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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
八章 アイのカタチ
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8-6. 永年戦争


















 王宮から出ようとしたタイミングで、声をかけられた。


「マリア!」


 寄ってくるのは、見知った子たち。学院時代の同級生。あるいは、白百合騎士団の所属団員。

 先頭にいたデリカが、息を整えながら、


「マリア。どうして何も言ってくれないの。来てたなら言ってくれればよかったのに」

「言えないわよ。だって私は、公式上、ここには来れないもの」


 王国の敵。

 王奥を混乱させ、人々を惑わせ、多くの死傷者を生み出し、一つの地獄を作り上げた張本人。

 何を言われるかわかったものじゃない。


「だからそんな格好してるんだ」

「ええ」


 私だとよくわかったわね、なんて、もう言う必要はなかった。

 例えば、私はデリカの姿が変わっても、性格が変わっても、性別が変わっても、貴方がデリカだということに気づくことができる。同じこと。私にできることなんだから、皆できてもおかしくないわよね。

 皆、人を見ていないようで、見ているから。見抜くのは何も、私の専売特許ではない。


「貴方も私を愛してくれていたのね」


 知るということは、考えるということ。見るということ。意識するということ。

 一番簡単に他人を知ることは、愛すること。一目でこれが私だとわかってくれる人。それは皆、私を愛してくれている。

 言葉より如実に。態度より正確に。


 私にはたくさんの愛がある。それが、わかる。

 よく、わかった。今の私なら、わかってる。


「行っちゃうの?」


 デリカは子犬の目になる。

 私は頷いた。


「ええ。私にはやることができたの。したいことがあるの。だから、自分の居場所に帰るわ」


 わくわくと、どきどき。

 今まで、私は物語を自分一人で描いてきた。だから過程も結末も思い通り。ストーリーは私の考えた通りにしかならない。

 でも、今回は私とミリア、二人の共同制作。期間は永遠。そこに、参加してくれる沢山の人の思惑が入ってくるだろう。私がコントロールできないところも生まれてくる。


 それは、未知。

 そして、宝箱。

 魔物が中に潜んでいるかもしれない。中には何も入っていないかもしれない。でもそれでも、それは一人ではなく皆で開ける宝箱なのだ。全員で頑張って手に入れて、一緒に開ける夢。その中身がなんだって、楽しいことになるに違いない。


 私は知ったの。

 私は一人きりじゃないって。


「これから、自分の生き方を自分で選択する時代が来るわ。自分が好きなように生きることのできる未来が、私たちを待ってるの」


 私とミリアの作り上げる二つの国、その世界。

 時代を経るごとに、それだって変化していくだろう。二つと言わず、三つも四つも、必要な分だけ世界は生まれ出でる。


 私はそれを拒まない。

 国が生まれるということは、それだけの意見や意志があるということ。それを尊重していかないと。自分の意志で立つ人は、それだけで輝いているんだから。

 それがきっと、正義ってやつだから。


「マリア、変わったね」

「色んな事を知ったから、教えてもらえたから。こんな私は嫌かしら?」

「ううん。とっても良いと思う。きらきらしていて、とっても可愛い」

「デリカだって輝いているし、もっと輝けるわ。私が教えてあげたでしょう?」


 デリカは首のチョーカーに手を当てた。

 金色の瞳は、きらきらと輝きだす。


「うん。私はマリアに大切なことを教えてもらったから。だから、頑張れるよ」

「私は寂しいときに貴方を呼ぶわ。だから、貴方が寂しいときには私を呼んで」


 デリカのことを抱きしめる。


「この世界の裏側だって飛んでいくわ」


 だって世界は狭いんだもの。愛で繋がれるくらいには、小さいんだから。

 デリカはぐすんと鼻を鳴らした。


「……うん。会いに行くから。だから、会いに来て。愛しに、来て」

「ええ、約束」


 私はデリカと小指を繋いだ。

 他の子にも、同様に。


 全員、自分の進む道がわかっている。自分の生き方を知り、いい顔をしていた。彼らは王国にいても大丈夫。王国で自分に従って生きられる。

 人と人とは教えあう。

 自分では自分が見れないから。だからそこは他人に任せるしかない。誰と出会うか、それが大事なのは、教えてもらえる内容に差が出るから。良い人と一緒にいれば、色んなことを教えてもらえる。

 そして私の出会いは、すべてが最高だった。


「私は貴方たちに色んなものを教えてもらった。私は、教えてあげられたかしら」


 全員が頷いてくれた。

 良い笑顔で。

 良い表情で。

 ならばもう、言う事はない。


「今までありがとう。これからも、ありがとう。また会いましょう」


 最高の笑顔を、私は作ることができたように思う。



 ◆



 魔国に新しい王が立った。その知らせは王国民を震えあがらせた。また同じような悲劇が起こるのではないか。被害を受けた人々は不安と恐怖で顔を伏せる。


「恐れるな!」


 そんな中、王妃ミリアは大声を張り上げた。


「何度襲い掛かってこようと、振り払えばいいだけだ。蛮族はあちらだ。人の世に反した道理は是正せねばならない。我ら王国の力を、今こそ結集するときなのだ。国民全員で悪を撃ち取るのだ!」


 国民からのミリアの評価は真っ二つだった。

 国民のことを見ようともしない、自己中心的な王妃。

 しかし、魔王の進軍を止めたのは彼女がいたからこそ。


 だが、時を経るごとにアースとミリアの政治は改善されていった。王都だけではなく、下町の整備も政策に盛り込まれるようになった。

 段々と評価は一つに集まっていく。アースとミリア、二人に任せておけば大丈夫だ。


 国民はそう思って、魔国へと蔑視を投げた。



 ◆



 こつん、こつん、と足音は響く。


「急な召集って。今度はなに?」

「人間どもが武力蜂起だってよ。西の草原で進軍だ」

「何度も何度も懲りないですね。つい先月に追っ払ったばかりでしょうに」

「でも、タイミングは悪くない。先の戦闘は消化不良で、こっちもストレスが溜まっているからな」

「あららさんも同じなんじゃろ。そろそろ戦闘しないと、国内では抑えきれないんじゃ」

「じゃあ今回は派手に行こうか。全然死なないんじゃそれはそれで緊張感なくなるミラ」

「与太話はそこまででいいだろ。王の間に入るぞ」


 七つの足音は大きな扉の前で止まった。衛兵がゆっくりと扉を開く。

 扉から真っすぐに引かれた赤色の絨毯。西日を受けて黄金色に輝く床と壁。そして、奥に鎮座する背の高い物々しい玉座。

 そこに座る、人影。


「ようこそいらっしゃい、我が愛しの”七天”」


 玉座に座った女性が頬杖を突きながら口を開く。

 漆黒の髪、瞳。それはあらゆるものを塗りつぶす暴力性と、あらゆるを許す寛容性を有していた。絶世の美貌は色あせることはない。王城から顔を覗かせるだけで、国民の誰もが歓喜の声をあげるカリスマ。


 七人は王の間に入ると、女性の前でそれぞれ膝をついた。


「七天。召集に預かり参上いたしました」


 銀色の髪、赤い目を有した女性が声を発する。

 王の間の扉が閉まる。自身の王の顔に見とれていた衛兵の視線はそこで途切れた。


 同時。


「ねえ、これ毎回やるの?」


 マリアの顔が引きつり、呆れた声を出す。


「やるの」イヴァンの口調はいつも通りに戻った。「こういうのは威厳が大事なんだよ。魔王と幹部七天との間には埋められない差があって、七天と国民の間にも絶対の差がある。これを維持することで、国民の視線には畏怖と尊敬が張り付くんだ」


 胸を張って自信満々に。


「私はどうでもいいですけどね。畏怖と尊敬があったって、どうせ誰も私たちに歯向かってきたりはしないですよ。どれほど無謀かはよほどの馬鹿じゃない限りわかるでしょう」


 シクロは嘆息。


「その通りです。魔国が発足してから今になって、確かに世代は入れ替わりましたが、それでも国民からのマリア様への尊敬は薄れることはありません。今もなお拡大を続ける魔国。その恩恵は貴方あってこそ」


 エリクシアは感嘆に頷いた。


「それに、ここのやつらは話が早くていいぜ。文句があったら殴りかかってくるんだからな。私たちがのされないように油断さえしなければいい。きひひ。私たちが負けるなんざありえねえ話だけどな」


 バレンシアは口の端を歪める。


「魔国では個々の強さにこそ価値がある。策略を張り巡らせるようなやつは、王国に行ってしまうミラよ。だからこそ、畏怖と尊敬はこの国では必要ミラ。マリアは絶対的力の象徴でなければならない」


 ミラージュは真剣に。されど欠伸をしながら。


「今回の戦闘は何十回目じゃ? 新魔術や兵器が開発されて、どんどん激しくなるのう。が、それでいいんじゃろ? 戦争を止めないことで、技術革新がガンガン進んでおる。生活も楽になって、良いことじゃ」


 がっはっは、とドレイクは豪快に笑った。


「ったく、こいつらは能天気だな。マリア、王国は二万の兵を出すと連絡があった。今回ある程度の規模の戦闘にするなら、一万は出すか? あっちの新魔術は豪快だし、二万出してこちらの被害を抑えるか?」


 獅子の面を被った男は生真面目に指示を仰いだ。

 だが、マリアからの返答はない。彼女はにこにこと笑いながら、七人を見つめていた。


「マリア?」

「……ああ、いえ、なんでもないの」


 マリアは口元をほころばせた。


「なんとなく、嬉しかっただけ」


 陽が沈んでいく。

 赤と黒が世界を変えていく。

 昼と夜。二つが世界を交互に染めていくこの世の中。


「さあ、ここからは私たちの時間。夜の時間」


 マリアは立ち上がった。

 口角を歪ませる。


「永遠に続く戦争を、始めましょう。平和のためにね」


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