づけばいい。貴方の血が私の血になれば、私と同じ。決して死ぬことのない、化け物になれるわ」

「――」


 シクロの眼が見開かれ、私の身体が上に跳ねた。一瞬で天井に激突し、すべてを失った。ぱあん、という破砕音が体中から聞こえて、物言わぬ染みになる。


 天井から垂れる血すら、シクロを染めていく。全身を真っ赤に染め上げる。


 私の血で、体中を犯す。


 血は意志を持っているかのように、シクロの身体に侵入していった。私の中には、イヴァンの力もある。血を自在に扱う吸血鬼の力が、シクロを逃がさない。


 シクロは半狂乱になって力を使って振り払おうとするが、敵わない。シクロの全身を覆った血液は、穴という穴からシクロの中に入っていく。


「だめよ、シクロ。だめ。あなたはもう、わたしからはなれちゃいけないの。かってにしんでもいけないし、かってにいなくなってもだめ。あなたはわたしのもの」


 シクロが私に変わっていく。

 私の血の占める割合が多くなっていく。

 力の原初を薄めるくらい、喰らいつくすくらいに、私に飲み込まれる。


 接吻なんかよりも、性交なんかよりも、よっぽど快感。

 他人を私色に染め上げる。文字通り、私と一緒になる。

 罪悪感なんかどうでもよくなるくらい、気持ちがいい。


「あいしているわ。だからあんしんして、わたしのアイを、うけとってね」


 がくり、と。

 シクロのひざが折れた。そのまま、床に倒れこむ。


 私が血を引き上げると、気を失ったシクロが現れる。身体は私の良く知るシクロのまま。息をしていて、全身も綺麗。もう不定形に揺れることもない。


 私の原初が、勝った。

 私が、化け物を超えて、新しい化け物を生み出した。


「うれしい」


 私はもう、一人ではない。

 私は、世界を覆い尽くす。

 

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