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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
二章 学生一年目
30/142

2-13












 林間学校での日々も過ぎていく。

 魔物が入らないように建てられた塀、その内側の森の中を散策したり、Aクラス担任のクラウチから王都と離れた場所だからこその話を聞いたり、自由時間で他の生徒の行動に付き合ったり。


 珍しい植物を売れるかどうか吟味しているレイン、森は魔素が溜まっているから修業にうってつけだ云々と講釈を垂れるアルコ、昼間見た魔物の姿が忘れられなくて端っこでへたり込んでいるスカイア。

 初めての外の世界に、誰もが不安そうにけれど楽しそうに過ごしていた。


 一日目は夕食のみ。二日目は鉄格子内の魔物に挨拶、その後自由行動。

 そして、二日目の夜。

 Cクラスは全員、一つの部屋に集まっておしゃべりをしていた。


 使用人の用意してくれたおつまみをつまみながらの女子トーク。

 私たちCクラスは方々から集められた、言ってしまえば烏合の衆。イーリス女学院という受け皿がなければ出会う事はなかった。

 全員性格も違うし、育った環境も、価値観も何もかもが違う。

 だからこそ、私の知らないことが集まってくる。

 楽しい。


 世間話が終わって、議題は専らAクラス、Bクラスの生徒の態度について移っていた。横柄な物言いと挙措が腹に据えかねるとエイフルは怒っていた。自由時間の際に顔見知りの貴族に突っかかれて、喧嘩一歩手前の状態を、私とアネットで宥めて何とかなった。


「こんな遠くまで来て何してるんすか。いつでもできるでしょう、そんなこと」


 話を聞いたクリスはあきれ顔。彼女は彼女で、木の影に隠れて情報収集をしていたらしい。

 むすっとしたエイフル。


「私は悪くない。あっちの責任だ。昔、貴族の茶会で出会ったことがあるやつで、その時は私の方が身分が上だったんだ。今の私がCクラスにいるのが面白くてたまらないらしい」

「エイフルは元々貴族だったんすよね?」

「まあな。いわれのない罪を着せられて没落したが。だからこそ、ああいった口先だけの人間は好かんのだ。親の立場が、家系がどうだなどと、どうでもいい。親の関係ない殴り合いなら受けてたつのに」

「あー、まあそれは無理な注文っすね。偉い人間が偉い世界。出る杭は打たれる世界っすから」


 と言いつつも、エイフルのことについてメモを忘れないクリスは逞しい。


 人の価値。

 それは個人の資質だけには留まらない。

 もっと、大きな範囲の話で、手を伸ばした先にいる人が持つ力が、そのまま自分のものにもなる。

 虎の威がはっきりと目に見える情勢。

 つまり、価値を上げるためには、価値をあげないといけない、


 ……よくわからなくなってくる。

 まあ、私には関係のない話だけれど。



 と。

 姦しい会話の中で、別のところから関係ありそうな、――否、関係”したくなる”ような物音が私の鼓膜を揺らした。


「ちょっとお手洗いに行ってくるわ」


 私は立ち上がる。「この子らの話面白くないし、ついていきましょうか?」と私にすり寄ってきたシクロに大丈夫と伝えて、部屋を出る。


 夜の帳の落ちた廊下。一定区間には壁際に蝋燭が置かれていて、最低限の光量を確保している。トイレは、右手に歩いてすぐ。

 でも、私は左手に進む。


 使用人の部屋を抜けて、誰も使っていない部屋の並ぶ区画。蝋燭の光すらうっすらとしている夜に食べられてしまったかのような場所。

 少し歩いて、廊下の端で待ち構える。

 そうして、足早に目の前を通り抜けようとした存在に声をかけた。


「エリー、どうしたの?」

「ひぇっ」


 その場で飛び上がったのは。エリクシア。

 私たちにつけられたメイドさん。

 蝋燭すら持たずに、薄明りの中をほとんど音を立てずに駆け抜けようとしていた。


「そんなに慌てて、どこに行くの?」

「……マリア様。どうしてここに?」

「楽しそうな声が聞こえたから、来てみたの」


 エリクシアや他の一部の使用人たちが何かを企んでいるのはわかっている。私の耳はそういった楽しそうな話は聞き逃さない。

 でも、流石に私だって他の子と会話をしながら耳を傾けることはできない。当人から何をしているか聞かないと。


「ただ、明日の準備をしているだけですよ。明日は貴方方が帰られる日ですから、丁重にお見送りをさせていただきます」

「嘘ばっかり」


 人は本質的には嘘をつける生物ではない。嘘をつくと表に出てきてしまう。

 なのに、嘘をつくのは人間だけだという矛盾。

 例えば、剣を持った犬。弓矢を背負った鳥。

 不慣れな武器で、誰を刺そうというのだろうか。


「うそうそうそうそ。ぜーんぶ、嘘。みーんな、嘘。わかりやすく、嘘。誰もかれも嘘つきばっかり。私はそれがわかっちゃうの」


 もしくは。

 私以外は気づけないものなのかもしれない。

 誰もかれも、外側しか、皮しか見ていないから、こんな簡単なことに気が付かない。

 少し瞳を覗けば、所作を見つめればわかることなのに、ばかみたい。


 私は壁に手を伸ばし、両腕と体でエリクシアを挟み込んだ。


「ねえ、なんでそんなにあからさまなのにごまかせると思ったの? 目に見えるくらいなのに、私が見逃せると思ったの? 教えて教えて。なんでそんなくだらない嘘をつくの? なんでどうしてなんのため?」


 嘘をつくと、時間が無駄になる。

 一言で答えてくれれば、私だってこんなこと言わなくていいのに。


「――っ」


 エリクシアは私を見つめる。

 綺麗な赤い瞳。

 その瞳が細められて、彼女の身体は素早く回転した。左足を軸にその場で跳ねて、右足がまっすぐ私の頭に向かってくる。刹那の回し蹴り。


 早い。

 けど。

 普通だったら、ね。


 私はその細い足、足首のあたりを掴んだ。「え」と茫然とするエリクシアの脚をそのまま持ち上げ、逆さまにつるし上げる。給仕服のスカートが重力に従って垂れさがり、白い足、足の付け根、白い下着が良く見えた。


「良い攻撃ね。そして、綺麗な体」

「……な、なんで、死角から蹴りこんだはずなのに。避けられたことなんかないのに。掴まれたことなんて、もっと……」

「相手が私だから。それだけでしょう?」


 そんなくだらないことよりも、もっと議論することがあるはず。


「ねえ、エリー。私は別に貴方のことを邪魔したくて近づいたわけじゃないのよ」

「……どういうことですか?」

「簡単よ。私、貴方のことが大好きなの。だから、貴方がしようとしていること、手伝いたいの」

「……」


 宙にぶら下がった、疑いの視線。

 そんな目で見ても、私は下らない嘘なんかつかないわ。

 ぜんぶぜんぶぜんぶ、ほんとうのこと。


「その赤い眼、とっても奇麗ね。王都ではなかなか見かけない、とっても素敵な目。私が大好きな、イヴァンと同じ目。吸血鬼と同じ目」


 エリクシアの喉が鳴った。


「で、貴方は何なの? オシエテ?」


 エリクシアの瞳の中の感情が変わった。

 敵意から、殺意へ。

 その切り替わりの速さ、初めて向けられた明確な殺意。

 ぞくぞくして、知らず、口角が上がってしまう――。


 エリクシアの手が懐に伸び、何かを取り出す。一連の流れで彼女が投擲したのは、小ぶりのナイフ。地に足ついていなくても、それは正確に私の首を狙っていた。

 飛来したナイフを、手で鷲掴む。


 しまった。避けたほうが良かった。高ぶった感情のままに動いてしまった。

 刃先が当たっている手のひらから赤い血が流れ落ち、床を赤く染めていく。


「ああ、良かった」


 ナイフを放り投げて、傷口を見つめる。

 ちゃんと、紅い。

 人間の、血。


「私は人間」

「……化け物」


 差し込まれる言葉。

 心外ね。


「こんなに私は可愛いのに、紅い血が流れているのに、貴方の下着に興奮しているのに、ワタシを化け物と言うのね」


 エリクシアをゆっくりと地面に降ろす。彼女はその場で立ち上がると、眉根を寄せたまま臨戦態勢をとった。

 まだ私と戦おうというのか。

 化け物だとわかって、なお。


「手段と目的。意外と皆、混同しがちなの。いつの間にか、手段が目的になっていたり。混乱する脳では正確な答えは出せないものよね。私とここで争うのが貴方の目的なの? それとも、これだけやってまだわからない?」


 エリクシアは確かに強い。

 でも、私はもっと強い。

 それだけ。

 それがわかったら、次の選択肢をとるべきでしょう。


 逡巡は一瞬。

 決断は刹那。

 エリクシアは口を開いた。


「……確かに、これ以上は議論の余地もありません。私は負けた。それも、圧倒的に。その時点で答えは一つだったのに」

「ええ、そうよね。だから、貴方のことを教えてくれればいいの」

「私は、竜人です。第四世代。人間と第三世代の竜との間の子です」

「……」


 聞きなれない単語に、脳が止まる。

 ……?


「さきほどの無礼、謹んで謝罪いたします。よもやこのような場に貴方のような御方がいらっしゃるとは思いもよらず。第四世代の私で相手にならない貴方は、第三世代ですか?」


 先ほどとは打って変わって、その場に正座する少女。頭を床につくくらいまで下げて、私を敬っている。

 この子は、何を敬っているの?

 私? 

 だとしたら、私の中の何を?

 頭を打ち付けた覚えはないけれど。


「……何を言っているのかわからないわ。第三世代? 第四世代?」

「本当にご存じないので?」

「知らないわ。知らないことだらけ。教えてくれる?」

「……なるほど。そういうことですか。しかし、貴方様の存在はさらに上の御方のご存命を指し示している……。失礼しました。そうであれば、私がこれ以上言えることはありません」


 私は、化け物。

 でも、その中身はわからない。

 この子はその一端を知っているかもしれない。


「……オシエテ。貴方の知っていることを」

「お許しください。それはできないのです。もしも私が懸念している通りの状況であれば、貴方にそれを伝えた時に、私の首は飛ぶことになるでしょう」


 顔をあげるエリクシア。

 その赤い瞳は涙に潤んでいた。


 本当のこと。

 可愛いエリクシア。

 よくわからないけれど、彼女が死ぬのは嫌なこと。


 どうせ私は伽藍洞。エリクシアだって完全にわかっているわけではなさそう。

 だったら、それは一旦置いておくことにする。


 ――別に、急に現れた真実が怖くなったわけじゃない。尻込みしたわけじゃない。


「じゃあ、それはいいわ。貴方が何をしているのか、教えて」

「人間の貴族を攫おうと考えています」


 あっさりと暴露。


「……へえ」


 私の頭が動き出す。

 最小の投資で、最大の資本を得るために。


「それは、楽しそうね。どうしてそんなことするの?」

「覚醒遺伝持ちの処遇に依るものです。人間風情よりも優れた種である私たちが虐げられるのは、明らかにおかしいこと。それを打破するために、王都に住む腐った人間どもに、会談の場を用意させるのです」


 覚醒遺伝持ちの不遇。

 Cクラスの中ではシクロもイヴァンもすでに馴染んでいるから忘れていたけれど、それは根深い。

 従来の人間よりも優位点がある存在は、恐怖と蔑視の対象にされてしまう。


 わからないわけでもない。

 私もきっと、そういった存在だしね。


「そのために、同じ覚醒遺伝持ちを宿舎付近に待機させております。私と他の使用人含め、総勢八人の手勢ですが、この場を掌握するに十分かと。邪魔な兵士を排除した後は、身分の高い貴族のご令嬢を数人攫いだします」


 私は何がしたい?

 何がほしい?

 そのためには、何が効果的?


「貴族たちに痛い目見せる、いい作戦ね」

「わかってくださいますか。それでは、お助力を……」

「いいわ。私は内部から、他の子たちが逃げづらい状況を作ってあげる。今回は攫うことが目的で、殺しはしないんでしょう?」

「はい。そこは厳命しております。私たちも、戦争をしたいわけではありません」

「それがわかれば十分。邪魔をしようとする存在には釘を刺して、十全に物事が動くよう計らいましょう」

「ありがとうございます!」


 恐縮して、頭を下げるエリクシア。

 私はその旋毛を見て、にっこりとほほ笑んだ。


 私がほしいもの。

 それは、アイ。

 私の存在を認め、好意を寄せてくれる人たち。


 ちょうどいい。

 最低のBETで、

 最高のBEDを。


「くひ」


 私だけが笑えばいいの。


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