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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
二章 学生二年目
52/142

3-11














 とある日。

 お茶会に呼ばれた。


 お相手は、今まできちんと話したことのない相手、バレンシア・グレイストーン。彼女の所有する茶室に一人で来いと。

 ほとんど呼び出しである。どういう意図かわからないけれど、彼女の人となりを鑑みるに、良いことは起こらなさそう。


 どういう人間かとデリカに事前に聞いておくと、とんでもなく苦い顔をされた。


「人格破綻者よ」


 デリカとそんなことを話しているのも、お茶会の席だった。取り巻き四人と私とデリカの六人で、一つのテーブルを囲む。


 護衛兼取り巻き四人のうち、一人は忙しなくデリカに目をやって、一人は顔を俯けたままだった。残りの二人もどことなく挙動不審。どうもデリカが失踪した時に糾弾されたのがよほど堪えたらしく、トラウマになってしまっているみたい。それに加えてデリカの方に自信がつきだしてしまったから、パワーバランスは崩壊。ほとんど彼女たちは置物のようになって、残りの学院生活が過ぎるのを静々と待っているだけになってしまった。

 可哀想に思う事もある。でも、思うだけ。

 私がいなければ林間学校の際に、デリカは捕まってひどい目に逢っていたかもしれない。彼女たちが自己保身に走ったせいで、デリカの一生は終わっていたかもしれない。その責任だと思えば、こんな状況は軽いものでしょう。


 まあ、他人の私が判断できるのはこれくらい。後は当人たちの問題だから、私は手を引くわ。

 デリカはおどおどしている四人など気にもせず、私のことを心配そうに見つめてきた。


「バレンシア・グレイストーン。あの人は、人間じゃないわ。自分の強力な権力を、綺麗な見た目を、配下の武力をうまく利用して、他人をいたぶる化け物なの。私だって何度も嫌がらせされたわ」


 恐れと怒りのこもった口調。確かに、バレンシアはデリカを下に見た発言をしていた。デリカだってそれは理解しているのだろう。

 デリカの言葉。本心からの文句。

 でも、それは、私もよく聞いたことのある話。”私に向けて”、聞かされた話。


「ひどい人ね」


 私は微笑む。でも、胸中は複雑だった。

 デリカが評したバレンシアの人物像は、誰かにそっくりだった。アースが、ミドルが、エリクシアが、私の目の前に立った人たちが、”私に向けた言葉”。

 人間じゃない化け物。

 それはまるで、私だ。私がよく言われることだ。

 つまり、バレンシアは私に近い存在だということになる。そのこと自体は小躍りしたいくらい嬉しい。彼女を知ることができれば、もっと私は私を知れるのだから。


 しかし同時に、バレンシアには触れたくないという思いもあるのだ。私にしては珍しく。

 以前、一度だけ会話を交わしたバレンシア。彼女は、色んなことを知っているようだった。今まで誰も知りえなかった、教えてくれなかった、私のことも。


 カウルスタッグ家。

 胸の内がざわつくその言葉。投げかけた本人の蔑視。バレンシア本人も、何かを知っているが、パーツが足りていないとでも言うような去り際だった。彼女に会えば、私という未知が少なからず既知になることは間違いないだろう。


 でも。でも。

 間違いなく知れてしまうという恐怖もあった。

 推測の様な、確信。

 彼女と会えば、話せば、私は私を知れる。”知れてしまう”。

 それは歓喜と共に、何かを呼び起こすだろう。

 その何かがわからなくて、楽しみで、とっても、怖い。


「そう、ひどい人なんだよ。去り際に悪口を言って来たりはいつものことで、一緒に模擬戦をした時にはわざと急所を叩いて来たり、あいつは私と最初に会った時には馬鹿のふりをしてて、とある問題を私もわからないって笑いかけたら、馬鹿だねって大笑いされたり」


 止まらない愚痴。


「ということはバレンシアという人は、頭が良くて、運動もできるの?」

「そうよ。正確に言うと、悪知恵が働いて、人体の動きよくを知ってる、って感じ」


 また、心臓が不気味な音を立てる。

 客観的に見た私。アースの目から見えている私だって、そんな風だろう。


「でも、私なんかはまだマシなの。可哀想なのは部下の人たち。バレンシアはそんな運動能力を持ってるくせに、部下を奴隷のように扱って、自分は動きもしないのよ。私が見たところでひどいことは、生理現象を催したときに液体をその場で飲ませたり、バレンシアは腕を組んでるのに着替えさせようとしてできなかった侍従の人を半殺しにしたり、わざと間違った集合時間を伝えて大事な会議を遅らせてクビにしたり」


 私はほっと息をついた。

 私はそんなこと、絶対にしない。私の周りは笑顔でいてほしいからね。


「それでついたあだ名が、【灰の女王】」

「聞いたことあるわ」

「これもね、最初は、血の女王だったの。彼女が歩いた後には、誰かの血がついていたから。でも、成長するごとに、血すら出てこなくなった。血が出てる方がましだったの。そこに誰かがいる証拠になるから。わかる? 彼女の部下になって姿を消した人間は両手じゃ足りないの。そして、その人たちがどこに行ったかと言えば……」


 デリカは体を震わせた。

 その言葉の続きは、聞かなくてもよかった。何が灰なのかと言えば、部下のなれの果ての姿なのだろう。

 私はデリカと同じように身を震わせた、取り巻きの四人に水を向けてみた。


「貴方たちから見て、デリカとバレンシア、どちらがいいんですか?」

『デリカ様です!』


 四人は必死な様子で声を揃えて言った。デリカから雑な扱いを受けてしまっている現状よりも、バレンシアのところに行く方がよっぽど嫌らしい。バレンシアのところにはどうか飛ばさないで、と目が訴えている。

 確かに、デリカからの扱いがひどいと言っても、せいぜいが愚痴を言われるのと、無視されるくらいだ。灰になるよりは圧倒的にマシだろう。


 話を総合するに、バレンシアという人物は中々に傑物で、同時に性格が破綻しているみたい。

 私に似ているようで、似ていない存在。同じようで、異なっている人物。明確な違いを知ることができて、お茶会に対して少しだけ前向きになれた。


「ありがとう、デリカ。頑張ってみるわね」

「……本当はね、マリアにあいつのところには行ってほしくないの。絶対に悪いことになるから」


 デリカは眉を下げた。


「でも、ごめんね。私じゃあ、バレンシアは止められない。何が目的かわからないけれど、私が代わりに断っても、あいつは絶対に諦めない。むしろ、よりひどい嫌がらせをしてくると思う」

「デリカが気に病むことではないわ。行って、穏便に済ませてしまえばいいんでしょう?」

「マリアならできると思うけれど、何かあったらすぐに言ってね。私は絶対にマリアを見捨てないから。私の全力をもって、マリアを助けるから」


 真摯な瞳。


「ありがとう。でも、私はデリカも心配よ。あまり無理しないでね」

「大丈夫。いざとなったら、彼女たちがいるから」


 ちら、とデリカは護衛の四人のことを見やった。

 四人の顔は一瞬青くなるが、意を決したように頷いた。


 誰に与するのが一番得になるか、護衛の四人もわかったみたい。デリカは確かに頼りない。けれど、バレンシアのように部下を足蹴にはしない。きちんと誠意をもって相手をすれば、誠意を返してくれる律義な子だから。


 知れてよかったわね。

 お互いに。



 ◇



 私はお茶会の席に座った。

 目の前には、グレイシア・グレイストーンがいる。


 金色の髪は、威嚇するように大きく広がっていた。くせ毛なのだろうが、ふわふわとした髪が立体的に広がって、彼女の輪郭を大きくしている。しかし丁寧に手入れされているのはわかるので、普通のではないその髪型が美しいと思い、不思議な感じがした。


「ようこそ、私の花園へ。歓迎しなくもないですわ」


 バレンシアは専用の茶室を所有していた。貴賤の差はないと公言している学院では茶室も平等に使いましょうと言われているのに、完全に自室にしている。同じ立場のデリカだって毎回律義に予約しているというのに、ここでも横暴な性格が見て取れた。


 広い部屋の中には、私とバレンシア、そして互いに連れてきた友人たち。

 バレンシアの後ろには十人の三年生。男女五人ずつの彼らはいずれもぴしっと屹立して、主の指示を待っている。

 反して私の側には、イヴァンとシクロの二人。私の隣でテーブルについてもらっている。


「ってか、余計なのが座ってんですけれど」


 バレンシアはイヴァンとシクロを睨みつけた。

 私は微笑む。


「バレンシア様のお茶会に誘われたと話したら、是非にと。私と仲の良い二人です。バレンシア様の素敵なお茶会に何卒同席させてはもらえませんか?」

「嫌ですわ。帰れですの」


 にべもない。

 私が二人を連れてきた理由は、単純に少し怖かったから。

 バレンシアの武力とか知力とか権力とか、そういった力が怖いのではない。デリカからバレンシアの話を聞いていた時から感じていた、言葉にするのは難しい、暗澹とした心持ちがどうしようもなくなってしまったから。


 不安で震えて怖くなって、まるで小さいときみたい。久々な感覚。

 だから、二人がいなければ私はこの席にはいないと決めた。


「では、帰ります」


 私は立ち上がってバレンシアに一礼した。イヴァンとシクロも私に倣う。


「……おい待てこら、ですわ」

「勘違いしないでくださいね、バレンシア様。貴方は私にとっては絶対ではありません。貴方は私を招いてくださった。つまり、ホストは貴方なのです。客人をもてなすのは、貴方の役目。客人の機嫌を損ねるべきだと、貴方の学んだ作法にはありましたか?」

「てめえが無礼を働いたからだろうが、ですわ。私は一人で来いと言った。それを破ったのは、てめえですわ」

「いえ、私はきちんとお返事したはずです。二人を連れていく、と。返事は読まれていませんか?」

「読む必要はないですわ。てめえの答えは首肯一択に決まってるですの。一も二もなく、てめえは私に絶対服従ですの」


 なんとまあ、横暴。

 だが、私も少し楽しくなってきた。無遠慮な言葉の応酬は、普通の人とできることではない。


「猿でもわかる簡単な話ですよ。私を座らせたかったら、二人の同席を認めてくださいな」

「調子に乗るんじゃねえですわ。ここでは私が絶対ですの。てめえが譲るんですの」

「この学院では権力を無遠慮に振るうべきではないとしています。私と貴方はここでは対等。違いますか?」

「ちげえですわ。人間の根幹を占めるのは、強者か弱者かという二択。私は絶対的に強者で、あまねくすべては雑魚ですわ」

「ルールや決まりを破るとおっしゃる?」

「ルールや決まりは私の外にある。そんなくだらねえモンは、てめえらだけが守るべき檻ですわ。防壁か何かと勘違いしているクソな脳みそはさっさと洗った方が良いですの」

「ふふ。では、私は帰りますね」

「帰すわけねえだろうが、ですわ」


 バレンシアが指を鳴らすと同時に、背後に影。

 頭上、天井裏に隠れていた何者かが降り立って、私たちの背後からとびかかってきた。


 少しは手練れ。けれど、遅い。彼らの手が私たちにかかったと同時、総勢三人の手勢は部屋の壁に激突していた。私が、イヴァンが、シクロが、悪漢を掴んで放り投げた。


「素敵な歓迎ですね。斬新で新鮮で、どきどきしてしまいます。次は何をご用意してくださっているの?」

「なるほど」


 バレンシアはこの時初めて笑った。犬歯をむき出しにした、猛禽類のそれだった。


「てめえらは確か孤児院から一緒にここに来たんでしたわね?」

「よくご存じで。私たちはお互いが家族に等しい存在です」

「へえええ。なら、構わないですわ。てめえらの同席を認めてやるですの。特別ですわ」

「お気遣い、感謝いたします」


 私は席に戻る。イヴァンは顔色を変えずに、シクロは敵意を隠しもせずに、隣に座る。

 背後に控えていたうちの一人が、私たちのカップに紅茶を注いでくれた。湯気が立ち上り、眼前のバレンシアの姿を歪ませる。


「ちび助は元気ですの?」

「ええ、とっても。今は部屋を飛び出して、外を駆けずり回っていますわ」

「それは重畳。チビはそれくらいしか脳がないのだから、できることをすればいいんですの」


 バレンシアの前のカップに紅茶が注がれる。


 バレンシアはため息をついて、背後に控えるうち、一人を呼んだ。先ほど紅茶を注いだ少女は、一度肩を震わせてから、おずおずとやってくる。バレンシアは少女の頭を自分の近くまで下げさせると、手にしたカップを振り下ろし、頭に叩きつけた。パリン、と乾いた音がして、中身とカップが飛散し、少女の頭を赤色と茶色の混じった液体がしたたり落ちる。


「てめえ、紅茶の匂いがまじいんですわ」

「……申し訳ございません」

「客人の前で恥をかかせんな、ですわ」


 少女の顔に裏拳が刺さる。鼻柱で思い切りバレンシアの拳を受けた少女は、鼻血を出しながらも静々と頭を下げている。


「やばいですよ、あいつ」


 シクロがこそっと耳打ちしてきた。

 話には聞いていたけれど、なかなかに苛烈ね。私は匂いも味もとっても美味しい紅茶だと思っていたのに。


「匂いだけで紅茶の様子がわかるなんて、バレンシア様は優秀ですのね」

「てめえみてえなクソ貧民にはわからねえ差ですわ。でも、こいつは今、一つの茶葉を殺したんですの。殺さねえだけ恩情ですわ」


 葉を殺す。

 その発想はなかった。


「つまり、貴方にとっては人の命よりも、紅茶の葉の方が価値があると?」

「当然ですわ。人間なんてのは、放っといても勝手に増えていく害虫みてえなモンですの。保護しないと消えていってしまう貴重な葉こそ、大切にされるべきですわ」


 そこも、私との違い。

 私は人間が一番だと思っている。葉っぱなんかどこにだって生えてるし。


 価値観、それは人によって異なる。私にとって大事なものが、彼女にとっては大事ではない。逆もまた然り。好むものも食べるものも飲むものも、全部が違うのにこうやって会話ができているのも、人間の素敵なところ。


「極論、人間なんてのは、油の塊みたいなモンですの。勝手に生きて、勝手に増えて、勝手に死ぬ。そこいらの家畜とも獣とも変わらない。それなのに、妙なプライドだけは持ち合わせている、クズのような生物ですわ」


 自分だってそこにカテゴライズされるのに、すごい言い様ね。


「私は好きですけれどね。わがままだけど、自己中だけど、ゆえに、色んな思想がある。色んな行動が、趣味が、考え方がある。そして、それらを言葉で共有できる。私は一人だけれど、会話を続けていけば、色んな自分を、他人を知れる。そんなところに人の素敵なところがあると思います」

「んなこたあどうでもいいんですの」


 せっかくの私の熱弁も、一蹴される。

 この人、嫌いかも。


「結局のところ、てめえは何を考えてんだ、って話なんですわ」


 本題。バレンシアの目つきが変わる。それはまるで百獣の王。圧倒的強者の余裕をもって、兎の私を睨んでくる。

 兎だと思ってくれているのは好都合。


「ふふ、何を考えていると思います?」

「それを聞いてるんだろうが、ですわ。てめえ、質問を質問で返すんじゃねえですの」

「私に答える義務があると?」


 私は笑う。

 何でも思い通りにしてきた公爵令嬢。私も思い通りにしてみせて。


「あ? ふざけてんですの?」

「私と貴方の間には、何もありません。私と貴方は同じ学院に通う学生。そこに貴賤の差はない。後ろの人たちみたいに私が貴方に傅く意味はないし、貴方の脅迫に折れるほど弱くはない。つまり、貴方の言葉に馬鹿正直に答える理由はないのです」


 さあ、バレンシア。

 貴方にその理由が創れるの?


 バレンシアの視線が一瞬思案に揺れる。暴力的解決が望めないことは先ほどの襲撃が失敗した時点でわかっているはず。権力をかさにした家族への圧力も、周りの子を懐柔しての迫害も、私には通用しない。


「くそみてえな考え方ですの」

「お互いに、ね」


 私とバレンシアはその考え方が似ている。根っこが違うから交わることは絶対にないけれど、明確な目的があって、そのためにならあらゆる手段を講じるというところはそっくり。

 使えるものは使う。まったくもって、人間らしい。


「……てめえが何がほしいんですの?」


 バレンシアは熟考した後、眉を寄せて聞いてきた。


「別に。特にありません。私はほしいものは自分で手に入れられるので」

「傲慢。まったくもって人間らしいですわ」

「貴方ほどではありません」


「つまり、カウルスタッグ家は王の座がほしくないと?」


 一瞬の沈黙。

 少し私は調子に乗っていたようだった。手足のように操れる表情が、強張ってしまった。だから、虚を突かれたこの一瞬を、バレンシアにはっきりと見つかってしまった。


「あららららっ、綺麗な皮が剥がれましたの」


 にんまり、と音がするくらいにっこりと笑われた。

 私はすぐに表情を取り繕う。


「何をおっしゃっているかわかりません。この通り、いつだって私は綺麗な顔をしているので」

「ええ、とっても、可愛いですわね。カウルスタッグ家の娘によくよく似ているんですの」


 また。

 心が揺さぶられる。聞いたことのない家名に、私の姿が滲んでいく。輪郭が溶け出していくような錯覚。


「見れば見るほど、カウルスタッグ家の一人娘にそっくり。瓜二つですのね」


 その名を口に出すな!!


「おいおい、手が震えてんぞ、ですわ」

「……何をおっしゃって」

「てめえのことは少なからず見てきましたの。完璧超人のマリア。今まで全然わからなかったてめえの正体、ようやく、その尻尾を掴んでやったんですわ」


 私だって知らないことを、バレンシアは知っているという。私よりも私のことを知っているという。

 それは、許されることではない。


「何をおっしゃっているかわかりませんね。いずれも上げ足取りです。その、カウルスタッグ家というところは、私も存じ上げませんので」

「あははっ。自分で墓穴を掘っていることにも気づかないなんて、とんだ阿呆ですわ。てめえがその事実を知らない、それだけでいいんですわ。後は、私が答えを持ってるんですの」


 厭らしい笑み。

 ねっとりと絡みつくような、ねっちょりと肌に触れてくるような。

 腸が煮えくり返るような、腐ったような笑い方。


 脳が上手く回らない。どうやってこいつを殺してやろうか、しか考えられない。


「……何がですか?」

「私が答える理由はねえですの」


 たった一つの質問で、優位劣位が入れ替わってしまった。

 私は心の中で舌を打った。


 どういうことだ。私がカウルスタッグ家のことを知らない、その事実がほしいというのは。私とその家に関係があるかどうか、それを確認したかったのか。それは何のために。そして、それだけでわかる事実とはいったいなんだ。


 わからない。

 わからないことがこんなにも人を不安にさせるということを、久々に思い知った。


「もう帰れですわ。話は終わりですの」


 バレンシアの言葉は真実だった。本当に彼女は何かを理解したようだった。

 未知、熟れた果実の様な甘美を持つ。だが、熟れすぎるとそれは異臭を放つ。目の前の未知が、本当に鬱陶しい。


「そして、そうなった以上、てめえは終わりですわ。私の玩具にしてやるですの」


 化け物のような笑顔を残して、彼女は私たちを外に追い出した。


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