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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
二章 学生一年目
37/142

2-20














 皆が避難している場所にデリカを送り届けると、そこにいた人たちから色んな感情を受け取った。


 デリカからは涙交じりに頬ずりされるほどの感謝を、

 他の大多数からは引きつりが隠しきれない杜撰な笑顔と、

 教師からは張り付いた定型の微笑みを。


 誰も彼もが戻ってきてくれて良かっただのなんだのと、伽藍洞な喜びを表に出していく。


「マリアも一緒にいなさいよ。ここは安全なんでしょう?」


 デリカは私の背中から降りた後、服の袖を引っ張ってきた。


「それ自体は魅力的な話だけれどね。私にはやらなくてはいけないことがあるのよ、デリカ」


 私よりも低いところにある頭を撫でる。くすぐったそうにしていた。


「で、デリカ様にCクラスの人間が敬称もなしに――」


 それを言ってきたのは、いつもデリカの周りにいた四人組のうち一人だ。時間が経ってようやく、自分の役目を思い出したらしい。番犬よろしく私に噛みついてくる。


 飼い犬ごときが、今まで何をしていたのかしら。

 飼い主の足元。そこに貴方の居場所は、もうないのよ。


「うるさいわよ。マリアは私の、と、友達なんだからいいの」


 胸を張って代わりに答えたデリカ。照れくさそうな所作が愛おしい。


「え、……しかし、そこにいるのは庶民で」

「兵士も死んだこの状況では、救援も遅くなるでしょう。私たちは残された時間の中で、被害が広がるのを待つしかない。そんな中、それに抗っているのがCクラスであり、ここにいるマリアよ。庶民とかは関係ないわ。それに、見殺しにされた私を最後まで見捨てなかったのが、マリアなのよ。だから、マリアに対する文句は私を相手にするものと心掛けなさい」


 顔を見合わせる四人組。

 反論なんかできるはずもない。

 負い目のある人間が人をまっすぐに見ることができるはずもなくて、そんな人間を信じられる人はいない。


 目は、大事。

 信じてもらうためには、真っすぐに見つめないと。綺麗な瞳を向けないと。

 根拠がなくても、それが真実でなくても、押し通す気概を持たないと。

 駄目よ。

 その動揺を、表に出してしまっては。

 出さなければ、まだ勝算もあったでしょうに。

 何にせよ、思考が鈍いと言いざるを得ないわね。


「百点よ、デリカ」


 私はデリカの耳元で囁いた。

 びくりと跳ねる肩。赤くなる頬。


「私は貴方が好き。だから助けたの。私が貴方を嫌う事はないのだから、私が傍にいるのだから、貴方は胸を張って、自分の意見を言っていいの。今、貴方が思っていることが、正解よ。だから、貴方はそのままの、魅力的な貴方でいいの」


 目の前の有象無象が敵で。

 傍にいる私こそが、味方。

 私だけが、貴方を愛し、貴方の傍にいて、貴方を肯定する、絶対の盾であり、絶対の槍であると。

 奥底で理解して、扱って見せて。


 怖がることはもういいの。

 貴方は私を手に入れた。


「マリアっ」


 デリカは小動物よろしく私に抱き着いてくる。

 その目は私を曇りなき眼で見つめている。

 私を。

 私だけを。

 周りの”景色”を無視して。


「そうよね。私とマリアは間違ってない。間違っているのは、悪なのは、あの子たちだわ」

「先に裏切ったのはどっち? 最後に助けたのは誰? よくよくよおく、考えてね」


 デリカだけでなく、この場の全員に告げる。

 全員、気まずそうに顔を伏せた。教師すら、二の句が継げずに押し黙る。


 私が正しいことを刷り込ませて、私は次の武器を手に取った。


「さて、じゃあ、私は行ってくるわ」

「え? どこに? 外に? ……マリアが行く必要はないんじゃない? ここにいて、私を守って」


 拗ねた顔。

 カワイイ。


「私は庶民だから。ここにはふさわしくないわ」


 わざと他の子が使った言葉を使うと、デリカは鋭い目で周りを睨んだ。その権幕に周囲に動揺が走る。


「いいのよ、それ自体は事実だし。それに、私は特別だから、敵を倒すことができるの。できる人がやるのが、力を持った者の責任というものよね」


 大仰に振り返って、Aクラス全員に声を投げかけた。


「この私――マリアが、襲い掛かる最悪を打ち払いましょう。貴方がたを安全に王都まで送り届けることを誓いましょう。だから、安心してくださいね」


 私は笑う。

 綺麗に、笑う。


 デリカを見捨てた全員が悪だと断定されたことで張り詰めた雰囲気が瓦解し。

 それでも自分たちは助かるんだと弛緩した空気が改めて部屋の中に流れ出す。

 私が、貴方たちに安全を、安心をあげる。

 だから、よくよく感謝すること。


 全員が、私を見つめるだけの時間。

 苦い苦い状況に、私という甘い甘いスパイス。

 さぞかし、美味しいでしょうね。

 貴方たちの脳は、喜んでいるでしょうね。

 私を、好意的に、見ちゃっているわね。


「ひひ――、ごほん、ふふふ」


 思わず出た歪な笑みは押しとどめて、綺麗に嗤う。


「任せて。貴方たちは、”私が”救ってあげる」

「わかったわ。でも、無事でいてね」


 デリカから潤んだ眼を向けられ、私は満面の笑みを返した。







 廊下の先に、その子はいた。


「どういうことですか、マリア様」


 揺蕩う蝋燭の火にその影は揺れている。

 表情はうかがい知れない。しかし、赤眼に険が宿り、赤髪が立っているのはよくわかった。


「何のこと?」

「とぼけないでください。なぜ、この場所はこんなに静かになっているんですか。私がデリカ嬢を探している間に、周りからどんどん声が消えていって、外に出れば私の仲間が全員昏倒しているじゃないですか。覚醒遺伝持ちの精鋭たちが、動けなくなるまで痛めつけられているなんて、どういうことだと聞いているんです」

「それは怖いわね。ここに貴方たちよりも強い存在がいたってことかしら」


 とぼけてみる。


「全員、戦った様子はありませんでした。わかりますか? 全員、”圧倒的な力”に、為すすべなく倒されていたんです。そんなことできるのは、私は一人しか知らない」

「世の中には、きっといっぱいいるわ。ほら、魔物が入り込んだのかもしれないし


「――てめえだろ、クソが」


 エリクシアは柳眉を逆立てて私を睨みつけた。

 怖いわ。


「何のつもりだ。私たちに協力するんじゃなかったのか」

「協力したじゃない。一番人質の価値のあるデリカのことを教えて、邪魔なミドル先生の排除を手伝った」

「そうだ。だからマリアは私たちの仲間になったんだろう。覚醒遺伝持ちで苦しむ他の人間たちに、同調してくれるんだろう?」

「そうよ」

「なのになんで、わざわざ邪魔をしてくれたんだ。貴方の助力は、デリカとミドルの件で十分でした。それだけで、私たちは目的を達成できた。デリカの身柄とともに、王国に会議の場を要求できた」


 その声には悲痛な響きがあった。


「この計画だって、ずっと昔から練ったものだったんです。私が侍女として潜入するために数年も王都に潜伏して、この催しに油断が出るよう毎年魔物を殺し回って安全を確保して、志を共にするも仲間を集めて。もう少しで、私たちの人権の確保に手が届きそうだったのに……」


 悔しそうに、唇を噛んで、私を睨む。


「それを、てめえが……!」


 熱い厚い視線。

 やけどするくらい、熱っぽい。


 敵意と殺意と困惑と悲痛と――

 諸々の強い感情を受けて、私の心はどうしようもなくぞくぞくしてしまう。

 ざわざわして、ぐちゃぐちゃして、ねちょねちょして。

 私は嗤う。


「くひっ」


 嗤ってしまう。


「きっひひ」


 すべてが思い通りになった現状に。

 私の手のひらの上の世界に。


「……マリア様」

「ええ、そうね。私は貴方たちの邪魔をしたわ。でも、それは当然じゃなくて? 私はイーリス女学院の生徒だもの。敵は排除するのが普通のことでしょう」

「でも、協力してくれるって」

「そうよ。協力したわ。私の目的にも合致したから。でも、仲間になるとは一言も言っていないわ。貴方が舞台を作ってくれると言ったから、会場の制作に力を貸しただけ。私は貴方の書いた物語通りには踊らないわ。演目は、あくまで、ワタシが決めるのよ」

「……」


 エリクシアの顔から血の気が引いていく。


「あなたの、目的は?」

「全員に好かれること。そのために”英雄”になること。他の子の顔を見てきた? 全員、瞳の中に私がいるの。私の心の中に住まわせてくれているの。私は彼女たちにとって、友達で愛する人で家族で、大切な人になれたの。なれるの」


 貴方たちが創ってくれた混乱のおかげでおかげで。

 私は全員から好かれて崇拝されるような、英雄に、救世主に、ヒーローに、なれたのだ。


「くひひ。貴方たちという明確な敵がいてくれたおかげで、全員、私を味方にしてくれたわ。私に友情を、愛情を、向けてくれるようになった。ウィンウィンね」


 絶対的な味方は、絶対的な敵がいてこそ。

 絶対的な愛情は、絶対的な絶望があってこそ。

 最小限の対価で、最大限の幸福を。

 それが、人間の生き方だものね。

 使えるものを使っただけ。容易に目の前に落ちていたんだもの、拾って使わない手はないわよね。


「だからね。私は貴方にありがとうと、そう言うの」


 私たちの敵になってくれて。

 私の愛の礎を築いてくれて。


「――ッ!」


 熱量が膨れ上がる。

 人の怒りには上限がないと思い知った。

 さっきまでがマックスだと思ってたけれど、エリクシアはまだ怒る。

 怒ってくれる。

 私に、怒りという普通ではもらえない感情をくれる。


 そんなことにすらも、お礼が言いたいわ。


「ふざけるな!!! この狂った化け物が! てめえの自慰に付き合ったつもりはねえんだよ!!」


 怒号が飛ぶ。

 私は、狂った化け物らしい。

 化け物が進化してしまったわ。


「ふふっ、貴方たちは私を狂った化け物と言うのね。私を、そう呼んでくれるのね。でも、私こそ、最も人間らしいと、そうは思わない? 考えて利用して、自分の欲望に忠実にしているだけなのよ」

「うるせえ、狂人が!!! てめえのせいで何人の仲間が倒れたと思ってる! おまえは私がここで殺す! さっきのが私の全力だと思うんじゃねえぞ!!」


 みしみしと音がして、エリクシアの身体が膨張していく。

 四肢を覆った服が裂け、現れたのは大きな巨躯。真っ赤な鱗を纏わせた四肢に、臀部からは尻尾が隠しきれなくなって飛び出してくる。眼は殺気を帯びて大きく見開かれ、口からはナイフほどの牙が生えてくる。

 背中から真っ赤な翼を突き出でると、それは勢いよく廊下を壁と天井を穿ち、そのまま破壊した。建て物の倒壊する音と共に、外から月光が彼女に降り注ぐ。


 竜。

 これを見れば、彼女が竜人だということが、容易に納得できた。


「素敵ね」


 月の下の彼女は、とてもきれい。

 スポットライトを浴びた主演のよう。


「死ね」


 エリクシアは可愛い頬を大きく膨らませて、吐息を噴き出す。それはすぐに炎の形になって私に飛来してきた。 

 それを前に走ることで躱すと、目の前にはエリクシアの姿があった。一瞬で、距離を詰められていた。


 速い。

 もしかしたら、イヴァンやシクロよりも。

 私が今まで相対したことのないスピードとパワー。


 きらりと光るかぎ爪。ナイフよりも頑丈そうで、突き刺されば一瞬で人間を穴あきに、致死に追いやることができるであろう、強者の証。


 瞬速とともに、それが私に差し向けられ、

 私は彼女の頭を掴んで地面に叩きつけてそのまま振り回して宿舎の外に放り投げた。

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