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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
二章 学生二年目
51/142

3-10. どっちがいい?















 もう半分も過ぎてしまった。

 はたまた、まだ半分もあるというべきだろうか。


 私がイーリス女学院に入学して、一年と半年が経った。在学期間は三年だから、ちょうど半分という事になる。

 その半分を回顧すると、色んなことがあったように思える。

 入学して、Cクラスの皆と仲良くなって、色んな授業を受けて。林間学校では大事件が起きたけれど無事に解決できて、デリカが失踪する事件も一件落着して。

 その間、皆と楽しく愉しく過ごすことができて、とっても満足。

 昔過ごしていた孤児院での出来事が遥か昔に感じられる。あの時もあの時で楽しかったけれど、世界が広がった今の方が、断然楽しい。


 どんどん広がっていく世界。

 いろいろ知っていった知識。

 だんだん溜まっていく経験。

 得たそれらを利用して、また蓄えていく。私はこれからもっと、楽しんでいける。可愛い子たちと、気持ちよく沈んでいける。



 今日だって、そう。

 入学してから、何回目かわからない懇親会。イーリス学院とイーリス女学院との交流。

 男女の交友、将来を見越した会合。婚約者と久々に会ったり、相手がいなければ探したり、異性のやり取りではなく交流の場所だと捉えて商談を行ったり。人によって過ごし方は様々。


 の、はずなのに。

 女の子たちはほとんど私のところに集まってしまっている。Cクラスの皆は勿論、Aクラス、Bクラスの子たちも、私のことだけを見つめている。それぞれの代表格の少女が一番私の近くにいるのだから、当然といえば当然だけど。


 時を経るごとに様変わりしていく集まり。私の周りに増えていく人の数。唖然とする他の生徒たち。

 私のところに来ない女の子たちと、気のある女の子が私の近くにいる男の子たちの、怨嗟の視線が気持ちいい。素晴らしい男が多いのに、どうして身分もない女に群がっているんだと、心の声が聞こえる。私に嫌悪が集まってくる。

 もっと私を嫌っていいわ。

 貴方たちは、私のことを嫌える人間なのだから。大事にしてあげないとね。


「……やってくれたな、魔女」


 怒りの視線を一手に受け止めている私に、一際の激昂を瞳に込めるのは見知った相手だった。この人とも、もうすぐ二年の付き合いになるのかしら。時の流れって早いのね。


「あら、アース第二王子。ごきげんよう」

「うるさい。人の言葉を使うんじゃない。……人の心を狂わせる魔女。人の心を喰らう怪物。この国を滅茶苦茶にする傾国め」

「どうしたの、そんなに怖い顔をして」


 小首を傾げる。

 アースの視線は私の隣に移った。自分の”元”婚約者に苦い視線を投げた。


「デリカ。こっちにこい。そいつは人間の面を被った化け物なんだぞ」

「あら、王子殿下。いきなりそんなことを仰るなんて、素敵なご挨拶ね。こんなに可愛いマリアを見て、尚もそんなことを言うの? 目が腐っているのではなくて?」


 デリカの言葉は辛辣だった。とても元婚約者に向ける言葉ではない。

 アースは目に見えて狼狽しながらも、言葉を何とか絞り出した。


「……君が勝手に婚約を解消したことで、王家は混乱している。迷惑を被ったのは私だけじゃない。予定が崩れたことで、君の両親も怒っているぞ」

「知っているわ。何度も手紙が来て、何度も説教されたもの」


 デリカの様子に、昔の弱弱しい様子は見られない。地に足がついていて、言葉に力がこもる。

 デリカに足りなくて、周りから奪われていた自尊心、矜持、自信。それらすべてを私が与えてあげて、しっかりこの半年間で育ててあげたから、もうアースが敵う相手ではないのよ。


「……今ならまだ間に合う。間違っていたと言って謝罪するんだ。まだ、私の方から父上を説得できる。このままでは、王家、公爵家から排斥を受けて、君の社会的な立場はなくなるぞ」

「いらないわ。私はそんな生半可な気持ちで断ってないもの」


 鼻を鳴らすデリカ。

 そうよ。自信は他人に預けてはいけないの。矜持は自分の手の中に置いておくの。第二王子の婚約者、そんな肩書は力になりはしない。自分の身に危険が迫っていて、最後の瞬間に頼ったとしても、そんな肩書は犬だって食べてはくれない。デリカはそのことを良く知っている。

 だから、自分を強くしないと。最期の瞬間に助けてくれる人と一緒にいないと。結局、食い散らかされるだけの、残飯になってしまう。今のデリカは、誰も手を出せない美味しそうなご馳走に等しい。


 よくできました。私はデリカの首をチョーカーの上から撫でてあげた。

 言葉をすべて返されてしまって、アースは悲観に暮れる。


「なんで……」

「どうでもいいことに気が付いたの。親の言う事とか、周りの評価だとか、そんなものは、私が楽しく生きるためには不必要だとわかってしまったの。だから、全部いらない。そして、捨てたら、私はとっても自由だということがわかったの。今が、とっても楽しい。一番楽しい」


 満面の笑みのデリカを見て、アースは首を横に振る。親の言う事の聞けない子供のように見えた。


「そうじゃない。そういう問題じゃないんだ。わかるだろう? 君の中に流れる血は、それを許さない。僕たちは生まれながらにして、人生を決められている。王家の決まりで、僕たちは僕たち同士でないと、結婚もできないんだ」

「言わなかった? そういう決まりもいらないと言ったのよ」


 あれだけ弱かったデリカが、アース相手に一歩も引いていない。むしろ、追い込まれているのはアースの方だった。

 困惑して狼狽して、不安の矛先の向けるところもわからなくて。アースは毅然とした表情を取り繕って、私を睨んできた。


「貴様!」

「何、急に怒らないでよ。私は何も言ってないでしょう」

「確かに言ってない。だが、したんだろうが! 貴様のやり口は知っている! その手を汚さずに一体何をした!」


 怒髪冠を衝くアース。

 怖いし、怒る理由は流石の私でもわかるわ。

 でもね、私だって貴方には少し失望したのよ。


「当ててみたら?」

「は?」

「デリカに何が起きたか、私が何をしたか、当ててみてよ。デリカは貴方の婚約者なんでしょう? 貴方が一番デリカのことを理解しているんでしょう? だったら、昔との違いを言ってみればいいんじゃないの? どこが変わったか、言ってみてよ」


 愛していると言うのなら。

 結婚して家族になるのなら。

 その証拠を見せて。貴方がデリカの一番であると証明して。

 一番好きな相手のことくらい、一番わかって当然よね。


「デリカは、そんなにはきはき喋らなかった。不器用で、小さくて、でも、強い心を持つ、素晴らしい子だった」

「今は?」

「……自信に満ち溢れていて、違う」

「自信があることはいいことではないの?」

「良いことだ。でも、これは違うだろう。デリカに必要なのは、こういった、無鉄砲さじゃない。毅然として優雅で、貴族令嬢にふさわしい淑やかさが、求められるんだ」

「それが貴方の知る、貴方の求める、デリカの本質なの?」


 じゃあ貴方は、デリカが両親から圧力を受けて憔悴していたことも、凡人なことを卑屈に思っていたことも、心から許せる相手がいなくて悲しんでいたことも、全部全部、知らなかったの。

 貴族の令嬢の型に押し込められることが苦しくて泣いていたデリカなんかどうでも良くて、角が削れるようにデリカ本来の美しさが喪われていくことが正しいと、そう言うのね。


 残念。

 それはデリカの求めるものではなくて、同じように、デリカの輝ける姿ではない。

 それなら、私の方がデリカを幸せにできるわ。


「私、人のことを見ない人が嫌いなの。人はこんなにもサインを出しているのよ。声で、顔で、行動で、思っていること、考えていること、好きなこと嫌いなことしてほしいことしてほしくないこと、全部、伝えてくれているの。見ればわかるじゃない。なのに、貴方たちはそれを見過ごしてしまう。

 私は、無理強いはしたことがないわ。全部、それぞれの心の本心を曝け出してあげているだけ。寄り添ってあげているだけ」


 少しのスパイスをまぶして、奥底の気持ちを浮かび上がらせているだけ。それを掬い取って、大丈夫だよって、愛してるよって、優しく話しかけているだけ。

 だから皆、私の近くにいてくれるの。私を愛してくれているの。私が皆を正しく理解しているから。

 私は人を壊しているのではない。心を食べているのではない。本心を教えてあげて、より良い生き方に導いているだけ。

 それなのに、私は悪者なの? 私が本当に悪だったら、近くには誰もいないんじゃないの? 皆が私に、好意ではなく敵意を向けてくるんじゃないの?


 貴方はどうなの?

 貴方は婚約者を寝取られて、その事実に怒っているだけでしょう。世間体が悪くなったから怯えているだけでしょう。デリカのことを一番に考えてなんていないでしょう。いつだって大切なのは自分で、ほしいのはデリカじゃなくて、言う事を聞いてくれる考えなしの人形でしょう。


「何を言っている。話を煙に巻くな!」


 その答えが、とっても悲しいわ。本当に嫌いになっちゃいそう。


「――愛する人一人自分の胸に収められなくて、何が王子だと言ってるのよ」


 言葉が、知らず、尖る。

 アースのことを睨みつけると、場が一瞬で静まり返った。

 屋外、ぽかぽかとした陽気に包まれて、暖かい日光が燦燦と降り注ぐ中で、この場所だけが、冷凍されたかのように凍り付く。


 静まり返って、ざわついて、強張って。

 男子の何人かが腰の剣に手をかけた。

 女子の何人かが悲鳴を上げて後ずさった。


「……それは、どこに対する侮辱ですかな」


 アースの背後、グランが殺気と共に問いかけてくる。

 貴方も可哀そうね、こんな人の下に就いて、代わりに怒ってあげないといけないなんて。同情してしまう。


 翻す。

「いえ、言葉が過ぎました、殿下。そして、グラン様。大変申し訳ございません。でも、思わず貴方様に過ぎたを意見してしまう、それくらい、私はデリカを想っています。半端な覚悟で彼女に手を出すのはやめていただきたいのです」


 私が殊勝に頭を下げると、周りの空気が軟化した。


「マリア……。私のことをそんなに想ってくれてるの?」なんて眼を潤ませるデリカの好感度も上げることができたし、それで良しとしましょう。


「おまえは、また……」


 アースの顔に青筋が立つ。

 いいの? 貴方の背後の子たちは、剣から手を離してしまっているけれど。私の完璧なお辞儀に、謝罪に、毒気を抜かれてしまっているけれど。庶民の戯れだったと一度見逃してくれているけれど。

 全員の私を見る視線が、『無礼な庶民』で固まっていく。それだけ。でも、アースの視線から憤怒は抜け落ちない。彼だけは、私を別の目で見てくれている。


 ああ、嬉しい。

 なんでアースだけが怒っているのかと言われれば、それはこの中で彼が一番私のことを理解しているからだ。私を見てきてくれたからだ。積み重ねた過去が、記憶が、二人の歴史が、彼をここまで怒らせる。

 アースは私が簡単に頭を下げられることを知っている。矜持もなく、体裁もなく、行動を起こせることを知っている。だから、警戒を解かない。


 彼だけが、私を、知っている。


「くひっ」


 思わず漏れた嬌声。

 聞こえたのも、目の前のアースだけだった。


「……やはり、おまえをここに呼んだのは間違いだった」


 私は顔を上げて、アースに近づいていった。

 二人だけの会話になる。


「でも、呼ばなかったら他のところで多額のお金が動いていたかもしれませんよ。国が傾くくらいの、それこそ、一兆ドリムくらいの。そのお金はどこから来るんでしょうね。貴方たちはそれを管理できた? そっちの方が良かった?」

「……それは」

「それに、私がいなかったら林間学校の時にはもっとひどい有様になっていたわね。今、ここにデリカも他の子も、誰もいなかったかもよ。それがお望みなの?」


 アースは押し黙る。

 ほら、頑張って。言い返してみて。

 熱い視線を向けていると、舌打ちをされた。


「どちらにせよ、おまえは化け物だ。どこにいたって人の心を食い散らかす。あの時の俺の正しい判断は、おまえを直ちに殺すことだった」

「怖いわね。私はだんだんと貴方のことが好きになってきたというのに」

「抜かせ、魔女が。俺はそんな甘言には乗らない」

「ふふ、言葉遣いが荒いわよ。ほら、考えてみて。貴方がそんな風に飾らずに話せるのは、私くらいじゃないの? 貴方が気兼ねなく接することができるのは、唯一、私。だとしたら、もっと仲良くしましょうよ。私は貴方とも仲良くしたいわ」

「寄るな!」


 アースは飛びのいて、剣を抜いた。真剣だった。

 上がる悲鳴。再びざわつく会場内。


「ここで貴様を殺す。まだ、間に合うはずだ」

「こんな場所で? 皆見てるし、貴方に正義がない状態で? 貴方の品位も墜ちるわよ」

「国のためだ。俺の地位や命一つでどうにかなるのなら、安いものだ」


 捨てられていた私の命。一銭にもならなかった昔の私。それが一兆ドリムになって、少女たちの中でかけがいのないものになって、今は王子の命と同価値になっている。

 人生、何が起こるかわからないものね。


「死ね!」


 純度の濃い殺意だった。先日は止まった刃。それが今度はしっかりと振り下ろされていく。

 が、彼の刃は私に届かない。


「失礼します、アース様」


 キン、と甲高い音がして、アースの手から剣が飛んでいった。思ったより強く握っていなかったのだろうか、剣は抵抗なく宙を飛んで行って、芝生の上に突き刺さった。

 ロウファが私の前に立って、剣を振り抜いた後だった。


「王子と言えど、この場で剣を抜くことは看過できませんな。貴賤の差なきこの学院、権力をかさに凶刃を振るうことがまかり通ってはなりません。王子である貴方が一番理解しているはずでは?」


 ロウファは堂々と言い張ると、腰の鞘に剣をしまった。金属音が鳴る。こちらもまた、真剣だった。

 茫然とするアース。


「いや、確かに、そうだが、しかし、その女は」

「マリアが、どうかしましたか?」

「そいつは、化け物だ。……誰も、誰も気が付かないのか? なんでわからないんだ。競売では多くの客を扇動して狂わせて、林間学校では犯人と協力して地獄を作り上げた。そいつの周りでは、色んなものが狂うんだ。僕は、それをずっと見てきた。目に見えた事実なのに、誰でもわかるはずなのに、どうして誰もそれに気が付かない!?」


 アースは狼狽した様子で後ずさった。

 気が付くと、アースの周りにこそ誰もいなくなっていた。かろうじてグランが同じように歯噛みしているくらい。

 反して、私の周りには可愛い子がいっぱい。私を守る様に、慮る様に、近くにいてくれる。


「私には、貴方の方が何を言っているかわからない」


 ロウファは冷たく言い放った。そして、周りの少女たちもそれに賛同した。

 男子の方も、アースの行動はやりすぎだと思っているようだ。さっきまで私に敵意を向けていたのに、今度は王子に不信を投げかけている。

 私はただ、少女たちを侍らせているだけ。ただ、男子よりも仲良くしてしまっただけ。少し言葉で不敬を働いただけ。それだけなのに、殺すほどの罪なのか、と皆困惑している。


 アースが異端となる空間。

 ”真実を知っている人”だけが、悪役になる不思議な状況。

 おかしい。おかしくて、笑いそうになる口を、腹を、必死で止める必要があった。

 私はロウファを後ろから抱きしめた。


「ありがとう、ロウファ。貴方が私を想ってくれるのはとっても嬉しいわ」


 貴方が私のために剣を振ってくれることが嬉しい。

 そう、貴方の剣には強さの他に価値があるの。見て。貴方が率先して剣を抜いたことで、その剣に正義が集まっていく。か弱い少女たちの目に力が宿っていく。

 貴方の剣は、周りを奮い立たせる剣。だから、その剣を私のために振るってね。


「マリア。大丈夫だ。貴族相手でも、私が守ってあげる」


 ロウファの手が私に重ねられる。

 私は手を握り返して、再度アースの目の前に立った。


「王子殿下。言いたいことはあるでしょう。けれど、貴方も色んな事があって、疲れているんですよ。ここでのことはなかったことといたしましょう。皆も、わざわざ口外するようなこともないでしょうし、戯れと忘れてくれるでしょう。ほら、仲直りしましょう。ね?」


 私は手を差し出した。

 アースは信じられないものでも見るように、私を見た。


 まさか魔女と手を握るなんて、とでも思っていそう。でも、貴方はこの手を握るしかないの。そうしないと、貴方はただの狂人に終わってしまうわよ。

 まだ貴方で楽しみたいんだから、ほら、この手を取って、毅然としていなさいな。


 苦渋の表情で、アースは私の手を握ってきた。手が、とても熱い。


「申し訳ないことをした。貴方の言うとおり、私も疲れているようだ」


 不承不承が伝わってくる。

 でも、周りからは普段通りのアースに見えているらしい。ほっと安堵の息をちらほらと漏れてきて、段々と向けられた視線が剥がれていった。


「はい、この話はおしまい」


 私は手を叩いて少女たちの下に戻っていった。

 ああ、デリカをこちら側に引き入れてよかった。

 でも、少しかわいそうだったとも思う。嫌いな相手にこんなこと思うなんてどうかしてるとも思うけれど、アースには堂々としていてほしい。私が殴っても壊れない、便利なおもちゃでいてほしい。


 だから、スカイアがアースに寄って行って声をかけているけれど、しっかり話は聞こえているけれど、私はそれを無視してあげる。

 早く立ち直ってね。



 ◆



 会場の端の席に腰を落とすと、アースは消沈の面持ちで項垂れた。近くにはグランしかいないから、今まで張っていた虚勢を取り除く。


「……なんだあれは」

「……私も、何がなんだか。いつの間にか、殿下が悪のような扱いに……」


 アースはグランとともに唇を噛んだ。


 デリカが婚約破棄を言いだしたのは、絶対にマリアの影響だろう。ロウファもマリアの指揮下に入っていたし、何か彼女たちの根底を価値観を覆すことが起こったのだ。

 しかし、証拠がなかった。どこでも、そう。競売のときだって、林間学校のときだって、今だって。見ているのは、知っているのは、アースだけなのだ。それを説明する手立てがない。


「あの化け物は、俺だけに見せてくる。何のためだ」

「……い、意味などないと思います」


 聞こえたその声は、か細かった。

 アースもグランも、その声のした方を振り向いた。

 小柄な少女が立っている。髪の仕立て方やそのおどおどした様子から、Cクラスの生徒だと予想した。


「君は?」

「あ、ああ、アース様。意見を申し上げる無礼をお許しください。わ、私は、スカイア・タイル。Cクラスで、マリアの同級生です」

「マリアの」


 アースは疑わし気にスカイアを睨んだ。

 マリアのせいで、さっきとんでもない目に逢ったばかりだ。Cクラスと聞いただけで言葉が尖る。

 まさか自分が狂人扱いされるとは思わなかった。空気は完全にマリアが支配していた。アースの視点を持てば、誰もがマリアの悪食を理解するというのに、彼女は真実を綺麗に覆い隠す。


 スカイアは慌てて両手を振った。


「い、いい、いえいえ。私は、そ、その、違うんです。マリアの手に落ちているわけでは、その、ないんです」

「……そうだと信じたいけれどね。私も今、少々混乱している。正常な判断が下せるとは言い難い」

「い、いえ、それが正しいと思います。マリアは、えっと、とんでもないので」


 スカイアは顔を引きつらせて俯いた。


「ど、どんどん、マリアは勢力を拡大しています。Cクラスから、Aクラス、Bクラスへ。最近では、マリアの派閥か、それ以外か、みたいになっていて、ど、同級生は誰も手が出せないと言うか、その」

「君は? どうして私に話を?」

「わ、私は、こ、怖いんです。マリアは、人を変えてしまう。私は人を忘れない。忘れられないんですけど、皆、私が知ってる皆とは別人になっていって……。その違いが、明確で、あ、頭がい痛くなります……」


 だから、とスカイアはその時はまっすぐにアースを見た。


「唯一マリアに対抗できそうな、アース様に、私が見てきたことを、お伝えしようと思って。何かお役に立てればと、そう思って、お、お、お声をかけさせていただきましたっ」


 大仰に頭を下げて、それきり動かなくなってしまった。

 アースはその旋毛を優しく見つめた。


「ありがとう。この中で正気な人がいてくれて、私も安心したよ。君の知っていることを、見てきたマリアのことを、話してくれるかい?」

「はいっ」


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