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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
二章 学生二年目
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3-13. 騎士号














 対立、相対。

 まるでそれは陣取りゲームのようで、盤上のゲームのようで。人が立ち替わり入れ替わり、考えを立場を変えていく。中立も巻き込んで、人は総じて白か黒かで分けられるような状況になっていく。


 食堂での一件から日をおくごとに状況は進んでいく。バレンシアは私を鬱陶しいと敵視し、私はバレンシアの暴力を諫める構図。今やどちらかに身を寄せないと、その身が危険に晒されるところまで来てしまっていた。


「私に歯向かったら殺すですの」


 バレンシアは少女たちを脅していく。イーリス女学院内においても存在する圧倒的な権力、取り巻き連中が与える暴力、そして彼女自前の思考力を生かして、少女たちを恐怖の底に堕としていく。彼女たちから思考を奪っていく。心が目が死んでも暴力に晒されなければそれでいい。少女たちからはそんな諦念が察せられた。

 まるで奴隷のようだ。


「私に協力してくれたら嬉しいわ」


 私は少女たちに微笑みを投げていく。誰よりも可愛く美しい顔を披露して、心の底から安心させるような笑顔をもって。私が与えるのは思考。人間としての尊厳、常識、生活。どっちに就いた方が有益か、楽しいか、教えてあげるの。少女たちは意欲的に私に身を寄せてくれる。

 まるで恋人のように。


 バレンシアが殴りつけた子を、私は抱きしめた。

 私が声をかけた子を、バレンシアは蹴りつけた。


 飴と鞭が交互に振るわれるような、少女たちにとっては地獄の様な日々。バレンシアによって沈められてしまった心を、私は救い上げてあげる。そうすると、バレンシアはまたその子を蹴り落として、私が助け上げてあげて――堂々巡り。

 ぐちゃぐちゃになっていくのが、わかるの。


 私とバレンシア、二つの勢力はイーリス女学院の中で争いを深めていた。どちらに身を寄せるか、その数は半々。私が何の後ろ盾もない庶民にしては上々だろう。デリカやロウファが一切ぶれずに傍にいてくれることも大きい。

 バレンシアは私に直接手出しはしてこない。理由は判然としないけれど、前に、私が英雄と見なされているのが気に食わないと言っていたので、私から皆を引きはがして一人にしてあざ笑ってやろうという魂胆なのだろうか。


 でも残念。私は一人にならない。

 もう、一人にしてももらえないの。皆が私を求めるから。求めてくれるから。


 私とバレンシアの傍にいる少女たちには、大きな差がある。

 それが、自分の思い。意欲。


 バレンシアの傍にいる女の子たちは、怯えてばかり。恐怖という鎖で縛られた子たちは、失敗を恐れるだけ。バレンシアの言ったことそ忠実に実行する兵士、あるいは、型に嵌まった砂糖菓子。枯れ果てた忠誠心は認めるけれど、それじゃあ何も面白くないでしょうに。余計なことをすれば怒られるのだから、仕方がないけれど。


 対して、私の傍にいる子は、自発的に動いてくれる。私のためと言って、バレンシア側から人を引っ張ってきたり、私を守ってくれたり。こんな状況でもどこか楽しそうに、幸せそうに、私に尽くしてくれるの。私がバレンシアに負けそうな可憐な少女だから、自分がやってあげなきゃって、精一杯助けてくれるの。


 人を表すパラメータ。そこに載るのは今まで見た目、頭脳、戦闘力、権力くらいかと思っていた。大まかに言えば、それくらいで人の力の振り分けはできるものだと、勘違いしていた。

 けれど、見えないところには、やる気という項目もあるのね。


 やる気は、少女たちの力を爆発的に跳ね上げる。やる気があって、自分の行動に自信のある子たちは、可愛くて、頭が回って、強くて、勇ましい。誰にも負けない無敵の人間になる。

 じゃあどうやってそのやる気を上げればいいの?

 私は知っている。


 ”正義”があればいいの。


「正義はマリアにある」


 そう堂々と言うのは、エイフルだった。

 Cクラスの教室内、教師すら治めることのできない内戦状態の校内で、ここが私たちの陣地であり本陣。

 一番安全な場所で、私たちは作戦会議をする。


「バレンシアの傍若無人を見れば、それは一目瞭然だ。人を人とも思わない行動、公爵家の権力をかさに着た腐った思想。まさにあれが悪だ。裁かれるべき悪だ」


 エイフルは右手の義手で拳を作った。林間学校で壊されてしまった腕、そこに魔手という義手を嵌めている。最近リハビリの成果もでてきて、自分の腕と遜色なく動かせるようになっている。むしろ、昔よりも武力的には強くなっている。

 そんな力強い拳を見て、私は頷いた。


「エイフル。最近私もよく分かったわ。貴方の言っている、正義の話」


 人は正直な生き物だ。嘘が苦手で、間違えたことが嫌い。

 自分の行動が正しいかどうか、自分では決められない。そんな状態での行動というのは、弱弱しく、薄氷の上を歩くようで心もとないのだ。

 だけど、目標があれば、正しさを確信できれば、その限りではない。人々は一騎当千の将となって突き進むことができる。


 不安や恐怖を払しょくする無敵の称号、それが正義。

 人が真っすぐ進むために必要なもの、それが、正義だ。


「マリアもわかってくれたか。そうだ! 悪とはすなわち、世界を歪める腐った存在だ。そして、この世の悪のなんと多いことか。今でいうと、バレンシアこそが絶対悪である。懲らしめねばならない。それを成すマリアこそが、絶対の正義なのだ」

「ふふ。そうね。エイフルの言う通りだわ。バレンシアは人として超えてはいけない線を越えてしまったわ。彼女でのせいで、せっかくの楽しい学院が恐怖に脅かされてしまっているの。それじゃあ、ダメよね。せっかくの生活、楽しくするために、バレンシアは止まらなくちゃいけない。誰も止めることができないのだから、私が止めてあげないとね」


 暴力は、悪。

 威圧も、悪。


 反対に。


 慈愛は、正。

 抱擁も、正。


 バレンシアが行うことはすべて悪で、私が行うことはすべて正しい。常識的に、倫理的に、絶対的に、その方程式は成り立っている。人間の理を外れてしまったのは、狭い学校から一線を画してしまったのは、バレンシアの方。

 だから、私は正しい。何をしても、正しい。


 教室の扉が開いた。顔を出したのは、愛しの少女たち。一緒に正義を背負ってバレンシアと戦ってくれる、優秀な子たち。


「マリア。バレンシアの陣営の状況を調べてきたよ。特に普段バレンシアと関わり合いのない子たちは、不平不満がたまってるみたい。皆死んだような顔をしてる。早く解放してあげないと」


 テータが調査してきたことを教えてくれる。


「マリアの思想の新聞を全校生徒に配ってきたっすよ。学校はもっと楽しくあるべきだって、伝えてきたっす。マリア側の子たちは声を大きくしていて、中立の子たちも、段々とマリアの支持に動き出してるっす」


 クリスが私の思っていることを広めてくれる。


「教職員にも確認を取ってきた。バレンシアを止めることに対してだったら、ある程度のもめ事には目をつぶるってさ。匿名だが、バレンシアの横行を止めてほしいってよ」


 アネットが教師陣を説得してくれた。


「バレンシアの取り巻きたちはバレンシアに弱みを握られているみたいよ。上手く交渉できれば、バレンシアから引きはがして、バレンシアを裸にできるかもね」


 レインはバレンシアの周りについて調べてくれた。


「私たちが一緒に研究していたあの魔術を使うときが来たんだね。速く試したいわ。だ、誰を燃やそうか」


 アルコが笑顔で杖を振り回している。

 私は全員に微笑みを投げた。


「ありがとう、皆。でも私はバレンシアと争いたいわけじゃないの。ここまで来てしまったけれど、皆が笑顔になれる道を探したいわ」


 まあそんな道、ないだろうけど。

 何故なら、バレンシアは絶対に変わらないから。私の割り込む心の隙間も、心が揺れることもない。


 なら。仕方がないわよね。

 全面的に戦いを挑んでも。むしろ、挑まれているのは私の方だし。誰も私を咎めることもない。


 教室にロウファが入ってきた。頭から血を流している少女を背負っている。少女は気を失っているのか、青い顔で浅い息を吐いていた。


「まずい。バレンシアのやつ、見境がなくなっていて、手当たり次第に暴力を振るい始めている。全部マリアのせいだとか言ってるよ。被害者も多くなってきている」

「大丈夫なの?」

「命に別状はないと思う。けれどこの調子なら、いずれは死人も出るかもしれない。この子、ここに置かせてもらってもいい?」

「ええ、ここは一番安全だからね」


 ロウファが持ち込んだ簡易ベッドの上に少女を横たわせる。それを、この場の全員が見ていた。苦しそうな少女の顔を見ての、恐怖と不安と憤懣が伺えた。

 明日になれば、時が進めば、どんどんと悪化していくだろう。死人というのも、あながち間違いではないかもしれない。全員、その未来が見えたはず。


 暴君が暴れるのを、黙ってみているしかない歯がゆい現状。どうにかしなければならない、誰もがそう思っている。奥底からのやる気と、背負い始める正義の文字。


「怪我人も多くなっているわね」

「ああ、寮から出てこない子や、突然泣き出す子まで出てきている。三年生はほぼ全員バレンシアに恭順、教師もビビって手が出せない。イーリス女学院は閉じられた箱庭だから、外に連絡も取れりづらいし、そもそも事の発端が公爵家のバレンシアだから、密告も握りつぶされてしまう」

「八方ふさがりということね?」


 絶望的な状況。

 けれど――否、だから、かしら。

 全員の目に決意が宿るのを見て取って、私は立ち上がった。


 頃合いね。


 この場所は、吹きこぼれそうな鍋。あるいは、決壊しそうな防波堤。

 どうにかしたいけれど、どうにもできないという歯がゆさ。皆の顔に焦燥感が溢れて、誰かどうにかしてくれと願うこの瞬間。他力本願、されど、自分だってやってやるという二つの複雑な感情。


 全部をひっくるめて。全部を見定めて。

 私は、賽を振る。一番利益が、楽しさが、悦楽が出る、この瞬間に。

 今こそが、私の出番だと、林間学校で知ったの。


 私は、色々知っている。わかっているわ。

 今がその時だという事。そして、正義こそが悪を砕く手段であるという事。


 バレンシアに反抗できるのは、反抗したのは、私だけ。みんなが求めているのは、この私。誰もが正義が私にあると信じて疑わない。


 だから、私がなってあげる。貴方たちの、希望に。

 だから、よおく見ていてね。私のことを。私の輝くさまを。眼に、心にしっかりと映すのよ。


「バレンシアをこのまま放っておくことなんてできないわね」


 私は横目でデリカに目を向けた。

 デリカは強く、使命感に燃える目で頷く。


「アッシュベイン公爵家の名において、今ここに騎士号を発令する!」


 デリカは堂々と、この場にいる全員に告げた。


「今この時に、バレンシア・グレイストーンを王国の敵と見なす。罪状は王国の未来――イーリス女学院に在籍する生徒への暴力行為、学生生活への混乱、および妨害。それらを王国の未来を汚す行為と判断し、バレンシアを王家に仇なす悪と断定する!」


 この場全員の背中がぴんと張った。正義が言葉となって、全員を鼓舞していく。


 デリカは私に向き直った。


「デリカ・アッシュベインの名の下、この場にいる正義を冠する少女たちに騎士号『白百合』を授与します。マリア。貴方が長よ。王国を乱す悪に、白百合のように清く尊厳のある、正義の鉄槌を下しなさい」

「謹んで拝命いたします」


 私は首を垂れた。同時に、周りの少女たちも恭しく頭を下げる。


 騎士号――王国の敵と判断された災厄への対抗手段に授与される勲章。それを受け取った組織は王国直下の部隊となり、敵を盗伐するための数々の特権と権力を持つ。

 だがしかし、本来は王家と公爵家の当主たちの承認が必要となる。いくら公爵令嬢と言えど、デリカ一人の声だけで発令できるものではない。


 ただ、偽りでもいいのだ。そもそも私たちだってきちんとした組織ではないし、烏合の衆であることは否めないのだから。

 偽りでも、それは一つの事実になる。公爵令嬢デリカが認めた事実は、私たちに一つのものを与えてくれる。


 すなわち、絶対の正義。


 少女たちに振り返る。


「私たちはデリカ・アッシュベイン公爵令嬢より、騎士号『白百合』を拝命しました。私たちを認めてくださったそのお心に報う働きをせねばなりません」


 全員が重く頷くのを見て、微笑んだ。


「安心して、皆。正義が必ず勝つのだから」


 だって、正義は無敵なのだから。

 さあ、悪を根絶やしに行きましょう。


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