3-21. 邂逅
またこの季節がやってきた。
別れと出会いの季節。年度の入れ替わり。
イーリス女学院の卒業式。
ここ数か月で仲良くなった先輩たちが、卒業してしまった。皆、婚約者と結婚したり、親の職業を継いだり、王宮に勤めることになったりと、進路は様々。
最後には皆泣いていた。色んな辛いことや嫌なこともあったけれど、こうして楽しく卒業できてよかったと笑ってもいた。
つられて私も少し泣いてしまった。仲の良い人との別れは、とっても寂しい。
全員が私に感謝を伝えてきた。困ったら助けるからとか、進路で困ったら相談に乗るとか、優しい言葉をかけてくれる。
手を振って、笑いあって、誓いあって。私たちは違う道を歩き始める。皆、新しい道に乗って、歩き始めた。
私はどうだろう。どこに向かうのだろう。
身分もないし、婚約者もいないし、就きたい職業も特にはないし、未来は何も決まっていない。けれどそこに悲観はない。人生なんてどう転んでいくかわからないし、自分で支配できるものでもない。なるようになるし、なるようにしていく。考え方によってはまだあと一年あるということだし、ゆっくり考えていきましょう。
「三年生になると、私たちCクラスは職業見学ができるみたいだよ」
移動教室の途中、テータが話しかけてきた。
「職業見学?」
「うん。Aクラス、Bクラスの子たちは貴族で、ある程度の進路は決まっているけれど、Cクラスは庶民で、どの仕事に就くかは決まってないでしょ? 色んな職場に足を運ぶ権利があって、自らを熟れるチャンスでもあるんだよ。まあ、Cクラスに選ばれた時点である程度の才能を見出されているから、基本的に声をかけてくる相手は決まってるけどね」
「テータはどうするの? やっぱり諜報関係?」
「まあ、私は多分そっちの道だと思うよ。そもそも今のところを抜けられないと思うし」
半ば諦めたように笑うテータ。けれど以前よりも悲観的な様子は見られなかった。
過去は辛そうに仕事に向き合っていたが、最近は少しだけ楽しそう。やらなくてはいけないことが、”自分だけができること”に変わったのだろう。誰だって頼りにされれば、やりがいも生まれるというもの。
「そういえばこの前は助かったわ。知らせてくれてありがとう。やっぱりテータはすごいわね」
「牢屋には何度か入ったことがあるし、問題ないよ。マリアの頼みだしね。確かにあの人は牢屋にやってきたけど、その情報を何に使ったの?」
「ふふ、バレンシアの様子が気になっただけよ」
この件に関しては、テータだけではなく、色んな人に協力してもらえた。
デリカからは王宮の内情を、ロウファからは牢屋番の労働周期を、その他上級生下級生からも話を聞くことで、成し遂げることができた。
皆私に好き好んで協力してくれる。何をするかも聞かないで、嬉々として色々と教えてくれた。
情報は最強の武器である。人の眼はいずれの場所にも存在する。手繰り寄せていけば、隠し通せる秘密など存在しない。誰もが何の気なしに発した言葉が世界を揺るがしているとは感じていない。
私には誰もがすべてを献上してくれる。
当然よね。
だって私は、英雄で救世主で友達で愛する人で、――貴方たちの全てなんだから。
「マリアは魔術師団に入るんでしょう?」
アルコも寄ってきて、杖を掲げた。
「私も今度魔術師団を見に行くんだ。一緒に行きましょう。マリアと私なら、敵を皆殺しにできるわ」
「いや、護衛団だろう。私と一緒に皆を魔物から守ろうぜ」
アネットも笑いかけてくる。
色んな選択肢がある。私は色んなものを選べる立場にある。
昔を思えばそれは喜ばしいことよね。何者でもなかった私、売られるを待つだけの私。それは確かに私だったけれど、今は私ではない。私は今、潤沢に埋め尽くされている。
金銭的には一兆ドリム。
友情的には比肩はなく、
愛情的には天井知らず。
絶対で唯一の、誰の眼から見ても最高の存在。
ああ、最高。
「そうね。でも私は、色んな人と触れ合える仕事がいいかも」
イーリス女学院のように、毎年色んな人たちと知り合えて触れ合える場所。私を教えて、私を教えてもらえるところ。どこがいいかと聞かれれば、私は人が多くいる場所にいたい。
「それならば教師はどうだ? マリアなら似合うと思うぞ」
エイフルが頷いている。
彼女は彼女で法務官を目指して勉強中だ。目的があるって素敵だものね。
「教師かあ。悪くはないかもね」
イーリス女学院ではなくても、教師になれば色んな子たちと触れ合えるし。欠点は相手にするのが子供ばかりということ。もっといろんな視点を持ちたいかも。
「外に出るのはどう? 私と一緒に商人をしましょうよ」
レインが提案してくれる。
確かに多種多様な人に出会えるし、いいかも。商品の価値を知るという事はそのものの本質を知るという事だし、知りたがりな私にはピッタリ。
世間一般から見た今の私の価値というのも気になるわ。私は外ではどんな存在になれるのかしら。ここで学んだことを生かして、競売で与えた影響を掘り起こして、また、面白いことが起こりそう。
結局、どこでもいいかも。
「どこでも、十分に楽しめるから」
だって私はそういう人間だから。
状況に楽しまされるのではなく、楽しい状況を作れる存在だから。
化け物、怪物、魔女、道化、エトセトラ。
どの私でも、環境にフィットして、状況をかき混ぜられる。誰も知りえない未来を生み出すことができる。
それができれば、文句はないわ。
◇
卒業式の後は、入学式。
私たちが最上級生になる年。
新しく新入生が入ってきた。
初々しく小さくて可愛らしい少女たち。
彼女たちともとっても仲良くなる未来予想図に、私も気分が高揚してしまう。一緒に楽しい日々を過ごしましょう。
生徒全員が集まった集会場の壇上に上がるのは、今年の代表。その年の入学制で最も位の高い生徒。
私はそれが壇上に上がるまで、すっかり忘れていた。
今年に誰が入学してくるのか。バレンシアが喚いていた、とある家名を。
毎日が楽しすぎて、愛おしすぎて、頭から抜け落ちていた。
一人の少女がゆっくりと歩いていく。
私の耳には、その足音がやけに響いて聞こえた。
肩口までの金髪を揺らして、
少し眠そうに金眼を開いて、
優雅に綺麗に、されど気だるげに、
壇上に、立つ。
「皆様、初めまして。ミリア・カウルスタッグと申します。新入生を代表して不肖ながら私が代表の挨拶をさせていただきます。このように温かく我々新入生を迎えてくださり、誠にありがとうございます。このたび――」
それからの言葉は頭に入ってこなかった。
ただただ、彼女の姿に釘付けになる。
声に、姿に、顔に、立ち振る舞いに。
その綺麗な顔にから、目が離せない。
どこかで見たような顔。けれどあまり見ない顔。見ようと思わないと見えない顔。
私が唯一、好きでもない顔。
「……マリアだ」
ミリアを見て、誰かがぼそりと呟いたその言葉。
それがすべての答えで、すべての始まりだった。