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7-10













 ◆



 その噂はまことしやかに囁かれる。

 なんでも、覚醒遺伝持ちにとっての楽園があるらしいと。


 最近、荷を積んだ馬車が多数王国の外に出ていくのを見届けている下町の住人は語る。


「あの馬車が何かって? あれは魔国に荷物を運んでいるんだよ。何、魔国を知らないとな? ここよりしばらく行った先、魔物が蔓延る世界で、一つの国が建国されたんだ。そこでは王国以上に戦力が整っていて、魔物に怯えることもないんだと」


「現在栄えに栄えているらしい。王国から多くの金が流れていっているとの話もある。王国はどうしてあれらの馬車を規制しないのか、その意見は尤もだ。自らの血が抜かれていることに気が付いていないのかもしれない」


「ここいらの住人も、もう何人も移住したよ。ただでさえ下町の放火事件と復旧の遅さで王国に対する不信感は募っていたからな。手を挙げれば移住できると知れれば、そりゃあ行くだろうさ」


「あんたもここにいれば、そのうちに誘われるさ。あんたも王国に文句を持っているんだろう? だったら、彼女らは受け入れてくれる。敵の敵は、味方だだろう?」


「俺? 俺はいいんだ。ここで”こういう役割”をしているんだ。何年も前から、あの子のことを見てきたからな。もう届かないと思っていても、まだ懸想してしまっている。彼女との日々を思い描いている。ここでこうやって彼女のために動いていれば、いつか手を差し伸べてくれるんじゃないか、ってな。健気だろう?」


「あの会場で初めて彼女を見た瞬間、心を奪われちまったんだ。俺の心の中にはもう彼女しかいない。もう、彼女以外いらない。だからこうして、外に渡るやつらに伝えてるんだ。魔国は、いいところだぜ、って。彼女についていった方がいいぜって。影ながら、彼女を支えているんだ」


「そうですか」


 男の話を聞いていたフードを被った少女は、高い声で答える。


「貴方が誰かは聞きませんよ」

「ああ、言うつもりもない」

「ただ、一つ言う事があるとすれば、多分、彼女が手を差し伸べる夢は叶うと思いますよ。マリアはすべてを見ていますから」

「……嬢ちゃん、マリアを知っているのか?」

「ええ。昔、クラスメイトでしたから」


 テータ・ピットはフードの奥で笑って、踵を返した。

 ぼろを纏ったその男は、きっと過去、高貴な身分だったのだろう。それを失ってまでマリアを求めるその精神は、まさに信奉者であり、殉教者。

 

 マリアが生きていることは、以前に本人から聞いた。そして、建国して、王国に牙を突き立てようとしていることも。

 正直、難しい話だと思った。王国が崩壊するなんて、今まで考えもしなかったこと。 

 でも、マリアは今まで想像もしなかったことを何度もやってのけた。そんな彼女なら成し遂げてしまうかもしれない。そしてそれは、テータにとって悪いことではない。


「マリアに仕えた方が楽しいもんね」


 このまま王国で諜報員をやっていても、先はないとも思っている。動けなくなったら多くの情報を持っている自分なんか簡単に殺されるだろう。それくらいの儚い命。マリアだったら、そんなことは絶対にしないといえる。

 つまり、これは将来を見据えた、ただの転職なのだ。


「実際に馬車は動いてるわけだし、何もなかったとは報告できないな。魔物討伐局が物資を補給しに動いてることにでもしようかな」


 テータの仕事は、情報を集めること。何のためかと言えば、先んじて布石を打つため。

 じゃあ、情報を教えなかったら? 真実にも似た虚偽だったら? 先制攻撃はできない。マリアの攻撃が先になる。


「できるだけ、遅らせてあげるからね」


 テータは笑って王都に脚を向けた。



 ◆



「なぜ王家は動かないのだ」


 デルタ・カインベルト。現王国騎士団長は歯ぎしりした。


 先日より、王国の外へ出ていく多数の人員、馬車が目撃されている。それはすでに王宮内で知れ渡っている事実。何者かが王国の外で行動を開始している。

 なのに、王宮ではすべての動きが鈍い。議会では何人もが声を張り上げているのに、いつの間にか別の議題にすり替わっている。自分たちには関係ないと思っているのか、もしくは、誰かが意図的に話を誘導しているのか。


 デルタはこの一連の動きに、うすら寒い恐ろしさを感じていた。

 議会の終わりを待ち構えて、デルタは一人の議員を捕まえた。


「おい、ロック。話がある」


 ロック・テリブル議員。かつてイーリス学院でデルタと同級生だった男。彼は自身の短髪をかいて「どうした?」と気負わずに聞いてくる。


「今日は何を話し合ったんだ?」

「部外者に答えられるわけがないだろう」

「どうしてあのことを話合わない? 私は知っているぞ」

「あのこと……。ああ、物資が王国の外に出ているという話か。噂話だろう。今更王国の外に居を構えるやつなんかいやしない。魔物に食われて終わりだ」

「嘘をつけ。腹を割って話し合おうじゃないか。おまえほどの切れる男が、この異常に気が付かないはずがない。今まで起こっていなかったことが起こって、誰もそれを問題視していないんだぞ。おかしいだろう」

「些事だからだろうな。おまえこそ、下らないことで騒ぎ過ぎだ」


 ロックの返事はにべもない。

 その場を去ろうとした彼を、デルタは低い声で引き留めた。


「何を隠している?」

「……は?」

「誰と繋がっている。おまえだけじゃない。私にはこの議会の中心人物たちが、急に頭が鈍くなったように思える。王国の俊英が集まった議会が、ここ最近はままごとに見えて仕方がない」


 ロックは振り返ってデルタを見つめた。

 無表情。ゆえに恐ろしく感じる。


「この国を、どう思う?」

「どういう質問だ? 今まで大きな災害に見舞われることもなく、順当に繁栄しているだろう。良い国だよ」

「そうか。おまえにはそう見えるか」


 何かに失望して、ロックは歩き去る。


「俺には”彼女の世界”の方がまっとうに見えてね」


 その言葉にデルタは眉を寄せることしかできなかった。



 ◆



 王国の中でも、高位貴族。王の間に諫言をもって入ることのできる彼らは、不信感を伴ってアースの王の間に詰め掛けていた。


「王よ。どうして動かないのですか? 話を聞いておられないのですか? 何者かが王国から力を奪い取ろうとしています。人民を、財産を、才能を、奪われようとしている。こうしている間にも、王国の足元に蟻が這い寄っているのですよ」

「知らないな。それよりも、やることがあるだろう」


 アースは玉座に座ったまま、唸る様に返す。

 そこには有無を言わせない威厳があった。または、何かに対する覚悟があった。


「やること? ……今更魔術研究所を立ち上げて、何をしようと言うのです」

「人々の生活を良くする。それしかないだろう」

「その人々の生活が脅かされようとしているのです。貴方もご存じの通り、過去、我らの祖先によって原初は淘汰されました。我々の一族のみ、繁栄が約束された世界を作ったのです。しかし、第二世代、第三世代ではまだまだ生き残りがおります。やつらがクーデターを企てているかもしれないんですぞ」

「その証拠はどこにある」

「……確かに、その証拠は不気味なほどに出てきておりませんが、しかし、王都のいくつかの商家で、王国外に荷物を運んでいるのを確認しております。魔物討伐局だけでは説明できない量です。何者かが、動いているのです」

「何者、とは誰だ」

「それは……」

「貴様らは実際に現場を見たのか?」

「い、いえ……しかし、」

「貴様らは伝聞だけでものを言うな。実際に見ないとわからないことも多いだろうに。もういいか? 状況証拠のみで私を煩わせないでくれ」


 手を振って、帰宅を促す。


「陛下!」


 高位貴族たちは門兵に掴まれて、その場から追い出された。



 ◆



 リオン、クロウ、ピレネー。

 彼女たちはミリアの護衛兼侍従として学院に入学していた。三人とも、卒業後もミリアの傍仕えを望み、それが叶っている。

 王妃に仕える三人。そういうと順風満帆のように思える。しかし、三人は互いに悩みを抱えていた。

 控室内で話し合う。


「……ミリア様がおかしい」


 先に口に出したのは、リオンだった。黒い長髪を撫でながら、口を尖らせる。


「最近のミリア様は色々と強引過ぎるのだ」

「そうだね。結婚も勝手に決めちゃうし、臣下の言う事は聞かないし、独断行動が目立つよね。あんな人じゃなかったのに」


 クロウも賛同する。


 この意見は三人の間のみではない。王宮内の誰しもが思っている思い。

 影の一族とされるカウルスタッグ家。その議論や追及が終わらないうちに、ミリアは王妃の座に収まった。グレイストーン家、カウルスタッグ家と、王家を支える三大公爵家のうち二つが機能不全の隙を狙って、誰も強く文句を言えない時期に、うまく王家に入り込んだ。

 その裏をかくような手腕を快く思わない人間は多い。あらゆるものが急に決まって、誰も文句を言えないだけ。


「アース王もそのことには何も言わないしな」

「二人の評判が悪くてまずいよ。マリアだって二人に殺されたんじゃないかって言われてるもん」

「……ない、とは言い切れないのだ。何があったか背景は全く読めないが」


 リオンとクロウは互いにため息をつく。

 ピレネーだけが、黙り込んでいた。


「おい、ピレネー。貴様、また何か隠しているんじゃないだろうな」

「……貴方方に言うことではありませんの」


 冷ややかな目。

 リオンは立ち上がってピレネーの胸倉をつかんだ。


「貴様、そういえば下町でミリア様を連れ回したことがあったな。あの後、ミリア様は落ち込まれていた。どこに行ったんだ」

「言うつもりはありませんわ」

「マリアのところだろう。あの時、ミリア様はマリアしか見えていなかった」

「……」


 ピレネーは掴む手を振り払う。

 そしてため息をついた。


「貴方たちは自分のことを化け物だと思いますか? 人間だと思いますか?」

「何の話だ」

「いいから答えてくださいまし」


 真剣な様子のピレネーに、二人は口を閉じた。

 再度開いたのはリオン。


「私は、化け物かな。今だって人間の形をしているけど、もともと化け物だし。うまく擬態できているだけで」

「私は人間だ。ただの人間で、確かに弱いかもしれないが、ミリア様に忠誠を誓った騎士だ」

「そういうことなんですの。ここは人間の国なのに、自分を化け物という存在が一定数いる。それらが一緒に暮らしている。おかしいと、歪だとは思いませんか? どこかで綻びが出て当然ですわ」

「貴様のその遠回しな言い方には毎度毎度苛々するな。はっきりと言え」

「魔国という場所の話は聞いたことあります? あれはマリアが創ってるんですの」

「え?」

「そして国としての基盤が整ったら、襲ってきますわ」


 絶句する二人。


「待て待て。意味が分からんぞ。なんでマリアがそんなことを?」

「……化け物のために、ってこと?」


 リオンが不安そうな目をピレネーに向ける。


「私も詳しくは知りませんわ。でも、マリアとミリアのやり取りを見ていて、思うところがありましたわ。やっぱり二人は姉妹ですの。でも、片方は公爵家の令嬢で、片方は下町の孤児院出身の庶民」

「……何かあったの?」

「カウルスタッグ家の騒動の件は間違いなくかかわっていますわね」


 少々の静寂。


「マリアもカウルスタッグ家の人間だったのか? グレイストーン家のバレンシアと同じように、何か失態をして下町に捨てられたと考えれば……」

「魔国では王国に蹴り飛ばされた化け物を集めていると聞きますわ。それだけで、なんとなくマリアの想っていることはわかるでしょう」

「……じゃあ、ミリア様はなぜ動かない。それはミリア様も知っていることだろう? 敵が肥えていくのをむざむざ見つめているだけというわけか?」

「わかりませんわよ。極論、これは姉妹間の話ですもの。あの二人が別れ際にどんな話をしたのか、想像もつきません」


 リオンははっとした顔になって立ち上がった。


「……まさか。まさか、ミリア様はマリアにわざと負けるつもりではあるまいな。自分が公爵家で育った後ろめたさで。だから何もしないのか?」


「さあ」とピレネーはそっぽを向いた。

 ただ。


「ないとも言い切れないでしょう。ミリアが興味を示したのは、後にも先にもマリアだけですから。ミリアがマリアのことを好いているのは事実ですし」


 三人は俯く。


「どちらにせよ、腹を決める必要があるな。マリアと敵対する覚悟が


 鼻を鳴らすリオンは気が付いていない。

 残り二人が頷いていないことに。

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