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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
二章 学生二年目
59/142

3-18














 校庭まで戻る途中で、イヴァンとシクロに出会った。

 二人とも、制服に汚れも乱れも存在しない。私が覚えている、登校前の綺麗な彼女たちのまま。決着は一瞬だったようだ。確かにたかだか人間ごときに後れを取る二人ではないし、反攻を許さずに倒すことは造作もないだろう。


「マリア!」


 私の姿を見ると駆け寄ってくる二人。私を見て笑顔になって、それから何故だか慌てだす。


「マリア、服はどうしたの?」


 言われて気が付いたが、私は今素っ裸だった。

 二人の戦闘とは違って、私とバレンシアの力は拮抗していた。服を汚さないように、なんてそんな余裕は当然なかった。バレンシアとの激しい戦いの間、私の制服は切り裂かれて砕かれてどこへ行ったのかもわからない。


 シクロとイヴァンは上着を脱いで、私にあてがってくれた。片方を普通に着てボタンを留めて、片方は腰に巻き付ける。全身を表面上は覆うことができた。シクロの方は自身の服全てを脱ごうとしていたので、止めておいた。


「ありがとう。二人の暖かさが伝わってくるわ」


 ほっとする暖かさ。

 先ほどまでの私のくだらない考えなど吹き飛んでいく。


「そんなになるまで戦いあうなんて、激しい戦いだったみたいだね」


 イヴァンは私の身体を隅々まで見つめてから、ほっと息をついた。


「だけど良かった。見たところ、大きな怪我とかはないみたい。それで、何があったの?」

「色々あったわ。けれど、まずはこの騒動に決着をつけないといけないから後で話すわ。貴方たち二人には真実を、ね」


 私が笑いかけると、イヴァンは神妙な顔で頷いた。

 シクロは私の周りをくるくると回って、イヴァン以上に私の様子を確認している。一通り見終わった後、胡乱気に私の背後の佇むエリクシアに目を向けた。


「エリクシア、いたんですね。抜け目がないといいますか……。いいですけど。でも、いたならいたでやることがあるでしょう。貴方、せっかくマリアの近くにいたというのに、マリアに服も貸さないで何をしているんですか」

「……」


 エリクシアはシクロの言葉を聞こえていないかのように無視してしまう。顔は心ここにあらずだ。


「エリクシア。無視するんですか?」

「え、ああ。何?」顔を上げる。

「きちんと耳掃除をしたらどうですか。マリアに服くらい貸してくださいと言ったんですよ。その衣服は飾りですか?」


 シクロはおかんむり。

 でも、エリクシアはやっぱりに別のことに気を取られている。


「ぼうっとするなんて、エリクシアらしくないね。何かあったの?」


 イヴァンの視線を受けて、エリクシアはため息と共に肩を竦めた。


「……別に。ただ滅茶苦茶な戦闘があっただけ。私はただ見ていただけだ。マリア様に問題はなかった。問題はこっちのやつだろう」


 そしてその視線は、私の手元に移った。


 私の手元。

 掴んでいる者。

 四肢をだらしなく弛緩させて昏睡しているバレンシア。両手は砕かれ、喉は潰され、皮膚がところどころ真っ赤に染まっている満身創痍の彼女。


 ごくり、と二つの喉の鳴る音が響く。

 金色の彼女は真っ赤に染まってもなお美しい。強靭で美しい体。


「学びの多い戦いだったわ」


 バレンシアと出会って、バレンシアの話を聞いて、バレンシアと戦って、バレンシアに勝利して。

 色んな未知が押し寄せてきて、それらが既知に変わって、わからないものはわからないものとして理解して。


 畢竟。

 私は、より、私を知れた。

 死って知って。私の定義が砕け散って、再構築されて。今まで私とは違う私、されど生まれた時から確かに存在していた私になる。


 人に触れるたびに、自分を知る。

 人の目に映る自分を知っていく。

 ようやくと言うべきかもしれない。人によっては当然だと思う事でも、心の底から理解しないと、私は理解しえない。


 そして、私以外、私から見た人間という生物についても、理解が深まった。

 人は一人では自分のこともわからないのかもしれない。自分の事は知っているようで知らなくて、見えているようで見えていなくて、一番近いようで一番遠いのだ。多数の人と触れ合って、同じところ違うところが明確になることでようやく、自分のカタチを知る。


 鏡にも、水面にも、映らない。それは真の私ではない。

 正しい私は、人の中にある。

 だから、人の中にある私、それを取り出せるのは、何もおかしいことじゃない。私の中のイヴァンを、シクロを、エリクシアを面に出すのは、何も間違ったことではない。私は彼女たちをよく知っているんだから。


 私は、普通。

 普通の人間の皮を、今日もしっかりと被っている。


 私は息も絶え絶えなバレンシアの首根っこを掴んで持ち上げた。


「そう、エリクシアの言う通り、滅茶苦茶な戦いだったわ。かつてないくらいにバレンシアは強かった。でも、私は勝利したの。皆の希望を背負って、正義を手に入れたから、勝つことができたの。これでみんなの恐怖の元はなくなったわね。皆、楽しい日々を過ごせるようになるわ」


 ぶらんぶらんと揺れるバレンシアを見て、三人の眉根が寄った。

 知りたいのは、こうなった経緯? 戦いの内容? バレンシアの正体? それとも、私の事?

 イヴァンは何があったのかを知りたくて、シクロはどうするのかが知りたくて、エリクシアは起こったことを忘れたいんだわ。


 わかる。

 全部。

 だって私は貴方たちでもあるからね。

 大丈夫。貴方たちには後で全部教えてあげる。私と同じように、美酒のような真実を味わいましょう。


「あはは。話し合っても埒が明かなかったから、バレンシアには少しお灸を添えてあげたの。これからこの子を皆の前に突き出して、このお話は終わり。エリクシアは先に部屋に戻っていて」


 三人が頷くのを見て、私はバレンシアを持つ手を下げて、彼女を引きずって歩き出した。



 ◇



 校庭まで戻ってみると、そちらも片がついたようだった。

 隅の方で十人の上級生が捕まえられて、顔を落としている。ほぼ全員に共通しているのは、絶望しきった顔。失敗したことよりも、どちらかというとこの後に起きることに恐怖しているようだった。


「マリア!」


 主人を見つけた子犬のようにデリカが駆け寄って来た。


「良かった! 無事だったのね。でも、服はどうしたの?」

「殴り合ってたら破けちゃったから、捨ててきたわ」

「あら、そうなの? 替えの制服を持ってこさせる?」

「いいわ。イヴァンとシクロが暖かい服を貸してくれたから」

「そう。それならいいけれど。ねえ、見て。言われた通り、バレンシアの配下は捕らえたわ。皆、白百合騎士団の名にふさわしく、勇敢に戦ってくれたわ。後は黒幕のバレンシアを懲らしめるだけよ」


 興奮しているらしく、鼻息が荒い。


「で? バレンシアはどこ? マリアは戦った後、逃げてきたの? それでも大丈夫よ。皆、とっても強いんだから。バレンシアもぼこぼこにしてくれる。士気も上々よ。皆、正義のために戦えることが誇らしいみたい。さあ、正義を執行しに行きましょう!」


 エイフルみたいなことを言っている。

 周りを見ても、その言葉に偽りはないようだった。皆、勇ましい顔をしていて、アドレナリンが出っぱなしみたい。緊張感と高揚がいい感じにブレンドされて、本物の騎士のよう。


「白百合騎士団が上手く回っていてよかったわ。初陣なのに私は別行動で、皆の戦いが見れなかったのは残念ね。こっちの戦いも終わらせてきてしまったから」

「あら、そうなの? じゃあ、バレンシアは森の中?」

「これよ」


 私は手の中のそれを放り投げた。

 べちゃ、と校庭の上に転がる一つの身体。


「……」


 デリカを初めとしたその場の全員が、じっとそれを見つめた。

 金色の毛に覆われた巨躯。獅子の鬣のように立派な髪。砕かれてはいるが人を簡単に殺められる強靭な四肢。


 全員が止まってしまったのは、目の前の存在が普通の人間ではなかったから。バレンシア・グレイストーンという公爵令嬢。普通の人間の代表、王国の頂点の人間が、化け物だったから。

 パッと見には覚醒遺伝持ちの人間。一年ほど前に彼女たちを襲った因縁の相手。実際にはそうではないのだろうが、そう見えてしまうはずだ。


 私はそれを拾い上げて、皆の前に掲げた。


「バレンシア・グレイストーンは、見ての通りの化け物だったわ。貴方たちが恐怖を覚えるのも当然よ。彼女は、人間ではなかったのだから」


 ひっ。

 と、息を飲む音が聞こえた。

 それは一つではなく、伝染して伝播していく。


 最初、皆を襲ったのは恐怖だった。

 皆を代表して、一番近くのデリカが震える声を出した。


「どういうこと……? バレンシアは、覚醒遺伝持ちの人間だったってこと? 私、そんなこと、知らなかった。だって、身体的特徴に異常はないじゃない」

「多分ね。二人きりになったら本性を現したわ。彼女は本性を隠せていて、自らを偽っていたのよ」

「公爵家に、覚醒遺伝持ちの人間がいたなんて……」


 デリカの驚愕は本心のようだった。

 私が拾った事情の端々。バレンシアの語っていた王家の内情。恐らく、デリカは知っているかもしれない立場にいるが、実際には知らないのだろう。家督を継ぐ云々が関係しているんだろうか。

 まあ、今はそのことはどうでもいい。


 私はバレンシアを掲げながら、言葉を紡いだ。


「何故彼女が皆に酷いことができたのか、私はずっと不思議だったわ。普通、他人が嫌がることなんてでできないでしょうに。報復や敵意を向けられるなんて、嫌でしょう? でも、なんでバレンシアが横暴にふるまえたか、その理由がわかったわ。

 バレンシアは、貴方たちと同じ、普通の人間ではなかったのよ。化け物だから、人間を噛むことができたのよ」


 他種族を殺すのに罪悪感はそこまでないでしょう?

 自分が生きるためだとはいえ、相手が危害を加えてくるからだとはいえ、人間以外の生物を殺すのは、意外と簡単。本能が、別種族は殺しても問題ないと結論付けている。

 種族が違う相手。バレンシアは本心から私たちを蟻と同じだと思っていた。


 私が言うと、また、全員の感情が変わっていく。

 恐怖から、怒りへ。

 圧倒的な力を持つ化け物が地に伏している現状に、加害と被害が簡単にひっくり返る状況に、簡単に操られていく。

 怒りの矛先は、明確に。


「――さて、バレンシアが化け物だとわかったところで、そこの縛られている人たちに罪はあったのかという話になるわ。化け物のバレンシア、彼女の行った悪行を考えれば、彼女は絶対の悪よね。でも、そんな悪に首根っこ掴まれていた子たちも、悪になってしまうのかしら?」

「……それは可愛そうなんじゃない?」


 誰かの呟き。

 同情の感情が回っていく。

 バレンシアという化け物を前にすれば、命令を聞かない以外の選択肢はないだろう。圧倒的暴力で屈服させられてしまうのだから。つまり、彼女たちもまた被害者。

 悪いのは、バレンシアだけ。


「そうよね。だから、断罪されるべきはバレンシア・グレイストーンだけ。そうでしょう?」


 縛られているバレンシアの元取り巻きの瞳にも、感情が宿る。正義と共に、憎悪の感情が、湧き上がっていく。そして、私に向けられるは感謝。


「そうだね。悪いのはバレンシアだけだ。拘束を解除してやろう」


 ロウファが言って、縄で縛られた彼女たちを開放していく。

 彼女たちは立ち上がってこちらにやってくると、そのままバレンシアを蹴りつけた。

 十人による、集団の暴行。

 暴力は簡単に入れ替わる。強弱は容易に流転する。

 正義をもった、持ってしまった人間は、躊躇をしない。それは最強の兵士であり、最強の加害者。


 ああ、私はまた知ってしまった。

 人を強くするのは、筋力でも技術でもない。思い。重い想い思いが、人を強くする。残酷にする。残虐にする。


「こいつ! よくも今まで好き勝手やってくれたな!」「この化け物が! おまえの悪行を広めてやるからな!」「おまえの生きる道はないと思え!」「今までの分、しっかり復讐してやる!」「百倍返しじゃあ生ぬるい!」


 不満が、憎悪が、吐き出されていく。

 指一本動かせないバレンシアは、ただ成すがままに蹴られ殴られ踏まれていく。憎しみや怒りが暴力の形となって、鬱憤を晴らすかのように与えられていく。


 ひどい。と思う私がいるのも確か。同情。これもまた、人の不思議な感情よね。

 でも、これくらいじゃ死なないと思うから、放っておくことにする。バレンシアが横暴なのは確かで、彼女に罰は必要だとも思うし。

 そうして彼女たちの憤懣が収まってきたとき、彼女たちは私のことを見つめてきた。


「ありがとう、マリア。貴方のおかげでこの化け物から逃れられることができたわ。感謝してもしきれないくらい。この恩は絶対に忘れないわ」


 全員が深く頭を下げてくる。

 私がもらえるのは、感謝。心の奥に根付く服従。

 全員、私を正義と認めてくれている。だから、私が言う事にはこれからなんでも従っちゃうの。


 また、私を入れてくれる子たちが増えていく。私が広がっていく。

 すべてが私の思うがままに。私の理想通りに。

 ありがとう、バレンシア。

 私の敵になってくれて。

 彼女たちを味方にしてくれて。


 とっても嬉しいから、貴方も助けてあげるわ。

 私はとおっても、やさしいからね。



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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も素晴らしく濃い内容でした!! 、これからどう転ぶのか楽しみです!
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