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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
二章 学生一年目
35/142

2-18













 ◆


「もうこの部屋はいっぱいなのよ」


 Aクラス担任のクラウチは申し訳なさそうに言った。

 部屋の扉から半身だけを出してレインとスカイアに応えた教師に、レインは怒りを覚えた。


「まだ避難教室には空いているところがあるじゃないですか。そことか」


 指を差した方向に、クラウチの豊満な体が遮る様にやってくる。


「どこですか? 空いていないと言ってるでしょう」

「だから!」

「聞き分けて頂戴」


 クラウチの目に険が宿った。


「私には、Aクラスの子たちを守るという使命があるの。担任教師としてね。同じ理由で、貴方がまず頼るのは、Cクラス担任のミドル先生ではなくて?」


 レインは「あんたはまず学年主任だろ」という言葉を小声で吐いて、


「道中、探してみましたが、ミドル先生は見つかりません。どこに行ったか知りませんか?」

「知らないわ。あの人も自由人だから見当もつかないわね。もしくはどこかに逃げ出したのかもね」


 ミドルは平民出身で、身分を重視するクラウチからよく思われていないことは常識だ。知っていても教えてくれないかもしれない。

 レインはミドルのことを少なくともこの女性よりも信頼できると思っているが、理屈が通るわけもない。


 言葉を返せなくなったレインを見て、クラウチは満足げに頷いた。


「わかったくれた? まずは担任であるミドル先生を探しなさい。あの人は元魔術師団の人だから、こういう状況で頼るにはうってつけよ」


 張り付いた厚化粧の様な笑顔を最後に、扉は閉められた。


 二人は茫然とする。

 外からはドガン、と大きな物音がして、物々しい。


「……とりあえず、隠れようか」


 レインとスカイアは宿舎の一部屋、衣装タンスの中に身を隠すと、体を寄せ合った。


 時間が経つごとに、宿舎の外だけでなく、中からも音がしだした。

 怒号や物の壊れる音。

 日常が非日常に変わっていく音。


 そんな中、近くに来たのだろう、男たちの話し声が聞こえた。


「おい、デリカ・アッシュベインはいたか?」

「いや? きちんと探したのか? さっさと探せ。姫は待ってるぞ」

「さっさと探し出さないと。あいつだけでいいんだ。他はどうでもいい」


 体が震えた。

 この中で一番身分が高いのは、デリカ・アッシュベイン。敵もそれはわかっていて、彼女の身柄が求められている。人質にでもするのだろうか。


 そして、自分たちはおまけだった。

 だったら、デリカを見つけて差し出せば、少なくとも自分たちは……と思いかけて、レインは首を横に振った。

 雲の上の存在、話したことは勿論ないけれど、それは非人道的だ。

 それにそんなことしたら、全員に価値がなくなって皆殺しかもしれない。申し訳ないけれど、デリカには程よいタイミングまで逃げてもらって、程よいタイミングで見つかってほしい。


「……レイン。もうだめだぁ」


 蚊の鳴くような声で、スカイアが呟いた。

 確かに、物音はどんどんと近づいてきている。敵が手分けをしてデリカを探し、一部屋一部屋を荒らしまわっているのだ。

 この部屋にたどり着くのも時間の問題。


 そうなれば――


「う、ううっ」


 泣き出したスカイア。

 レインも狼狽え、顔をひきつらせた。


「し、しっかりしてよ。私だって怖いんだから……」


 できることなら叫びだして逃げ出したい。でも、外に助けてくれる兵士はもういない。どうやってこの陸の孤島から逃げそうというのだろう。


 ガチャ。

 部屋の扉の開く音がして、二人は肩を震わせた。

 無言で誰かが近づいてくる。

 タンスの中に入った二人。侵入者はそこにはまだ気づいていないのか、部屋の中をうろうろしている。そしてしばらくの探索の後、足音は踵を返していった。


 部屋には静寂が戻った。


「ふう」


 と、どちらともなく息をつく。

 と同時に。

 箪笥が開いた。


「こんばんは」

「「ぎゃあああああああああああああああああああああっ」」


 レインとスカイアは絶叫して両手で自身の体を覆った。次の瞬間には食われているかもしれないという諦念とともに。


 でも、そんな気配はない。

 恐る恐る、固く閉じていた目を開く。

 そもそも、聞こえた声は普段から聞いている少女のものだった。


「二人とも、ここにいたのね」


 廊下からの薄明りでも、金髪と金眼は目立っていた。

 見知った顔がいつものように微笑んでいたので、レインは体から力が抜けてしまった。


「ま、まりあ……」

「びっくりした? 大丈夫よ。敵じゃないわ」

「もう! そういう状況じゃないでしょ! ……それで? そ、外は? どんな感じ?」


 マリアは右手を振った。その掌は真っ赤に染まっていて、スカイアが悲鳴を押し殺した。


「地獄よ、地獄。兵士の人、全員死んでるわ。それで、殺人者がうろついている状態」

「……っ。言ってた通りってこと? じ、じゃあ、私たちは?」

「悪いニュースと、良いニュース。どっちから聞きたい?」


 地獄の窯で煮られたような状況。

 そんななかで、マリアは綺麗に笑っていた。

 困惑する脳で考え、レインは前者を選択した。


「え、と、悪いニュースって?」

「エイフル、アネット、アルコが敵と戦って重体よ。早く王都に帰らないと、命も危ないかも」


 目の前が真っ白になり、背中がうすら寒くなる。


「だから大人しくしておいた方がよかったのに……。それで、今は捕まってるの?」

「いいえ。捕まりかけたところを私が助けたわ。三人とも、近くの部屋に寝かせているの」


 ほっとする。


「じゃあ良いニュースは?」

「今私たちを襲ってる敵、私なら倒せるわ。実際、エイフルたちに怪我を負わせたやつらを、やっつけられたもの。今は縛って捕まえているからね」


 そこでようやく、レインはマリアの手についた血が敵の返り血だと気が付いた。

 そしてそれは最高のニュースだった。マリアと一緒にいて、敵を追い払ってもらえばいいのだ。


「マリア! すごい!」


 とスカイアも普段の血色を取り戻す。

 規格外の人間、マリアがいてくれて助かった。

 三人で笑顔を作りあう、ひと時の安堵。

 ほっと胸をなでおろしたとき。





「それで、いくら払う?」


 レインは信じられない言葉を聞いた。


「え?」

「敵は生徒たちを狙って手加減なしに襲ってくる。守ってくれるはずの兵士は全員死んでしまっている。生き残った大人たち、貴族たちは立てこもって何もしない。そんなよろしくない状況だけど、でも、私は敵を問題なく倒せる。そんな状況を加味して、貴方は私にいくら払ってくれるの?」


 再び血の気が引いた。

 マリアの思考が普通ではないことはレインも薄々感づいていた。半年の学院生活をともにしたことで、普通とはかけ離れた彼女の言動を見てきた。

 知らない世間と、知りすぎた他人。そのギャップが引き起こす、残虐性の種。

 でも、マリアはそんな異質さが霞むほどに美しくて可愛くて、天然なのかと好意的に捉えていた。


 ――間違えている?


「ま、マリア。今は冗談を言っている場合じゃないの。人の命がかかっているのよ」

「ええ。知ってるわ。こういう状況だから、私は本気で言っているの。本気で言う事ができるの。ふふ、貴方にはこう言った方がいいかしらね。――これは、”商談”よ」


 マリアはうっとりするくらい綺麗に微笑んで、レインの手を握った。


「売り物は私自身。私の強さも、外見も、全部売ってあげる。命令してくれたら、敵を全員血祭りにあげてあげるわ。それを、貴方の手柄にしてもいい。私がこの場をなんとかしましたと大声を出していいわ。そうすれば、貴方を見る周りの目は変わるでしょう。貴族も貴方の言う事に耳を傾ける様になるでしょう。そして、実際に全員が助かる。メリットだらけじゃない?」


 マリアの顔が近づいてくる。

 ぞっと、するくらい、綺麗、で、金、色に引っ張ら、れる。


「……なんで、今」

「貴方が教えてくれたんでしょう?

  商品は一番価値が高いところで売れって

   今が一番、強い私に価値があると、そう思わない?」


 微笑みに音があるのなら。

 に コっ と。そんな音がしているだろう。

 歪で、狂って、それを塗りつぶすくらい。見惚れるような。


「友情や恩情よりも、貴方だったらこっちの方がよっぽど信じられるんじゃない?」


 レインは息を飲んだ。

 まるで悪魔との契約だ。

 この子は天使のような見た目をして、悪魔のようなことを言う。

 人を殴ったこともないような手で、人の心臓を握りしめてくる。

 スカイアが「ひ、ひ……」と声にならない声を上げる気持ちもわかる。


 でも。確かに。

 商人として考えれば、理屈の通る行動。レインは理解できた。

 そう、これは商談。

 ほしいものを買って、対価に何かを差し出す、日ごろから誰もが行っている買い物と同じ。


「……いいわ。乗ってあげる。ほしいのはお金?」

「ふふ。私にいくらつけてくれるか気になりはするけど――、いいえ。お金なんて紙切れ、私は必要ないわ」


 商談に乗った後に商人らしからぬことを言うのだから、質が悪かった。

 マリアの考えはよくわからない。

 でも、そのわからなさに振り回されることは、不思議と嫌ではなかった。


「じゃあ、何を」

「貴方自身を頂戴」


 マリアは笑う。


「私? どういうこと?」

「ええ、そう。レイン、貴方自身ヨ」


 マリアの指がレインの首に伸びて、易しく撫で上げた。レインは震える体で、マリアの瞳を見つめた。


「貴方が好きなの。大好き。だから、全部頂戴。貴方の心も、体も、思いも、貴方が差し出せる貴方を全部、頂戴。私だって全部をあげるんだから、イーブンよね。そうしたら、私は愛する人のためにこの手を血に染めてあげる。なんでもしてあげる」


 ねっとりした視線には、絡めとられそうになる。

 熱い眼。心臓が、さっきまでとは別の音を奏で始める。


「……やっぱり、そっち系だったの?」

「そっち系って何? 私はただ、レインが好きなだけ」


 レインは息を吐いた。

 それは知らず、熱を持っていた。


「わかった。契約よ。私をあげるから貴方を――」


 最期の言葉は、マリアの口の中に吸い込まれていった。

 レインの声を口の中に入れて、マリアの喉が鳴る。

 熱い接吻の後、ぼうっとするレインに、マリアは笑いかけた。


「わかったわ。貴方の名の下に、全員を助けてあげる

  契約、成立ね

    破っちゃ、ダメだからね

   一生ものなんだから

ね?」

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