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7-11














「マリア、できるようになったよ」


 アルマの声に、顔を上げる。

 私のところに駆け寄ってきて、笑顔を作っている。

 彼女の足元では、うねうねと蛇のように影がその姿を変えていた。「えい」とアルマが一声かけると、影は立ち上がって壁を創り出す。私が指で叩いても壊れない鉄壁の壁。


「すごいじゃない。よくできたわね」


 頭を撫でると、嬉しそうな笑顔。


「どう? これで私もマリアと一緒?」

「ええ、そっくり」


 私と同じ力を使えるということは、私と一緒ということ。私と一緒ということは、私はもう一人じゃないということ。皆が私ということ。

 嬉しくなって、アルマを撫でまわす。

 アルマの後ろに並んでいた子たちも順々に。


 私たちの原初の力は多くの人に渡った。本人とほとんど同じように使用することができる。戦力としては申し分ない。誰もが一騎当千の兵。


 少し不安だったこと。力を得たことに依る反乱。でも、それは心配なさそう。

 なぜなら、皆、力はそもそも持っていたから。覚醒遺伝持ちは、普通の人間よりも強い力を持っている。そして、その力はこの世界では不要だとわかっている優しい人たちばかり。

 力を使うのは、この一時のみ。何もわからない相手を、暴力で屈服させるためだけにある。

 それだけで、そんなに、という話。


「頃合いかな」


 イヴァンが近寄ってきて、声をかけてくる。


「住人は目標の万を超えた。敷地だって元が村だと思えば、十分に広くなった。四分の一くらいの人は、十分に原初の力を操れるようになった。順調だよ」

「順調、過ぎるのよね」


 少しの不安。

 アースもミリアも、私たちがこんなに大きく動いているのに、何も手を打ってこない。

 ここまで人の物流も物の物流も滞りなく動いている。護衛をつけて簡単に手は出せないようにしたけれど、それだって抵抗が薄い。

 私たちの建国を、強兵を防ぐのなら、もっと必死に動いていいはずなのに。私は冗談で王国の崩壊を願っているわけじゃないのに。それを、彼らは知っているはずなのに。


「気にし過ぎじゃない? マリアがいない王国なんて、こんなもんだよ」

「確かに王宮には私の手のかかった人たちが動いているし、邪魔をさせているから、混乱して挙動が遅いのはそうなんだけど……」

「もしくは、アースもミリアもマリアの味方なんじゃない? 二人とも、王国が壊れてもいいと思ってるんだよ」

「どちらかというと、そっちの方がありそうだけど……」


 でもそれなら、何らかの接触を持ってきそう。私に直接が難しくても、誰かに伝言したり。誰が私側で動いているか、何人かくらいはわかっているはずだし。

 何も言ってこないのも、不気味。


「気になるなら、やめる? 私はそれでもいいけど」


 意地悪なイヴァンの眼。

 私は息をつく。

 確かに、ぐだぐだ言ってもしょうがない。私は私にできることを全力でやっている。だから、これでダメなら最初からダメだったということ。


「まさか。私に後退なんかあり得ない」


 色んな人を巻き込んだ。

 色んな人の生を変えた。

 色んな邪魔を排除した。

 こんなところで止まるなんて、誰に対しても合わせる顔がない。

 私はやると決めた。

 だったら、やりきるだけなのよ。


「イヴァン。今度やってきた商人に、一か月後に王国を襲うと伝えて。それを広めてほしいと言って」

「伝えていいの?」

「いいの。どうせ王国は動けないから。そうして、敵は私だけではないと気づくのよ」



 ◆



「号外、号外! 魔国が攻めてくるよ!」


 クリス・ミウリの手から、ひったくられるように新聞がはけていく。

 表題は一つ。最近発足した魔国という国。下町を中心に多くの民が移ったその国が、宣戦布告をしてきたのだ。

 王都に住む人々は冷や汗を流した。何が起こっているのかを正確に把握することができなかった。


 王国は、ただ一つの人の住む場所だった。魔物の蔓延るこの世界、人間は王国内でないと生きていくことはできなかった。新しい国が生まれるなんて、過去にもなかった。だから、今から何が起こるのか、過去の経験則ではわからない。


 人と人とが殺し合う? そう想像して、体を震わせる。

 しかも話を聞くに、相手は覚醒遺伝持ちの軍団。一対一では決して敵わない化け物たちが数を成して襲ってくる。

 王国は蹂躙される。

 今まで自分たちが覚醒遺伝持ちの人間たちにしてきた仕打ちを顧みて、恐怖を覚える。


 一人が叫び声を上げると、それは連鎖していった。誰もがパニックになって、自宅に駆け戻る。金目の物や武器がどこにあるかを確認し、隠すか構えるか、決断を迫られる。


 正常な判断ができている人はいなかった。

 しかし、それは一つ、新聞の書き方にも原因があった。


『覚醒遺伝持ちの国、魔国による侵攻』『その数は万を裕に超えると推測される』書かれた見出しには人の恐怖を煽るような文句が多く記載されていた。『王国の破滅は近い』なんて、状況によっては不義をうたわれるような言葉。


 でも、前々から噂は広まっていた。この新聞は最後の一押しに過ぎない。だから、それが事実だと人々は受け入れる。

 執筆した諜報人は、自分の手から新聞がなくなったのを見て、にっこりと笑った。


「これでいいんだよね、マリア」



 ◆



「だから言ったのだ!」


 デルタ・カインベルトは大股で王宮内を歩いていた。


「魔国の建国の様をむざむざと見せつけられて、何もしないなどと、王国の議会は腐りきっている!」

「まったくですね」


 後ろに付き従うロウファ・カインベルト。彼女は副官としてデルタの背後に控えていた。


「しかも、しかもだ! 敵の建国を見逃したのは百歩下がって許すとしよう。宣戦布告をされたこの時期において、いまだ軍の整備に許可が降りんとは何事だ!」


 デルタは激昂していた。

 魔国からの宣戦布告を受けて、数日が経った。普通であれば、一か月後の戦闘に向けて、騎士団、魔術師団、護衛団に迎撃命令が出て、今頃はそれぞれの戦力の配備の話に進んでいるはずなのに。

 いまだ、許可が降りない。議員ではないデルタは、扉を蹴破ってでも議会に一言言ってやろうと肩を怒らせていた。


「魔術師団も動きが遅いし、どうなってるんだ」


 三年前に魔術師団団長に就任したクロード・ザスティンという男。その頭の回転はデルタも買っていたのに、一向に動く気配を見せない。本番では使えないタイプだったのか。


「国と国との戦争なんて、初めてのことです。議会も判断を決めかねているのでしょう」

「相手を同じ人間だとみなしているのか? 敵は敵だぞ。何のために我々がいると思っている。こういった反乱を収めるためにいるんだろうが」

「規模が今までとは違います。数十人規模の反乱ではありません。これは何万人が参戦する戦争になる。当然、死者も多数生まれます」

「では何か? 門戸を開いて受け入れるというわけか?」

「そこまでとは。ただ、講和も一つの選択肢としてあり得るという話を、議会ではしていると聞きました」

「馬鹿が! 宣戦布告など、戦う意志がないと口にしないだろうが」


 ロウファは「そうかもしれません」と呟いた。


「ロウファ。おまえは口を開くなよ。我々が議会から承認を得るのは、騎士団の配備の許可だけだからな」

「はい」


 二人は議会の開かれている部屋の前まで来た。衛兵が止めるのを引きはがして、デルタは部屋の中に押し入った。

 そして、紛糾する議会を目の当たりにした。


「早く兵を出立させろ! 王国を火の海にしたいのか!」「そんなことをして相手から講和の芽を奪ってどうする!」「講和などありえんだろうが! あちらはすでに軍備を整えたと聞いているぞ!」「刺激するな! 相手は何千もの覚醒遺伝持ちの人間がいるんだ」「負け戦だと思っているのか!」「人と人が争うなど、あってはならないだろう!」「綺麗ごとを言うな! それで王国民の命が散らされるのを看過しろと!?」「誰の命も散らせない方法を探すべきだ!」「そんなものないと言っているだろうが!」「なんでわからないんだ!」


 デルタは息を飲んだ。想像の何倍も酷い状況。誰もが自分の意見を振りかざしているだけ。まるで動物の威嚇のし合い。人間とは思えない醜態。


 デルタの眼は議長席に移った。そこには今、一人の少女が座っている。アッシュベイン家、その当主代理。最近身体を壊したというアーガスト・アッシュベインの代わりに、次期当主とされる若輩者が座っている。デリカ・アッシュベイン。齢十七歳の大抜擢。


 この異常事態は彼女のせいか。彼女では荷が重いだろう、何故誰も注意しない、と思ったが、座っているデリカに焦った様子はない。逆に、何年も前からそこにいたかのように落ち着き払っている。

 そんな彼女は、小さい口をゆっくりと開いた。


「静かに。双方の言い分はわかる。そして、拮抗していることも。この場で決断を下すのは時期尚早かと思うが、いかが?」

「あり得ない!」


 声を張り上げたのは、ミリア・カウルスタッグ。否、ミリア・ハイテンベルク王妃。


「ここで決定しないと、この国はただ虐殺を受けることになる。この場で決めるべき!」

「とはいっても、賛成も反対も半々では、議会として決議をとるわけにはいかないわ」

「――デリカ!」


 必死な形相のミリアと、飄々とした様子のデリカ。

 なるほど、デルタは理解した。二つの上層部の意見がはっきり割れているから、議論が進まないのだ。


「今更何を必死になっているの、”王妃様”。貴方は魔国の建国を見逃してきた。それは講和が望ましいと思っていたからではなくて? 戦争なんかするべきではないと思ってたからじゃないの?」

「違う! すべて必要なことなの」

「何を言っているのかしら。貴方が王妃になるために必要だったことなんじゃないの?」

「何を言って……」

「王妃になったから、目的は達成した。だから他はもうどうでもいいんでしょう。これからの王国なんか、どうでもいいんでしょう?」


 扇動。

 ミリアへの不信感が強まっていく。



 ◆



 ミリアは歯噛みした。

 眼前のデリカのことがむかついて仕方がない。

 もう少し、もう少しですべてが終わるのに。終わらせられるのに。

 邪魔になったのは、同い年の女の子。


「あの子のことを考えるなら、ここは引くべき」


 ぼかして、ミリアとデリカの心の中、深くにいる女性を想起させる。

 でも、逆効果だった模様。デリカの目が吊り上がった。


「誰が言っているの? 追い出した張本人が、あの子を語るな!」


 辿る平行線。動かない結論。

 自分の気持ちが届く未来が見えない。あの時のマリアもこんな気持ちだったのかと悔しさをにじませる。


 とにかく。ここで講和なんかあり得ない。数ある選択肢の中で、起こってはいけないこと。

 でないと、描いている結末にたどり着けない。

 終わらせられない。


「発言を撤回して、デリカ!」


 だからミリアは、らしくない大声を張り上げた。



 ◆



 デリカはほくそ笑んだ。

 やっと、やっと、ミリアに一泡吹かせられた。

 幼少期からずっと煮え湯を飲ませられた相手。何度も何度も負かされた敵。今、デリカの優位で話は進んでいる。それがたまらなく気持ちいい。


「大声で喚かないでよ。何を考えているかは知らないけど、議会ってこういうものだから。過半数の賛成がないと動かせないの。そういうシステムなのよ。そして今、敵対するべきではないという意見が過半数を超えている。だから、いずれの団も動かせない。わかる?」


 まあでも、根回しをしっかり行った結果なんだけれど。

 マリアのことを心棒していた者、戦争に日和っている者、権力にただ従う者。いずれも、デリカは説き伏せた。現状維持という人間らしい選択肢を与えた。

 数人の、王国に不満を持っているか、真にマリアを慕っている優秀な議員たちを味方につければ、後は彼らが上手く議論を誘導してくれる。別の議題にすり替えたり、意味のない話で煙に巻いたり。


 デリカは自分の才能を知る。

 人の扇動。自分と言う公爵令嬢は、人の背中を押すことができる。

 それはマリアから教えてもらったものだった。


「何をやっているのですか!」


 入り口の方で声が張り上げられる。

 デリカが目を向けると、デルタ・カインベルトが議会の中央にやってきたところだった。入ってきたのも気が付かないくらい、議論は白熱していた。


「アッシュベイン様。敵が来るのですよ? わざわざ王都を明け渡せと言うおつもりですか?」

「そうは言っていませんよ。単純に、今はその時期ではないというだけです」

「今でなければ遅すぎる!」


 デリカは心の中で舌を打った。

 議員は買収したが、騎士団の人間は別。脳筋に王国の未来は見えていない。


「議員でもない人間が口を出さないでください」


 衛兵に目をやって、追い出すように合図する。

 彼が取り押さえられる前に、凛とした声が、待ってましたとばかりに響き渡る。


「構いません。デルタ・カインベルト騎士団長。兵を率いて敵を迎え撃ちなさい。王妃の権限で許可します」

「はあ?」


 デルタは深々と頷いて、その場を去っていく。

 当然、沸き起こる不満。


「……ミリア。それは職権乱用よ。何のために議会があるというの? 書記官、きちんと記録を取っておきなさい。この女は、私欲で兵を動かした大罪人だってね」

「構わない。この戦争が終わった後、どうとでもすればいい」

「それまでその椅子に、貴方の居場所があるかしら?」

「私の夫が守ってくれる」


 堂々とした佇まい。

 その態度が、デリカをさらに苛つかせる。


「国の緊急事態だというのに何も動かない、”無能王”のこと? 王ともども、牢屋送りにしてあげるわ」

「いいよ、別に。お好きにどうぞ」


 議会の中で、怒号はしばらく鳴りやまなかった。

 戦争するべきという意見と、静観を望む意見。

 二つは対立したままであった。

 王国は揺れたままだった。

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