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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
四章 学生三年目
68/142

4-6











 イヴァンとシクロが一年生の教室に向かって歩いていると、ちょうど件の人物が反対側から歩いてくるところだった。


 正面から歩いてくるのはマリア。否、ミリア。何度見ても同じ顔をしている。

 二人の違いは、ぱっと見だけでは判断がつかない。髪の長さが、背の高さが、胸の大きさがあって、ようやく別人だと判断できる。


 だが、イヴァンとシクロにとっては、見た目以上に纏う雰囲気が違うと思わせた。

 毎日を楽しそうに笑って生きる少女と、つまらなそうにぼうっとしている少女。どちらが魅力的で傍にいたいかなんて自明である。


 そんな彼女は、取り巻き三人と話しながらやってきた。夕焼けに染まる廊下を、ゆっくりと。

 イヴァンと取り巻きの一人との目が合った。瞬間、その少女の目つきが鋭いものに変わる。


「ミリア様、止まってください」

「え?」

「眼前に、不届き者がおりますゆえに」


 黒髪を腰まで下げた少女。三白眼は鋭くイヴァンを射抜く。腰から下げているのは刀。それも、刃のついたものだろう。剣呑な雰囲気のまま、彼女はその柄に手をかけた。


「覚醒遺伝持ちの人間が、我が姫に何用か」


 敵意を敵意で返されて、イヴァンは鼻を鳴らした。


「最上級生として、下級生の代表に挨拶をね。入学おめでとう」

「必要ない。我々に貴方たちと交わす言葉はない。そもそも貴方は上級生の代表でもないだろう」

「わからないよ?」

「わかる。貴方みたいな化け物がこのイーリス女学院の顔になるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない」


 にべもない。

 イヴァンは気にしなかった。むしろ、こういったやり取りで思い出せる。自分は覚醒遺伝持ちの人間で、化け物だと。頭がお花畑の人間の少女とは違うのだと。普段の暖かい空気の方が異常なのだ。


「まあまあ」


 警戒心を顕にする黒髪少女を、隣の少女がたしなめた。茶髪でおっとりとした雰囲気の彼女は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「リオンは気にしすぎなんだよ。ここは天下のイーリス女学院なんだよ? 入学に当たって、しっかりと審査はされてるから。ミリア様に害を及ぼすような人は存在しないって」

「私が気にしすぎなら、貴方は楽観的に過ぎる、クロウ。覚醒遺伝持ちの人間に校舎を悠々と歩かせている学園に何を期待しろと言う。自らの身は自分で守らねばならん」

「イーリス女学院は自由な校風だからいいんだよ。私みたいな人間でも入れるんだから」

「貴方と彼女たちは同じではない。貴方は人間で、彼女たちは化け物だ」


 クロウが労うようにリオンの肩を揉んでも、リオンの表情は変わらない。

 取り巻きのうち、最後の一人、にこにこと笑顔を崩さない少女がミリアにしだれ掛かった。


「だってえ、ミリア。どうするんですか?」

「ピレネー。これは護衛である私たちが判断する案件だ。ミリア様に簡単に指示を仰ぐな」

「でもぉ、あっちはミリアのお客さんでしょう? だったらミリアが判断することですわ。傍仕え風情が口を出していいことではないんですわ」

「……むう」


 リオンは俯き、不承不承に頷いた。


「確かに、ピレネーの言う通りだ。ミリア様、独断をお許しください」

「許す」


 ミリアが緩慢に頷くと、クロウとピレネーは笑顔でミリアを抱きしめた。ミリア様は優しい、u麗しい、だのなんだの、姦しい声が上がる。


 まるで茶番。

 シクロが黙っていられるわけもなかった。


「うるさい子たちですね。私たちだって、貴方たちと戯れたくてわざわざここまで来たわけじゃないんですよ。私たちが聞きたい用件はたった一つ。そこのミリア・カウルスタッグの家のことです。貴方、マリアという名前に聞き覚えは?」

「……マリア」


 ミリアの首がこてんと曲がる。何の感情も映さない瞳は、記憶を漁っているようには見えない。

 つまらなそうに、興味なさそうにシクロのことをじっと見つめて、


「聞いたこと、あるよ」


 そして、出てきた答えはそんな言葉。首肯。


 イヴァンとシクロは目を見開いた。

 知っているという事は、どちらか。迎合か、排斥か。

 答え如何では、例え相手が公爵家だろうが、数に不利があろうが、行動に移すつもりだった。


「デリカ・アッシュベイン様がその名前を口にしていたわ。私とマリアは違う、と」

「……ああ、そう」


 固まった緊張が解けていく。

 そんなことは構いなく、平坦な言葉がミリアの口から吐きだされる。


「皆、同じことを言うのね。マリアと私が似ているって。確かに名前は似ているけれど、見た目もそんなに似ているもの? まだ出会ってないからわからないわ」


 その言葉に嘘はなさそうで、だからこそイヴァンは困惑した。

 ミリア本人が知らないだけ? それとも、本当に無関係? いや、ここまで似ている二人を他人の空似だなんて言い切れない。


「知らないなんて、そんなことないでしょ。隠し事は意味ないよ」

「隠してないよ」

「じゃあどうしてそんなに二人は似ているの? 偶然で済む話じゃない」

「そんなこと言われてもなぁ……」


 困ったように頬をかくミリア。


「ミリア。これは貴方のためでもあるんだよ。これ以上、根も葉もない噂を流されても困るでしょう。ここではっきりさせて」


 イヴァンが一歩踏み出すと、


「不敬だぞ、貴様ら」


 リオンが詰め寄ってくる。


「噂話ならまだしも、面と向かって一庶民とミリア様を同格と見なすとは、多大なる不敬である。万死に値してしかるべき!」

「うるさいですね、貴方。イヴァンはミリアと話しているんですよ」

「また不敬だ! 様をつけろ、モノトーン女!」

「取り巻きの質で主人の質もよくわかります。ミリアの底が知れますね」

「叩き切るぞ!」


 ヒートアップして刀に手をかけたその右手を、シクロは先回りして掴んで握りしめた。力を籠めると、「あ、ぐ」リオンの顔が苦痛に歪む。


 シクロは指を唇に当てた。


「お遊びはおしまい。お姉さんたちは貴方に用はありません。お子様は家に帰っておねんねですよ」

「――舐めんな」


 リオンから噴き出すのは、殺気。

 一度刀から離れた手が、シクロの握力をものともせずに再び刀を掴んだ。


「ミリア様を侮辱するものは、誰であろうと私が叩き切る」


 剣呑な雰囲気に、シクロも身構えた。

 埒が明かないのなら、殺し合いも辞さない思いで。


「やめるんですわ」


 リオンの背後からピレネーが歩きよってきて、リオンの頭を掴んだ。


「てめえ、わかってるんですの? なんで貴方がミリアの近くにいるのか、いられるのか、その拙い頭で考えるんですわ。ただの侍従だったらてめえ以上に優秀なやつはごまんといる。てめえの役割はなんですの? ミリアの役に立ちたかったら、剣の前に頭を磨け、ボケナス」

「い、いたい、……ピレネー、やめて」

「マリアってのは、この学院の有名人ですわ。庶民ではあるが、林間学校の誘拐未遂、アッシュベイン家令嬢の失踪事件、バレンシアの暴走事件の、いずれをも解決に向かわせていて、大人気の英雄様ですの。この二人はその腰巾着ですわ。マリアとミリアの顔を見て、二人の関係を確認しに来たんでしょうよ。だからミリアが正直に答えた時点で、あれらの用事はもう終わってますの。要らん茶々で私とミリアを煩わせるんじゃねえんですわ」


 手に血管が浮かび上がり、加わる力が大きくなって、みしみしと音を立てる。「わかった、わかった!」リオンの悲鳴を聞いて、ピレネーはようやく手を離した。


「次に同じことしたら、私からカウルスタッグ家にお伝えしますの。この護衛は、役目も果たせないガラクタでしたって。新しいものと交換お願いします、って」


 御淑やかに微笑んだピレネーに、リオンは真っ青になって追いすがった。


「ま、待て……」

「”待て”? てめえは私にそんな口聞くんですの?」

「いや、待ってください。それだけは、許してください。私は、私の剣は、ミリア様のために磨いてきたのです」

「わかってくれればいいのですわ。さて、私も出過ぎた真似をしてしまいました、ミリア。これも貴方への愛ゆえにですわ」

「いいよ。二人とも、許してあげる」

「寛大なお心遣いに感謝いたします」


 一転して全員が笑顔になって、ミリアに群がっていく。

 イヴァンはそんな様子にうすら寒いものを感じた。


 ミリアは無機質な瞳をイヴァンとシクロに向ける。


「ということで、私はマリアのことを知らないの。本当よ。嘘をつく理由もないわ。マリアという方のことは、貴方たちの方が知ってるでしょう?」

「それはそうですが……」

「だったらそれでいいじゃない。マリアはマリアなのでしょう?」


 ミリアは頷いて、「じゃあ、私は帰るから」と言ってイヴァンとシクロの横を通り過ぎていく。三人の取り巻きもそれに続いた。


 結局、会話の中で得られたものはなかった。

 いや、”何もない”という事実は得られた。

 少なくとも、ミリアはマリアに興味はなさそう。マリアに接触してきて、三人の仲を引き裂くようなことは起こらないだろう。

 シクロが疲れた顔で囁いてきた。


「……つまり、関係ないということでいいんですかね?」

「一旦はね。とりあえずすぐに状況は変わることはなさそう」

「じゃあ、一安心ですね! さっさと帰ってマリアにこのことを伝えましょう。ミリアはマリアに興味なんか一切なかったですよ、って」


 うきうきで歩き出したシクロの背中を見つめながら、イヴァンは考えた。


 ミリア・カウルスタッグ。

 彼女に対しての印象は、世間を知らない娘。あるいは、様々を知った娘。読めない表情からは、彼女の本心を推し量ることはできなかった。


 相反する評価に、不安がよぎる。

 ミリアはイヴァンとシクロを見ても、驚いている様子はなかった。覚醒遺伝持ちの人間の存在を知らないか、もしくは普段から見慣れているか。

 ピレネーの暴力を見ても、我関せずを貫いていた。暴力を知らないか、暴力を知りすぎているのか。

 無関心な瞳は、何も映してはいなかった。それすら、知らないから興味がないのか、知りすぎて興味を失ったのかわからない。


 相手に色んな評価を与える少女、まるで、マリアのようだ。真逆なことをしているのに。


 イヴァンは振り返った。四人の背中はまだ廊下の上にある。

 試すように、思いっきり、殺気を飛ばしてみた。

 全員が振り返って、イヴァンを睨み返してくる。


 流石に護衛の三人の反応は早かった。

 が、一番最初に振り返ったのは、ミリアだった。


「つまらないの」


 何に対してかはわからないが、ミリアはそう呟いて、また歩き始めた。


 毎日を楽しんでいるマリアと、

 毎日を漠然と過ごすミリア。

 真逆だからこそ、正反対だからこそ、イヴァンはその関連性を否定できなかった。


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