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7-15. ■■■














 ミリアとアース、二つの金色は堂々と仁王立ち。私のことを見据えて離さない。

 私の背後で扉は閉まっていく。がしゃん、と大きな音。


「おかえりだなんて、面白い挨拶ね。ここは私の家だったのかしら?」

「そうでしょう、マリア。貴方の家は、この王宮。ここで生まれたんだから、ここが貴方の家よ」

「……」


 悪意のこもった言葉。ミリアからそんな言葉が出るとは思わなかった。


 顔を上げる。

 ミリアの顔。私と同じ顔。

 今は違う。私は黒色。あの子は金色。そして、冷酷な瞳を私に向けている。


「……良い皮肉ね」

「皮肉だなんて。ただ真実を言っているだけだけれど」


 言葉は冷たく、抑揚はない。

 彼女もまた、覚悟を決めた顔をしていた。


「そう。良かったわ。手心を加える必要はないということね」


 良かった。彼女はきちんと私を敵だと認識している。

 少しだけ不安だったのは、ミリアの心が私に寄っていたかもしれない可能性。いまだに好きだの何だのと口に出すのなら、私の剣が鈍りそうで嫌だった。マリアの下らない同情が発動しそうで吐き気がした。

 でも、今のミリアに映るのは敵意と殺意のみ。純粋で順当な怒り。私に協力するなんか言い出さないだろう。


 彼女は私の敵でいてくれる。


「貴方が皮肉で敵意を向けてくるなんて、変わったのね。貴方も立派な王妃様というわけね。それほど王国民が大事?」

「……、そうね。大切よ。貴方はそんな大切な王国の民をたぶらかし、狂わせ、苦しめた。蛮族は万死に値すると言っていいでしょう」

「あはは。貴方の口からそんな言葉がきけるなんて、三年という月日は偉大ね」


 何にも興味を持てなかったお姫様。鋼鉄製の箱に入れられたお嬢様。

 それが今や王国民のために戦うと言い、敵意と殺意を張り付けて侵入者を睨み、私のことを蛮族と呼ぶ。

 普通の反応。普通の王妃様のやり方。


「あはははは。

  反吐が出るわね」


 なんてつまらない子になってしまったのだろう。

 王として民は大事。そんなこと、誰もが思い抱く普通のこと。ミリアは一般論を言う人間に収まってしまった。人間の常識に染められてしまった。


 個性を殺し、従属させられる生物。ああ、もの悲しい。私と今まで触れ合っていた妹は、世界に殺されてしまった。また、世界の被害者が出てしまった。

 早く殺さないと、壊さないと、犠牲者は増える一方。落ちる涙は増えるばかり。


 私が、やるんだ。私しかやれないんだ。

 正義は、私が持っている。


 ミリアは能面のまま反駁する。


「貴方にどう思われようと、……、どうでも、いい」

「そう、少し寂しいわね。でも、私は嬉しいのよ。貴方が敵になってくれて。以前宣言した通り、私の意志は変わらない。その王座に座る人間を失くしたい。王国の頂点、世界の象徴。そんなものは、これからの時代には必要ないからね」

「……」


「マリア」


 アースが口を開く。少しだけ大人びた顔。彼もまた、私にしっかりと敵意を張り付けている。

 懐かしい顔に私の機嫌もよくなってしまう。


「あらあら、そこにいるのは無能王じゃない。影が薄くて見えていなかったわ。いいの? ミリアの後ろに控えるだけで。何もしない、何もできないアース王。マリアがいなくなって、化けの皮の剥がれた貴方。

 でも、良かったわね。民からの心無いそしりも今日でおしまい。貴方の耳はこれ以上悪評を聞くこともないの。だって、貴方はもうそこに座ることはないのだから」

「ぐだぐだと五月蠅いな。おまえは戦争をしに来たんじゃないのか」


 きっぱりとした口調。

 あんなに他人の意見に振り回されて右往左往する男の子だったのに。


「……」

「色んなことがあった。俺たちはそのたびにこうやって向かい合ってきた。俺たちは隣り合うのではなく、むしろ対峙し合った方が、らしいというものだろ。そして俺たちが向かい合っている以上、殺し合いしか存在しない。そう思ったからおまえは今ここにいるんだろう? それともこの王座に未練でもあったのか?」

「そんなもの存在しないわ。未練があるのは貴方の方じゃない? その王座が欲しくて、多くの王国民を見殺しにしたんでしょう? 下町の人間なんかどうでもいいと思って、ベイクに声をかけることすら躊躇ったんでしょう? 私のことなんか本当はどうでもよくって、私の言う事を聞いてくれなかったんでしょう?」

「……俺はそんなつもりじゃ」


 口ごもるアース。

 舌戦。私の勝ち。あまりいい気分じゃないけれど。

 顔をひきつらせたアースを、ミリアが制した。


「これ以上この女と話すのは無駄よ。彼女は人の痛みをよく知っている。どうせ絡めとられるだけだもの」

「よくわかってるじゃない」

「人間の眼が前にしかついていないのは、前を向くため。前だけを向くため」

「そうね。その言葉には同意できる。だから過去に意味はないということ。思い出話に価値はないということ。私たちが生きる場所は、未来にしか存在しえない」


 だから、私は前に進むの。

 未知は未来にしかないから。

 理想は未来で待っているから。


「私はもう、世迷言は捨ててきた。そちらの御託はもういいかしら? 貴方たち今際の言葉はどうする?」

「え? なんのこと?」


 ミリアは心底不思議そうに首を捻る。


「死ぬのは貴方の方よ、マリア」


 無表情のミリア。

 私と出会う前の彼女に戻ったのかのように、私を見ているようで見ていないような眼。

 意志のこもった瞳でないのは、興味がないから、欲しくないから。


 思い出す、思い出す。

 必要がないから、ミリアは本気を出さない。彼女はもう、色んなものを持ってるから。

 私は持っていないから、ほしいんだ。

 ありがとう、ミリア。私の原点を教えてくれて。私は影。端っこで蹲る、ただの影。


「――ぶっ殺す」


 憎悪と共に私は駆け出した。

 足元には影を待機。屋内だからどこにだって影は存在する。夕暮れに染まった窓の外の景色。計算した通り、このタイミングで暗闇が増えていく。


 私の独壇場。

 言葉が言い終わるのと同時、ミリアの眼前まで肉薄。足元は私の意志で動き出す。真っ黒い影。それぞれが憎悪という意識をもって、反逆という正義をもって、武器を形どる。

 人間の世界で起き上がり、影は人に刃を向ける。


「死ね」

「貴方がここまでこれた理由は、三つある」


 私の攻撃有効範囲に入っても、ミリアは落ち着き払っていた。不気味なくらい平素な表情で、私をただ見つめてくる。


「一つ目。貴方の原初、影。光のあるところに発生する暗闇。貴方はそれを操り、物理的に使役することができる。形は変幻自在、硬度は第二世代ですら紙のように引き裂く。しかし、影のないところであれば当然発現することはできない」


 ミリアの言葉を脳が咀嚼し終わる前に。

 私の影がミリアの身体を引き裂く直前で。

 異変に気付く。


 パ、と。

 部屋全体が急に光量を強めた。まるで太陽の光を直に受けたかのように錯覚する。上を見上げると、壁と屋根の隙間、そこに人が潜んでいた。両手を突き出して、そこから私に向けて光を送っている。

 魔術研究所で見た、光蟲と呼ばれる原初を投与された人たちみたいに。異なるのは全員が強い意志を有して私を睨んでいるということ。


 足元の影が揺らぐ。全方向からの照射に、影は逃げ道を失くす。靴と床の隙間だけ、薄い灰色しか生まれ出でない。


「――」


 影が、いない。

 私が、いない。


「光を生み出し、影を消し去ること。それが貴方を抑える最大のポイント。これがヒントになったのよ」


 困惑する私の前で、ミリアは黒い何かを取り出した。

 黒い丸薬。私の原初を他人に譲渡する薬。


「貴方が歩いた道のりを追わせてもらった。全部、見てきたよ。貴方の家も見たし、下町も見てきた。魔術研究所の跡地にも行って地下を漁った。そこでかろうじて生きて光っている人を見つけた。動き一つない人だったけれど、光を生み出す原初を有しているのは明らかだった。それとこの黒い丸薬とを組み合わせて、彼らに投与したの」


 まるでミラージュのように。

 研究して、実用にこぎつけたというのか。ミリアにできるのか。いや、すでにミラージュが実用化していた薬の上に光蟲の原初を乗せるだけなら、できるかもしれない。

 ミリアだって馬鹿正直に待っていただけではないということね。


「……だから何よ。それで私を封じたつもり?」


 影が操れなくても、私には他にも手段がある。

 そもそも私は最初、自分の中に影の原初があるなんて知らなかった。だから、人の真似をしてきたの。


「【爆炎】」


 光を操る原初? それを持つ人間? よく準備したものね。でも、全部吹き飛ばせばいい。この建物ごと破壊すれば、こんな小細工に左右されることもない。夕闇の世界ですべてを殺す。

 魔術の行使を開始。私を憎悪をもって睨みつける彼らを許さない。


「二つ目。多彩な魔術と運動能力。常人なら簡単に吹き飛んでいくであろう、優秀な魔術の数々。それに対する回答は、こう」


 ミリアの姿が私の眼前に現れる。


「私そのもの。貴方と同じスペックを持つ私。私と戦いながら、そんな魔術を扱える?」

「――」


 ミリアの拳を避けると、魔術の気配が消える。連打が来る。私と同じ遺伝子を持つミリア。躱すのも一苦労だった。

 以前学院の教室で戦った時は、ミリアは避けるだけだった。だから魔術をやたらと放つことができたが、今はそうもいかない。魔術には少なからず集中力が必要となる。今は肉弾戦に集中しないと、あっという間に身体に風穴があく。


「だったら何よ。貴方だって条件は同じじゃない! 影は使えず、近接戦闘しかない。よもやそれだけで私に勝てるなんて驕ってるわけ?」


 条件が同じなら、戦闘経験の多い私に分がある。


「三つ目。肉体の堅牢さ。第二世代である貴方は、人間に比べて硬い皮膚を有している。自分の意思なくしては刃物では傷つかず、武器で致命傷を負うことはない。同等の存在でないと相手にならない」

「ええ、そうよ。だから私を傷つけることは叶わない」

「これは骨が折れた」


 どす、と。

 先ほど私が言ったことに反旗を翻すかのように、私の腹部に矢が刺さった。眼前のミリアから放たれたものではない。激しい照明によって、鮮血が赤く紅く照らされる。


「……あ?」

「ああ、ごめんなさい。正確には、”骨を折った”んだった」


 刺さった矢。普通の矢じりだったら私を貫くことなんかできるはずがない。違和感。それが何でできているか。


「同じ硬度のものなら、貴方を貫けるでしょう? 同じ第二世代の身体の一部。”私の骨”。それだったら、貴方の防核を貫ける。誰だって、貴方に死を突き付けられる」


 矢を打ったのは、王座の後ろに控えていた十数人の人間の兵士たちだった。ここに来て初めて彼らと目が合った。私は彼らを見てもいなかった。景色の一部だと思っていた。その必死な目を見て、歯噛みする。

 矢を引き抜いた。それを兵士に向けて投擲しようとする。


「殺す」

「それはさせない」


 アースが動いた。兵士を守る様に、前に進み出でる。

 投擲した矢は、アースに掴まれて終わった。そもそも、ミリアと戦いながらでは十分に力が籠められない。第二世代相当のアースで十分に対応できてしまう。


「アース! 邪魔しないで!」

「……邪魔するに決まってるだろ」 

「ほら、集中して、マリア」


 ミリアの拳が腹部に突き刺さる。「ぐ……」すぐさま蹴りをミリアに放つが、彼女はそれを寸でのところで避けていく。外野をどうにかしようとした私の邪魔に戻ってくる。再び避けて殴っての戦闘が再開される。

 ミリアの口が動いた。


「四つ目」

「四つ目……!?」

「ごめんなさい。数を間違えていた」悪びれることなく。「貴方のその、回復能力」


 矢で貫かれた跡も、ミリアに殴られた跡も、もうすでに存在していない。私は影。身体には傷が残らない。


「影の傷つかない能力。でも、それってね、イレギュラーがあるの。確かに傷は残らない。でも、最適な自分の身体を保持しているだけなの」

「何が言いたいの?」

「別に生え直しているわけじゃないの。物体の上から上書きしているだけ。そこに物があり続けると、回復は作用しない」

「だから、何を言ってる!」

「論より証拠。見せてあげる」


 ミリアの身体が横にスライドした。眼前に現れるのは、矢をつがえた幾つもの弓。それを構える精鋭たち。


「や、」


 ミリアに攻撃した後、私はちょうど着地したところ。次の行動に移れない隙間。ミリアと兵士との連携がしっかりとれている。そこを狙って、十数の矢が飛んでくる。

 それはいずれも私に突き刺さった。「ああああああああああああああああああ」眼球に、肩に、脇に、太ももに、足首に。ざっくりと刺さって抜けきらない。そこに在り続ける。


「矢が刺さった場所は、矢を抜かないと回復しないの。そこにある物をどかさないと、貴方は元に戻らない」


 左の視界がない。矢が刺さったからだ。ミリアの姿が消える。違う、私の左側に回り込んだんだ。慌てて左を向くが、もういない。焦燥感が胸を撫でた時、右の腕が切り落とされた。そして同時に、右の腕があったところに骨と平行に剣が突き刺さる。意識しても元の腕が生えてこない。

 そうか。影はすべてを受け入れる。剣が刺さった状態が、今の私なのだ。だから、剣を押しのけて腕が生えてくるということがない。


 どうして、これをミリアが知っているんだ。私も知らないのに!

 いや、そんなことはどうでもいい。

 早く、まずは目に刺さった矢を抜かないと。左腕で矢を掴む、と同じタイミングで、ミリアの顔が眼前に。接吻するくらいの距離。吐息がかかる。視界がミリアで埋まる。


 ぞっと、する。


「遅いね、マリア。全部、一ターン遅い」


 左眼から矢を抜く。左目が回復する。視界がクリアに。同時に、左腕が落ちる。右足で蹴りつける。左腕に剣が刺さる。ミリアに蹴りが当たる。けれど、体のバランスが悪くて防御されて終わり。

 腕で受け身をとろうとして、両腕がないことに気が付く。そのまま地面に転がった。


「……なんで」

「さっき言ったよ。骨を折ったって」


 起き上がる私の前にミリアの顔が映る。満面の笑み。勉強した成果が表れた学生の様な、無邪気な笑顔。


「自分で自分の腕を切り落として、そこに剣を刺して回復しないことを知ったの。

 自分で自分の骨を折って砕いて、矢じりにしたの。

 自分で大量の光を浴びて、影が生み出せないことを確認したの。

 自分でこららの行為を行っても問題ないことを確かめたの。貴方と同じ、私の身体で」


 綺麗なミリアの身体。傷は残っていない。

 でも、私には、そこに残ったいくつもの損傷の跡が見えた気がした。

 そんな彼女のことを、初めて怖いと思った。


「なんで、そんなことを……」

「そんなこと? 大したことじゃないでしょう」


 普通なら致死に至る自傷行為。

 それを何でもないように言って、ミリアの口角はさらに上がる。


「私はずっと、ずっと

 ずっとずっとずっと

 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。

 ずっとずっとずっとずっとずっとずっと。


 貴方を見てきたから」


 先ほどまでの無表情が嘘のように。心底嬉しそうに。宝物を見せびらかすかのように。


「私の中は、貴方でいっぱいなの。貴方のことをしっかりと記憶に刻んできたから」


 ミリアが話している間にどうにか状況を打破しないと。両腕に刺さった剣が抜けない。歯で掴んで抜こうとするも、ミリアに顔面を掴まれて防がれた。


「私が話しているでしょう? 余計なことしないで。ねえ、なんで私は貴方を見ているのに、貴方は私を見ていないの? 私には貴方だけなのに、それって不公平じゃない?」

「ぐ……」

「私は貴方と出会ってから、貴方のことばかりを考えてきた。貴方だけが、私の予想外で、私の想像外で、私の理想だったから。私ができないことを、簡単にやってのける。貴方はそんな、私の憧れだったから。だから、貴方を止めるのに手段を選ぶなんてことはなかった」


 病的に、狂気的に、ミリアは笑う。

 今まで見たことのない表情、そして、執着。


「貴方が私をこんなにしたんだ。誰も何も興味なんかなかったのに。すべてがどうでもよかったのに。貴方と出会わなければ、お父様の跡をついで、つまらない仕事とつまらない仲間で一生を終えていたのに」


 口調に反して、歌うように、楽しそうに。

 ミリアの独白は王の間に響き渡る。

 この空間はミリアの支配下にあった。


 どうする。唯一使える足技にしても、ミリアに簡単に躱される。魔術や援軍を呼ぶにしても、私が舌を動かすよりもミリアが私の顎を砕く方が早い。


「貴方が建国のことを、皆のことを考えている間も、私はずっと貴方のことを考えてきた。どうすれば貴方に勝てるだろうって、貴方を無力化できるだろうって、それだけを考えてきた。ぶっちゃけ、それだけなの。だから、私は”貴方にだけは、勝てた”。国同士、人同士、その他は全部負けても、この場でマリアだけには勝てた」


 ようやく思い至る。

 この女の王国民が大事だという言葉は嘘だ。

 王妃なんか、最初っから、徹頭徹尾、柄じゃないんだ。


「……すべて、私を倒すために?」

「ええ。貴方とここで出会うためだけに、王妃になったの。だから、これから先の未来は必要ない。もう化け物だと追放されても、どうでもいいこと。この場所で貴方と相対することができれば、私の目的は半分達成できた。未来は何もわからない。でも、マリアがこの時、ここに来ることだけは、明らかだったから」

「……」

「全部、一生懸命考えたんだ。マリアにある力を全部分析して、全部、試した。私と貴方は同じ体だから、すべて自分で試したの」


 私から決して離れることのない視線。

 じっと、じいっと、私の瞳をのぞき込んでくる。私の中に入り込んで、私を理解してくる。


「痛くなんかなかった。だって、これは全部必要なことだから。貴方のために必要なことだから。それを想えば、これは全部通過儀礼。受け入れられる。むしろ、とっても気分は良かった」


 恍惚の表情。

 妄信、狂信。


 私は色んなものを狂わせた。

 けれど、一番狂わせてしまったのは、ミリアだったのかもしれない。


 アースから剣が放られる。ミリアはそれを受け取る。それだって、私を貫いている以上、ミリアの骨でできている。これを引き抜くなんて、どれほどの痛みを伴っただろうか。それを苦にしないほど、私に執着してきたのだろうか。


「さて、問題」


 ミリアは私のように、言う。

 私の真似をして、言う。


「これで首を切って首に突き刺すと、どうなるでしょうか」


 頭が再生しない。つまり、何も考えられない。身体だけが残る、何もない存在になる。

 どくんどくんどくんと、心臓の音がうるさい。私は死なない。死なないと、思っていた。けれど現状はどうだ? 致死一歩手前で震えているだけじゃないか。

 いやだ。死にたくない。まだ、私は何もできていない。


「……」


 でも同時に、ようやく終われるという思いもあった。そんな二つの相反する感情が、私から言葉を奪う。


「私もこれはまだ試したことがないの。ねえ、マリア。どうしましょうかしら」

「……」


 どうしましょうか、なんて、私が言いたい言葉だ。私が言ってきた言葉だ。

 敗北。

 ここまでやってきたのに。戦争自体には勝っていたのに。世界にも絶縁を突き付けていたのに。

 たった一人の女に、狂わされるなんて。


「あと一歩、あと一歩なのに……」


 震える口から出たのは、そんな言葉。


「私にはわかっていた。この戦争は、戦争として見てはいけないって。マリア、貴方を止めることができるかどうかだって。兵士じゃない、国じゃない、貴方なの。だから、外の戦局なんかどうでもいいの。貴方さえ落とせば、この戦いは終わる」

「終わらないわ。全員、正義と憎悪と覚悟を持っているんだから」

「そんなこと言っても、誰も私に勝てないでしょう?」


 何も言い返せなかった。

 ここの王座にミリアが座っている以上、誰もそこをどかせない。私にやったのとを同じ戦法をとられたら、誰だって負けてしまう。


 唇を噛む。

 なんとか、


「……ミリア。貴方だってわかるでしょう? この世界の腐敗ぶりを。一度、壊れないといけないのよ。じゃないと、未来永劫差別は鳴りやまない。誰もが絶望を背負って生きていくしかない。そんな世界、間違ってる」

「うん」


「私だからできたのよ。私だからできるのよ。なんでみんな、わからないの? 悩みのない人間たちが、何も考えずに続けていく世界、それに何の意味があるというの」

「うん」


「だから、――その剣を下ろせ、ミリア! 私は、やるんだ! 絶対にこの世界を良くしてやるって、誰もに誓ったんだ! これが私が生まれた意味で、私が生きてきた意味で、これから生きる意味なんだ!」

「うん」


「それが、マリアの想いなの!」

「うん」


  ミリアはにっこりとほほ笑んだ。


「言い残すことはそれだけ?」


 骨でできた武骨な剣は、光を浴びて鈍ることはない。

 ミリアの手にかかる力は褪せることはない。


「……待って」

「待たない」

「本当にわからないの? 貴方じゃできないの。他の誰でもできやしない。私しか、世界は壊せない。貴方はせっかくの機会を、今後訪れない奇跡をみすみす捨てようというのよ」

「そうだね」

「ここにいる全員、そうよ! 貴方たちはこれからの腐敗した世界の存続に加担したことになるのよ。それは悪だわ。何の生産性もない考えだわ。それでいいの?」

「無駄だよ。ここにいるのは皆、覚醒遺伝持ちの人間に恨みがある人たちだから。暴力に家族を殺された人たちだから。貴方の声は届かない」


 駄目だ。

 どうにもならない。


「五つ目」


 ミリアの言葉。もう突っ込む気にもなれなかった。


「人心掌握術。これが一番強かった。だから、私は貴方が一人でここに来ることだけを願っていた。リオンたちに頼みはしたけれど、こればかりは願うしかなかった。流石に魔国の幹部たち全員を相手にして貴方と戦うなんかできないから」

「……」

「でもね、多分一人で来てくれるんじゃないかって思ってもいたの。……馬鹿だね。きっと私とアースを殺すのは自分じゃないといけないって、そう思ったんだよね」

「――イヴァン! シクロ! 助け


 ぐしゃ、と顎が砕かれた。

 蹲る私。無表情で見下ろすミリア。


「無様ね、マリア。貴方は死なないといけないの」

「あ、……」

「さようなら」


 ミリアの手が翻る。視界に残る剣線。宙に浮く視界。そして、私の首に剣が突き立てられたのが見えた。


 それから、ブラックアウト。


 ■■

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 ◆




 マリアの首は掲げられた。

 他ならぬ、ミリア王妃の手によって。


「魔王マリアは死んだ。これ以上戦を続けるものは名乗りを挙げろ! マリアを殺した私が相手になってやる!」


 その事実を目にして、魔国軍は瓦解した。

 混乱していた王国が一枚岩になり、正義を胸に宿した人間は、相手を魔物だと割り切って剣を振るうようになった。

 逆にマリアという正義を失った魔国軍は敗走する。

 歴史に名を遺した両国の初の戦争は、たった一日で終わりを迎えた。

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