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7-16. マリアの妹













 ◆



「皆、終わったわよ」


 王の間から廊下に出る。現れた姿を見て、あるものは歓喜し、あるものは絶望した。


 絶望したのはリオン、クロウ、ピレネー。三人ともその場に組み伏せられて、取り押さえられていた。言葉も碌に離せないほどに痛めつけられ、その顔がさらに悲痛に歪んだ。

 歓喜したのはイヴァン、シクロ、バレンシア。それぞれ相対した相手の身動きを奪い、主人の返りを待っているところだった。


 現れた黒髪黒目の女性はにっこりとほほ笑んだ。


「問題なくミリアとアースは殺したわ。これで王国は終わり。このまま放っておいても崩壊に向かっていくでしょうね。つまらない戦いだったわ。帰りましょう」


「なんの問題もなかったね。まあ、マリアが負けるはずなんか……」

「さっすがマリアです。そうと決まればさっさと帰って祝杯を……」

「ああ? 張り合いがねえな。ま、そんなことだろうと思って……」


 三人の言葉は同時に止まった。

 全員の感情が、歓びから一転、困惑、そして怒りへと変わる。



『誰だ、おまえ』



 三人の敵意は一斉に黒髪の女性に向いた。

 誰が見ても先ほど王の間の扉をくぐった人物と同じ姿の人物。くぐった人間が、今度は出てきただけ。何も問題にすることではない。しかし、三人は一切の遠慮なく、殺意を飛ばす。


 女性は後ずさった。


「……何を言っているの、イヴァン、シクロ、バレンシア。私はマリアよ。どこからどう見ても、可愛いマリアでしょう? ああ、なるほど、気が立っているのね。戦闘の後だから仕方がな


 影が女性を貫く。イヴァンの足元から壁へとつながった影が隆起し、女性の心臓を穿った。服を裂き、皮膚を裂き、心臓を裂く。鮮血が辺りに飛び散った。


「……痛いじゃないの」


 言葉は返ってこない。

 次弾、シクロが両腕を振って、力を叩きつける。女性はそれをバックステップで避けたが、背後にはバレンシア。放たれた横なぎの拳を顔面で受け止めた。


 床を転がっていく。

 うつ伏せに転がった女性は、くつくつと笑い声をあげた。


「……良かった。貴方たちは見抜けるのね。これで問題はなさそう」


 女性の姿が変わる。黒色から金色へ。顔のつくりはほとんど変わらないが、見る人によってはわかる差異が元に戻る。


「ミリア……!」


 イヴァンは歯噛みした。そして同時に、頭は”あってはならないこと”を想像する。

 それはミリアの口から告げられる。


「マリアは私が殺した」


 ミリアは起き上がり、宣言する。


「大罪人、マリア。人々を惑わせ、狂わせ、おかしくさせた張本人。王国内にもたくさんの敵がいた。この戦争はすべて、彼女の扇動によるもの。そんな彼女を生かしておけるはずがない」

「……あり得ないです」


 シクロは首を振って王の間へを駆けだす。

 そこから現れたのは、またしても金色。現国王、アース。手には生首を手にしている。


「あり得ない話じゃないさ。ここに証拠があるだろう?」

「……」


 その場は水を打ったかのように静かになった。リオン、クロウ、ピレネーの三人ですら、息を飲むだけ。

 だが、それぞれの胸中に湧き上がる感情は、無音とは程遠い。


「怒ってるよね。私を殺したいよね。わかってる。でも、今の貴方たちはどうせ話したってわからない」


 ミリアはアースから生首を受け取ると、それを抱きしめた。恭しく、愛おしく。


「残念ね。貴方たちはこんなに近くにいたのに、お姉ちゃんの気持ちを何も理解していなかった。ああ、可哀想なお姉ちゃん。大丈夫、私が幸せにしてあげるから。そのための計画はもうすでに考えてある。

 こいつらと違って、お姉ちゃんが本当にほしいものが、私にはわかってるから」

「……その汚い手でマリアに触れるな」

「私たちは姉妹よ。そのスキンシップ。何がいけないの?」

「触るなって言ってんだ!!」


 イヴァンは自身の指を噛みちぎった。血が勢いよく外に飛び出し、辺りを赤く染める。同時に地面に落ちた血は黒色に染まって広がっていく。いまだ影の生まれでない床を、黒く赤く染めていく。

 イヴァンの殺意が伝播して、血と影はそれぞれ棘となり、ミリアとアースに向かっていった。

 シクロとバレンシアからも恐ろしいほどの殺気を受け、ミリアは頭蓋を扉の前に丁寧に置くと、アースに振り返った。


「アース。貴方は下がってなさい。予定通り、私が相手をするわ。彼女たちに話は通じない」

「嫌だ。俺もやる」

「子供みたいなことを言わないで。貴方だと死ぬかもしれない」

「だとしても、俺はこの殺意を受け止めないといけない。これは過去と未来への懺悔だ。俺たちが歩いた道には犠牲があった。救えた命もあったはずなのに、それを無視したんだ」

「これが最善だと何度も話し合ったでしょう」

「だとしても。このまま王座にふんぞり返ったんじゃ、俺は俺が許せないんだよ」

「律義ね。私たちを一人で殺そうとした誰かさんみたい」


 ミリアは視線を前に戻した。

 イヴァン、シクロ、バレンシアの本気の殺意を受け止める。


「せいぜい死なないこと。ここが正念場なんだから。ここで死んだりなんかしたら、浮かばれない」

「おまえこそな。まだ、終わっていないんだから」


 ミリアとアース。

 イヴァン、シクロ、バレンシア。


 二つの陣営はこの戦争の最後を飾るべく、ぶつかり合った。


 

 ◆



「殺す……!」


 ミリアはぼろぼろになった三人を床に放り投げた。いずれも回復しないように異物を身体に突き刺した状態で。


 血の涙を流しながら、吸血鬼は唸る。


「これで終わったと思うなよ。ばらばらにされても、こなごなにされても、私たちはおまえの首元に噛みついてやるからな」


 唯一、彼女だけに意識があった。シクロもバレンシアも度重なる死に意識を失っている。


「……貴方は、何がほしかったの?」


 ミリアは手の甲で口元を拭った。紅く黒く、よくわからないものがこびりついていた。それを綺麗だと思った。


「なに?」

「本当に戦争がしたかったの? 本当に王国を壊したかったの? 本当に化け物を救いたかったの?」

「何を言ってる。全部本当に決まってる。だから私たちはここにいる」

「マリアが言ったからじゃなくて?」


 ミリアの目が細められた。

 イヴァンの口は一度閉じる。


「貴方が一番に欲しかったのは、これじゃなかったはずでしょう?」


 イヴァンは顔を下げた。ぷるぷると震えだす。


「うるさい」

「わかってるでしょう? 別に王座とか、世界の崩壊だとか、貴方たちは何も望んでいない」

「うるさい……!」

「本当に欲しかったのは、お姉ちゃんの笑顔でしょう? だからお姉ちゃんの言う事に従った」

「うるさいうるさいうるさい!!」


 イヴァンの口からは怨嗟の言葉があふれ出した。


「おまえに何がわかる!? こんな温室でぬくぬくと育ったおまえに!! マリアはいつだって泣いていたんだ! おまえのようになれなくて、人から特別だと化け物だと人間の枠から疎外されて、挙句の果てに親からも拒絶されて! マリアはいつも人のために、人が笑えるために頑張ってきたのに、誰もかれもが彼女を否定する! だから私たちが肯定してあげるんだ! マリアの言う事をすべて、実現してあげるんだ。もう、我慢なんかさせない、泣かせたりしない、だから、私たちは剣をとったんだ! おまえのように無神経な人間に突き立てるために!」


 心の底からの絶叫

 しかし、ミリアは引かなかった。


「……貴方は何もわかっていない」

「なんだと」

「貴方が王座なんかに興味がないのと同じように、マリアも王座なんかに興味がないの。王国を殺すだとか、世界を壊すだとか、全部、本当は欲しがってなんかなかった」


 イヴァンは押し黙る。


「……。おまえに言われなくたって、わかってる。あれこれ理由をつけてたけど、マリアは人を殺すことが好きな子じゃない。戦争なんて人が多く死ぬこと、本気でしたかったわけじゃない」

「それがわかってるなら」

「だって! マリアは私たちの愛を受け取ってくれない!」


 今度の絶叫は、悲哀の混じったものだった。


「どんなに好きだと言ったって、愛してるって囁いたって、本心に届かないんだもの。マリアは自分が愛を受け取れる価値のある人間じゃないと思ってるから、何も受け取ってくれない。私たちはこんなにもあげたいのに、溢れるほどマリアからもらっているのに、マリアはあげるだけで貰い方を知らないから、本当に欲しいものが受け取れないの」


 イヴァンは悔しさに唇を噛んだ。

 ほしいものに手が届かないんじゃない。

 ほしいものに手が伸ばせない。

 自分の価値が路傍の石ころと同等だと思っているから、何とも交換できない。


「だからせめて、夢を叶えてあげるんだ」

「……良かった。そこまでわかってるなら、話は通じる」


 ミリアは屈んでイヴァンの四肢から異物を引き抜いた。時間をおかず、イヴァンの身体は元に戻る。


「……なにを」

「半年、待って。私は貴方と同じ思いを抱いている。お姉ちゃんを幸せにしたい。愛を受け取れずに育ってしまったあの子に、伝えたいの。色んな人が色んな愛をお姉ちゃんに与えたいんだよって」

「どうやって……?」

「それは秘密。今ここで言ってしまったら、賢いお姉ちゃんは気が付いてしまうから。純粋な思いを渡してあげないといけないの。貴方は何も知らないまま、半年間を過ごして」


 イヴァンは首を横に振る。


「……信じられない」

「私のことはどうでもいい。でも、お姉ちゃんのことが好きな妹のことを信じてほしい。貴方と同じ、一人の女の子が好きな、ただの女の子だから」


 イヴァンは視線を逸らした。


「一応言っておくけど、憎しみは憎しみしか生まないよ」

「そう。だから私は、ここですべてを終わらせる。そのためのピースはすべてそろってる。他意はない。そのために私は王妃になったんだから」

「……半年ね」


 イヴァンは立ち上がった。


「わかった。私たちは引くことにする。シクロとバレンシア、その他も説き伏せる。これでいい?」

「問題ない。感謝する」

「私は結局、マリアに伝える方法が思いつかなかった。だから、助ける方に回った」

「それはそれで大切なこと。貴方は一番の味方でいて。私は一番の敵でいるから。敵である私だからこそ、できることもあるの」

「……わかった。マリアの妹の貴方を信じることにする。だけど、これが裏切りだと分かったとき、何が起こるか考えておいてね。その何十倍もひどいことになるから」


 最後に殺気を飛ばして、イヴァンはシクロとバレンシアを抱えて去っていった。

 ミリアは隣で寝転がっているアースを起こす。


「ほら、王様。寝てないで、起きて」


 服は破け、髪はぼさぼさ。死力を尽くした王は、目を開ける。


「ん、……ああ!? どうなったんだ?」

「私たちの勝ちよ。今から勝鬨を挙げるの」

「……そうか。じゃあ、計画通りということか」

「そう。ほら、早く立って。ここに他の雑兵が入ってくる前に、勝鬨をあげて魔国軍には引いてもらわないと」

「ああ」


 アースはミリアの肩を借りて歩き出した。


「大丈夫そうか?」

「うん。さっきまでイヴァンと話していた。彼女たちなら、大丈夫。どんなに姿が変わろうとも、”わかってくれるから”」

「……うまくいけば、マリアへの懺悔になるかな」

「情けないこと言わないの。ほら、行くよ」


 ミリアはマリアの首を掴んだ。

 王宮、王国中が見渡せるテラスの上までやってきて、マリアの首を掲げて大声を上げた。


「魔王マリアは死んだ。これ以上戦を続けるものは名乗りを挙げろ! マリアを殺した私が相手になってやる!」


 視線の端で、銀色の髪が見えた。

 魔国軍幹部の彼女は、同調して大声を上げた。


「退却だ!」

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