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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
四章 学生三年目
72/142

4-10














 通された魔術研究所の一室は、散在した書類と慌ただしく歩き回る職員で占められていた。眼鏡をかけた女性が机上の書類を掴んで駆け出して、細身の男性が別の扉から現れて書類を置いていく。頻繁な人の往来は焦燥感すら匂わせた。

 私たち三人を見ても、気にも留めない人が多かった。どちらかというと、見ないようにしているように感じられた。


 そして一点、何か違和感を覚えた。

 机と棚と書類で埋められた一部屋。

 少し気になる程度の小さな違和感。


 考えても答えは導けなかったので、まずは気になったことを聞くことにした。


「皆さん大変そうですね。普段からこんなに忙しそうなんですか?」

「そうミラね。昨今の魔物の発生頻度を考えれば、魔術の研究は早急に行われないとならないミラ。魔術は魔物に対抗する大切な手段。一分で一つの命が失われると考えれば、時は命に等しいミラ」


 鼻を鳴らすミラージュ。

 忙しい人に労いの言葉すら述べないこの人は、どの立場にいる人なんだろう。


「ちなみにこの部屋は、事務所とでもいうべき部屋ミラね。ここは魔術の成り立ちについて調べている場所ミラ。昔の書籍を解析したり、実践魔術に知見のある人を魔術師団とかから呼んで話を聞いたりするミラ」

「最新の研究結果では、どういったことがわかってるんですか?」

「魔術の素養は血によるのではないか、ということミラね」


 何の感情も映さないミラージュの瞳、初めてそこに感情が宿った。

 感情は、慈愛に似ていた。


「先祖の遺伝子を如実に表すもの、それは当然見た目であり、性格であり、そして、魔術の素養ミラ。例えば火の魔術を得意としている家系に生まれた子は、火の魔術が得意だったりするミラ。もちろん特例はあるけれども血の影響による傾向は強く、今までの統計上無視できるものではないミラね」

「才能、というと、努力ではどうにもできないと?」

「残酷だけど、そういうことミラ。学院にも魔術の使える子、使えない子がいるはず。そういう子たちは、生まれながらにして、魔術の才能がないミラ。できる人間とできない人間がはっきりわかれる能力が魔術。だから魔術の使える人間は貴重で有用なんだミラ」


 孤児院を思い出す。

 十二年間在籍したあの場所、知り合った子供の数は百を超える。だが、魔術を扱えたのは少数だった。自在に扱えたという意味では、私とイヴァンとシクロくらい。イーリス女学院ではアルコが頭一つ抜けているけれど、それくらい。修道士は神様の贈り物だなんて言ってたし、そこに齟齬はなさそう。


 魔術の素養。

 貴重、有用。

 厳選された宝石。

 親から継承するのは、見た目、中身、魔術、ありとあらゆる自分を形成する基礎。

 そして同様に、内なる化け物も。


「覚醒遺伝持ちというのも、血に影響されるんですか? あれは先祖に魔物がいると発言するものでしたよね。そういうことなんですか?」


 尋ねると、ミラージュは腕を組んで唸った。


「どうミラ……。そっち方面はわからないミラね。魔術とは考え方が違うし、研究することもないから」


 嘘つき。

 私が言っているのは、化け物は化け物からしか生まれないという単純な話。優秀な人間は優秀な人間からしか生まれないのと同じこと。家庭、血について調べている以上、そこに触れないはずがない。


 だけど知らないと言ってるのだから、彼女はそういうことにしたいんでしょう。

 話を変える。


「そうですか。ちなみに私は教えられた魔術を全部使えるのだけど、それは家系が優秀だという事ですか?」


 私が少しの優越感と不安を織り交ぜて言うと、ミラージュの灰色の瞳が素早く私に向いた。

 視線は離れることはない。無遠慮に見つめられる。


「全部の魔術が使える? そんなことあり得るミラ? 初めて聞いたミラね」


 じっと、穴が空くくらいに見つめられた。

 ぐいっと、近づいてくる。


「マリア様はどこで生まれたミラ?」

「わからないわ」

「家名は何というミラ?」

「知らないわ」

「自分の身体に何か異常はないミラか?」

「ないと思うけれど」


 なんて言いながら、当然心当たりは存在する。

 私の身体、秘部。

 普通の女の子ではない、異常。


 だから私は××られたんだと思うし、顔も名前も知らない家族はきっと気味の悪い存在だと思ったに違いない。あるいは、わかっていたからこそ、全てを知っていて××たのかもしれない。私の正体も、きっとそこに関係しているのだろうし。

 だからこそ、言いたくない。認めたくない。


「――原初に、心当たりは?」


 その言葉と共に、ミラージュの瞳が細められた。

 視線は真剣で真摯で、真剣のように鋭かった。先ほどまでの彼女ではない。


 原初。

 林間学校で覚醒遺伝持ちの人たちが、バレンシアの凶行でバレンシア自身が、口にしていた。私が出会った未知の中で言葉の端っこは聞いたことがある。エリクシアもバレンシアも知っているその言葉、けれど私は教えてもらっていない。


 ただ。

 なんとなく、想像はつく。

 穴だらけのパズル、隙間だらけの地図。

 全容が見えていなくたって、予想はつくものだ。

 原初。そういう存在が過去、この世界にいた、ってことだけは、わかる。


「よくわかりません」


 答えると、ミラージュは私の肩を掴んできた。

 強い力。

 私がただの女の子だったら、肩が砕けていたかもしれないくらいに、強い。彼女は先ほどまでの能面からは想像できないくらい、必死な形相だった。


「特に、”鏡”の原初に、心当たりはない?」


 ?


「……鏡?」


 何を言っているのかわからなかった。


 思考がずれる。

 予想が外れる。


 鏡?

 吸血鬼でもなく、竜でもなく、獅子でもなく、鏡?

 私の予想していた原初の姿がぶれていく。


 私があまりにぽかんとしていたからだろう、虚飾を感じない気配に、ミラージュは私から離れて疲労感溢れるため息を吐いた。


「失礼しました、ミラ。少し取り乱しました」

「……いえ、こちらこそ、ご期待に応えられず、申し訳ありません」

「あまりにマリア様が綺麗で、少し冷静ではいられなかったミラ。魔術研究所ではマリア様の様な特別な方がいらっしゃることを待ち望んでいるミラ。今日を通して、是非ここに来てくれると嬉しいミラねえ」


 目が笑っていない、口だけのスマイル。会話は終わったようで、失望感のまま俯いてしまう。


 鏡。

 私は周りを見渡した。

 この部屋に入ったときに感じた違和感の正体がわかった。


 それは、鏡だった。

 事務所と呼ばれる部屋のはずなのに、ここには鏡が四つも置いてある。四方を囲うように、どこからでも見えるように置かれている。

 ここが美容室や水場ならわかる。いや、それにしても数が多い。

 思い返せば、入り口からここに来るまでの廊下にも、鏡がいくつか置いてあった。


「鏡……」


 私が繰り返すと、


「私の早とちりミラ。忘れてくれると嬉しいミラ」


 そしてミラージュは背を向けて、「こっちも部屋があるミラ。案内するミラ」と歩き出す。

 私たちもついていくが、私の耳は彼女の独白を聞き逃さなかった。


「何を焦ってる。こいつらが知るはずがないだろう。焦ってはいけない、焦ってはいけない。まだまだ時間はあるのだから――」



 ◇



 ミラージュに案内されて、色んな部屋を回っていく。

 実際に魔術を行使している訓練場、怪しげな薬を調合している研究室、筋肉隆々な男たちが筋肉を鍛えているトレーニングルーム。いずれの場所でも人が慌ただしく走り回っていた。


 最後に案内されたのは、所長室だった。

 その扉の前に立つと、ミラージュは人さし指を立てた。


「こちらが所長室ミラ。短い時間だけれど、所長が貴方たちのために時間を作ってくれたミラ。色々聞いて、魔術研究所に興味を持ってくれると嬉しいミラ」


 そして、扉をたたく。

 こんこんこん。

「入れ」という低い声が聞こえ、ミラージュが扉を開ける。


「ほっほっほーぅ! よく来てくれたねえ、キミタチ!」


 周囲を本で埋め尽くした円形の部屋の中、小柄な老人が威勢良く声をかけてきた。

 白髪交じりの髪は、頭部の両側にだけ生えていて頂点は少し寒そう。大分お歳を召した顔には皺が目立ち、かけた丸メガネはつぎはぎだらけになっていた。


 貧相な印象と異なり、表情は富んでいる。

 彼は奥の机に座って、大仰に手を広げた。


「私が魔術研究所所長、アロガンであーる」


 楽しそうに胸を張った。

 ぱちぱちぱち、と茶番じみたミラージュの拍手。

 一応私も拍手しておいた。こういうのは最初が肝心。


「おお、良かった。わかる子であるな。イーリス女学院から見学に来てくれるなんて何年振りかで少し興奮してしまったようじゃ」


 快活に笑うアロガン。


「あまり来ないんですか?」

「淑女方にここの評判はよろしくないからのう。忙しいし地味だし疲れるし、と文句を何度も言われておる。そもそもあそこの子たちは貴族ばかりで行先が決まっておるし、わざわざここに来るもの好きもおらんて。逆に言えば、キミタチは貴族ではないのか?」

「ええ。下町育ちの女ですわ」

「ほう。噂の才能枠というわけじゃな。庶民の出であの学院を過ごすのは、それは苦労したじゃろう。結構、結構。儂も下町からの成り上がりじゃからな。そんな逆境に負けない子たちが来てくれたことを、まずは光栄に思うぞ」

「こちらこそ、歓迎に感謝いたします」


 にこっと笑って、お辞儀。


 そこで、シクロが私の背後にぴったり張り付いていることに気が付いた。視線から逃げるように、私と同じようにお辞儀をする。

 知り合いかもしれない。それはそうだ。ここにいる何人かは顔を知ってるかもしれないし、もしかしたら十年ほど前にもアロガンは所長だったのかも。

 シクロのストレスにならない程度に調査しましょう。


 アロガンは頷いて、「君がマリア君じゃろう。成績優秀と聞いておるぞ。同時にその美貌じゃ、卒業後は引く手数多じゃろうて」


 アロガンの視線は私の横へ。顔色は変わらない。


「君がイヴァン君か。なるほど、覚醒遺伝持ちの子じゃな。ああ、大丈夫、安心しなさい。ここでは貴賤の差も、見た目の差も関係がない。他の場所ならいざ知らず、もしもここに来れば人間としての生活を約束しよう。是非、どうかね」


「どうも」とイヴァンは塩対応。


 覚醒遺伝持ちの人間に慣れているのかしら。

 最後にアロガンはシクロを見て、その顔を変えた。


「……まさか」


 茫然と呟く。

 シクロの方は、俯いて何も言わない。ただ、その状態だと白黒の髪がよく見えた。


「馬鹿な。……生きている、だと?」

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