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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
四章 学生三年目
71/142

4-9













 ミリアの護衛三人はゆっくりと私色に染めていくことにして。

 じっくりじわじわ私が侵食していくようなスタンスをとって。

 ミリアと相対するのは気が熟したその時。自分の周りの人間が自分よりも私を選ぶという状況になって、一人きりになって、寂しいはずの状況で、彼女はどういう反応してくれるのだろう。


 怒ってむかついて苛ついて、原因を探るだろうか。

 私がやったと分かったとき、どうするのだろうか。

 私は一生恨まれるのだろうか。

 私は許してもらえないだろうか。


 ふふ。

 楽しみは後に取っておいて。


 今、私は魔術研究所の前まで来ていた。

 先日、職場体験の場所を決める際にクロードにほとんど嫌がらせに推薦されたのが発端。悪意のある選択だったけど、私自身興味がある場所だったし渡りに船だった。


 学院から少し離れた場所。外出許可をもらっての一日体験。

 王都の内、王宮の近く。道を歩く人はどれも豪奢な服を身にまとっているようなところ。


 王国の中枢を担う人も歩いているからだろう、イーリス女学院の制服を着ているからまだマシだけど、私たちは明らかに浮いていた。イヴァンとシクロはじろじろと値踏みされるように見られるし、改めて見た目の差別を感じる。

 そんな相手に、私はとびきりの微笑みを投げかける。そうすると男女問わず頬を赤く染めて目を逸らすのだから面白い。

 三人の中では、私が一番化け物なのに。


 歩いて四半刻くらいの時間で、私たちは魔術研究所にたどり着いた。


「魔術研究所は、いまだ謎の多い魔術の研究を行っている、国立の研究機関だよ。メカニズムの解明、人の才能の如何、新しい魔術の開発、魔術全般の研究を一手に行っている場所らしいね」


 イヴァンは博識ね。


「へえ。確かに魔術というものは不思議よね。私もよくわかっていないもの」


 魔術は便利で強力。

 原理は不明。

 使えるから使っているだけ。

 私だけじゃなく、周りの人間全員がそうだ。学院の授業では魔術の使い方やコツは教えてくれたけれど、その背景については教えてくれなかった。単純に教師も知りえていないのだろう。


 世の中には、不思議が多い。

 なんで火が起こるのか。なんで水の中では炎は起こらないのか。風はいつ吹くのだろうか。そもそも人間はどうして地面に立っているのか。


 様々な事象に、謎が存在している。

 学院でも、わかることは教えてくれるけど、わからないことは神の仕業ということになる。理解の範囲外になってしまう。


 わかろうと思えば、全部わかりそうだけど。私が自分のことを徐々に知っていくように、世界のことも、知れるのではないだろうか。

 魔術のことだって、わからないもののまま放っておきたくはない。それが私の性格。


「魔術にも種類がありそうだしね。私が扱う血の力も、魔術と言えば魔術だし。でも、周りにそれが使えている子はいない。才能の有無ってなんだろう?」

「そうね。魔術は使える人間と使えない人間がいる。どこに差があるのかしら。私は基本的に全部使えるけど、何か理由があるのかしらね」

「私もそこは気になってる。だから、就職するしないは別に、ここを訪れるのは賛成だよ」


 乗り気な私とイヴァンは頷き合う。

 が、私とイヴァンの背後では、シクロが青白い顔をしていた。


「……本当に行くんですか?」

「興味はあるからね。シクロは無理しなくていいのに。別に私はここに就職しようと思ってるわけじゃないわ。クロード先生が推薦してくれたから、渡りに船だと思ってやってきただけなのよ」

「クロードのやつの嫌がらせですよ。どこに”魔術研究所の実験台”として生徒を推薦する先生がいるんですか」

「その部分は書き直してくれたからいいじゃない」


 他の教師に咎められて、ようやくだけど。

 私に突っかかる頻度が増えたクロードの評価は、生徒、教師の間で徐々に下がり始めている。魔術に関しては器用だけど、人間関係はそうでもないみたい。

 そもそも、その分野で私に勝てる人間を今まで見たことないけれどね。


 閑話休題。


「わかってるわ、シクロ。ここが貴方のトラウマを想起させる場所で、貴方の身体を弄り回した忌まわしき場所だってことは」


 シクロは幼少期に親に魔術研究所に売られたのだ。魔術での攻撃を受け、非合法な薬を投与され、身体を無秩序に変化させられた。その際に受けた悲劇は、シクロのことを大好きな私としては許されるものではない。


「でも、だからこそ、知らないといけないと思うの。教師から聞いた魔術研究所は、純然たる知識の宝庫。技術者たちが未来を創る、最先端の施設。シクロの言う魔術研究所は、地獄。子供たちが集められて、夜な夜な人体実験を繰り返す、悪魔の住む屋敷。どっちの方が正しいのかしらね。当然私は、シクロの言っている方が正しいと思うんだけど」

「なら、やめましょうよ……」


 違うわ。だからこそ、行く価値があるの。


 表と裏。

 正直と嘘つき。

 それらを綺麗に使い分けるこの施設。どうやって隠しているのか、どうやって綺麗を保っているか、知りたい。


 加えて。

 シクロのような普通の人間とは異なる存在を生み出す、その技術。”化け物”を生産する、腹の中。どうなってるのか、とっても気になる。

 化け物がいっぱいいれば、それは私に近い存在がいっぱいいるということ。

 そんな場所にいられたら、私だって普通なんじゃないの?


「ダメだよ、シクロ。こうなったマリアは止まらないもん」


 イヴァンがため息を吐くと、シクロの顔はまた沈んでしまった。 

 大丈夫、悲しそうなシクロも可愛いから。


「シクロは外で待っていて。私とイヴァンで行くわ。お土産話を楽しみにしておいて」


 私が言うと、シクロはいまだ青い顔を上げた。


「……わかりました、行きましょう」

「大丈夫?」

「置いていかれるのは嫌です。それに比べれば昔の嫌な過去を思い出す方がよっぽどマシです」

「ふふ。ほんっとーに、大好き」


 私はシクロに抱き着いて、その手を取った。

 引いて、歩いていく。


「大丈夫よ。貴方を害する存在がいれば、私が全力で排除してあげる。貴方の気分を損なわせる場所なら、燃やし尽くしてあげる」


 いらない、いらない。

 私の大切を傷つける場所は、いらない。

 私の大切を傷つけていいのは、私だけ。


「さあ、行きましょう」



 ◇



「お待ちしておりましたミラ」


 魔術研究所の門をくぐって入り口の扉向かって歩いていると、眼前の女性が話しかけてきた。


 差し込む光を浴びて燦然と輝くその姿。これは比喩ではなく、彼女は実際に輝いていた。

 光を浴びた鏡が反射するように、彼女の髪は金属の様な光沢に満ちている。イヴァンの銀色とも種類の違う銀色の髪。

 高身長で、学院の中では平均よりも上の私よりも頭一つ大きい。成人男性のクロードと同じくらい。そんな彼女がずいっと前に出てくるのだから、迫力があった。


「お話は伺っております、イーリス女学院の生徒様方。ここ、魔術研究所の見学がしたいと。何でも優秀な生徒様方がいらっしゃるということで、所長の命もあり、私ミラージュが本日のお相手をいたしますミラ。何でも好き勝手聞いてくださいミラ」


 ミラージュの、口だけが動いていく。

 話している間、口より他の部位は一切ぶれなかった。動かない四肢、口だけが事務的にぺらぺらと言葉を吐いている。


 何でも、って言ったわね。


「その語尾の、ミラ、とは何ですか?」

「最初にそこ?」とイヴァンの突っ込み。

「これはキャラ付けミラ。ミラージュはぼうっとしていると没個性になってしまうミラ。だからこうして語尾を強調することで、皆さまに覚えてもらおうと必死なんだミラ」


 そうは言うけれど、また口だけしか動いていない。

 普通の人間と違う点を、人は個性と呼ぶ。彼女の個性は十分だと思うけれど。

 そして私にしては珍しいことに、彼女の瞳からは感情が読み取れなかった。嘘か本当かもわからない。


 まあ、こういう人なんでしょう。


「一応、確認させてほしいミラ。貴方がマリア様で、貴方がイヴァン様、そして、シクロ様ミラね。……シクロ?」


 かくん、と急にミラージュの首が折れた。そう錯覚するくらい鋭利に首を傾げる。


「聞いたことある名前ミラね」

「……気のせいでしょう」

「む、むむ。確かにミラージュは記憶力に自信がないミラ。人間のことを覚えられないミラ」


 ミラージュは瞬きせずにシクロの顔をじいっと見つめて、


「む、む。……気のせいミラね。貴方がそういうんだから、きっとそうミラ。人間の記憶力の方がよっぽどいいはずミラ。失礼いたしましたミラ。では、案内いたしますのでついてきてくださいミラ」


 ミラージュはその場で反転すると、肘と膝を直角に曲げて規律よく歩き出した。

 それについていきながら、私はシクロに耳打ちした。


「知ってるの、彼女の事?」

「……ここにいたのは小さいときなので、あまり覚えていません。申し訳ないです」

「いいのよ。私だってわからないことが多いし」

「ただ、彼女は、……」


 シクロは息を飲んで、


「よく覚えていませんけど、研究所からは絶対に逃げられませんでした。穴を見つけても、夜中に抜け出そうとしても、全員が捕まっていました。……確か、彼女に。多分、化け物です」

「あはっ」


 その言葉に、私は思わず笑ってしまっていた。

 化け物。

 どういった化け物かはまだわからないけれど、早速お出ましというわけね。


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